二日目。
今日は午前中はガイドさんについて観光。朝8時40分にはホテルのロビーに下りねばなりません。7時過ぎにごそごそと起き出し、化粧を済ませてせのおさんと廊下に出る。
エレベーター待ちをしていると、中国語の縫い取りがしてある服を着たおじさんと一緒になった。どこの国の人なのか見当の付かない顔をしているが、とりあえず日本語は上手だった。……日本人だった。そりゃ日本語上手いの当たり前だ。
ロビーの隣の朝食を食べるスペースに行ってみると、町屋さん国香さん秋芳さんらんさんが御飯を食べていた。もう座るところがないねえ、メイコさんとあらたさんが来るかな?じゃあ4人がけのテーブルを……と見回したところで、一緒に立っていたおじさんが「ここなら3人座れるから」と指差している。

………何故。

と思ったが、見かけの割にとっさの事態には結構弱い私、思わず座ってしまう。何故。どうしてこのおじさんと一緒に朝ごはんを食べることになったのか、何度考えてもわかりません。せのおさん、わかりました?(<多分私が先に座ってしまったせいだと思うが)

よくわからないながらも、朝御飯を選んで食べる。隣でらんさんたちが大うけしていたのはこれかーと、せのおさんが食べているパンケーキを横目で眺めつつ(<「パンケーキ」と書いてあったら、本当に付け合せも何もなくパンケーキしか出てこない。台湾人は書いてあるものしか出さないんだな!と…)、五十代と思しきおじさんの話を拝聴する。なんでも昔、台湾に子どもの頃に住んでいたのだが、どさくさで卒業証書をもらえなかったので、やっともらいに来たんだよー、ということらしい。

「終戦の時に師範学校の付属校の生徒で……」あの。今、終戦って言いました?朝鮮戦争とかじゃなくて大東亜戦争、の方の終戦かしら?(<どっちもたいして変わらねえだろ)えーっと終戦が昭和20年で、昭和が64年まであって、今が平成16年だから・・・(とっさに西暦で計算できない人)……もうじき終戦から60年なんですけど、その頃に学校通ってたってことは、少なくとも70代だよな……やはり中華圏で育った人間は幼少期になんか違うもの食ってるのか?

とうとう正確な年を聞けないままに、何故か最近おじさんがでかけた孫娘たちとのヨーロッパ旅行の話まで拝聴することに。孫娘たちはブランドものは自分のお金で買うが(もちろん旅行費用は彼が出している)、買った重いバッグはおじさんのバッグに詰めてもたせ、自分たちは紙袋しか持って歩かないらしい。むごい。買ったものは自己責任だろ、自分で持てよなーと、
沼津から一升瓶1本と干物1ケースを全部担いで帰った私は思うわけで。
「で、あんたたちは学生さんかな」
「いや、もう就職してますが」
「へええ、よく働いてて休み取れたな」
「………実はいっぱい仕事残してきてるんですけど……(思い出すと二人とも暗い顔に)」
「就職したばっかりかな」<彼の孫娘は上が大学四回生らしい
「いや、大学四回生を六年ほど前に終えたくらいの年なんですが」
「………思ったよりだいぶ大きいな」

余計なお世話だ。と思いつつ、「ホテルのすぐ次の角まがった辺りに屋台の夜市が毎晩出るから行ってみたらええわ」という情報を得る。なんだかRGPやってるような気分だ。<「夜市の情報を追加した。串ものが安いらしい」

一旦部屋に戻って荷物をつかんで、再度ロビーに下りると、ガイドの楊さんが待っててくれている。おはよーございまーす。あ、そうだ。
「楊さん楊さん、これ」
コンビニで昨晩お買い物したレシートを渡す。台湾ではお店で買い物するときのレシートの上に数字が書かれていて、これが政府主催の宝くじになるのだ。この数字の番号で、政府は店の収入を把握するらしい(脱税対策ってこと?)。数ヶ月ごとに抽選があるらしいけど、あたってるかどうか調べるのも大変だし、「いらなかったらくださいね」と楊さんが言っていたので、私たちはせっせと楊さんの為にレシートを溜めることにした。まず1枚ね。
「ども、ありがと」と受け取った楊さんは、じっとレシートを見て
「ビール2本買ったね」と言った。……そういうところは見ないでよろしい。
圓山大飯店の門

↑圓山大飯店の門。
本体もこんな感じの装飾。
さて、観光出発です。
小さなマイクロバスに乗って、私たち8人だけでガイドしてもらえるので、気楽。最初の目的地はつい数年前に亡くなった宋美齢が持っていたという「圓山大飯店」。そういや『宋家の三姉妹』(<孫文と毛沢東と蒋介石に嫁いだ三姉妹の映画)まだ観てないなーと思いながらバスを降りる。台湾を代表する有名な中国建築のホテルで、赤や黄、緑を多用した非常に華やかな大きなホテルです。「ほんとは今は宿泊客以外は入れないことになっているので、
こっそり入りましょう」……それは観光ツアーコースとしてどうなんだ!(笑)

とはいうものの、ロビーの高い天井が寺院のように飾りの入った四角いプレートを敷き詰め、そこから中国風のランプを下げたもので「あのタイル一枚欲しいね」「部屋に額みたいに飾りたい」と話すくらいには充分見応えがあったのでした。そういや台湾で初公演という「女子十二楽坊」がここに泊まっていたらしく、「歓迎」のプレートが出てましたっけ。

次の目的地は「行天宮」。関帝廟です。関羽が商業の神様になったのは「義理堅いから」だそうですが、そういやギリシアの商業の神様ヘルメスは「泥棒の神様」だったよなー、これって国民性の違いかねとかどうでもいいことを考えながら、楊さんのあとをついて入る。華やかな色彩の建物の中は、信者でいっぱい。青い揃いの衣装を着ているのは在家の信者さんだそうです。台湾は供え物をそのまま持って帰って食べていいのだとか。これは「神様のお下がり」という考え方によるものだそうですが、そのせいかそこかしこに果物が山盛り。はっなんか今ヘンな匂いが!と思ったらドリアンでした……きょろきょろしていたら、日本語のとても流麗な初老の女性が「お守りをあげましょう」とプリペイドカードくらいのカードにお経を刷り込んだものをくれました。台湾でおめでたい色とされている赤い紙ケースが綺麗。よくよく見るとお守りの本体には「PET」のマークが……再生紙なんだ…。すぐ目の前の地下道には「占い横丁」という占い師の集まった一画があるけど、楊さんは「オススメしません」と言ってました。なので、そのままバスに戻って、移動。車窓から町並みを眺めているだけでも面白い。ちょうど「CATS」が来ているようで、そこかしこに見かける広告には「音楽劇『猫』」とありました。……まんまや!

なんとなく宇宙に飛び立ちそうです。
↑中正記念堂。

なかなかハンサムだ。
↑微動だにしません。

次は「中正記念堂」。
名前のとおり、蒋介石の記念モニュメントです。白い建物に青い屋根がきれい。台湾の国旗の色だそうです。蒋介石が乗ってた車などを観てから、上の層へ。ここには巨大な蒋介石の坐像があるのですが、それは割とどうでもよく、私たちの視線はむしろそばにいる衛兵に釘付け(笑)。

台湾は徴兵制の国で、基本的に男子は18歳から20歳まで兵役に行かねばなりません。おかげで「アジアン・ポップス」を読んでいると「○○は兵役の為、二年間活動を休止することになりました」などという記事を目にするわけです。<但し人気のある歌手だと、慰問部隊にまわったりすることもあるらしいけど。

「私も兵役、行きました」という楊さんに「陸海空軍、どこに行くかってのはどうやって決まるの?」と訊いてみると
「くじ引きです」というシンプルなお答えが返ってきました。うむ。公平だ。

やっぱり人気のない任地というのはあるらしく、例えば金門島。有名な軍事施設のあるところだけど、兵役中は年に数日しか休みがないので、
当然彼女にはふられるそうです。なので、それを引き当てた人間が出ると、周りの人間は拍手するとか。陸軍に行ったという楊さんによれば、5キロを21分以内に走れないと罰則だそうです。いやん。

ま、そんな感じの軍の中でも、こういった場所の衛兵はエリート。その代わりものすごくキツいそうです。なにしろまばたきしてはいけません。そりゃ人が見てないところでするんでしょうが、「私が見てたときはほんとにまばたきしてなかったよ」と秋芳さんが言ってたくらい。あまりの姿勢のよさにマネキンかと思ったよ、最初。えーと、フラッシュたいたらいかんよなー?(こっちが気を使ってしまう<でも写真は撮る)。

痛い。マジ痛い。
蒋介石の年齢の数だという階段を下りて、広い公園の中の「健康歩道」というところに向かう。要するにコンクリートに石がびっしりと埋まっているところを靴脱いで歩くというものなんですが………私は
1メートルで挫折しました(<早!)。だってー痛いんだよこれ。青竹だって痛くてろくに踏めない私にはムリだわ!夜は足ツボマッサージの予定なんですが、こんなんでだいじょうぶなんでしょうか。

バスに戻って、中国茶セミナーへ。小奇麗なビルの地下にあるお店の個室で、日本語の上手な女性(日本に住んでいたそうです)にお茶をいろいろ出してもらいました。ちゃんと酒類に、違った種類によって淹れ方が違う、のだけどもう全部忘れました(笑)。ほのかに甘みのある烏龍茶と香りのいい茉莉花茶が美味しかったのだけど、結構いい値段がしたので(ツアーに組み込まれている店が割高というのはわかってるんだけど、ちゃんと味見できるしね)、烏龍茶をひとつと、二十年もののプーアル茶を皆で分けて購入。ほんとは茶器もちょっと欲しかったのだけど、絶対日本で自分で手間かけて淹れることはしなさそうだしなーと諦める。値段も結構いいし。

午前中最後の予定はDFS。免税店です。では何時にここでねーと楊さんが言うと、車で酔って気分悪くなっちゃって休んでるらんさんを除いて全員が菓子売り場へ。
「職場への土産買わないと!」<社会人ですねー(涙)

台湾の土産ものとしてはパイナップルケーキが有名なのでそれにしてみる。新東陽というメーカーのが有名だとガイドにあったけど「あそこのはマズイです、DFSに置いてあるやつのほうが美味しい、パイナップルの厚みが違う」と楊さんが断言するので。1箱15個入り。えーと職場には2箱ありゃいいかな。「5箱買うと10%引き、8箱買うと15%引き」とあるので、「じゃあさ、一緒に買って分けようよ」「あ、私は
一人で8箱買うから」……秋芳さん。それいったいどうやって持って帰る気なの?<1箱0.8kg

そういや私は家にからすみを買って帰らねばならないのだった。からすみの冷蔵ケースの前で思案していると、お店のおねえさんが寄って来て「色濃いの、おいしい」という。「これはどうかな」「これはダメ」……ものすごく真剣に選んでくれて、二人で無言で50個以上あるからすみを黙々と選り分ける。その中からおねえさんの眼鏡にかなった二枚をレジで買う。たまたま日本円のレートがいい時期だったので、1台湾元が3円弱。1枚1,800円てとこです。日本だとこれで3,000円はしちゃいそうだなー。

集合時間になって、楊さんが「買いましたね」と呆れ顔で私たちの荷物を見ている。うん。日本人女性観光客らしい姿でしょ?でもこれ、
ほとんど全部パイナップルケーキなんだよねー。輸入業者かってくらいの量を抱えております。

「さて、これから皆さんをホテルで降ろします。また夜六時にホテルに迎えに行くので……」
「楊さん楊さん」
「なんですか」
「総統府見てない」
「総統府?総統府なら中正記念堂の隣にあったよ」
「見てないー!」

私がしつこく総統府にこだわるのには訳がある。「台湾でどこ観光したーい?」と訊いてるとき、ガイドブックを読んだ私が最初に「ここ!」と思ったのが総統府なのである。コロニアル式建築で現在総統が執務している場所である、とかそういうことはどうでもよく。
「日本統治時代の第4代台湾総督、児玉源太郎が長野平治の設計で台湾総督府として建設し、1919年に完成した」……児玉源太郎ですよ。日露戦争のときの陸軍大将で、満州軍総参謀長だった。そういや確かに台湾総督だったよね彼。行きたい行きたい!と夜中に一人で騒いだ挙句、翌朝もう一度ガイドを読み直して「1906年に死んだ彼がここで執務したはずがない」という当然の事実に気が付いたのでした。つまり私の一晩だけマイブームだった場所。でもどうせならちょっとだけ見たいなー、と思うのが人情。てっきりコースに入ってると思っていたのですよ……しょんぼり。

まさかそんなに総統府に拘る女がいるとは楊さんも思っていなかったらしく(<そりゃ普通はいないだろう)、しょぼんとした私が気の毒になったのか、ごそごそと何か取り出したと思うと「これ、総統府よ」と200元札を見せてくれた。
マイ総督府。下の箱はからすみ。
「ここ印刷されてるのがそう」
200元札はあまり流通していないらしく、日本の二千円札みたいなものらしい。一緒に行った人たちはなんで私が総統府行きたいと騒いでるのか知ってるので「あねごー、両替してもらいなよ」と言ってます。というか、
笑われてます。うん。とりあえずこれでもないよりいいかな……。<100元札二枚と両替。

「私だけの○○。お金では買えない価値があるってクレジットカードのCMあったよねー、
あねごだけの総督府。……って、まんまお金だし!

……オチまでつけてくれてありがとう秋芳さん………写真撮ってみたよ、マイ総督府。

そんな200元札を握り締めている私をよそに、バスはホテルに到着。また六時に迎えに来てもらうことにして、ホテルで精算とパイナップルケーキの分配(笑)を済ませ、まずはお昼御飯に。出発数日前、通勤時間に延々と「庶民の味」というコーナーばかり読み込んでいた私が選んだのは、ホテルから歩いてすぐ近くにある「丸林魯肉飯」という店。自助餐式(セルフサービス)で好きなものを指差してよそってもらい、トレイに乗せる。中華って色鮮やかだし、もう1時まわってるしお腹すいたしで結構いろいろトレイに乗せ、席につく。ここはそぼろ肉としいたけの煮込みを乗せた魯肉飯が名物なのでそれを頼み、あとスープははまぐりを選んでみた。あ、おいしい。最初にぎやかに食べていた私たちだが、だんだん口数が少なくなってくる。

「TVチャンピオンのテーマが聞こえる………」<大食い選手権

ほんの小皿のはずなのだが、妙に量が多いのだ。しかも御飯もちゃんと飯碗にしっかり入ってるし、しかもスープはむしろどんぶりだろうこれ!?というサイズなのだ。甘かった。値段の安さに騙された。

「しかも私たち、夜は鼎泰豊(ティンタイフォン)の小籠包食べに行くんだよね?」
「歩く!とにかく午後は歩いて消化しよう!」

やっとのことで完食した私たちだが、レジでの支払いは一人600円くらいだった。台湾は物価が日本に比べるとずっと安いのだ(その代わり、大卒の初任給で9万円程度だから、あんまり口に出して「安い安い」と言うのは考えもの、とガイドにはあったけど)。
ずっしりと重くなった腹を抱えて、MRTの「圓山」駅まで歩く。こっちのMRTは線によって色分けされていて、東京の地下鉄というよりは大阪の路線図に似てる。それで行くとメインの赤い「淡水線」が御堂筋線かな。この淡水線でいったん中央駅である「台北車站」駅に行き、忠孝敦化駅まで出てショッピング。中国刺繍の入った服だとか雑貨などを見て歩く。私がちょっと欲しかったのは、蔵書印。押すと本が売れなくなる蔵書印。わかってるの、頭ではわかってるの。でも欲しいんだよな。一緒に眺めてる町屋さん、らんさんと並んでいろいろ手に取ってみる。石が冷たくて手に馴染んで気持ちいい。いいなあ欲しいなあ。

「これとか好きだな、字体が。『延年』ってやつ」
「これもいいね」
「でも本売れないんだよね、押してあると」
「そうなんだよね……あ、これもいいな、ヨシフル(好古)」
「ヨシフル?」
「コウコじゃなくて?」
「……好古って名前の軍人がいたんだよ昔」(<秋山好古。陸大の一期生で日本騎兵の父。日露戦争で活躍。ちなみに酒が燃料。好きv)

二人を心底がっくりさせるだけさせておきながら、結局買いませんでした。欲しかったけど。すごく欲しかったけど。いつかあの廊下に積んだ軍事資料の山を神保町の軍事書籍専門店に売り飛ばす日の為に!………売る気はあるんだよ、なかなか決断がつかないだけで……。

スタンドカラーのチャイナ服っぽいブラウスを買ったりしつつ、時間は……えーとねー、そろそろやばいかもー。五時半ですー。楊さんが迎えに来るのが六時……最寄駅からホテルまで徒歩10分なんだよね……走れ!

ところで台湾の信号はいいです。かわいいです。信号機の下にあと何秒あるか、時間表示が出るのもいいけど(うちの会社の前の信号につけてほしい)、青になったときの人の表示が、普段は人がてくてく歩いている電光表示なんだけど、時間が残り少なくなると点滅して走り始めるのです。かなり一生懸命ぽくてかわいい。日本にも導入してくれないかな、これ。

行きは「圓山」駅だったけど、今回降りたのは「民権西路」駅。ホテルは両者の中間にあります。えーっと道がわからん。必死で地図をにらみつつダッシュ。なんとかホテルに戻りついたのは、約束の6時を10分過ぎてました。ゴメンねー楊さん。荷物を下げたままバスに乗り込み、一息つく。夕食は新宿タカシマヤに入っている「鼎泰豊」の本店で小籠包を食べるというコースなのです。さっきの昼御飯がまだ完全に消化しきれていない私たちに果たして食べきれるのか!?

鼎泰豊の本店は混んでました。外にも列がついているし。間口の狭い小さな店なのです。建物はとてもきれいで明るいけど。でも回転が早いのでそれなりに入れるらしいです。私たちはツアーで予約しているけど、あまり遅れるとまずい。ぎりぎり間に合ってバスから降りた私たちが入り口で「入っていいのかなー」と中を覗き込んでいると、入り口に立っていたおじさんを楊さんが示して「この人、オーナー」と言いました。……まさかオーナーが入り口にいるとは思わなかったので、「え?」という顔を私たちがすると、彼はちょっとはにかんだように笑ってました。……まさか彼も若い日本人の女の子たちに「かわいい」と思われていたとは思うまい…。

さすが店内は日本人が多くて、店員も結構日本語が通じる。
「とりあえずビール……」
日中の熱波と最後の全力疾走にめげた私が頼む(もちろん別料金)と他にも何人かぽつぽつと希望が。私は瓶ビール1本飲むからねー。
やがて「一人○個ずつ」という説明とともに料理が来る。お目当ての小籠包は旨かったし、あとは餃子類とか。が、やっぱり別腹にも限界が。酸味の強いスープ、スーラータン(時おり顔出しに来る楊さんの説明によると、赤っぽい塊は豚の血なのだそうです…へー。旨い)でちょっとすっきりしたような気がしたけど、
それは錯覚です。チャーハンが来た辺りでかなり全員ギブアップ。
「これ、持って帰れたらいいのに………」
「楊さんにダメもとで訊いてみようか」
尋ねてみると「だいじょうぶですよ」と包むよう店に頼んでくれた。スープもだいじょうぶらしい。ありがとう楊さん!とうとう私は
ビールを1本飲みきれませんでした(「あああ勿体ない〜、ビールも包んでくれたらいいのに…」「あねご、それはムリだろう」)……いかに私たちの胃が限界だったかわかると思います。

次の目的地は「士林夜市」。延々と店が並ぶ間を縫って屋台が並ぶ、巨大なアメ横みたいなものです。台湾には夜市がたくさんあるんだけど、ここが最大で、観光客も多い。

さて、バスに揺られている間、楊さんは客を退屈させていはいけないので、いろんな質問をします。主に漢字クイズ。
「これは何と読むでしょう?」<蝙蝠
「コウモリ」
「よく読めましたね……
あなた、漢字好きな人ですか?
背後で笑われてます。ええ、どうせ私の原稿は漢字が多いですよ(笑)。しかしいろいろ聞いてみると面白い。「三明治」でサンドイッチ。あと鼎泰豊の窓から向かいの店の看板を見て「あれは何だろうね」「サングラスかな」と言っていた「隠形眼鏡」はコンタクトレンズであることが判明。なるほど。他にもいろいろ教えてもらったけど忘れました(笑)。

そういやカタカナのない中国語圏では、欧米の人の名前を勝手に漢字表記しちゃうわけですが(例えば「美h頼恩」で「メグ・ライアン」)、これって誰が決めるの?と訊いてみると「メディアが書いて、そのうち主流になったものが定着します」とのこと。ふーん。割と曖昧であるようだ。


夜市です。だいぶ原型を留めた謎の串焼きやジュースを売る屋台に始まり、服に靴、バッグ等等を売っている店がどこまでも続いている。「品質はあまりよくないから、雰囲気を楽しむくらいにしましょう。あとスリに注意です。私の前の会社の同僚、いっぱいお客さんに『スリに気をつけてー』言ったくせに、自分がすられました。
お客さんに両替したあとの三十万円」……げ。それは……「さっき、鼎泰豊の一階にいました」……まだガイドやってるんだ…。
そのほかいろいろと注意を受けたあと、「では四十分後にここで」と楊さんと別れる。

「……社長(=町屋さん)、CD屋があるよ」
「あるなー」
「行っとくか」
「十分だけな!」
「そうだね、十分だけにしないと、私たちそこだけで終わっちゃうからね!」

二人して中に飛び込み、香港・台湾の歌手のコーナーで延々とCDのチェック。1枚150元〜200元くらいだから、500円前後かな。安い。…違法ではない、はず。多分(笑)<本当に違法なら、客引きがやってきて離れた公園で地べたでトランクから選ぶことになる(北京でやった)。

「社長、もう十分経つよ、そろそろ出ないと!」
「そうだね」

外に出るとすごい熱気。メイコさんが嬉しそうに服見てます。台湾って女の子の服かわいいよね、ひらひらしてて。あと何見る?

「社長、またCD屋があったよ……」
「入っとくか……」

中に入ると、何故か秋芳さんと遭遇。しかもものすごい量を手に抱えてます。何それ?
「いやー、日本のドラマのDVDとか安くってさ。中国語の字幕さえ我慢すれば1シリーズ千円くらいなんだよね。ほら
『池袋ウェストゲートパーク』が『池袋西口公園』だって」……そのまんまじゃん!
さらに『スターウォーズ』セットと『マンハッタン・ラブストーリー』等、VCDの山を手に抱えた彼女を見ていたら、なんだか「十分だけ」とか言ってた自分たちがもうどうでもよくなってきたので、そのままその店で腰を落ち着ける。

「私ら、もう今日はここで終わりじゃな」
「そうだね……」
「あ、『最終絶叫計画』がある。これ土産にしよ」

結局、私は『無間道』の2と3のVCDを買った。根性さえあれば中国語と英語の字幕で話はわかります。
あとは根性だけ!(<それが問題)まだ部屋で山積みになってるんだけどな、観てない広東語のVCD……。あとトニー・レオン主演で日本では映画公開だけしてビデオ落ちしていない『上海花』を発見し……
「あねご、『人肉饅頭』あるよ。いらんの?」<主演:アンソニー・ウォン。
「もーいらんわい」
あんなもの、二回も観りゃ充分だ。ついでに『ラスト・サムライ』が
『末代武士』であることを発見し、「こっちの方がギリギリ感が出てていいよねえ」という結論に落ちついた。もーちょいなんかないかねと棚を漁っているうちに。

「……あ、見つけちゃったこれ…」

宋代を舞台にした中国の白話小説のひとつに『三侠五義』というのがあって、皇帝とそれを補佐する名文官と侠客たちというお話で、私は結構これ好きなのだ。<平凡社の古典文学大系に入ってます。日本でも一時期チャイニーズファンタジーものが流行った時に、井上裕美子という作家がこれを下敷きに『桃花源綺譚』という話を書いてました。で、その中に皇帝に仕える「御猫」という仇名の侠客と、それをライバル視してつっかかっていく「錦毛鼠」という仇名の盗賊がいるんですが……この話を下敷きにして作った香港映画で、猫をアンディ・ラウがやっていて、しかも鼠が実は女の子だったという設定の………。

「設定聞いただけでバカラブコメだってわかるよそれ」

そのとおりです。でも何故か監督がゴードン・チャンとアンドリュー・ラウなんだよ…(<香港のアクションものとか刑事ものでいい映画を撮る監督たち)。でもって、力の抜けた皇帝役がアンソニー・ウォン(『インファナル・アフェア』の警視役)だっていうからさ……。
私と夜市。これが全部。
「アンソニー・ウォンのファンサイトでみたら、呑気に風呂入ってるシーンまであるらしいよ……いったいそれは誰に対するサービスショットなのかしらね」
「あねご以外に誰がいるのさ」

いくら私でも、アンソニー・ウォンのゆるんだ腹見て喜ぶほど落ちぶれてないよ町屋さん……。

結局私と町屋さんの夜店は直線距離20メートルで終わりました。短い旅でした。楽しかったね町屋さん……(<隣の写真が私の夜店での収穫)。

さて、本日最後の予定は足ツボマッサージ。台湾式は日本で受けたときにものすごく痛かったので、不安だったのだけど、思ったほどではない。行ったところがツアー客がよく行く「呉神父足部反射区健康中心」というところだったので、日本語が通じます。通じすぎて「この薬を飲んだ方がいい」と勧められますが、一度はっきりと断ってしまえば、あとは別に。むしろ日本語で書かれたその薬の案内がおかしすぎます。オットセイの睾丸から作った強精薬らしいのですが「これであなたもオットセイのように」……ハーレムが作れますってか?

足ツボで「あ、そこ痛い」って言うと、「○○番」とか「腰」とか教えてくれます。手元に日本語で反射区の表もあるので、だいたいわかるんだけど。ほぼ全員がひっかかったのは「三叉神経」でした……要するに寝不足。そりゃね。あと私の場合は「肩」「腰」「膝」……あと「膀胱」…何故?これ結構ひっかかる人が多かったんだけど。「胃」って人もいたなあ。そりゃあね。あんだけ食ってりゃね。胃だって疲れるだろうさ。
しかし私たちの視線は値段表の「足ツボマッサージ」よりも「全身整体」の方に向いていた。700元追加すればやってもらえるらしい。「私やりたい」「私もやる」「じゃあ私も」……一人あらたさんだけが「え、え、どうして皆そんなにすぐに決断できはるんですか?」と困っている。あらたさん。
あと6年経てばわかるから。<彼女一人だけ年が若い(私の6歳下)。

私を担当してくれた女性は足ツボの方はそうでもなかったけど、全身整体のほうはものすごく効いた。最初に背中を押した瞬間、ボキボキベキーッ(数メートル離れていたあらたさんの耳にまで届く音だったらしい)という音がして、
「アナタ、ボキボキネー」と言われてしまった。カタコトだけに結構響く表現だ…。そのまま数十分後、終わったあと皆だいぶ何かがほどけたような顔をしていた。
「肩より上に血がめぐってる実感があるのって久しぶり……」
どんだけボロボロなんだ私たちの身体。

私たちが時間を延長したせいでツアー会社のバスは途中で帰ってしまい、足ツボのところの送迎用バスでホテルまで送ってもらうことに。本当はこれ、クーポン券だけツアーについてて、自力でタクシー使っていくはずなのですが、楊さんはツアーのバスが使えるよう時間を組んでくれて、最後ホテルまで送ってくれました。ほんとにありがとう。時間延長するーとかワガママ言ってゴメンね。私たち、とてもいいガイドさんに当たりました。……新婚の奥さんが香港で仕事してなかったら、途中で見捨てられてたかもしれないけどね(笑)<新婚三ヶ月にして早くも台湾と香港で別居して仕事しているらしい(「結婚前からそうよ〜」と言ってたけど)。

「オニキス」。唇がセクシー過ぎます。 ホテルに戻って、今晩の酒を仕入れに(笑)コンビニへ。今日はセブンイレブンにしてみました。あ、こっちの方が品揃えがいいよ。なんか面白いものないかなあ……はっこれは!

今回の旅で見つけた一番の脱力グッズがこれ。
「オニキス」です……上に小さくカタカナで書いてあるのがわかるでしょうか?この当て字ときたら!しかも写真がすごいです。あまりのことに、いっぱい買い込んでしまいました私(笑)
<どうやら口臭対策のサプリらしい……

酒つかんでメイコさんたちの部屋に遊びに行くと、途中でらんさんと秋芳さんがやって来たので、思いっきり酒の肴にさせてもらいました。
今、日本の文化が台湾で流行っているらしく、ムダに日本語の表記をよく見かけましたが、これが笑わせてくれたうちの双璧かな。<もうひとつは三日目に発見。

だらだらとメイコさんたちの部屋で酒を(ほぼ私が一人で飲みながら)ムダ話。
話のテーマは「世の中にスパイはどれくらいいるか」(あらたさん説によると、「日本の人口の3分の1はスパイ」だそうです…じゃあたしたちの中にも1人はいるな、という話になり、部屋割りを決めた私がそうだという結論になりました……なんでじゃ)と「私たちはいかにしてマイナーカップリングにばかりはまるのか」……考えてみたらこの旅行、8人もいて、王道を外さない人って一人しかいないよねー、というか今8人中3人に訪れているブームが麻雀漫画というのもどうなんだ……(<『白』『黒の男』)。

「はまるカップリングの中では必ず最大手になってしまう(※他にやっている人がいないから)」「別ジャンルに行ったのに、同じカップリングの人は気づいたらBDの身内ばかり」……なんだか話せば話すほど悲しくなってくるテーマでした。しかも会話のネタが尽きない辺りがさらに寂しい。どうせならせのおさんにも来て欲しかったです。下の階から叫んでみたんだけど届かなかった模様(笑)。

そんな寂しい話題を午前1時過ぎまで続けてしまった為、それから風呂に入った私の就寝時刻は2時過ぎでした。足ツボの「三叉神経」の反省が全く活きてません。

明日は故宮博物院の日です。