| 近 |
ミスキャスト (前編) Episode4 |
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| Chapter2 |
その日の朝は、先週とは打って変わって健康的なものだった。
前回のあの教訓から、例え週末であっても深酒をすることなく帰宅し、
入浴剤で仕立てたバスタブのもとじっくりたっぷりくつろいだのがよかったのだろう。
そのうえ普段母が用いているケア用品を無断で拝借したりもしたものだから、
節々の痛みも目の疲れもすっかり取れて、実に健やかな体調である。
もともと眠りの深い体質に加え、寝覚めの方も別段悪いということはない。
何事もなければ何事もなく、同じように清々しい朝を迎えることができるはずなのだ。
かくしていつも通りに体温を記録すると、またいつもと同じ部屋着を羽織って自室を後にしていく。
今となっては、もうロックされたドアに驚くことはない。
“戸締りをして眠る”、 というかつては非日常的だったその行為も、この1週間で急速に日常のものと化してきていた。
軽い足取りにて階下へと降りると、 “王様のブランチ” を見ながらひとりカレーライスを頬張る弟の姿があった。
カレー自体は昨晩の残りで変哲もない。
番組との組み合わせも時間的に見ておあつらえ向きである。
ところが本人の様子は一転して不自然、スプーンの動きが次第に緩慢になったかと思うと案の定船を漕ぎはじめ、
若干の空白のあとハッと目を覚ましてはまた何事もなかったように食事を続けるという行程を何度となく繰り返している。
何やら食欲と眠気の境界線を行ったり来たりしているようで、その微笑ましさには思わず吹き出してしまった。
痙攣する横隔膜に椅子の後ろから肩を揺さぶってやると、
首をカクンカクンさせながらうわ言とも寝言ともつかない挨拶を返してくる。
眠気覚ましに好物の緑茶でも煎れてやろうかと思ったが、しかしその前に少しだけ肩を揉んでやることにした。
半端な凝り方ではない。
こんなに硬くなって大丈夫なのかというほど凝り固まっていて、手を触れたこちらの方が驚いてしまうほどだ。
「少し我慢してて? 翔」
そういってTシャツ越しに首の付け根を揉み解してやると、弟は上体を弾かせ呻き声を上げ、
肩甲骨の辺りを親指で押せばその都度悲鳴を通り越して呼吸を詰まらせた。
わかる。
冷や汗が噴き出るようなその痛み、私にもよくわかる。
それだけに小声でいたわりながら、岩と化していたその背中を丁寧に切り崩していく。
量感のある肉付きに多少手を焼きつつも、一通り解し終えた後は手当たり次第に湿布を貼り付けて仕上げとした。
「はい。 これでよしっと」
最後にその肩をバシッと叩けば、弟は大げさに跳び上がってそのままテーブルへと突っ伏してしまった。
実に愛らしい光景である。
そんな弟の姿を尻目に、自分の方はコーヒー飲みがてらハーゲンダッツを舐めることにする。
別段ブランチという訳ではない。
欧米には朝食にアイスクリームを食べる人もまたいるようだけれど、
自分の場合は単に一口目からまともな食事は重たいというだけの話。
それが残り物のカレーライスとくればなおさらである。
見ればいつのまにか復活した弟がテーブルの向こうで一皿を平らげていて、
お代わりをしにキッチンへと戻る際には私の分も一緒に尋ねてきた。
「半分でいいから」
と返したはずが、なぜか目の前には大盛りのカレーライス。
量が多いのは一目瞭然で、普段の倍はありそうな勢いだ。
むっとして弟の方へと目をやる。
するとそこには、それこそ山盛りにされたカレーライスを無邪気に頬張る弟の姿があった。
てんこ盛りである。
…あー、なるほど。
それなら確かに、半分くらいかも……。
お昼を少し過ぎると、支度を済ませた弟は慌しく横浜へと出かけていった。
何やら友達との約束に次いで予備校へ資料集めに行くとのことで、帰りは遅くなるらしい。
一方、ひとり残された形の私は適当に家の掃除でもしながら自室のクローゼットや本棚の整理を済ませ、
柔らかな日差しのもとベランダにて毛布を干せばそのまま後ろ髪を解いてそっと風の流れに乗せていく。
健やかな気分だ。
こうした雲ひとつない週末の青空は、ただそれだけで心が和む。
…と、その頃になってようやく、心の底から平穏を取り戻していることに気が付く。
思わずため息が漏れた。
2月のあの日以来、いつのまにか弟の存在にこうも神経を使うようになってしまっている。
ひとつ屋根の下の姉弟というそんな当たり前の光景にさえ、心のどこかで警鐘を鳴らしてしまう自分自身が確実にいる。
――恐怖?
いや、そうではない。
一度は虜にされたあの忌まわしき感情も、こうして思い返してみればもはや滑稽ですらある。
私はかつて、あの弟のオシメを替えたことだってあるのだ。
無責任だった母親に代わって長らく弟の面倒を見てきたのは、誰あろう私ではないか。
そうだ。
この私を一体誰だと思っている。
この歳になるまでずっと、我が家の長女として幼い弟を見守ってきたのだ。
そんな私が、何をいまさら…。
「…ふん」
そう自嘲気味に鼻を鳴らすと、流れる髪を無造作に掻き集め部屋へと戻っていく。
実際問題、最近の自分は多かれ少なかれ日々の生活に支障をきたしている。
自宅に居ながらにして、なお枕を高くして眠れない生活を余儀なくされている。
そんな状態が現実にあるというのに、いまさらどの面を下げて何を強がってなど見せられるものだろうか。
かくして後ろ髪を適当に結びつつコンポの電源を入れると、流れゆくBGMと共にベッドへと寝そべることにする。
CDタイトルは、 『The Best of ADIEMUS』 。
部屋を満たしていくその壮大なオーケストラと幻想的な歌声とが、
シーツの海のなか沈み込む私を緩慢な安らぎへと誘い出してくれる。
――母と弟。
あの2人が不在の我が家は、いまの私にとって時に必要不可欠な空間なのかも知れない――。
◇ ◇ ◇
深夜の首都高速道路湾岸線。
保土ヶ谷区より南区・中区と狩場線を辿り、山下公園を過ぎて合流すればそこはもうベイブリッジである。
横浜港を南北に跨ぐその巨大な吊り橋からは、 “みなとみらい” にそびえるランドマークをはじめ、
港町横浜を象徴する広大なベイエリアをそれこそ一望の下に見渡すことができた。
こうしたシチュエーションにて見る夜景はある意味特別なものと言える。
一般に都市部の夜景はその華美なイメージとは裏腹に意外なほど平面的な外観を呈するものだが、
高速道路から眺めるそれは絶えず変化するアングルのもと一転して立体的存在感として迫り来るためだ。
とはいえ、もともと横浜という街は見かけほど派手な土地柄ではない。
こうして夜景のみを切り取ってみれば都内の不夜城もさながらといったところだが、
実際そこにあるものは至って大人しく閑静な夜なのである。
今にも手が届きそうな迫真のリアルを前になお一抹の違和感を否めないのは、
地元の人間としてそうした生の姿を知るが故のものなのかも知れない。
ベイブリッジより大黒埠頭・つばさ橋と跨げば、その向こうには東京方面へと果てしなく伸びる直線コース。
すると、グリップを握る彼女が一瞬左手を離し合図をしてみせる。
予定通り。
腰を抱く腕に一層力を込めるや、急加速と共に襲い来る鋭利なGに全身を吹き飛ばされそうになる。
230、50、70。
何という加速力だろう、肩越しに覗くメーターの針が信じられない速度で振り切れていくではないか。
ベイブリッジの時点ですでに200キロは出ていたというのに、さらにこうも強烈に加速してみせるなんて。
スズキ、GSX1300R。
彼女が 『隼』 と呼ぶその二輪の戦闘機は、サーキットと化した深夜の湾岸線をフルスロットルで疾走し駆け抜けていく。
『はぁ〜い、昭乃ー♪ よかったら今夜久しぶりにデートに…』
その時点で容赦なく電話を切ることにした。
まったくもって迷惑な奴め、ちょうどいまBGMの効果でいい感じに微睡んできていたというのに。
せっかく誰もいない自宅にてひとり休日の昼下がりを満喫するはずが、これではまるで台無しではないか。
しかもすぐにかけ直されて、携帯の液晶には再び “片桐奈菜” の文字。
『あ〜ん、昭乃ったら相変わらず冗談キッツー♪』
『どっちが。 着信拒否されないだけマシだと思いなさいよ?』
『ええー!? ちょ、ちょっと昭乃、今度ランチおごるから! それだけはご勘弁っ!』
……ランチ?
ランチって、貴女……。
『……奈菜。 あなた本当に、自分のしたことちゃんとわかってるの?』
ランチとかなんだとか。
そんなことで済まされる問題ではなかったでしょう?
『わかってますわかってます! いやーあの時は祝杯ってことでつい調子付いちゃってさ〜あ!?』
『ふ〜ん。 それじゃあなた、あれが誰のどんな祝杯だったのかくらいはわかってるわけね?』
『…え? あ、それはその、えっと、確か……』
『……』
『誰かの誕生パーティ、とか? あは、あははは……』
……。
……これである。
この女は昔からこうなのである。
一体どこで嗅ぎ付けてくるのかやたらと物事に首を突っ込みたがり、しかもその脈絡については一切を問わない。
旅先で何かの祭にでも出くわそうものならそれが何であれいつのまにか地元民に混じって神輿を担いでいるような、
あるいはあまつさえその神輿に跨って発破さえかけているような、そんな無鉄砲で節操の欠片もない女なのである。
この分では主賓だった森嶋さんの顔さえ満足に覚えていないような事態も往々にしてあり得そうだ。
と、それはともかく。
電話の用件としては、要するに最近新調したばかりのバイクを今夜にでもお披露目したいとのことだった。
何やらスズキの大型車で物凄いものを買ったらしく、後部座席の初乗りも兼ねぜひ一緒にドライブでもという訳。
悪い話ではない。
今週末は土日を通じて別段の予定もないし、夜とくれば一層都合もつけやすい。
彼女がどうしてもと頼むのであれば、こちらとしてもまんざら付き合ってやらないでもない。
……というのは、あくまで建前上の演出なのだけれど。
本音を言えば、むしろスケジュールなど度外視でこちらの方からお願いしたいくらいだった。
最近の私はにわかに降って湧いたような釈然としないストレスを抱え、絶えず神経を甘噛みされている状態。
そう。
“深夜のドライブ” というその単純爽快なフレーズは、いまの私にとって何よりの口説き文句たり得るのである。
しかし……。
『…ふーん。 でも別に、私じゃなくてもいいでしょう?』
……と、こうでも言わないと、私の方の面子が立たない。
空腹に任せて甘い餌に食い付いたとあっては、ただでさえお調子者の奈菜を一層増長させてしまう。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
こと彼女の前では、何があろうと毅然とした態度を崩してはいけない。
『そ、そんなことないない! やっぱ昭乃が一番!』
『どうして?』
『ど、どうしてって…!? えっと…!』
『それじゃ私、いま忙しいから……』
『わあー! 待って! 待ってよおー!!』
目一杯渋った末にやむなく承諾する。
条件が合わないようなら無理にまで付き合うことはない。
いまの職場にて2年ぶりに再会して以来、こうしたスタイルを貫くことで常に距離感を保ってきた。
もう昔のような関係ではない。
私と彼女との間には、いまさら何ら特別な関係はない。
と、ことある毎に、そう言い聞かせてきたのだ。
彼女が駅前へと乗り付けてきたそのバイクが並みの代物でないことは、素人目にも一目瞭然だった。
そもそも馴染みの薄い大型バイクのなかでも1300ccなどという破格の排気量を誇り、
数字だけを見れば我が家のカローラにも迫るエンジンをこの小さな車体へと詰め込んでいることになる。
さらに速度計へと視線を移すと、そこには “340” などというあり得ない数値が。
『一般二輪じゃ世界最速。 新幹線だってブッコ抜いちゃうよ♪』
そんなものをブッコ抜いて一体どうしようというのだろう。
まったくいい歳をして分別の欠片もない台詞、本当にこの女は。
…などとツッコミを入れてみたところで案の定暖簾に腕押し、馬耳東風。
端的に言えば、 『だめだこりゃ』 。
例え速度が同じであったとしても、新幹線とバイクとではその意味合いがまるで違う。
レールはもちろん風防すら備えないバイクにとって、時速300キロという世界はさながら異次元と言っていい。
凄まじいばかりの風圧に、重低音ばりの分厚い衝撃。
急速に迫り来る先行車のテイルランプに、至近距離をかすめゆく大型トラックの巨大な後輪。
一歩間違えれば、その瞬間に全てが終わる。
そんな緊迫した気配が、周囲を濃厚なまでに包み込んでいるような気がした。
……にもかかわらず。
矢継ぎ早に肉薄する客観的恐怖とは裏腹に、いまの私は何事に対してもおののいてはいなかった。
それどころか、むしろ胸の奥底ではある種の安らぎすら覚えはじめていて、
それら穏やかな感覚が時間と共に甘い睡魔へとすり替わっていくのを止めることができない。
――眠い。
この非常識な状況下で、こんなにも眠い。
理由はひとつしかなかった。
いま自らの半身と生命とを一緒くたに預けている、彼女のこの背中。
ジャケット越しに伝わる確かな感触と淡い体温とに象徴される、片桐奈菜という女の存在感だった。
背丈自体はそう変わらないし、厳密に言えばむしろ私の方が高い。
しかし骨格の作りはまるで別物で、広い肩幅にグラマラスなラインを持つ彼女はその後姿にも自然と厚みが出る。
……そう。
私にとってこの背中は、いつだって逞しくて、そして優しかった。
それはきっと、比べるまでもなく大柄なあの弟よりも。
あるいは、愛するあの人のそれよりも……。
◇ ◇ ◇
気が付くと、周囲の景色が止まっていた。
どうやら停車しているらしく、辺りを照らし出す純白の光幕には思わず目を眩ませてしまう。
ガソリンスタンドのようだった。
促されるままにバイクを降りると、バイザーを上げた奈菜が何やら語りかけてくる。
しかしどういう訳かあまりよく聞こえてこない。
ヘルメット越しに話しかけられているせいだろうか。
と、そう考え首から上に手をかけるも、思うように力が入らずなかなか脱ぐことができない。
するとすぐにも彼女の両腕が伸びてきて、私の頭から強引にヘルメットを抜き取り去っていってしまう。
その瞬間、軽い振動と共に全身の平衡感覚を失った。
奇妙な浮遊感のなか2,3歩よろめくと、続いて膝の力がふっと抜ける。
あっと思う頃にはもう手遅れ、次に来るであろう衝撃に半身を強張らせるも……。
「……ちょっとあんた、大丈夫?」
彼女だった。
寸前のところで腕を回し、崩れ落ちる私の背中を抱きとめていてくれたのだ。
ヘルメット越しに覗くその瞳に一瞬電撃のようなものを感じると、
直後には全神経を叩き起こして各部の油圧を一斉に取り戻していく。
「ご、ごめんなさいっ…、少し目回しちゃってたみたい……」
「車酔いかぁ? ちょっと飛ばしすぎたかな。 あっはははは♪」
そうではないと思う。
自覚症状からして単に寝ぼけていただけなのだろう、
意識がやや朦朧としていて記憶の方もところどころ飛び飛びになっていた。
彼女のハンドリングは一見荒っぽいようでその実非常に正確なものがあり、不思議なほど走りに安定感がある。
年季の入った重心感覚のせいか、その乗り心地は揺りカゴまでは程遠いにしろ決して悪いものではなかったのだ。
とはいえ、それはそれでまた別問題ではある。
あの異常極まるスピード地獄のなか呑気に船を漕いでいたかと思うと、いまさらながら生きた心地がしない。
今朝方リビングにて弟がスプーン片手に漕いでいたような船とは訳が違うのだ。
そうしてにわかに湧き立つ肌に両肩を抱えて身震いをすると、
給油をはじめていた奈菜を他所に何か気付けになる飲み物を求めひとり自販機へと駆け出していた。
「ZZR? あぁ、アイツならいまナギんとこのガレージだよ。 ちょくちょく顔出しちゃ面倒見てんだけど♪」
カワサキ製のツアラーバイク 『ZZR』 に、学生時代の友人 『ナギ』 こと秋篠凪。
前者については奈菜が学生時代全般を通じて乗り回していた400ccの中型二輪で、
後者の方は大学のバイクサークルにて “解体屋” の異名を欲しいままにしていた同輩の青年である。
両者共に大学以来の消息ということで、にわかに懐かしさが込み上げてきては無性に嬉しくなってしまった。
「へぇ〜! 何よナギくん、いまでもバイクいじってるんだー!」
「いじるどころか。 アイツいまバイク屋で整備やってんの、知らなかった?」
「うそー!? 聞いてないわよそんなこと!」
「最近じゃ営業の方にも狩り出されてんだと。 今度一緒に来る?」
「うんうん! 予定空けておくから!」
あれからというもの湾岸線を一直線に北上しお台場へと乗りつけた私たちは、
そのままレインボーブリッジを跨いで羽田線へ合流、すぐにも分岐して都心環状線へとその車線を移していった。
ライトアップされた東京タワーの重厚な容姿を間近で仰ぎながら六本木、四ツ谷、神田と時計回りに都心をなぞり、
丸の内のオフィス街より線路を跨いで日本橋に出るとそのまま新木場方面へと大きく抜けていく周回コース。
そうして東京湾への突き当たりにて再度湾岸線に接続すると、またも非常識な速度にて猛然と南下し、
あっというまに横浜までの道のりを戻ってきてしまったのだった。
しかし深夜のドライブはまだまだ終わらない。
戸塚区を目の前に突如転進されると、横浜横須賀道路を貸切状態にして三浦半島をまるごと縦断、
かくして気が付いた頃にはここ横須賀くんだりまでやって来てしまっていたのである。
東戸塚に住む私にとって、横須賀の街は実質東京よりも遠い。
が、その知名度の割に意外なほどローカルな土地柄は横浜のそれに通じるものがあるし、
丘と海とを合わせ持つ地形や港町特有の潮風にしても親近感を一層掻き立てられる。
給油を済ませがてら適当におやつを調達すると、駅より程近い臨海公園にて2人ゆっくりくつろぐことにした。
なかなかに開放的な公園だと思う。
清潔感のある石畳に木造のベンチというシンプルな構図で、こじんまりとした港の対岸には米軍基地の白熱灯が燈る。
夜中も1時過ぎにしてはバイパスや船舶の騒音が目立ったが、人目をはばかることなく談笑するにはむしろ好都合。
こうして会うのは久しぶりだったので昔話にも花が咲き、 “あの人は今” 的な方向で思わぬ盛り上がりを見せていった。
かつての友人たちで消息の確かな人は少ない。
しかし、交友範囲の広かった奈菜には現在でも続いているケースが結構あるようで、
ふと懐かしい面々が飛び出してきてはその度に声のトーンが上がるのを抑えられなかった。
そのなかでも、件の “ナギ” は最たる例と言える。
3度の飯より酒と煙草。
バイクとオンナは同じ乗り物。
奈菜のサークル仲間として早くから親交を深めていた秋篠凪は、
彼女と2人してそんなスタイルを地で行く学内でも札付きの男だった。
彼とカンケイしてイタイ目を見たオンナは私が知る限りでも10人は下らない。
年上を中心に一時はそれこそ学部生から院生、果ては講師までとさながらハーレム状態だったことすらある。
ところがそんな彼も、なぜか私や奈菜といった身近な人間には一切手を出す気配を見せなかった。
それについては1度皮肉も込めて尋ねてみたことがあるのだが、回答自体は至って単純なもので。
『だって藤崎さん、別に俺のこと好きじゃないでしょう?』
なるほど、そういうことか。
道理でカノジョたちがいつまでたっても “被害者” らしく見えてこない訳だ。
実際問題、彼は確かにカノジョたちを惹き付ける何かを持っていた。
容姿や物腰などはことさらに秀でているとも思えなかったが、
ふとした際に見せるあの独特の色気は私自身にも覚えがある。
……ただし。
単に色男というだけで全ての女にモテるかといえば、必ずしもそうではない訳で。
今回奈菜の口から聞いた一番の出来事は、そのナギ君についてのことだった。
なんでも彼、去年になって突然ひとりの女性と同棲をはじめたというのだ。
寄ってくるオンナたちを端から順に乗り捨てていたあの男が。
バイクとオンナを見比べては決まって前者を取っていたような、あの秋篠凪がである。
しかも、そのお相手というのが……。
「女子高生らしい、っていう話を聞いてるんだけど」
……女子高生?
女・子・高・生?
……って漢字でどう書くんだったっけ??
「「ぷっ…!」」
噴き出すタイミングが重なる。
「きゃぁぁぁぁぁ♪ ナギくんがっ、ナぁギくんが犯罪者ぁあぁあぁーーっはははははっ!」
「そうそう! ったくあのヤロー年上専とか散々いっといて、逮捕するしかないだろー!?」
「緊急逮捕緊急逮捕ー♪ あーっはははははは♪」
こうして深夜の臨海公園は、女ふたりの黄色い声にその雰囲気を吹き飛ばされていくのだった。
次回、中編をお送り致します。
ご期待ください。
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