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さすがに睡眠も一日4時間をきる日々が3日続くと、ただでさえ血の巡りの悪い私の頭は動きが止まってくる。
そんな状態で、朝、内線電話がかかってきた。半死半生のまま、布団の中から手を伸ばす。んー、らんさーん?えー今ぁ?7時30分?今起きたところだから7時40分のロビー待ち合わせには間に合わない?ていうか私も寝てたしーじゃあ無理かねーんーじゃあねーがちゃん(力尽きる)。
ボケボケな私の会話を聞いていたせのおさん(パーティー8人の中で、ただ一人毎日周囲の無謀な動きに惑わされることなく睡眠時間を確保している)が、「まだ6時半ですよ、それ日本時間じゃないですか」と冷静につっこんでくれた。……そういやこの時計、まだ日本時間だっけ……(設定しなおすのがめんどくささに、使うときは1時間引いて見てた)。
「らんさーん、まだ間に合うってよー」と電話をかけなおす。この一連の動きでなんとか正気を取り戻した私も、顔を作り始める。ありがとうらんさん、起こしてくれて………。おかげで7時40分には、メイコさんと町屋さんを除く6人が集合できました(<自分で集合時間設定しといて遅れたんじゃシャレになりません)。
さて、今朝の私たちの予定は、台湾ならではの朝ごはんを食べに行くこと。
最終日、午前10時にはロビーにお迎えが来てしまうので、それまでになにかできること……なら24時間営業のお店だったらなんか食べられるんじゃない?というわけで、朝8時前にホテルを出ることにした。場所の候補はふたつあって、ひとつめがお粥街。しかしそちらはホテルのある駅からMRTをから二回乗り換えないといけないので、もうひとつの候補の店に向かう。日々すっかり乗りなれたMRTの赤い路線(淡水線)に乗って、頂渓駅へ。目的地は「世界豆漿大王」というお店。
ところが!ところがです。マイナーな駅のせいで、駅周辺地図がガイドブックに乗ってない………こっち側の出口だというところまでは店のデータに書いてあったんだけど、そのあとどっちに向かうのかわかんないよ……?
「とりあえず、こっち………かな…(語尾小さめ)」
非常に頼りないガイド(私だ)を先頭に、出口を出て右に進んでみる。しかし行けども行けども辿り着かない……それらしき橋、見えないんですけど……あれこの住所って……反対に向かってる?
「逆だよ逆!」
時間も限られている中、慌てて駅に向かって戻る私たち。もとの出口を通り過ぎてまっすぐ歩いていく。えーいこの地下道、めんどくさいな!
「ちょっとどうするよこれ。降りる?」
「いいよ、渡っちゃえ!朝だし車少ないし!」
ちゃんと地下道を降りていく台湾人を横目に、ガードレールを乗り越える日本人の女6人。初日には「こっちの信号、車がつっこんできて怖いよね〜」と言っていたのが嘘のようです。人間とは、かくも早く環境に慣れる生き物なのでございます……(ナレーション風)。
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やっぱり先頭の人間(<私だ)が方向を間違えていたのでした。
ほどなく、目当ての店の看板発見。
(皿を持った女性が出てくる赤い柱のところが、お店の入り口。別に地下街にあったりするわけではなく、通りに面したところがずっとガード下になってる)
24時間営業だけあって、まだ日曜の朝8時過ぎだけど、お店の中はかなりいっぱい。6人座れるテーブルがひとつだけ空いていて、そこに案内してもらう。
ここのお店は「英語はちょっと通じる、日本語はほとんど通じない」だけど、メニューだけは日本語の簡単な説明がついているので問題なし♪
国香さんが「あれ、お粥は?」と言っている。ゴメン、もうひとつの候補がお粥街だったのよー、こっちは豆乳のお店なの。
台湾の伝統的な朝食は豆乳なんだそうです。<私の説明不足。
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せのおさんは鹹豆漿(少し塩味のついた、油條という揚げパンを浮かせた冷たい豆乳)を選び、あとの5人は豆花(豆腐のほのかに甘いデザート)。私はあと甜豆漿(甘い豆乳。こちらは温かい)を追加。それと、6人で小籠包と糯米飯●(米編に團)をシェアすることに。
頼んだものが届くまでの間、周囲を見回してみる。
「ねえ……あのおじさんが食べてるの、何だと思う?」
「パン……だよね……ナンで包んであるけど」
日本語のメニューを見ても、どうやら油條をナンみたいな薄いパンで巻いて一体になったものであるらしい。よくわからん。
「なんかでんぷんばっかりじゃない?」
「日本で言ったらそばめしみたいなもんかね」
しかしそのあと、私たちのところに届いた糯米飯●も、なぜか芯の部分は油條だった。何がなんでも揚げパンを食わないといけないのだろうか。この油條、ちょっと不思議な味つけ。わずかに甘みのある香辛料で味がついていて、食べ慣れない香りがする。
「なんだか不思議な食べ物だねえ……」
<しかしヤンさんに訊いてみたら「それ、台湾の一般的な朝食よ」と言ってました。やはりあの店の特別メニューではなかったらしい……。
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こちらはついでに撮った「世界豆漿大王」のお隣の肉屋さん。
店先にぶらさがった鳥が脂で照ってるのが旨そうです。
通い慣れた最寄り駅からホテルまでの間を、しばしの感慨とともに歩き、途中のパン屋でエッグタルトを買ったりしつつ(そしてそれを預かってもらったまま食べずに日本で別れてしまったりしつつ……<ちょっと悔しい)、てくてく歩いて戻る。最初は遠いと思ったけど、歩き慣れてしまえば、たいしたことない道のり。ちょっと名残惜しいです。
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さあてホテルに戻ると待っているのは最後の難関、パッキングです。
とは言うものの、日本から来るときに「ええ、ちょっとニューヨークまで十日ほど☆」というサイズのトランクで来た私に怖いものなどありません。とにかくつっこめばいいのです。余裕余裕。
実はこれ、パッキングが上手な人にありがちな罠で、行きがけに小さめのトランクにきっちり詰めすぎる為、帰りがけに土産がトランクに入らないのですね……学生時代、親戚からもらった餞別へのお返しを安くあげるべく、ただでさえぴちぴちなトランクにさらにお買い得バター缶8個をつっこもうとしていた友人の姿から「やっぱり行きのトランクは大きめに」と学びました。……しかし出立する前の成田ですでに18キロあるトランクというのはやはり問題です<イタリア行く前の私。
ガサガサとずさんなパッキングをしている私の隣で黙々とせのおさんが荷物を詰めてます。スポーツバッグで来たせのおさんは「お土産でバッグがひとつ増えました」と言ってました。そういやせのおさんは、出立する当日の朝に「今日から台湾行ってくるから」と初めて家族に伝えてきたのだとか……しかもスポーツバッグひとつ肩にかついで……男前です。
ま、私たちはいいんですけどね。パイナップルケーキを8個買い込んだ秋芳さんのトランクが心配です。常識で考えると普通無理ですが。入らんだろそれは。
トランクのお片づけに続いて冷蔵庫のお片づけにとりかかる。ライチは全部食べきったしー、タピオカミルクティーも飲んだしー。あと最後に残るは私が日々コンビニで買い込んできた数々……ビール残ってるし。<すでに朝1本空けたのですがまだ余ってます。
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こちらが私が4日間お世話になったビール。
左の青い缶が青島(チンタオ)ビール、右が台湾ビール。一般的な銘柄のようです。この缶、コンビニでもレストランでもよく見かけました。
特に右の台湾ビールをずっと飲んでました。<ご当地ものだしね♪
結局前の晩飲み残してしまった缶があったので、空港まで向かうバスの中でもまだ飲んでいる私………そろそろ血が半分金色になってきたような気がします。発泡してたりしてね(あまり笑えない)。
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10時に迎えに来てくれた楊さんに拾ってもらい(やっぱり全員時間には揃わない私たち……ゴメンね楊さん)、一路バスで空港に向かう……と思いきや、最初の行き先はDFS。ここで土産を買うと同時に台湾元を日本円に両替えする。とは言うものの、私は台湾元を使い果たして連れの皆に借金して日本円で返すという小口両替状態だったので、いまさら替える台湾元などなく。ぷらぷら土産を見て帰る。
ブランドものもねえ……今更ここで買いたいようなヒカリモノもないしなあ。翡翠もこんなとこで買ったら高いのは目に見えてるしなあ……唯一ちょっと欲しかったのはベネトンのカラフルな原色トランクだったのだけど、ここでトランク買って担いで帰る自分は間違いなくアホだと思ったので断念しました。
お茶以外に結局何か買ったー?と訊いたところ、時計とペンダントを買った人たちが1人ずついました。よかったよかった。これでやっとパイナップルケーキの輸入業者の集団じゃないことが証明されました。<若い女8人で来てるのに……。
ところで二日目にDFSに寄った時から、楊さんが「書類作ってもらうと、最後空港で何%かお金返してもらえるよ」というので、皆ちゃんと書類を出してもらっていた。しかし最後の最後で思わぬ難関が!
「お金返してもらうためには、その品物税関で見せないといけないよ」
無理ー!絶対無理ー!このトランク、一度開けたら二度と閉まんないよ!と、全員が首をふる。計算してみてたいした金額ではなかったので、全員きっぱりと断念しました。
空港で預けるとき、トランクの重さを量られるわけですが……幸い、超過料金を取られるような重さではありませんでした。ほっ。トランクが重かったのは私と町屋さんがほぼ同じくらい、次に3キロくらいの差で秋芳さんが三位でした。
でも私と町屋さんのは「ヨーロッパ一週間サイズ」のでかさだったのに比べて大きさは2/3くらい。しかも外がキャンバス地なので、私たちのトランクとはそもそもそれ自体の重さが違うはずなのに………どうやってあのパイナップルケーキ8箱と大量のDVDがあのトランクの中に詰まっていたのか。謎です。確かにこれは税関で開けるわけにはいかないよね(笑)。
荷物も無事預けたところで、四日間、ほんとによく私たちの面倒を見てくれたヤンさんとお別れ。名残惜しい。 |
夕方にはまた次のツアーの人たちが来てしまうのだそうです。ほんとに働き者さんでした。親切だしね。お世話おかけしましたー。まったくもって時間には絶対全員揃わないしな、私たち!(<初日の鼎泰豊行く前といい、足ツボマッサージからは帰ろうとしないし、夜市に行けば戻ってこないし、朝は必ず誰か遅れてくるし……)ほんとゴメンね、と一応謝ってみる。
しかし帰りの空港のエスカレーターで背後にいた一団の半数を占める子どもたちを見て「あっちはガイドしたくないねー」と声をひそめて囁く彼に「おじさんおばさんの集団とどっちが楽?」と訊いたところ、「子どもよりいい。言葉通じる」と言っていたので、多分私たちはそんなに悪いお客さんたちではなかったんでしょう。多分。子どもよりは(<志低い比較対象)
・・・・・・言葉が通じたところで、言うこと聞かないんじゃ子どもと大差ないけどね☆
最後の最後に四日間で皆が溜めた大量のくじ付きレシートを楊さんに渡し(「すごいねー、たくさん買ったね皆」と言われたが、しかし私たちの買い物って「コンビニでビール3本」とか「土産に『鬼吻』3つ」とかそんなのが大半だからな……大量のレシートの割にロクなものを買っていない)、お別れに記念写真を撮ってから、手をふってヤンさんに見送ってもらう。
「いいですかー、1時45分にはゲート通ってくださいねー」と隊長の私に言ってるので、「うんわかった、ゲート通るね」と答えてお別れ。ちょうどそのあたりには透明な壁で仕切られたブースみたいになってて、出国審査のカウンターが並んでいる。両替屋も書店もあるし、ちょっとなんか食べて行こうかとしばしぶらつく。
書店では、あらたさんが初日まで探し回っていた『ONE PIECE』の台湾語版を今頃になって発見。せのおさんも『鋼の錬金術師』の現地版が欲しいと言ってます。しかしさっきの免税店でほとんどことごとく日本円に換えてしまっていて手持ちがない。「本は日本円でも買えるか」という交渉をしてみるが、「台湾元オンリー」とのこと。ここまで来て本が見つかるなんてねえ……そこで「あたし、台湾元まだ持ってますよ」とメイコさんが言ってくれて、ようやく買えた。
食事する店も日本円が使える店は制限されていて、ブースの隣の一軒だけ。しまったなあ、もうちょっと両替待っててもよかったかも。
さて、御飯。トレーをもって、食べたいものを各自乗せていくのだけど……確かにここ、日本円つかえるけど相当レート悪いよね?しかも端数はさっくりと切り上げたわね今?この数日というもの、とにかく「庶民の味」というページの店ばかり私がセレクトしていた為、みんな300円くらいで美味しいものが食べられるという食生活にすっかり慣れきっているので、「高い……」という気持ちに。本当に日本復帰ができるのか?
そして……空港のだからね、期待する方がいかんのかもしれませんが、味はイマイチ。私がとった家鴨飯はまあそれなりだったのですが、他のはちょっとなあ……隣のテーブルで秋芳さんが「なんだかなあ」と言っている。どうしたの?
「これさー、私はてっきり鳥だと思ってとったんだよね。そしたら魚だったの。確かにワサビが添えられてるあたりで気がつくべきだったんだけど」
「ワサビ……?その魚、生には見えないよそれ」
「そうなの、これすごく微妙な味がするの。姐御も食べてみてよ」
言われてみればササミの蒸したものにも一見似たその魚を一切れ分けてもらってワサビを乗せ、口に放り込んでみる。………確かにびみょーな味。なんというか、あんまり味がしなくて、へにゃというかふにゃというか、頼りない歯ごたえ。蒸してあるのか湯引きしてあるのか……で、それにワサビ?
「そういや周囲が全部魚なのになんでこんなとこに鳥があるのかなーとはぼんやり思ってたんだけどさ」
謎の魚に苦しむ秋芳さんの向かいでは、メイコさんがスープに入った香菜と格闘中。苦手っぽい。
思えばメイコさんは日々何か食べ物と闘っていた。二日目の昼はニガウリのスープが苦くて飲めず(そりゃニガウリですし……)、私のハマグリのスープと交換。三日目の昼は、骨付き鶏肉御飯の骨をはずすのがほんとに煩雑で、麺類粥類をさっさと食べ終えた周囲の中、一人黙々と鶏肉に挑み続ける。そして今日は香菜。毎日「ラウンド1、ファイッ!」て感じの闘いを繰り広げていた。
「でも、今日はさらにビッグ・ファイトがあったしね……」
「そうだね、その秋芳さんの魚に敵うものはないよね」
などと勝手なことを言う私たちをよそに、「とってしまったものは自己責任」が信条の秋芳さんは地道に魚を征服すべくがんばっている。
「……む!」
「今度はどうしたの」
「この魚、添えられていたショウガの千切りを一緒に食べると、さらに新しい味に!」
いくら台湾といっても、食べものには当然アタリハズレがあるようです……。
食事を済ませて皆がお手洗いに寄ったりしている間、念のため、もう一度チケットの確認をする。……あれ?
「あのさー、らんさん」(<一人だけ残って私と一緒に荷物番をしていた)
「なに、姐御」
「あたしさ、勘違いしてたみたい………ヤンさんが『ゲートを1時45分にはとおっててください』って言ってたでしょ」
「うん」
「それね………そこの目の前のゲートのことだと思ってたんだけど………ゴメン、1時45分てのは、搭乗時刻だ。そして今は1時43分なのよね」
「えっと、それは」
「非常にマズイです(きっぱり)」
私が思っていたゲートは「出国審査ゲート」で、ヤンさんが言っていたのは「搭乗ゲート」のことだったわけで……そして、そもそもの間違いは、私が出発時刻を「14時45分」だと思い込んでいたことにある。
が、私たちが乗るべき飛行機のフライト時刻は、正しくは「14時15分」なのでした。旅程を組むときにその次の便の「16時45分」とどっちにするか迷ってたので、すっかり混乱していたらしい。そこでチケットの時間をちゃんと再確認しなかったのが私のポカなのですが。
「ゴメン、走ってっ!」
しかしいかんせん私たちはのんびり御飯を食べていたせいで、出国審査すら通っていない身なのである。走ったって審査は早くなりません。進む時計、焦る私たち。
「と、とにかく私が最初に出て先行ってるから!皆急いで来てね!」
私の血相が変わっているので、皆もヤバいと気づいたらしい。最初に審査を抜けた私がばたばたと走る……のだが、チケット見たときに書いてあった「1番ゲート」という言葉にすごくイヤな予感がしたのだ……ああやっぱり。一番遠い出発ゲートなのね!これがまた遠いんだ、なかなか着かないの!
出国審査ゲートを抜けた私→走る→荷物&搭乗券チェック→走る→免税店エリア→走る→やっと一番手前のゲート→まだまだ走る………ほんとに遠いのな1番ゲート!
ここでうっかり「土産話を楽しみにしてるからv」なーんて言ってた人たちに「日本に帰る飛行機を逃した」なんて白状しようものなら「やっぱり伝説を作る面子だった」と言われることは必定です。なんとしても予定の飛行機に乗らねば!(必死)<それが理由なのか
トランクがないとはいえ、DFSで買った手荷物その他いろいろ抱えて走る走る。やっとのことで目指す1番ゲートの階段に辿り着き、駆け下りて出発待ちをしている人々をかきわけかきわけ、チケットを通すゲートのところに立ってる女性に息せき切って謝罪する。時刻は14時5分。出立時刻10分前です。
以下、意訳(<一応英語で言いました)。
「遅くなってすいませんっ!東京行き乗ります!すぐ友達来るはずだからちょっと待って!(半泣)」
「あーだいじょーぶよー、搭乗時刻、あと10分後」
「……は?」
どうやら私たちが乗るはずの飛行機の到着時刻が遅れた為に、出発時刻も遅くなったらしい。まだ機内清掃中だそうです。あの瞬間、にっこり笑って「All
right.」と言ってくれたお姉さんの笑顔に、後光が差して見えました……へたる。
いやいやへたってる場合ではなく。まだ後ろの人たちは走ってるはずで。階段あがってお出迎え。……あ、来た。ゴメン皆全力で走ってるね……「飛行機遅れてまだ搭乗時刻になってない」と私が言ったときには、全員心底力が抜けたよう。そりゃそうだよね、乗り遅れたらシャレならんし。ほんとすいません時間間違えるような隊長で。
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今度こそちゃんと搭乗時刻になり、皆で機内へ。
席は適当にカウンターで振り分けられるので、今回は秋芳さんと二人席になりました。なんだかこんな明るい時間に飛行機乗るのって久しぶりー。
窓から見える雲と空があんまりきれいなので、デジカメでこっそり写真撮ってみました。
ほんと「雲海」って言葉の意味を実感するようなきれいな雲でした。
……そういや九州の焼酎に「雲海」ってのがあるよね<全然関係ない。
行きのバスの中で死んだように寝たので、ちょっと元気。
合間に機内食を食べつつ、飛行機乗るときにひっつかんできた台湾の新聞をしばし二人で検分。
台湾にも「わが家のペット」コーナーは健在であるらしく、いろんな写真がある……のだが、これはなんの生き物なんだ?と首を捻ってみたり(コメントにも「これ何?クマの子ども?超カワイイー!」とあるのだが……で結局なんの動物なんだこれ!答え求む!<私と秋芳さんには「……タスマニアデビルかな」「ウォンバットとか?」「いやそれはペットにしちゃいかんだろ」「じゃあやっぱりクマなの?」「ペットなのか?」というところまでしか思いつきませんでした)。
ロザムンド・クァン(香港のお嬢さん女優)ももう四十路かーとか思ってみたり。
軍事施設で有名な金門島に、なぜか酒瓶でピラミッドを築く計画があるとか。
台湾のどこかの山で、「牧羊猿」が誕生したとか。(ニホンザルっぽい系統の猿なんですが、山羊を世話をさせるよう躾けることに成功したらしい……山羊を追ってる写真と、山羊に乗っかってグルーミングしてやってる写真があって、かわいい)
やっぱり漢字の国。それなりに記事が読めるので、読んでて面白かった♪
出発時刻が遅れたにも関わらず、ほぼ定刻どおりに成田に到着。あーあ、旅行も終わりかー。 |
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……などとのんびりしている場合ではありません。
明日から出勤の大阪在住あらたさん、当初は「夜行バスで帰ってそれから出勤しますー」と言ってて、皆に「若さって羨ましい……」などと呟かれたりしていたのですが、日本に帰ってみたら、関西地方には台風が接近中でした。
「途中でバス止まるかもしれないから、何が何でも今日中に帰ってきなさい」と親御さんが言うのも無理はない話で………東京駅の新幹線、間に合うかっ!?
カウンターで時間検索させ、指定席をとり、慌しく帰っていくあらたさん。他の面々もまだ明日もあることだしーと、三々五々帰っていく。
私は乗り換えめんどくさいしー、リムジンバスで帰ろうかなと一人成田に残りました。次の時間を見ると……あと四十分後かー。
リムジンバスの時刻表を眺めていると「どこまで?」と声をかけられました。係員の人かな。
「柏ですけど……」
「あと四十分後でしょ………どう?タクシーなんて乗ってみない?」
乗ってみたりしません。
あたしは長距離タクシー代というものは親の仇くらいに思っているので(いや別に親とは関係ないが。むしろ親を夜中に叩き起こして「タクシー代、2万円貸してっ」とかやっているのだが…)、きっぱりお断りする。リムジンバスで1700円するのに、いくらかかるんだよタクシーで成田からなんて。いくら深夜割増料金がつかないにしろ。こんな早い時間に長距離タクシーなんか乗りたくないわ。
四十分後、無事にリムジンバスに乗って柏駅へ。楽でいいねえ。
どうせならそのまま楽しようと、隣駅の自宅までタクシー乗ることにした。トランク開けてもらって荷物を放り込み、タクシーに乗り込んだところで「○○までお願いします」と言ったところ。
「聞いたことないねえ」
……あんたねえっ!確かにうちの住所に帰るなら、駅の反対口からの方が近いんだけど、それにしても隣駅だよ!?「聞いたことない」はないだろう、タクシードライバーだろっ!
しかし今さら降りるには後続車も詰まってるし荷物はトランクに入ってるし、もう少しくらい遠回りしてもいいや……と「じゃあとりあえず隣駅まで行ってください」と低い声で言う。
しばらくして走ってから「ほんとにこっちでいいのー?○○ならこっちの道の方が近いんじゃないの?」と訊かれる。
聞いたことない地名なのに、どうしてそっちの道の方が近いと思うんだよ!?
信頼できないので「もうとにかく何でもいいから駅まで行って」と懇願する。なにしろこの人、かなりお年寄りで、何か言うと「はぁ?」と聞き返してくるのだ……地名を知らんのみならず、耳も遠いらしい。ああ、乗る前に地名を言ってからにするんだった…っ!
やっと自宅近くまで来たので「そこの交差点からひとつめの道を左に曲がってください」というと「はいはい、左ね」と言いつつ、ひとつめの道を思いっきり行き過ぎる。
「ひとつめって言ったじゃないですかっ!」<もはや逆ギレに近い
「ああ、すいませんねえ、ふたつめって聞こえたもんでねえ」
さっきから怒鳴るようにして喋ってたんですけどね、私。だいじょうぶかこんな人にタクシー運転させてて。
たかが隣駅からなのに疲労困憊しながらようやく自宅にたどりつつ。これでメーター表示全額取りやがったらどうしてくれようと思ったら「すいませんねえ、1500円でいいから」と言う。当たり前だっての。深夜料金でも1300円くらいで行く道だってのに。無言でトランクを引き摺り下ろして家に入る。
そして無駄に疲れて帰ってきた私を待ち受けていたのは、「ハガキを出せば全員席取れるはずだったんですが、思ったよりたくさん来ちゃったので、急遽先着順にしました☆だって抽選にしてるヒマないから。じゃっ、あとはぴあとかe-plusで自力で取ってね!今後もよろしくね!」(意訳)という、大変人をナメた芝居の事務局からのハガキでした……。翌日、事務局に抗議の電話かけることに決定。
ああもう、私たち、帰りの飛行機に乗れたところで、運のすべてを使い果たしたんじゃないかしら。と思い始める。
そして翌日の夜。
疲れたので会社は休んでるくせに、なぜか夜の飲み会だけ出ていた私の携帯に(だって海外転勤になる人が、「その日しか空いてない」って言うから……)、町屋さんから着信。どうしたの?
「あのなー姐御。新幹線乗ろうと思ったらな、台風でラブホテルの屋根が飛んできて線路ふさいでて、運行中止だってー」
しょうがないから明日も休み取ることにして、今親戚のうちにおるんよ。と言う町屋社長の言葉を聴きつつ、ああ私たちは本当に台湾で運を使い果たしてきたんだと強く実感。
よかったね皆、荷物も命も無事で台湾から帰ってこれてね……。
多事多難でしたが、楽しい四日間でした。
また行こうね、企画しますのでっ☆
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