路上観察と琺瑯看板、マンホールのふた
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11.光とあかりの恋しい季節に


防犯街灯

街灯に群がる羽虫が少なくなると、あかりの恋しい季節が来る。
あかりがあると温かい気がする。ある程度視力のある人なら、誰しもそう感じるのではないだろうか。お陽さまでも炎でも、明るいものには熱があるということを、われわれの祖先は知っていた。それは一種の本能であるのだろう。

<白熱電球>
その名の通り、ともすと熱くなるこの照明器具はあかりの王道だが、消費電力の少なさの点で蛍光灯にはかなわず、家庭や街角から少しずつ消えていった。

街灯のある風景

<琺瑯看板>
丈夫で美しいこの広告媒体は、昭和40年代頃より、テレビ広告や安価な看板の普及により、次第に作られなくなっていった。

ニーズ無き者は消えていく運命にある。「金鳥」のように、広告として機能している巷の琺瑯看板は随分数が減った。今は古美術として人気があり、コレクターも多い。
私の場合は、張ってある看板の雰囲気を見るのは好きだが、看板そのものの収集はしない。もとより看板は人に見られるために生まれてきたもの。本来の役割を終えてもやはり、大勢の人に見てもらいたいのではないか。うちにいても仕方ないのだ。

琺瑯看板のまあるいエッジを、やわらかな斜光が撫でていく。軒下にも光が回り込み、鑑賞に適した季節を迎えた。街角の古い看板。彼らももわれわれと同じように、光やあかりのぬくもりを感じながら、行き交う人々の行方を見つめているのかもしれない。

撮影:2003年10月 岡山市

(2003年10月10日作成)

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