T.準備編

「次は香港に行きたいな」というのは、昨年台湾旅行を企画したときから思っていた。

香港。

それは危険な土地。

治安がどうこうではない。
私にとって、危険な土地。

学生時代、それはそれはものすごい勢いで、香港芸能にはまったことがある。
それはもう、なんでかわからない勢いだった。
はしかっていうのはこういうことを言うんだ、っていうくらいの勢いだった。

片っ端から数少ないビデオレンタルにある香港映画を借りまくり、それでも飽き足らず、専門店で北京語と英語字幕のついた輸入版を買い漁り、最終的にはルックJTBでイタリア10日間(ホテルはスーペリア)に行けるくらいの金をつっこんだ。

大量に借りたレンタルビデオを消化するため、一日に四本(約八時間)ぶっ続けで観てたこともある。
当時はアジア映画ブームなんてものが起きる前だったので、配給会社はVシネと同じとこが大半である。
「あー、あたしも香港映画好きなのv」なんていう女の子が観てるのはせいぜいウォン・カーウァイと金城武くらいななか、なぜかヤクザ映画にはものすごく詳しくなった。

私は広東語はおろか、北京語もまったくできない。
輸入版はひたすら英語と漢字だけで観ていた。
おかげで私が映画で聞き取れるようになった単語は「クソッたれ」とか「三合会(<香港のヤクザの総称)」とか、「刑事」とか、ロクでもない単語ばかりである。

台湾からの留学生とは、カタコトの英語と日本語と筆談(<俳優とか映画のタイトルは私が発音わかんないので互いに漢字で書く)で、今年の新作映画の話ができ、その会話の盛り上がり方に、アジア経済研究科の友人にまで思いっきり引かれた。

とりあえず、定期預金はひとつ潰した。

………こんな状況の中、おそろしくて香港になど行けなかった。
行ったら自己破産は確定である。

というわけで、私が香港に行ったのは、10年前。

香港映画にはまる前、というよりもむしろ中国返還前。
大昔です。

でも、そろそろいいんじゃないかしら。

というわけで、声かけてみました。
紆余曲折、日程調整の末、面子は町屋さん、らんさん、ていくさん、せのおさん、宇野さん、私、それに私の学生時代の友人Aの計7人に。

折りしも、香港はディズニーランド開園と時期がかぶり、ホテル代が値上がりしてる。
高くなってんなーと思いつつ、またH.I.S.で手配しました。去年と同じ代理店です。
某大型書店Sの本店近くにあります。

去年は同じ代理店のハセガワ(仮)くんが担当だったのですが、それはそれはもう、間違いが多くて!
見積もりと請求書の金額があわないので電話で確認したら
「すみません、どっちも間違ってました」というのがピークでしたが、もう君には頼まないよ!と思っていたので、今回はサクマ(仮)くんが担当です。

口頭での指示は間違いとトラブルのもと。指示は紙で。
法律専攻かつ金融勤務の私は、電話での指示を信じていません。
「言った」「言わない」の水掛け論はのちのちのトラブルのもと。
やっぱ書いて証拠残しとかんとね。

というわけで、希望とか連絡先とか、ぜんぶPCで打ってFAXを送ったところ、一番都合のいいフライトがキャンセル待ちになってたりして、「FAX送ったんですけど、キャンセル待ちとかあるんで、希望の確認のため」と職場に電話がかかってきたので、「ああ、じゃあそっちはキャンセル待ち入れといて、こっちも仮押さえしといてくれますか、日程の詳細はFAXしといてね」などと話して電話を切った。

家に帰ってみたら、FAXは届いてない。
別にFAX用紙も切れてない。
おかしいなーと思いながら翌朝電話したら、「あ、すみませぇん、FAX番号間違ってましたぁ、もう一回送りますねー」と彼はあっかるく返事をくれました。

……旅行業界に個人情報保護法は及んでいないのだろうか。<会社で対応担当にされてすごく大変だった。

まーいいけどね、住所と名前と電話番号くらい。と思いながら、再度正しい番号を告げて電話をきった。
家に帰ってみたら、今度はちゃんとFAXが届いている。
でも内容はすでに電話で話しちゃったから、まあいいかとよくみないで置いておいた。

いやいや、一応幹事たるもの、書類はチェックせねばなるまい。去年の例もあることだし。
そう思い立ったのは、土曜日の夜8時頃だった。

「………帰国日、9月19日ってどういうこと?」


私が頼んだ日程は、9/15〜9/18である。19日なわけはない。
慌てて他のところをチェックしてみたら、送られてきた書類は壮絶に間違っていた。

・帰国の日程が9/19になっている。
・出発日は「午後5時以降のフライト」が条件だったのに、「10:25 JAL OK」になっている。
・香港4日間の観光旅行だというのに「ビザが必要です」になっている。


あまりの間違いっぷりに、私が送ったFAXに間違いがあったのかと思ったが、自宅のFAX番号も含めて全部あっている。

てめ、この、サクマ(仮)!
怒って電話しようとしたが、「ただいまは営業時間外です、おかけ直しください」というメッセージが流れるだけ……日曜は休みの代理店なので、「ここがこんだけ間違ってる、早急に連絡しろ」とFAXを流し、イライラしながら月曜朝10時に電話した。

「あ、申し訳ありませーん、サクマ(仮)は本日お休みをいただいておりましてー、代わりにハセガワ(仮)が承りますー」

……おまえか!ハセガワ(仮)か!(がっくり)

間違えやがったのはサクマ(仮)なので、他の人なら糾問もしにくいけど、君なら遠慮なく厳しく怒鳴れるよ……。
データを確認させたところ、「オーダーはあってますので、間違ってるのは書類だけです」……「だけ」ってレベルじゃねえだろこれは。

しかしハセガワ(仮)に確認してもらっても不安なので、翌朝、もう一度サクマ(仮)に電話。
ほぼ営業開始時刻と同時。午前10時02分。

「あ、さきほどFAX拝見しましたー」

FAX拝見してたら、普通はすぐ電話してくるだろうこの状況なら。職場も携帯も教えたよ私は。どういう社員教育してんだとブチ切れかける。私が細かすぎるのかと思ったが、誰に訊いても「旅行代理店でそんな間違いしてくるとこは普通ありえない」と言われた。そうだよね、普通そうだよね。

(でも前に行ったイタリア旅行は、某史上最高負債額で倒産した大手旅行代理店手配でそっちもひどかったので、いまいち自信がない<朝8時のフライトなのに、ハイヤーが11時にお迎えにあがります、とかホテルにメッセージが残ってたりしてローマで自力で代理店に連絡して訂正)

とにかくとっとと正しい内容になおして即刻FAX送れ。そう指示して電話を切る。

午後9時、帰宅。FAXは届いていない。やっぱりな。明日こそ担当を変えさせてやる。そう思ったとき、「ぶぶぶ……」という音がして、FAXが紙を吐き出した。……が、午後7時まで営業の店で、朝10時に怒鳴られて、今頃FAX送ってくるってのはどういうこと?(<またFAX番号間違えてるのに気づいて、慌ててもう一度送りなおしたに3000点)

内金以外の残りの金を払いに行くとき、サクマ(仮)は別の接客中で、上席らしい女性が出てきたので、間違いのひどいFAXを叩きつけ、謝罪をとりつける。
私のデータを確認したところ、FAX番号は一週間以上経ってもまだ間違ったまま登録されていた。やっぱりな……<目の前で彼女に修正させた

旅行キット(ガイドとかツアータグとか日程表とか)については、参加者の自宅に個別に送るように指示していたのだけど、あまりにサクマ(仮)の仕事が信用できないので、「私が自分で書いてくるから、人数分、宅急便の送り状もってきて」とその女性に指示。
別の日に書いた送り状を届けに行き、バカサクマ(仮)に「一人暮らしの人がいて、平日は受け取れないから早めに出せ、なんかあったら職場でも携帯でもいいから連絡しろ」と普段の声より1オクターブ低い声で指示して帰る。

出発6日前の金曜日。
まだ旅行キットは届かない。

「わたし、言ったよね、一人暮らしの人がいて土日しか受け取れないからって…!」

さらに半オクターブ低い声で電話かけたところ「あーお電話しようと思ってたんですけどぉ、まだJALから二人分しか届いてない書類があってぇ、どうしようかと」……二人分届いてるなら、一人暮らしの子んちと幹事のあたしんちと先に送りゃいいじゃん。このトロい子(<私と同じくらいの年の男<三十歳前後)をどうしてくれよーか、と思いつつ、電話口で「その届いてない書類ってなに?」と訊く。

「JALカードのお申し込みと、現地のガイドブックです」

……ガイドブックなんかみんな持ってるわ!いいからもうとにかく早急に出せ!ガイドブックなんざ幹事のあたしんとこだけ届けば十分だ!と怒鳴って電話を切る。フライトのキャンセル待ちとかも説明が間違ってたりといろいろしたのだが、もういい!これで現地でなんか予約取れてなかったら(一応、24時間対応のダイヤルが香港にはあるからなんとかなるとは思うが)、あたしは本気で弁護士立てて費用返還請求するよ。覚えとけH.I.S.!と思いつつ、やっとすべての手続きを終える。

なんだかサクマ(仮)の相手をしていただけで、すべての気力を使い果たしたらしく、もうあとのことは行きの飛行機の中で考えようと思う。
やつの送ってくる書類のチェックをしただけで、払った金の1割くらいは返金してもらってもいいような気がするよ(本気)。

……気がついたら、旅行は目前にせまっていた。
こりゃいかんわ。

と思っていたのだけれど、出立前日に「飲みに行くけどどうする?」と上司に訊かれてついうっかり「行くー」と答えてしまう意志薄弱な私。

で、じたばたとあばれる魚の刺身を前にしつつ、「明日の夕方から香港なんですけど、まだトランク空っぽです」とか正直な告白をしてみる。
<実はすでに「トランクはまだ空っぽですが、これから飲みに行こうとしてます。明日の朝、また荷物詰めます。じゃっ!」とかメールを同行の友達に送り、「わたし、目悪くなったのかしら?」「よく聞こえなかったわ」とか返事をもらってみたりしております……でもどーせヨーロッパでも余裕でいけるサイズのトランクだし。明日の朝つっこみゃ余裕余裕……である予定。計算では。

「香港行くんだったら、A社のリーと会っといでよー」
「………なんで休みの日にそんなヘタレ取引先に殴りこみに行かなきゃならんのですか」
「んじゃ、香港支店のO支店長と飲んできたら」
「Oさん、先週日本にいたじゃないですか。それ以前にわたしOさんと一度も飲んだことない」
「んじゃワンちゃんと会っといでよ、歓迎してくれるよー」
「そーねー、ワンちゃんか……」


ワン(王)さんは、一年前まで同じビルにお勤めしてた中国出身の人です。上司のNさんと仲良しだったので、私も仲良くなりました。彼の送別会は私が幹事で、台湾から帰国した翌日で会社は休んでるのに、なぜか夜だけ飲み会に出てきたくらいだ。
前々から「香港遊びにおいでよ、フカヒレご馳走するよ」と言ってくれてたのだけど、なにせこの人数だからなあ。

「会いたいのはやまやまなんですけど、友人六人引き連れていくんですよね」
「六人?てことは計七人で行くの?」
「そうなんですよ」
「えらく多いねー」
「全員女の子なんですけどねー」
「たしかにその人数で行ったら、ワンちゃんもびっくりだな」
「でしょ」

と言ってたら、隣の部署のヘタレな後輩(女好き)が横から口を出した。

「えーいいじゃないですかー。そんな女の人ばっかのコース、ぼくが行きたいくらいですわ」
「……あのなー。たしかに女七人だけどな、あ・た・し・の!友達六人だよ、それわかってる?」
「えーだって別にはるか(仮名)さんが七人いるわけじゃないでしょ。だったらええです」

ちっ、わかってねーな。
あたしの友達なんだよ?

全社で一番通年で残業多い部署になったのにやたら嬉しそうで、理由が「左右に座ってる女性二人が超かわいくて(確かにかわいい)、
タダでキャバクラ来て金もらってる気分でしあわせ」なんて男は、速攻で秒殺だっての(<前に私の前で別の女性に失礼な発言をしたせいで「出直しな」って私にひっぱたかれた記憶はとんでいったようだ)。

結局、二次会まで行って終電で帰ったので、荷物は明日の朝詰めることに決定。がんばろう。