薬1 仁丹

仁丹

仁丹
撮影:2002年3月 軍人のみ拡大画像(36KB)

大阪府大阪市中央区玉造一丁目1番30号、森下仁丹(株)
明治26年(1893)、森下南陽堂として創業。昭和11年(1936)森下仁丹(株)に。

旅行に仁丹

旅行に 仁丹おにゅう
撮影:2009年3月

森下仁丹は、創業当初から熱心に宣伝活動をされていたようで、「昭和の常識」といったコピーもありました。軍人の顔や服装も時代によってマイナーチェンジされています(軍人ではなく健康を世界に運ぶ外交官だという話が「仁丹のど飴」のパッケージにもあり)。

仁丹 赤の小粒 仁丹 赤の小粒

仁丹 赤の小粒(表) 撮影:2005年5月 拡大画像(40KB)おにゅう
仁丹 赤の小粒(裏) 撮影:2005年5月おにゅう

仁丹 仁丹 仁丹町名標示 伏見市周防町 仁丹町名標示 伏見市周防町

上京區(区) 元誓願寺通六軒町東入 玉屋町
上京區(区) 西洞院通夷川下ル西入 薬師町
撮影:2005年1月 京都市

伏見市 周防町おにゅう
仁丹 執務勉強に 膳所大津町おにゅう
撮影:2005年1月

仁丹の町名標示は、明治の終わり頃から主要都市に順次取り付けられていったということで、京都には今でも多く残されています。マークが上にあるものの方が多いでしょうか。

仁丹町名標示の張り方

仁丹町名標示の張り方

ひとつの建物に、
(左上)上京區 夷川通室町西入 鏡屋町
(右下)上京區 室町通夷川上ル 鏡屋町
という町名標示看板が取り付けられています。これはどちらも正解で、京都の中心部の住所を表す場合、壁に面している通りの名前、その通りと交わる通りの名前、交わる通りからどちらに行くか――たとえば、東西に走る通りから北に行く場合は「上がる」、南に行く場合は「下がる」、南北の通りから東に行く場合は「東入る」、西に行く場合は「西入る」――、町名を順に記載するようになっているようです。この方式だと、正面玄関がどこにあるかがわかるので便利らしいです。
ですので、この建物は、下の図の太くなっているコーナーにあることがわかります。

     N
  ↑  ↑
─┛室└─
    町   ←夷川通→
─┐通┌─
  ↓

参考文献

2009年5月30日:ページ分割。旅行に仁丹、仁丹吊り下げサイズ2枚、町名標示2枚追加、差し替えあり。

(最終更新日:2005年5月18日)

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