路上観察と琺瑯看板、マンホールのふた
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兵庫県の蓋 河川 

二級河川が兵庫県の管轄ですが、支流も含めた二級水系の河川を東の方から掲載しています。県章の付いた蓋は少ないです。今のところ神戸市内のみ。


高橋川放水路

高橋川

高橋川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市東灘区深江北町

東灘区を流れる高橋川放水路の蓋。丸い部分はφ900と思われる大蓋です。
二級河川は管轄は都道府県ですが、甚大な被害のあった昭和13年(1938)の阪神大水害以降、表六甲の治山治水は一貫して国の事業として行われています。また神戸市内河川のうち高橋川などの18河川は都市基盤河川(※)で、市が改修事業を実施とのこと。蓋に自治体マークがないのは、複数の事業体の関わる河川であるからなのでしょうか。

神戸市内の地下河川に関しては ~神戸の河川改修の特徴~ 河川改修の進め方(PDF)がわかりやすいです。P11~12には高橋川に関する記載があります。高橋川放水路は平成19年(2007)完成。深江北町の白鷗橋の下で要玄寺川に合流しています。

※都市基盤河川とは、高橋川、西天上川、天神川、新田川、高羽川、観音寺川、狐川、北野川、鯉川、苅藻川、妙法寺川、千森川、塩屋谷川、福田川、山田川、伊川、櫨谷川、明石川。


天神川放水路

天神川

圧河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市東灘区御影本町

東灘区を流れる天神川放水路の蓋。天神川の流路はWikipediaが詳しいです。蓋は、御影町御影の山手幹線からJRの少し南までは丸い河川蓋(グレーチングタイプもあり)、下流では画像のような圧河川の蓋になっていました。圧雨水もありましたがあれも天神川の蓋でしょうか。JR付近の蓋が天神川本流のものか放水路のものかは確認できませんでした。

天神川放水路は弓場線という広い道路の下を通っていますが、蓋はその中央分離帯にあるものが多く、横断歩道がなければ撮影はおろか確認も難しいです。Googleストリートビューでどうにか確認できるものもあるという感じですね。


観音寺川放水路

河川

河川

(上)河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市灘区大内通

(下)連れだってJRガード方面に流れゆく河川蓋
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市灘区泉通

上は灘区大内通四丁目付近の観音寺川放水路の親子蓋。 ~神戸の河川改修の特徴~ 河川改修の進め方(PDF) では放水路ですが、兵庫県ハザードマップでは、観音寺川の流路は県道を迂回する放水路のルートになっています。観音寺川は二級河川西郷川の支流です。

観音寺川本流はこの蓋のある1本西の道(稗田公園の東)を南下していますが、放水路は稗田公園南東側を東に向かい、泉通三丁目と四丁目間の交差点を右折、南下しJRのガードを越えて直進、国道2号船寺交差点を西へ、暗渠のまま西隣の西郷川に合流しています。

この親子蓋の下を北から南に流れているのはその名も盗人(ぬすっと)川。「盗人川」。すごい名前ですね。ずっと上の方には「貧乏川」も。もともと貧乏川は支流を経て盗人川に流れ込んでいたという話もあります。このあたりの川は、普段の水が無いのに、豪雨時に一切合切流していっていたので、耕作や居住には向いてなかった土地だったという理由でしょうか?

もしそうなら、そういう土地がええとこの住宅地になるのに、長年にわたってどれだけの治山治水工事をし、インフラを整備してきたかを、地元の方、特に子供たちには、これからも教え続けるべきでしょう。良くない地名を変えてむやみに家を建てているとひどい目に遭うというのは、今までの幾多の災害が教えてくれていると思うのです。

盗人川銘板

2016年11月23日付神戸新聞の 「誰が名付けた? 神戸市灘区の『盗人川』」 の記事によると(いずれリンク切れになります)、盗人川は現在は「観音寺川東雨水幹線」であると。『下水道の歩み 神戸市下水道史』によると、盗人川の改修は平成4~5年度。改修後に改名とのこと。

河川であること、そしてその名前も取り上げられお気の毒なぬすっと様。でも「ぬすっと」→「観音」なら、名前的には大出世ではないでしょうかね? いや、ぬすっと的出世ならむしろ大泥棒の方か。

さて、河川蓋が2枚確認されている泉通四丁目北東側交差点は、北からは暗渠になっている福角川という河川が流れてきているようです。もともとは旧盗人川と合流、さらに観音寺川本流と合流していたようですが、これも開渠部分はほとんどなく、県のハザードマップにも載っていないので、途中から観音寺川放水路に利用されているのかもしれません。

親子蓋以外の河川蓋は、JRのガード南側までに600の最新蓋が2枚×4カ所、国道2号船寺交差点の北に1枚ありました。下を通っている国道2号には分離帯にも蓋は見つからず。


狐川

河川

河川

河川

(上)河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区東雲通
どう見ても「圧河川」の「圧」を削ってますね。蓋自体は耐圧ですが。JR高架の南に2枚。

(中)河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区東雲通
JR高架の南に2枚くらい。このように鍵穴が開いているのは2世代前の蓋でしょう。日之出水道機器のサイトマンホール・桝の維持管理には昭和54年~昭和60年との記述があります。県の資料地域総合治水推進計画1.神戸(表六甲河川)(PDF)P24には、「昭和59年から都市小河川改修事業に着手」とあります。設置されて30年以上。「河川」の文字がいい感じにつぶれてきました。天神川や北野川上流にも同じ蓋がありました。

(下)河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区若菜通
観音寺川にあったような新しい河川蓋は、葺合中西の公園横に1枚と、阪急春日野道駅のガード付近に5枚くらい。あと1枚あるような?

狐川は、県や市の資料では、中央区野崎通三丁目交差点から西へ進み、熊内町一丁目と二丁目の間の交差点から国香通二丁目交差点まで南下、JR、阪急ガードをくぐりガード沿いに西へ、生田川に合流しています。そのルートを二級河川として指定しているのでしょう。東隣の西谷川の流下能力が少し弱いようなので、西谷川の放水路の役割も果たしているのかもしれません。

ちなみに西谷川は、無印の丸蓋2枚の他は雨水角蓋、グレーチングがあったくらいで、二級水系の本流なのに扱いがよろしくない気がしました。同じく二級河川の東灘区の西獺川も、下流は圧雨水の蓋のみ。これら2河川は改修中もしくは改修予定のようですので、いずれは河川蓋も置かれるんでしょうか。

公式ルートとは別の狐川の元?本流は、葺合区の山を源として葺合中学校の北から西に流れ、広い市道の1本東の道をたまに開渠になりながらうねうね流下、阪急春日野道駅の下でガードをくぐり交差点を西へ、国香通二丁目交差点を通過してきた暗渠の流れと合流し生田川に、というルートのようです。

新生田川八雲橋にて

新生田川八雲橋より上流(北側)を見たところ。右から狐川が、左から北野川が合流してきました。


北野川

二級河川北野川

二級河川北野川文字部分

にきゅうかせん きたのがわ
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区北野町

この場所よりずっと下に「こう配8%」という看板がありました。北野坂の傾斜に配慮したスリップ防止仕様の親子蓋が使われています。10年以上前に来たときには見なかったような気がしますが。

神戸市 圧河川

神戸市 圧河川

神戸市 圧河川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区北野町

神戸市の蓋ですが北野川の上にあるもの。道路の停止線の倍の900くらいあります。上のスリップ防止蓋は、マンホール内部に圧力がかかると、蓋が少し浮き上がり内圧を解放するタイプですが、こちらは3カ所でボルトロックされた爪で押さえる耐圧タイプ。下流域も入れると13枚くらい。同じ蓋は須磨区の細沢谷川にも3枚くらいあるようです。

下流ではすべてこの耐圧蓋でしたが、三宮の繁華街の上方や広い道路上なので、蓋が飛ぶとかなり危険ですよね。ただ、圧力の解放はどうなんでしょう。新生田川との合流地点が近いので、圧力抜きはいらないとの判断でしょうか。


鯉川

兵庫県鯉川
兵庫県鯉川文字部分アップ

兵庫県 鯉川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区西町(鯉川筋)

二級河川鯉川(こいかわ)のかなり新しい蓋。蓋も蓋の周囲のアスファルトもまだきれいなので、近年交換されたのでしょう。ボルトの近くには「トルク 40N・m」という締め付けトルクの数値が鋳出されています。

鯉川は旧居留地の西側にありましたが、神戸元町商店街のサイトによると、きれいな川ではなかったようで、居留地の外国人の要望で、流れに蓋をする工事が行われました。これは外国人建築師が請け負い、明治7年(1874)10月着工、翌8年1月に完成しています。現在のように市街地部分がほとんど暗渠になったのはもう少し後ですが、暗渠歴は長かったんですね。

表六甲の川が暗渠になった理由は、川へのゴミ投棄防止、地上交通の便宜、土地の有効活用の3つだそうです。

六甲山の地質と地形により表六甲の川は天井川が多く、高い堤防を越えての往来は骨の折れることでした。暗渠化の理由の第一は地形のことかと思いましたが、何よりも川の悪臭防止だったとは。多くの川が戦前より中・上流まで暗渠化されていたのはそういうことだったんですね。普段は流れがあまりないので、ゴミ投棄による衛生面での問題が大きかったということですね。

河川

以下、県蓋ではありませんが鯉川の蓋を上流より。

河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区山本通

鯉川の暗渠が始まる部分の蓋。西から城ヶ口川の暗渠が合流してきている場所です。これはグレート式(グレーチングタイプ)の蓋。

道路に降った雨は普通は側溝や下水管を経由して河川や海に流れるのですが、これは下の河川に直接流れるようになっています。他の場所に比べると土砂や苔なども溜まるのでしょうが、この場所にはこのグレート式の蓋が適しているとの判断なのでしょう。

河川

河川

鯉川の上流は、県や市の資料ではトアロードと山手幹線を迂回しているようです。それが二級河川の指定ルートなのでしょう。が、山本通と中山手通三丁目の、トアロードと鯉川筋の間に水路があります(元本流?)。その水路が山手幹線に入ったあたりの分離帯の南側に、900と600の河川蓋が1枚ずつあります。

(上)河川
グレート式。φ900で蓋も「河川」の文字も大きい。600の蓋よりメッシュがたくさん入っていますね。しかしまさかの外蝶番。蓋の摩耗が進んでいるのは交通量のせいだけではないようです。
(下)河川
神戸市の蓋の市章を削ったものかと思い適当に撮る。
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区中山手通

河川蓋の様子

2枚の蓋の様子。黒い服の方が立っているのが元本流とおぼしき暗渠のある坂道。中央の精肉店が喫茶店みたい。

河川

神戸市 河川

圧河川

上のこじゃれた精肉店の横から見ると、西の下流側の中山手通4丁目交差点と同じくらい、南側も土地が下がっています。迂回路に合流する流れとは別に、山手幹線を越えて南下する流れも雨水管渠となって残っているのでしょう。中山手通三丁目4-1の南で、雨水角蓋が斜めに道路を渡っているのがそれではないでしょうか。

豪雨時には、あちこちの河川や管渠に雨水を分散して流して、一気に増水しない工夫がなされているはずで、利用できるものは、元本流でもゲリラ流でも改修して使っていると思われます。

これより鯉川筋に入ります。ボルトロック耐圧タイプ、増圧時圧力開放タイプ、グレーチングタイプと各種取りそろえてあります。

(上)河川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区下山手通
元の流れが現在の鯉川に流れ込むあたりにあります。神戸の耐圧でない河川蓋といえばこれで、鯉川では4枚確認。

(中)神戸市 河川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区下山手通
なかなか無いですね。1枚のみ。

(下)神戸市 圧河川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区下山手通
なかなかカッコいいです。やはりパターンは神戸タイプがいいですね。あと中央にマークは必要で、文字だけではデザイン的にぬるくなるような気がします。5枚確認。

河川

圧河川

JRガード付近より鯉川は2本に分かれ、蓋が2枚セットになります。

(上)河川(グレート式)
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区北長狭通
上流の蓋とは少し違いますね。交通量に配慮してか蓋の下の方をささやかに塞いであります。4枚確認。

(下)圧河川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区元町通
歩き撮りしたらブレました。西町にもあります。3枚確認。

鯉川の改修は、県の資料河川及び流域の概要(PDF)の最後に「昭和55年から、神戸市により、都市小河川改修事業として河道改修に着手した。昭和62年以降は、緊急性・重要性の高さから都市河川緊急整備事業として暗渠化工事が進められ、平成5年に完成」とあります。

河川

2枚並んでいる河川蓋
河川
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区海岸通

海岸近くまでやってきました。鯉川の短い旅ももうすぐ終わり。蓋は箱入り雛のように仲良く並んでいます。さてここからどうやって海に放流するんでしょう。岸壁を軽くのぞいてみましたが、吐口はわかりませんでした。この蓋はここでのみ確認。


城ヶ口川

城ヶ口川

城ヶ口川河川蓋
撮影:2017年6月 兵庫県神戸市中央区中山手通

山手バラ園で和んでいたら1枚の河川蓋に遭遇。バイク左奥の水路から来ているようです

兵庫県ハザードマップを見ると鯉川支流の城ヶ口川でした。しかしこの流路は、山本通四丁目の上の方がまちがってますね(2017年6月20日現在)。実際は四丁目9番の区画の西を通っています。これだと住宅の下をばんばん流れていることになりますね。

城ヶ口川は山本通三丁目で鯉川と合流して終了かと思っていましたが、こちらは元の流れのようです。山手幹線のなかった時代はこのまま南下していたのかもしれません。
ここでまた暗渠になった元の城ヶ口川は、向かって右の中山手通4丁目交差点に流下、鯉川と合流しています。


宇治川

兵庫県宇治川

兵庫県 宇治川
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区北長狭通

宇治川(うじかわ)が暗渠になっている部分にあります。2枚セットが5カ所、最後は歩道の植え込みに錆び錆びのものが1枚ありました。2005年にはあった蓋ですが、まだまだきれいですね。

丸い部分は600くらい。4カ所の突起部分でボルトロックしてあります。水圧がかかっても蓋が動かない耐圧タイプで、神戸市内ではめずらしい長島パターンの蓋です。

メルカロード宇治川

古の宇治郷の名を今に伝える商店街と地上の蓋。宇治川蓋は手前の横断歩道付近にあります。

宇治川河口の水門と大蓋
宇治川河口の大蓋
宇治川河口の大蓋

兵庫県
撮影:2017年5月 兵庫県神戸市中央区東川崎町

ハーバーランドにほど近い、宇治川河口の水門と大蓋。縦3000くらいありそうな大蓋4組×2カ所で、軽四なら2台駐められそう。蓋というよりも、開けられない地上の構造物のようです。長方形の蓋の上下で、ボルトロックされた爪で押さえてあるんですね。

宇治川は、明治28年(1895)の地図を見ると、現在のJR高架から南側の元町6丁目交差点付近までのみ暗渠になっていて、元町6丁目交差点付近に「宇治川」電停がありました(のちに元町六丁目に)。昭和5年(1930)では、中央郵便局の北まで暗渠化されています。昭和13年(1938)の阪神大水害時では、現在暗渠部分最上流の橘橋よりもさらに上の再度筋まで暗渠になっていました。

昭和37年(1962)より再整備工事が始まったものの、昭和42年7月豪雨(1967年)で大氾濫。橘橋北側の調整池が完成し整備が完了したのは、調整池門扉の銘板によると昭和47年(1972)8月のこと。

大蓋の下で音がしていました。雨の時期に備えてのメンテナンスでしょうか。ここから西に200mほど離れた場所に、神戸市宇治川ポンプ場があります。このポンプ場は昭和30年(1955)完成していますが、その後河川、ポンプ場とも改修を重ねてきたもよう。

兵庫県ハザードマップでは、100年に一度の豪雨だと、流域の一部やJR神戸駅周辺、地下空間などは浸水の恐れありとのこと。河川整備に関しては今後もさらに続くようです。


千森川

二級河川千森川

二級河川千森川文字部分

兵庫県 二級河川 千森川
撮影:2006年5月 兵庫県神戸市須磨区須磨本町

須磨区を流れる千森川の暗渠部分の蓋。兵庫県の「のじぎく」デザイン蓋が使われています。「河川」の蓋は各地に割とありますが、川の名前が書かれているもの、特にデザイン蓋は多くはありません。

千森川の暗渠歴はかなり長く、被害のあった昭和13年(1938)の阪神大水害時で、すでに須磨離宮南側から千守交差点付近まで暗渠化されています。現在では、上流の開渠部分の離宮公園付近から須磨寺の裏を暗渠で抜け、一ノ谷川に至る千森川放水路も整備されています。


参考文献

  • 『神戸市水害誌』昭和14年7月 神戸市役所
  • 『六甲山災害史』平成10年(1998)8月24日 兵庫県治山林道協会
  • 『神戸港と神戸外人居留地』1998年3月10日 山下尚志
  • 『下水道の歩み 神戸市下水道史』平成8年(1996)3月30日 神戸市下水道局

2017年6月20日新設。2017年7月28日更新。

(2017年7月28日更新)

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