路上観察と琺瑯看板、マンホールのふた
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ゴム・タイヤ

タイヤ・ゴム製品

ブリヂストン

ブリヂストン
撮影:2003年4月
拡大画像(52KB)

東京都中央区京橋一丁目10番1号、(株)ブリヂストン

昭和59年(1984)、CI導入で現在の「BRIDGESTONE」というロゴマークが誕生しました。この「BS」マークはそれ以前のものです。

ブリヂストンタイヤサービス

ブリヂストン タイヤサービス
撮影:2003年3月

ブリヂストンタイヤサービス

ブリヂストン タイヤサービス
撮影:2007年9月

ブリヂストンパンク修理

ブリヂストン パンク修理
撮影:2002年4月

ガソリンスタンドにあったので撮影させていただきました。

ブリヂストンタイヤサービス

ブリヂストン タイヤサービス
撮影:2001年12月

ブリヂストンパンク修理 パンク修理

ブリヂストン パンク修理
撮影:2003年2月

(株)ブリヂストンは昭和6年(1931)、ブリッヂストンタイヤ(株)として福岡県久留米市に誕生。元々兄弟で日本足袋(株)を営んでいましたが、弟の石橋正二郎氏が、将来の自動車タイヤの需要を見込んでタイヤ製造を始めました。昭和26年(1951)2月ブリヂストンタイヤ(株)に社名変更。昭和59年(1984)4月より現社名になっています。

ダンロップタイヤ

ダンロップタイヤ 撮影:2010年5月  
兵庫県神戸市中央区脇浜町三丁目6番9号、住友ゴム工業(株)

明治42年(1909)、外国法人のThe Dunlop Rubber Co, (Far East) Ltd.日本支店が神戸市に設立されます。大正6年(1917)日本法人のダンロップ護謨(極東)(株)設立。昭和12年(1937)日本ダンロップ護謨(株)に社名変更。昭和38年(1963)、経営権がイギリスから住友グループに移行し、住友ゴム工業(株)に社名変更。平成15年(2003)7月オーツタイヤを吸収合併。

ヨコハマタイヤ

ヨコハマタイヤ
撮影:2006年2月

東京都港区新橋五丁目36番11号、横浜ゴム(株)

大正6年(1917)10月、横浜電線製造(株)(古河電気工業の前身)とアメリカのグッドリッチ社との共同出資により横浜護謨製造(株)設立。大正10年(1921)タイヤの製造を始めますが、大正12年の関東大震災で横浜工場をほとんど失い、生産が軌道に乗るのは昭和5年(1930)になってからのこと。このときのブランドはグッドリッチでした。ヨコハマタイヤになったのは昭和12年(1937)です。
昭和38年(1963)10月、横浜ゴム(株)に社名変更しています。

大型看板です。

ヨコハマタイヤ ヨコハマタイヤ

ヨコハマタイヤ
撮影:2003年11月 拡大画像(25KB)

標識のスポンサーになった細長い琺瑯看板です。

ヨコハマタイヤ タイヤサービス

ヨコハマタイヤ タイヤサービス
撮影:2007年9月 拡大画像(54KB)

笑うタイヤマンの商標は「スマイレッジ」といいます。もとはグッドリッチ社の商標でした。これは琺瑯看板です。

ヨコハマタイヤ スマイルショップ

ヨコハマタイヤ スマイルショップ
撮影:2002年9月

琺瑯ではありませんがよく保存されている方でしょう。昭和39年6月2日朝日新聞広告「スマイルショップの看板がニッコリ笑ってあなたをお待ちしております」。どちらかといえばニッカリ笑っていますね。マスカラもすばらしいです。

ウラルタイヤ

日本護謨の ウラルタイヤ 発賣元 大阪 柳原商會
撮影:2004年5月

日本護謨(株)は明治33年(1900)ごろ東京で設立。自動車タイヤなどを製造していましたが戦争で消滅。戦後の日本ゴム(株)とは別会社とのことです(『兵庫ゴム工業史』より)。

大成タイヤ

東京 群馬 大成タイヤ 特約店
撮影:2001年10月 兵庫県姫路市

高知県高知市萩町二丁目2番25号(本社)、茨城県かすみがうら市下稲吉2591(本部)、東洋平成ポリマー(株)

昭和4年(1929)自転車タイヤ・チューブの卸、鈴木ゴム商店を継承し、大成ゴム製造所として創業。昭和18年(1943)7月、大成ゴム工業株式会社設立。群馬県富岡市に冨岡工場を設立。

昭和47年(1972)12月、日本ポリマー(株)を合併、大成ポリマー(株)に社名変更。タイヤ・チューブの生産は昭和54年(1979)11月までのようです。平成元年(1989)12月平成ポリマーに変更。平成16年(2004)より昭和電工(株)の100%子会社。平成19年(2007)、東洋電化工業㈱の完全子会社になり、東洋ケミカル(株)と合併、東洋平成ポリマーと社名変更。合成樹脂クロス・フィルムなどの生産を行うメーカーになっています。

再生タイヤ

トラック・バス用 V-STEEL 再生タイヤ 取扱店
撮影:2002年5月

バンドーVベルト

バンドーVベルト
撮影:2003年2月

兵庫県神戸市中央区港島南町4丁目6番6号(本社)、神戸市兵庫区明和通3丁目2番15号(本店)、バンドー化学(株)

明治39年(1906)4月、神戸市兵庫区にて阪東式調帯合資会社創業。創業者榎並充造氏は、ニッケの創設者川西清兵衛氏の親戚筋で、阪東直三郎氏による織機用木綿ベルトの特許を商品化しようとしました。当時、織機用の伝動ベルトは皮革製で高価。木綿製なら安価で需要も見込まれると考えたようです。
しかし阪東氏は、明治42年試験中に死亡。木綿ベルトの製造は未完成のまま行き詰まり、大正2年より始めたゴムベルトの製造が軌道に乗るまで、苦しい経営を迫られました。

昭和12年1月、阪東調帯護謨(株)に改組。昭和45年6月バンドー化学(株)に改称。Vベルトは昭和7年(1932)より生産されています。コンベヤベルトやVベルトは、バンドー化学が最初に生産を始めたということです。昭和30年頃は自転車タイヤ・チューブも製造していました。

三ツ星ベルトタイヤー

三ツ星ベルトタイヤー 撮影:2002年9月

兵庫県神戸市長田区浜添通四丁目1番21号、三ツ星ベルト(株)

大正8年(1919)10月、神戸市長田区にて(資)三ツ星商会創業。昭和7年(1932)10月株式会社設立。昭和10年(1935)6月、三ツ星調帯(株)に改称。昭和36年(1961)5月三ツ星ベルト(株)に。
社名の「三ツ星」は、創業者小田源蔵氏と、出資者中村氏と小島氏との友情を夜空の三ツ星にたとえたものとか。自転車用のタイヤは、昭和30年頃は相当なシェアがあったようです。もちろん今でも製造されています。

三ツ星ベルトタイヤ

三ツ星ベルトタイヤ 撮影:2003年2月
商品名の下に黒板のような緑色の部分があります。ポスターなどが貼れるようになっていたのでしょうか。

ゴム工業の概要

ゴム製品の原料は、かつては、ゴムの木から採れる生ゴムのみでした。生ゴムは強く引っ張ると元に戻らなくなり切れたりするので、そのままでは利用法が限られていました。1839年アメリカのチャールズ・グッドイヤー氏が、生ゴムに硫黄を混ぜて加熱すると弾力性や耐寒性・耐熱性が増すことを発見します。このグッドイヤー氏による加硫法の発明がゴム工業の始まりとされます。

日本では、明治18年(1885)、神戸市兵庫区上橘通4丁目に日本護謨製造所(注)が設立されたと『神戸港開港三十年史』にありますが、詳細は不明。翌明治19年(1866)、東京の田崎4兄弟がゴムの加硫に成功、土谷護謨製造所を設立しました。これをもって日本ゴム工業の起こりとします。土谷護謨は社名変更の後昭和20年(1945)昭和護謨(株)に合併されました。(注:「日本護謨球製造所は正しくない」と『兵庫ゴム工業史』に記載されています)

明治27年(1894)、吉田履一郎氏が神戸市住吉でラバー商会を創業。明治33年(1900)、東京で東洋護謨(株)(現在のアタカ大機(株))、(資)明治護謨製造所、日本護謨(株)設立。当時のゴム製品は、ゴム枕などの日用品が多かったようです。

明治41年(1908)、初めての外資系ゴム会社である日本イングラム護謨(株)が神戸市長田区に設立(同社は明治44年ダンロップ護謨(株)と合併)。明治42年(1909)、神戸にダンロップ護謨(極東)設立、大正2年(1913)国産タイヤの製造に成功。ダンロップ進出以降、神戸に次々に自転車タイヤ工場が現れるようになりました。

明治30年代の生ゴムはほとんどが横浜港に水揚げされていましたが、このころになると横浜・神戸ほぼ互角で大正時代になると神戸の方が多くなります。東南アジアからの輸入が開始され、横浜よりも近い神戸港が利用されるようになったようで、ダンロップが神戸に進出した理由の一つもここにあると思われます。一方合成ゴムは、戦前より開発が行われていましたが終戦により中断。生産が軌道に乗るのは昭和30年代のことです。

上記以外のおもなタイヤメーカー

旧・オーツタイヤ(株)

大阪府泉大津市河原町9番1号。昭和19年(1944)、大日本紡績(株)(のちのユニチカ)と内外ゴムが共同で大日本航空機(株)設立。昭和20年(1945)8月大津ゴム工業(株)に。昭和56年(1981)住友ゴム工業(株)と提携。平成15年(2003)7月住友ゴム工業(株)に合併されました。ブランドはファルケン

東洋ゴム工業(株)
トーヨータイヤ

大阪府大阪市西区江戸堀一丁目17番18号。明治37年(1904)、堺市に平野護謨製造所として創業。昭和18年(1943)12月株式会社に改組。
昭和13年(1938)5月、尼崎市の工場を買収し内外再生護謨(株)が東洋紡績の資本で設立されます。同年10月合資会社島田護謨製造所を合併、東洋ゴム加工(株)に社名変更。その後吸収合併を繰り返す。戦時中の企業整備により、内外護謨、日本輪業ゴム、金田護謨工業の自動車タイヤ部門を譲り受け、昭和18年(1943)自動車タイヤ製造開始。昭和20年(1945)8月、平野護謨製造所(株)と合併、東洋ゴム工業(株)に社名変更。

旧・日東タイヤ(株)

神奈川県高座郡寒川町一之宮六丁目1番3号。昭和12年(1937)6月昭和護謨(株)設立。昭和20年(1945)三田土ゴム製造(株)を合併。昭和24年(1949)、東急などの関東にある運輸会社が資本を提供、相模事業所を分離し日東タイヤ(株)設立。昭和57年(1982)4月、タイヤ事業を湘南菱東(株)に譲渡、日東化工(株)に社名変更。
ニットーは、昭和54年(1979)2月より業務提携している東洋ゴムが製造・販売を手がけるブランド。日本でも発売されていますが、アメリカ向けの輸出も多いです。

日本グッドイヤー(株)

東京都港区赤坂一丁目9-13三会堂ビル。昭和27年(1952)アメリカのグッドイヤー社(The Goodyear Tire and Rubber Company)の100%子会社として設立。平成11年(1999)9月、グッドイヤー社と住友ゴム工業との子会社になります。本家は1898年創業。ゴム工業創始者のグッドイヤー氏とは直接の関係はありません。

日本ミシュランタイヤ(株)

東京都千代田区富士見一丁目6-1富士見ビル。昭和50年(1975)6月設立。本家は1829年創業。日本でのタイヤ販売は昭和39年(1964)より。ビバンダム(タイヤマン)のキャラクターでおなじみ。ミシュランガイドも有名ですね。

井上護謨工業(株)
井上タイヤ(IRC)

愛知県名古屋市中区栄五丁目3番11号。大正15年(1926)井上護謨製造所として創業。昭和13年(1938)株式会社設立。オートバイやMTBのタイヤなどを製造。自転車タイヤならIRC。

(株)共和
ミリオンタイヤ

大阪市西成区橘三丁目20-28。大正12年(1923)8月、共和護謨合資会社として創業。昭和6年(1931)株式会社に。昭和46年(1971)現社名に変更。同社サイトによると、自転車タイヤの生産は昭和10年(1935)より。昭和22年(1947)ミリオンブランド使用開始。輪ゴムの「オーバンド」が有名です。

パナソニックポリテクノロジー(株)

兵庫県丹波市氷上町石生250。昭和27年(1952)、ナショナルタイヤ(株)設立。パナレーサーブランドの自転車タイヤなどを製造。平成20年(2008)10月1日に現社名に変更。

かつてのおもなタイヤメーカー

旧・角一ゴム(株)
カクイチタイヤ

明治39年(1906)阿部金次郎氏により角一護謨製造所として創業。昭和9年(1934)角一ゴム(株)に改組。昭和18年(1943)現在の(株)クラレの傘下に。昭和40年(1965)クラレプラスチックス(株)に社名変更。かつては大阪市福島区に工場がありました。現在本社は大阪市北区梅田1丁目12番39号の新阪急ビルにあり、ホースなどの様々なプラスチック製品や工業用ゴム製品を製造しています。
『日本ゴム工業史』によると、角一というのは、四角の中に「一」の書かれている阿部家の商標に由来するとのこと。タイヤのマークは「一」の代わりに「A」を入れているのだそうです。

旧・甲南護謨工業(株)

兵庫県神戸市東灘区青木六丁目8-18に長い間工場がありました。昭和6年(1931)國光ゴム製造所創業。昭和17年(1942)、國光ゴム製造所・マキゴム製造所・東華ゴム製造所・明生護謨工業所が合同で甲南護謨工業(株)設立。平成14年(2002)4月、旧・高木興産(株)、現在の甲南ゴム(株)に事業譲渡。現在タイヤは製造していないようですね。

旧・ダイワゴム(株)
ソーヨータイヤ

兵庫県明石市魚住町清水73-1。かつては兵庫県神戸市長田区大道通三丁目9に工場がありました。ブランドはソーヨー、ダイワタイヤ、マルエスボール。
大正6年(1917)山陽ゴム合名会社として創業。大正15年(1926)山陽タイヤ製造(株)に改組。昭和13年(1938)、大正3年設立の湊川護謨(株)を合併、湊陽護謨工業(株)に社名変更。「ソーヨー」「マルエス」はこの社名に由来します。昭和18年(1943)6月大和紡績の子会社に。昭和33年(1958)8月大和ゴム化工(株)に社名変更。昭和63年(1988)8月ダイワゴム(株)に。平成4年10月大和紡績(株)に吸収合併。ダイワマルエス(株)設立。昭和50年代は自転車レーサータイヤの8割を生産していました。現在は軟式野球ボールやソフトボールを製造しています。

旧・東京護謨工業(株)
マルテータイヤ

大正6年(1917)森村財閥とヤマサ醤油が共同で設立。翌年末より○Tブランドのタイヤを製造。千住に工場がありましたが、関東大震災で被害を受け、生産が再開するのは大正15年(1926)とのこと。昭和12年(1937)9月昭和護謨(株)と合併。
類似の社名に、大正6年(1917)4月、西武グループ創始者の堤康次郎氏により設立された東京護謨(株)があります。

内外ゴム(株)

兵庫県明石市魚住町西岡2050。大正2年(1913)、兵庫県神戸市長田区菅原通で内外護謨合資会社として創業。ダンロップに合併された旧・イングラム出身の社員が中心となり、人力車や自転車のタイヤを製造。昭和18年(1943)7月内外ゴム(株)に改組。バンドー化学と創業者は同じですが、昭和47年(1972)より住友ゴム工業(株)の関連会社になっています。

ナショナル護謨(株)

兵庫県加古郡稲美町六分一1176-1。かつては兵庫県神戸市長田区三番町4丁目4-2に工場がありました。大正8年(1919)ナショナル護謨工業所創業。昭和18年(1943)大日本車輌護謨製造所、昭和21年(1946)ナショナル護謨合資会社、昭和23年(1948)株式会社に。ノーブルタイヤの新聞広告が昭和31年3月6日の神戸新聞にあります。現在はウエットスーツ用のスポンジゴムなどを製造。

(株)ニチリン
ニチリンタイヤ
サクラタイヤ

兵庫県神戸市中央区江戸町98-1。大正3年(1914)鈴木商店により日本輪業ゴム(株)設立。昭和18年(1943)日輪ゴム工業(株)に。昭和30年代までは自転車用タイヤ・チューブを製造していました。現在はブレーキホース等の自動車用ゴム製品などを製造しています。

阪神ゴム(株)

兵庫県神戸市兵庫区高松町41。明治45年(1912)合資会社阪神ゴム商会として創業。大正6年(1917)合資会社阪神ゴム製造所に。昭和23年(1948)株式会社に改組。昭和38年(1963)阪神ゴム(株)に社名変更。昭和62年までは確認しましたが、その後はわからず。創業者の江崎禎三氏はゴム工業界の有力者だったのですが。

ピープルラバー(株)
ピープルタイヤ

兵庫県神戸市長田区菅原通四丁目1。ブランドはコンドルタイヤというのもあったようです。大正9年(1920)ユニオンゴム製造所創業。昭和15年(1940)大洋護謨工業(株)に。昭和19年(1944)2社と合併し帝國化成(株)神戸工場設立。昭和22年(1947)ピープルラバー工業所に。翌年ピープルラバー(株)に社名変更しますが、昭和45年(1970)廃業。

ユニオンゴム工業(株)
ユニオンタイヤ

兵庫県神戸市長田区松野通一丁目5-19-303。もとは神戸市長田区神楽町に工場がありました。昭和2年(1927)ユニオン護謨製造所創業。昭和22年(1947)ユニオン護謨工業(株)に改組。昭和37年(1962)ユニオンゴム工業(株)に。こちらも現在はタイヤは製造されていないようですね。

その他看板関係

第一タイヤ:「日本の新聞広告1000」のサイトに、「ゴム界最高の権威 今や東洋一を誇る 第一のタイヤー 高級自転車用 第一ゴム製造所 販賣部 東京日本橋馬喰町 工場 東京市外 瀧野川町」という広告が掲載されています(大正14年6月18日、小樽新聞)。
大正3年(1914)第一ゴム製造所として創業。自転車タイヤ・チューブは大正12年(1923)より製造したらしいです。昭和25年(1950)第一ゴム製造(株)に改組。その後は?

相生タイヤ:甲南護謨工業同様、現在の甲南ゴムに事業譲渡した、昭和22年(1947)創業の相生ゴム工業でしょうか。ゴムバンドのメーカーでしたが、かつては自転車タイヤも製造していたようです。代表者と住所は甲南護謨と同じでした。

参考文献

  • 『会社年鑑≪上場会社版≫ 1995年版』 1994年10月17日 日本経済新聞社
  • 『会社年鑑≪上場会社版≫ 2003年版』 2002年10月24日 日本経済新聞社
  • 『海鳴りやまず 神戸近代史の主役たち』 第二部:昭和53年6月10日 第三部:昭和54年6月20日 神戸新聞社
  • 『兵庫ゴム工業史』 昭和53年5月20日 兵庫県ゴム工業協同組合 兵庫ゴム工業会
  • 『日本ゴム工業史 第一巻 第二巻』 昭和44年11月1日 日本ゴム工業会 東洋経済新報社
  • 『住友ゴム八十年史』 平成元年10月 住友ゴム工業(株)

2005年12月3日:ブリヂストンパンク修理差し替え。ヨコハマタイヤ2枚、ウラルタイヤ、再生タイヤ追加。2010年1月27日:ブリヂストンタイヤサービス(黄色)、ヨコハマタイヤ2枚追加。差し替えあり。2010年9月1日:ダンロップタイヤ追加。

(最終更新日:2010年9月1日)

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