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休日のトキメキ (後編) Episode3 |
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| Chapter2 |
丸いテーブルの向こうには見るからに気立ての良さそうな女の人。
一体どういう縁なんだろう、ついさっき出会ったばかりの人とこうしてふたりお茶を飲んでいるなんて。
しかもその人の向けてくる笑顔がやけに親しげだったりするものだから、思わずこちらも愛想笑いとかしてしまう。
「山名さんってあなたのことだったんだー。 なんか会えて嬉しいー」
「そうですかー? えへへ?」
「うーん。 ほら、翔くんに猛烈アプローチしてるんでしょう? 聞いてるよー」
本日2店目のコーヒーショップは西口駅前のスターバックス。
さらにこのあとのバイト先まで足せば1日に3店も回ったことになる。
こういうのなんて言うんだっけ。
ハシゴとか言うんだったっけ?
ま、いいや。
どっちにしろ、そのハシゴだかなんだかをしているのはあたし1人だけじゃないみたいだし。
「えっと、さっきのお店にもいましたよね? たしか窓際の辺りの席に…」
「あははは、そうそう。 ちょっと雑誌でも読もうかなーって思って来てたんだけど」
「そうなんですか」
「そしたら急に翔くんが入ってくるんだもん。 しかもカワイイ彼女連れて。 びっくりしちゃった」
「あ、えっと。 あたしは別に、翔先輩の彼女ってわけじゃないんですけど」
「うん、知ってる。 ちょっと言ってみただけ」
……。
ふ〜ん、なるほど。
それとなく探りも入っていたりすると。
ま、単に翔先輩目当てならあのタイミングで声をかける必要はなかったし、
そうだとすると用があるのはむしろあたしの方という訳か。
それならそれで話は早い。
5時からのバイトまであと1時間ちょっと、のんびり社交辞令を交わしていられるほど暇人でもない訳で。
「あーあ。 せっかく久しぶりに会えたのに、翔くんすぐどっか行っちゃうんだもーん」
白々しいことをさらりと言う。
翔先輩がどう反応するかなんて、最初からわかり切っていたくせに。
「あ、なんか塾に行くとかってゆってましたよ。 受験生ってやっぱり忙しいんですね」
「でも土曜日に講義なんてないし。 ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいと思わない?」
「あ、それもそうですよねー。 えへへ」
「うん、やっぱりそうだよー。 あはは」
あれからというもの、翔先輩はまるで逃げるようにしてあの場を立ち去ってしまった。
やっぱりあたしと一緒のところを前の彼女に見られて居心地が悪かったんだろう、
ぱっと見和やかだった2人の会話も実はあまりよく噛み合っていなかったように思う。
別れ際の後姿なんてほんとに頼りなさげで、LLサイズのジーンズジャケットが不思議なくらい小さく見えた。
あんな様子じゃ、予備校なんて行ったって大してはかどるとは思えなかった。
…そう。
見かけによらず結構繊細な人なのだ、翔先輩は。
それなのに、この人は。
岸本香澄さんは……。
「それで、お話ってなんですか?」
初対面のご挨拶は、この辺でお終い。
「ううん、別に。 ちょっと翔くんのこと訊いてみたかっただけ」
いい加減その無邪気な笑顔はやめて欲しい。
友達同士雑談しにきた訳じゃあるまいし。
「どうしてそんなこと、気になるんですか?」
「どうしてって。 いけない?」
「いけなくはないですけど」
「ないですけど?」
「未練とか、あったりするんですか?」
「どうして?」
「そうじゃないんですか?」
「ふふふ、それはどうかなぁ……?」
暖簾に腕押しとはこれのこと、全然手応えがない。
仕方がないのでもう少し強めに煽ってみることにする。
「自分から振っておいて、いまさらですか…?」
にわかにきょとんとした顔をされる。
「振った、……て、私が?」
「他に誰がいるんですか」
「翔くんを?」
「そうですよ。 受験に忙しくて、それでって」
目の色がすっと変わった。
なかなかいい感じ。
「……山名さん。 それは違うの」
「誰に聞いたのか知らないけど。 でも、違うの」
何が?
何が違うっていうの?
どう取り繕ったって、あなたは結局…っ。
「もしどちらかがっていうなら、それはきっと私の方」
……え?
「私の方が振られたのよ。 翔くんに」
◇ ◇ ◇
「オーダー入りまーす。 2ショートラテー」
「「2ショートラテー」」
「アイストールラテー」
「「アイストールラテー」」
レジからのオーダーを復唱するとすぐにも作業に取りかかる。
カフェラテのショートが2つにトールが1つ、トールの方はアイスで。
それからカプチーノとドリップがそれぞれショートで1つずつ、のご注文ね。
わっかりましたー、と無言で口ずさむうちにも専用のマシンたちがそれぞれにうなりはじめる。
ぷしーー!
じゅるるる!
こうやって真似しちゃうとなんだかマヌケっぽいけど、業務用のマシンなので結構迫力だったりもする。
もうすっかりメジャーになったシアトルスタイルのエスプレッソはスーパーやコンビニでもたくさん見かけるし、
いまやどこもかしこもエスプレッソ、エスプレッソ、エスプレッソだらけ。
変わったのは中身だけじゃない。
容器にしたって何かとそれらしいスタイルのものが増えてきていて、
いわゆるスタバ系デザインのカップドリンクを街でもよく見かけるようになった。
ま、冷たいドリンクにストロー刺して飲むんじゃあのキャップの意味ないんだけど。
ていうか、味だって普通に缶コーヒーの方が美味しいし。
でもなんか女の人っていまひとつ缶コーヒーに手を出しにくいらしくて、
それでああいう親しみやすいデザインにして買いやすくしてあるんだって。
なーるほどー。
でもその割に、エスプレッソ自体の知名度はいまひとつ広まっていないような……。
「お待たせしましたー。 カフェラテのショートになりまーす」
「アイスラテのお客さまー。 シロップとクリームはそちらになりますのでー」
「カプチーノのお客さまー、ドリップのお客さまー。 お待たせ致しましたー」
エスプレッソとドリップ。
最後の人がそう注文してたみたく、この2つは同じように見えて実は別物なんだって。
シアトルスタイルではなみなみとミルクを注いじゃうから余計にわかりにくいんだけれど、
蒸気の力で短時間に抽出するエスプレッソはそもそも味も香りも普通のドリップとは違っていて、
本場イタリアではストレートのものに砂糖だけを加えて飲むのがメジャーなスタイルなんだとか。
ほら、あのデミタスとかいう小さなカップで少しずつ飲むタイプね。
かといって本場のスタイルがそのまま世界中でもウケるかといえばそう甘くもない訳で、
その証拠にこうしてアルバイトをしていてもエスプレッソのみというオーダーはめったに入らない。
自称喫茶フリークのあたしでさえ何度か味見したことがある程度だし、
この前お母さんと飲んだ時にも 『こんなの飲めないわ』 と一蹴されちゃったし。
それでもこだわっている人は結構こだわっていて、人によってはシアトルスタイルを邪道扱いすることもあるらしい。
水やミルクで薄めるなんてそんな濃縮果汁じゃあるまいし、ってね。
そんなこんなで8時過ぎのミニラッシュを大方さばき終えると、
客席の掃除を簡単に済ませてから休憩を取ることにする。
右手にあるワインレッドの缶には、なぜかドクターペッパーの文字が。
……自分で買った訳じゃないよ?
ていうか、売ってるお店知らないし。
バイトの仲間が休憩行くならって渡してくれたのはいいんだけど、なんでよりにもよってコレなんだろう。
あんまりいい噂って聞かないしなぁ……。
という訳でタブも開けずに放っぽり出してしまうと、アクセル全開でボケーっとすることにする。
ぼけー。
ぼけぼけー。
……。
『翔くんにはね、もうずっと前からいたの』
……。
『私、言えなかったの』
『だって本人は無自覚だったみたいで。 でもやっぱり、一緒にいるの辛くなっちゃって』
『ま、受験のこともあったから、人前では私からってことにしてあるんだけど。 ふふふ……♪』
……。
……なんだそれ。
他に好きな人いたのに?
それに気付いて別れた?
意味不明……。
意味不明、意味不明、意味不明っ!
せんせー!
わっかりませ〜ん!!
『何でそんなこと、あたしに?』
だって初対面だよ?
『う〜ん。 ひとつは忠告、かな?』
……忠告って。
『実際、いまの山名さんには無理かも。 去年の私みたいに』
『それってもう手を引けってことですか? 去年の先輩みたく』
『ううん、別に? 私はただ意見を言ってるだけ』
『そんなことゆうためにわざわざ誘ったんですか』
『ううん。 山名さんにちょっと興味あったから』
『嘘。 なんでそんな嘘つくんですか』
『嘘なんて。 だって私、翔くんとのことはもう済んでるもん』
……。
……余裕だ。
棘のある口振りで本音を引き出すはずが、意図に反してまるで動じない。
なんだか自分ばっかり空回りしてるみたいでだんだん嫌になってきた。
それなのに先輩の表情は相変わらず親しげなものだから、どうにもこうにも腑に落ちない。
一体何を考えているんだろう、この人。
なんかちょっと、気持ち悪い。
『本音を言うとね、ちょっとだけ期待感あったりして』
……期待?
『だって山名さん、すごくバイタリティあるし』
『あなたならもしかして、翔くんのこと…って』
『ほら、恋は奪うもの、ってね? ふふふ……♪』
……。
こうなったらもう喧嘩腰だ。
『あたしが奪っちゃっていいんですか? 先輩はそれでいいんですか!』
『いいも何もないの。 私はもう卒業して大学生になっちゃってるんだから』
だからなんなのそれって訊いてるのさっきから。
大学生になっちゃってる?
大学生だったらなんだってゆうの?
『高校の話は高校限りでお終い。 時効成立。 それが片想いならなおさら』
…………!
気が付いたらもう力いっぱい缶のタブを押し開けていた。
1度は放り出したはずの例の赤い缶、途端に溢れ出す炭酸の泡。
ドクターペッパー?
ドクターペッパーだったらなんだってゆーの!?
薬品だの毒物だの呼ばれてたって実際ただのコーラでしょー!?
ゴクゴクゴク!
…………。
……あれ?
飲める。
全然飲める。
別に美味しい訳じゃないんだけど……?
そのままさらにもう一口。
「ん…?」
「んん〜?」
「んんんーーっ!?」
飲める!
こいつ、飲めるぞっ!
飲めるからには一気飲みだてめーこのやろー!!
……って、仕事に戻ったら早速 『ジョークのつもりだったのに…』 とか言われちゃうし。
かと思えば 『お店で売ってるんだからきっと大丈夫』、 とこれまた微妙なフォローが入るし。
あ〜あ、もうあたしって一体……。
◇ ◇ ◇
仲間ひとりひとりに挨拶をして店を出ると、すぐにもポケットから携帯を取り出す。
地下街の階段を駆け上りながらマッハでアドレスを検索して、レトロな呼出し音の後には待ちに待ったテナーの声色。
「…はい、もしもし」
緊張しているのか、最初の一声が出てこない。
ついさっきまでのドクターペッパーのトリップ効果を思い出すことにする。
「翔せんぱぁぁい! こんばんはー!」
「おー、山名か。 って、そんな大声出さなくてもなぁ」
「こんばんはー! こんばんはぁー!!」
「わかったわかった。 バイトの方は終わったのか?」
「はぁい。 あたし今日は9時までなんです」
「ちょうど今までか。 ご苦労さん。 それで?」
「えっと翔先輩、いまどこにいます? まだこっちにいるんですか?」
「え? ああ、いるよいるよ。 俺もちょっと前に切り上げてきたところだから」
そうか。
それなら好都合。
良くも悪くも今日はツイてるみたい。
「そうなんですか! それでしたら一緒に何か食べましょうよー!」
「なんだお前、また食うのかよ!? 昼間にいっぱい食べてたじゃないか!」
「えええー? そんなに食べてませんよぉー?」
「嘘つけー!」
「おやつですよ、おやつ♪ 先輩、お腹空いてないんですか?」
「いや、そりゃ空いてるけどさ……って、おやつ!? お前、いま何時だと…!?」
「それじゃ決まりですねー! えっと、場所はー……」
携帯を閉じると、すぐまた走り出す。
走って、走って、待ちきれなくて。
翔先輩の、ところへ。
あれからあたしは、香澄先輩とふたりしてバイトの時間ぎりぎりまで話し込んでいた。
緊張した雰囲気なんてそれこそ最初の何分かだけで、後はもういつも通りの泥沼トーク。
人柄なのだろう。
そのふわりとした笑顔と語り口に、こちらの戦意は自然と薄らいでいった。
ぶっちゃけた話、一方的に懐柔されちゃったのかも知れなかった。
それでもよかった。
だって香澄先輩は、自分自身の素直な気持ちを。
翔先輩への想いを、まっすぐに話して聞かせてくれたのだから。
『私、翔くんのことほんとに好きだったの』
それでも、2人は別れてしまった。
『もしかしたら。 いまもずっと、好きなのかも知れないの』
それなのに、もうよりを戻すつもりはない。
『だってもう、卒業だったし。 ちゃんと線引きしておかないと、ね……?』
だから、大学生になる前に。
自分自身の手で、自らの気持ちに決着をつけた。
納得はできない。
好きなのに、別れる。
好きだからこそ、割り切る。
そんなのあたしには分からない。
だけど……。
「俺、こんな時間にミスドで食べるなんて初めてだよ……」
「あれ? おやつにするっていいませんでしたっけ? おやつおやつ」
「やれやれ。 お前といるとほんと甘いものには事欠かないな」
「だって甘いもの美味しいじゃないですか。 甘いものバンザーイ!」
「ったく、食いしん坊な奴だ。 いまや中学生だってダイエットだの整形だのいう時代なのに」
「ダメですよ、育ち盛りなのにそんなことしちゃ。 貧血! 栄養失調! 骨粗しょう症!!」
「わかったわかった! ほら、俺の分もやるからたんと食べろ。 な?」
「わ〜い! 翔先輩のドーナツも〜らい!」
「なんか俺、ペットとか飼ったら絶対餌やりすぎちゃうような気がする……」
「ええ〜? ダメですよー、それで太らせちゃったら動物虐待ですよ?」
「お前のことを言ってるんだよ、お前のことを! わからない奴だなー!」
「えええ〜?」
ペットときたか。
エサときたか。
こっちの気も知らないで。
「ほんとに太っちゃったらどうします?」
「え?」
少し身を乗り出しながら、意味深な目をしてみせる。
「あたしだって、まだまだ育ち盛りなんですよ」
「食べたら食べた分だけ、どっかしら育つんですよね」
「胸とか、もっと育っちゃったらどうします? ……くふふ♪」
それを聞くなりあからさまに視線が宙を泳ぎ出すものだから、こちらとしてはもう愉快でたまらない。
ふ〜んだ、なんだかんだ言ってちゃんと意識してるくせにさ。
あたしだって女の子なんですよ〜だ。
犬や猫とは違うんですよ〜だ。
……と、心の中で舌を出していたら。
うろうろと泳ぎ回っていた先輩の目が突然ピタリと止まって、カッと光る。
次の瞬間にはこちらのトレイから食べかけのドーナツが奪い去られて、あっというまに丸飲みにされてしまった。
「ああーっ! あたしのドーナツっ!」
悲鳴を上げるも時すでに遅し。
すぐにもやってくる第二波は全力でガードする。
「ちょっと翔先輩! あたしのに何するんですかぁーー!」
「なんだよお前、太るの嫌なんだろう? だから手伝ってやってんだよ!」
「返せぇ〜! あたしの胸を返せぇえぇー!!」
「む、胸ってお前なっ! そもそもそいつは俺のドーナツでっ……!」
「ガウー!! ガウガウッ!!」
「うおわぁっ!? またそれかよっ!!」
……。
……悪くない。
こんな関係も悪くないな、と素直にそう思う。
だけど…。
『訊かなくていいの?』
翔先輩が、ずっと前から好きだった人。
『私、知ってるんだよ?』
香澄先輩が、そうだと気付いてしまった人。
それでも、あたしは……。
『…うん。 山名さんなら、きっとそう言うと思ってた』
『でもそれは、私も訊けなかったことだから』
『直接訊くからには、それなりに覚悟しておいて……』
……。
……覚悟?
覚悟ってなんだそれ。
あたしはただ、いま自分の置かれている立場が気に入らないだけ。
“悪くない関係” だなんて、そんなのちっともあたしらしくない。
ていうか、先輩の方こそ一体何をやってるわけ?
せっかく好きになったのに。
せっかく付き合ってたのに。
それなのにそうやってひとりで割り切って、勝手にいなくなっちゃって。
あたしはそんなの認めない。
気持ちを残したまま手放しちゃうなんて、そんなの絶対に嫌。
……そうだ。
だからあたしは、今夜この場所で……。
「翔先輩」
「ん?」
「ひとつだけ、訊いてもいいですか?」
「ドーナツならダメだぞ?」
「じゃなくて」
「別にいいけど、何?」
「そうですか。 それじゃ訊きますけど」
「うん」
「先輩の好きな人って、誰なんですか?」
「え…?」
……翔先輩との関係に、ケリを付ける。
次回予告:
こんな配役は気に入らない。
こんな脚本ならいっそ書き換えてしまおう。
舞台の真ん中であの人と踊るのは、自分ただひとりだけ。
次回、二章第四話、 『ミスキャスト』 。
ご期待ください。
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