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看板・プレートに見る昔の姫路 電柱番号札2


姫路市伽屋町、中魚町

電柱番号札 伽屋町(関西電力)、中魚(NTT)

伽屋町(とぎやまち)
町名にはお伽噺の「伽」が使われていますが、研ぎ屋がいたので「とぎや」町。江戸時代にはあった町名でしたが、昭和56年(1981)の区画整理で古二階町と北条口になりました。
関電の「伽屋町」プレートは、北条口二丁目~五丁目一帯で広く見られます。NTTも北条口の一部で「伽屋」名を採用。また伽屋町マンションなどもあり、地元の方にとって伽屋町は、今でもおなじみの町名なのでしょう。

中魚町(なかうおまち)
こちらも昭和56年の区画整理で古二階町、北条口、紺屋町、亀井町に分割合併されているようです。近隣の茶町、伽屋町、和泉町、大工町同様消滅となりました。

撮影:2010年12月 兵庫県姫路市北条口二丁目

「旧町名 中魚町」のプレート

北条口二丁目にある幡念寺入口の「旧町名 中魚町」プレート。

撮影:2010年12月 兵庫県姫路市北条口二丁目


姫路市茶町

電柱番号札 茶町(NTT)

電柱番号札 茶町

江戸時代茶屋があって遊女がいたので名づけられた町名。昭和56年の区画整理で古二階町と北条口四丁目に、一部元塩町にもなっているようです。

撮影:2010年12月 兵庫県姫路市北条口四丁目

「茶町跡」の碑

森富の東側にある「茶町跡」の碑。「辛酉七月」というのは昭和56年(1981)7月のことでしょう。

撮影:2011年1月 兵庫県姫路市古二階町


姫路市壱丁町

電柱番号札 一丁町(関西電力)

町名標示 壱丁町

このあたりの字を「壱丁田」と言ったので名づけられたのであろうとのこと。昭和56年隣の大黒町(だいこくまち)と合併、大黒壱丁町(だいこくいっちょうまち)という、銀行のような強力な町名が誕生しました。

右は「姫路市 壱丁町」の町名標示プレート。このほか、近くの交差点名は「壱丁町」、バス停は「一丁町」と、名残はまだありますね。旧大黒町の方も、町名標示や建物名にその名が遺されています。

撮影:2010年12月 兵庫県姫路市大黒壱丁町


姫路市上久長町

電柱番号札 上久長(NTT)

電柱番号札 上久長

姫路医療センター(旧・国立病院)の東、久長門を出たところにあった町。上久長町(かみきゅうちょうまち)と下久長町がありました。『姫路市町名字考』には、「むかし久長という人がこの町を開いたので町名となった」とあります。現在の五軒邸二丁目、一丁目付近。

撮影:2010年12月 兵庫県姫路市五軒邸一丁目


「旧町名記念碑 城東地区」の碑 「旧町名記念碑 城東地区」の碑

京口駅西ロータリーにある「旧町名記念碑 城東地区」の碑。
旧町名の中の「天神町」は、今でもあるにはあるのですが、区画整理により播但線の高架下のわずかな面積が残っているのみで、町としての実態がほとんどありません。

撮影:2011年1月 兵庫県姫路市京口町


参考文献

  • 『新・姫路の町名』 2007年12月10日 播磨地名研究会
  • 『姫路市町名字考』 昭和31年11月23日 橋本政次著 姫路市発行
  • 『姫路城下町 うちまちものがたり』 2006年3月 白鷺中学校区地域夢プラン実行委員会

(2011年1月8日作成)

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