路上観察と琺瑯看板、マンホールのふた
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履物

室内用の足袋もあります

つちやたび

足袋王 つちやたび 上品で保の良い /堅牢無比 責任保証つちや ゴム底たび(吊り下げ型)
撮影:2004年10月

月星地下タビ
月星運動靴

月星地下タビ 撮影:2003年4月(大型看板)

月星運動靴 日華ゴム 旧つちやたび 撮影:2003年11月(柱サイズ)

福岡県久留米市白山町60番地、(株)ムーンスター

月星化成は明治6年(1873)つちやたびとして創業。昭和6年(1931)株式会社設立。その後、日華護謨工業(株)、日華ゴム(株)、月星ゴム(株)と改称。昭和47年(1972)より月星化成(株)。平成18年(2006)7月(株)ムーンスターに。

「月星運動靴」の看板は、日華ゴムになった昭和24年頃のものでしょう。月星マークは戦前からある伝統のブランドです。

アサヒ地下
アサヒ地下タビ専賣店

アサヒ地下 撮影:2003年3月(吊り下げ型)
イラスト部分拡大(95KB)……琺瑯看板とは思えない細かさ。

アサヒ地下タビ専賣店 撮影:2002年5月(柱サイズ)
拡大画像(18KB)

福岡県久留米市洗町一番地、(株)アサヒコーポレーション

アサヒ靴の歴史は明治25年(1892)創業の仕立物屋の志まやに始まります。明治39年(1906)、ブリヂストンの創業者石橋正二郎氏兄弟が家業を継ぎ、翌年足袋専業になります。大正3年(1914)、20銭均一のアサヒ足袋を発売。大正7年(1918)6月、日本足袋(株)に改組。

大正10年(1921)、足袋の底に滑り止めのゴムを貼り、アサヒ地下足袋として発売。炭鉱労働者などによく売れたそうです。昭和になりタイヤの製造も始め、昭和6年(1931)3月、ブリッヂストンタイヤ(株)として独立させます。

ゴム靴のトップランナーとして昭和を駆け抜けたアサヒ靴ですが、平成10年(1998)会社更生法を申請。平成13年(2001)新体制になり、自主再建に向けた歩みを続けています。

オニタビ

一足一冬 オニタビ 撮影:2005年3月(吊り下げ型) 

旧・鬼足袋工業の看板。このメーカーに関して、大田区の歴史を研究しておられる廣瀬様よりデータを頂きました。詳細は我が街かわら版web オニタビ通りを行く1同2同3にありますので、ここでは内容を抜粋して記述します。

オニタビは室内用のコール天(コーデュロイ)生地を使用した足袋で、丈夫で暖かく、明治の終わりごろにはヒット商品になったとのことです。
明治34年(1901)、寺田淳平氏により、東京・日本橋に寺田合名会社が設立されます。「オニタビ」ブランドは明治38年(1905)より。このころには、寺田氏の出身地である現在の静岡県磐田市福田で、コール天生地およびコール天足袋を製造していたそうです。磐田市福田地区は、現在でも国産コーデュロイの大部分を生産しています。

大正9年(1920)2月、現在の東京都大田区大森西2丁目に、オニタビの工場が鬼足袋工業(株)として設立されます。寺田合名が存在したのは大正13年(1924)までで、大正15年(1926)には鬼足袋工業は本店機能のみ日本橋本石町に移しています。戦時中は国策で軍関連の衣料品も製造していましたが、空襲により被災。創業者より続くオニタビの歩みは終了となりました。

戦後は、鬼足袋工業に在籍していた橋本明吉氏が、戦前の商売を発展させ、昭和23年(1948)、日本橋横山町に鬼足袋(株)を設立。取扱品目を足袋から靴下に移行させながら、昭和50年代までは同地にあったのではないかと思われます。

旧・IB Companyのサイトによると、合併した東京プロダクツ(株)が、もともとは足袋製造業で、戦前は『鬼足袋』が盛業、とありました(サイトは現在消滅していますが、アーカイブサイトで見られます)。これも廣瀬様の調査によると、戦後の鬼足袋(株)のことではないかとのことです。なお、戦後「オニタビ」ブランドが復活したかどうかは不明です。

日の本タビ

日の本タビ マトウ足袋 撮影:2003年5月(大型看板)

旧・日の本足袋(株)の看板。『特定商工者名簿 1964』によると住所は大阪市城東区南中浜町1-2(当時)。昭和33年ごろまではこの社名ですが、昭和39年(1964)には日の本(株)になっています。日の本(株)は昭和34年創業とありますので、このとき再建されたのかもしれません。ただ日の本(株)の方も、昭和40年代以降の資料には見あたりませんでした。『大阪商工名録』によると、大正7年(1918)創業とのことです。

大阪市中央区の大阪歴史博物館。7階の近現代のフロアに、昭和の初めごろ戎橋北詰にあった、日の本タビの大きなネオンが再現されています。下の方には「矢の飛ぶ如く賣れる日の本タビ」のコピーが。また「人気大当り」という新聞広告もありました。ちなみに「マトウ足袋」は日の本タビの姉妹品です。いずれも弓矢の的のイメージですね。

南海足袋

強くて 型の良い 南海足袋 撮影:2001年11月(吊り下げ型)

徳島県鳴門市撫養町斎田岩崎89-2の南海足袋合資会社の看板でしょうか? 底に大きく「南海足袋」と書かれた斬新なデザインですが、自動販売機に隠され全部見えないのが残念です。これは室内用の足袋ですね。

波千鳥の南海ブランドマーク。
南海商標

トーヨー運動靴
トーヨー運動靴 トーヨー地下たび

トーヨーゴム トーヨー運動靴 撮影:2009年4月
横長大型看板。

トーヨーゴム トーヨー運動靴 撮影:2002年5月
トーヨーゴム トーヨー地下たび 撮影:2002年4月(いずれも大型看板)
拡大画像(22KB+24KB)

大阪府大阪市西区江戸堀一丁目17番18号、東洋ゴム工業(株)。

コマ印運動靴
コマ印地下たび
コマ印運動靴/コマ印地下たび

コマ印運動靴 撮影:2001年9月
コマ印地下たび 撮影:2002年3月
コマ印運動靴/コマ印地下たび 撮影:2004年2月

現在はタイヤメーカーとして有名。「トーヨーのコマ印運動靴 東洋ゴム工業株式会社」という広告が、昭和26年1月27日、毎日新聞(大阪)に載っています。詳細はゴム・タイヤの下の方をご覧下さい。

力王たび 力王たび 力王太郎 力王太郎

はきよい. 強い. カッコいい. 力王たび
撮影:2001年11月/2001年10月

たしかな ふみごたえ 力王太郎
撮影:2002年3月/2003年4月

東京都中央区日本橋三丁目5番11号 八重洲中央ビル、(株)力王

力王は昭和23年(1948)、埼玉県行田市で行田ゴム工業(株)として創業。昭和42年(1967)、力王ゴム(株)、昭和48年(1973)、(株)力王に社名変更。昭和26年(1951)発明された軽量地下たびが人気商品となりました。今や地下足袋といえば「力王たび」ですね。「カッコいい」のコピーが秀逸。

セカイチヨー靴

セカイチヨー靴 撮影:2003年11月(柱サイズ)
拡大画像(25KB)

東京都江戸川区平井七丁目12番8号、世界長ユニオン株式會社

大正8年(1919)6月、大阪ゴム底足袋(株)設立。昭和12年(1937)3月、世界長ゴム(株)に社名変更。戦後平和ゴム(株)になりますが、昭和21年(1946)10月、再び世界長ゴム(株)に。昭和39年(1964)6月、世界長(株)に。かつて大阪府大阪市中央区糸屋町二丁目4番6号に本社がありました。

平成15年(2003)7月、会社更生法の適用を申請。平成16年(2004)9月、オカモト(株)100%出資による新会社がスタート。平成22年(2010)ユニオン・ロイヤル(株)と合併、現社名、住所に。

ハト印ゴム靴・合羽 ハト印マーク

ハト印ゴム靴・合羽 撮影:2001年11月(柱サイズ)

兵庫県明石市魚住町中尾1058、シバタ工業(株)

シバタ工業は大正12年(1923)創業。
昭和30年代は輸出も好調でしたが、昭和39年(1964)11月、会社更生法を申請。兵庫県の地場産業でもあるゴム工業界を揺るがす倒産となりました。その後再建され、昭和45年(1970)11月、シバタ工業(株)として再スタート。

幅10cmにも満たない小さな看板。数羽まとめて張られているのを所々で見かけます。

ダルマゴム靴 ダルマゴム靴

ダルマゴム靴 代理店 株式会社溝口護謨工業所 撮影:2007年3月(大型看板)

兵庫県姫路市飾磨区玉地96番地にあった(株)溝口護謨工業所の看板。
『兵庫ゴム工業史』によると、溝口護謨工業所は大正9年(1920)創業。昭和22年(1947)株式会社設立。昭和48年(1973)廃業とのこと。

すごい顔のだるまさんだと思ってよく見れば、顔が「ミぞ口」になっていました。会社のブランドマークだったようです。
商標アップ

早川ゴム

ゴム靴 ゴム草履 早川ゴム特約店 撮影:2001年11月(吊り下げ型)

広島県福山市箕島町南丘5351番地、早川ゴム(株)

早川ゴムは大正8年(1919)創業。昭和22年(1947)、早川護謨工業(株)設立。この看板は、「早川ゴム(株)」となった昭和28年(1953)12月から、ゴム履物部門撤退の昭和46年(1971)10月の間のものと思われます。

『昭和二万日の全記録 第1巻』によると、ゴム草履は昭和2、3年頃、広島の三笹ゴムが千日履(せんにちばき)という名で売り出したのが始まりです。夏場の普段履きとして人気があったそうです。

ツバメゴム靴 ツバメゴム草履

ツバメゴム(靴) 撮影:2004年10月(柱サイズ)
ツバメゴム草履 撮影:2003年3月(柱サイズ)

広島県福山市松浜町二丁目2番11号、広島化成(株)
昭和22年(1947)3月設立。早川ゴムより分化。

マルオー
地下王

マルオー 運(動靴) 地下(タビ) 撮影:2002年9月(大型看板)

日本で一番強い 地下王地下タビ 撮影:2013年4月(大型看板) 

岡山県倉敷市茶屋町359にあった日本工業(株)のブランドでした。同社は大正7年(1918)足袋業創業。昭和14年(1939)3月会社設立。昭和25年頃、岡山駅前に大きな看板を設置するなど、戦後は盛んに宣伝活動をしていました。1990年頃までは茶屋町駅の西側で操業していたようです。

『山陽年鑑』には、昭和20年代は地下王地下タビの広告があったのですが、30年代にはマルオーのみになっています。ブランドの整理が行われたのでしょうか。

自力運動靴

自力運動靴 撮影:2002年5月(大型看板)

岡山県岡山市北区今八丁目16番17号、日進ゴム(株)

昭和7年(1932)12月、日進ゴム工業所創業。昭和10年(1935)3月、日進商工(株)設立。昭和18年現社名に変更。ゴム靴や工業用のゴム製品を製造するメーカーです。長い間岡山市高柳東町13番46号に本社がありました。
日進ゴムの比較的近くにあったせいでしょうか、通っていた高校の、校内で履く指定のスリッパが自力ブランドでした。製品には「自力シール」がついていて、ノートの表紙などに貼っていました。

晴姿たび

手造り 晴姿たび 撮影:2002年3月

大阪の(株)晴姿の製品らしい……(?)

地下足袋を持っている人といえば、鳶職などの建設業関係の方、農業関係の方がほとんどだと思います。沢登りに使用される方もあるようですが、あまり縁のない人の方が多いのではないでしょうか。しかし、播磨地方の男性の地下足袋所有率は他地域よりも多いはず。
それは、地下足袋が祭りに必要だからです。

播磨地方、特に沿岸部は秋祭りの盛んな地域。彼らの祭りにかける情熱を、数行で説明することはとてもとてもできません。灘のけんか祭りという、少々濃ゆいサイトがありますので、興味のある方は一度ご覧になってはいかがでしょうか。スクリプトをオンにすると、祭りまでの日数をカウントダウンしてくれます。だから何なの? などと言うのは厳禁です。

参考文献

  • 『兵庫ゴム工業史』 昭和53年5月20日 兵庫県ゴム工業協同組合・兵庫ゴム工業会
  • 『雄県兵庫』 昭和28年10月20日 神戸新聞社
  • 『日本会社史総覧・上巻』 1995年11月24日 東洋経済新報社
  • 『児島機業と児島商人』 昭和50年8月29日 角田直一著 児島青年会議所
  • 『山陽年鑑』 昭和27年版 昭和26年10月10日 山陽新聞社
  • 『山陽年鑑』 昭和30年版 昭和29年10月1日 山陽新聞社
  • 『山陽年鑑』 昭和33年版~2002年版 山陽新聞社
  • 『昭和二万日の全記録 第1巻』 平成元年6月20日 (株)講談社
  • 『大阪商工名録 昭和31年版』 昭和31年5月20日 大阪商工会議所
  • 『特定商工者名簿 1959』 昭和33年12月25日 大阪商工会議所
  • 『特定商工者名簿 1964』 昭和39年10月15日 大阪商工会議所
  • 『姫路商工名鑑 1968』昭和43年版 昭和43年2月1日 姫路商工会議所

2004年11月1日:月星地下タビ、アサヒ地下タビ専賣店差替え。力王太郎オレンジ、つちやたび・ゴム底たび、月星運動靴、アサヒ地下、コマ印運動靴・地下たび(縦)、ツバメゴム(靴)・ゴム草履追加。2007年4月28日:オニタビ、日の本タビ 、セカイチヨー靴、ダルマゴム靴追加。2010年1月27日:トーヨー運動靴(横長)追加。2014年2月19日:オニタビコメント修正、地下王地下タビ追加。

(最終更新日:2014年2月19日)

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