11、前立腺肥大の手術

平成 15 年 3 月 14 日の昼に病院から、「 個室が空くので明日の午後に入院するように、手術は 3 月 18 日の午後 2 時からおこなう 」と急に連絡がありました。

病院の建物 1 人で入院するつもりでいたところ、我が家の クサンチッペ も荷物持ちで同行することになりました。当日は自宅を出てから バスと電車で 1 時間ほどの所にある病院に行きましたが、入院手続きを終えるまでに私が 1 度も行かないのに、彼女は 2 度も トイレに行く緊張振りでした。私は言いました、

手術を受けるのはあんたではなく、私だよ。

部屋は見晴らしの良い 14 階にある、写真の赤印の所でした。

手術前日

この日は朝から絶食となり、午後 9 時以降は水も飲まない絶飲食を命じられましたが、前立腺の手術になぜ絶食が必要なのかは手術を受けてみて分かりました。その理由とは
  1. 手術中および手術後に吐き気を催し、嘔吐する場合があるため。( 後述 )

  2. 手術後に自力歩行で便所に行ける状態になるまで、排便を遅らせるため。

剃毛(?)

午前中に下腹部を剃毛することになりました。若い頃に盲腸の手術を受けましたがその際の剃毛の方法とは、床屋でひげを剃るように蒸しタオル、ブラシ、カミソリを使いましたが、時代の変化でしょうか今回は充電式の電気バリカンで刈ることになりました。

個室で看護学校を卒業したての若い看護師から刈り取られる際には、気まずい沈黙の時間を防ぐために、私からさり気なく病院に付属する看護学校の様子などを雑談の話題にしました。

毎年百名程度の看護師が卒業して同じ系統の病院に配属されますが、点滴、注射などの看護師の実務経験を身につけると転職したり、結婚などで3年でほとんどの人が入れ替わるとのことでした。

剃毛を終えた後に指導看護師による刈り具合の点検がありましたが、手術をすれば当分 シワーを浴びられないので十分 シャワーで身体を洗いました。午後からは執刀医による本人と家族 ( 妻 )に対する手術についての説明がありましたが、その要点とは、

  1. 手術は尿道から器具を入れ前立腺の内側から肥大部分を削ぎ落とす方法を採るが、前立腺の被膜 ( ミカンに例えると外皮 ) がもし破れたならば、開腹手術をすることになる。

  2. 前立腺下部に尿道括約筋があるが、それに傷が付くと 「 尿失禁 」 が起きることがある。

  3. 術後に出血や感染症の危険がある。
  4. 逆行性射精の後遺症が起きることがある。( 注 )

とのことでした。

夜寝る前に下剤を飲むようにいわれ、また手術に備えて緊張のあまり眠れない人が多いので精神安定剤を飲むように勧められましたが、私は 得意の開き直りから 「 まな板の上の鯉 」 の心境なので、精神安定剤を服用せずに 安眠することができました。

注:)
逆行性射精とは内尿道 ( 膀胱の手前 ) で括約筋の作用をする前立腺の機能が手術で障害を受けるため、膀胱へ向かう尿道が オルガスムスの際に閉じず、精液が尿道から外部に射精されずに、膀胱内に射精される現象で、前立腺肥大の術後には30〜60 パーセント の割合で発生するといわれています。

原因は射精を支配する神経の障害や手術による内尿道口の変化です。膀胱内に射精しても後で尿と共に排出されるため、健康上は何の支障もありませんが、子作りをする時期の夫婦にとっては重要な問題になります。

手術の当日

もちろん絶飲食のままで、体内の水分補給のため 500 C C の生理食塩水を点滴しました。昨夜の下剤の他に、午前中には更に浣腸もして腸内をカラにしました。

血栓の防止用、圧迫 ストッキング

国際線旅客機の エコノミー ・ クラスなどで狭い座席に長時間座り続けると、足の静脈にうっ血が起こり深部にある静脈に血栓 ( 深部静脈瘤血栓、血の固まり ) ができて、それが血管壁から剥がれて血流に乗り、肺に運ばれて肺の血管をふさぐと肺動脈血栓症、肺塞栓症 ( そくせんしょう )などの重い病気になることがあります。

手術後に安静状態を続ける患者にも同様な症状が起こり得るので、この病院では安静が必要な患者には、足を圧迫して血流が滞るのを防ぐために、強い弾性のある ストッキングを履かせるのだそうです。

今回の手術でも術後に片足を固定するため、血栓の発生を防ぎ下肢の自然な静脈還流を助けるという、圧迫 ストッキングを履かされましたが、伸縮性のある ソックスで足先から膝下まで、強い弾力で締め付けるので履き心地の悪いものでした。

肥大手術の開始

手術着に着替えて部屋で待っていると2時前に手術部から呼び出しがありました。ベッドに寝たままの私を、看護師達が 14 階から 6 階の手術部に エレベーターで移動させ、そこで運搬用の ベッドに移り手術室へ入りました。

手術室

そこはまばゆい程の光の室内で B G M ( バックグラウンド ・ ミュージック ) が流れ、医療機器が沢山並び、医師が 3 名、看護師が 2 名いました。手術台に寝かされて最初にされたことは、医師による患者の名前、生年月日、手術する箇所の確認でした。

これは複数の手術室で並行して手術をする際に、患者を取り違えて手術する医療ミスを防ぐ為のものでしたが、次は横向けで膝を抱え込む姿勢を取らされてから、背骨の下部に腰椎麻酔の注射をされました。

手術を受ける姿勢 裸にされて手術台の足置きに足を固定されると両足を開いた図のような姿勢になり、胸に心電図のセンサーや腕に血圧計を着け、手術台から直角に張り出した腕木に両腕をベルトで固定されると、十字架に架けられたようになりました。

バラ色の人生

そのうちに両足が ポカポカ暑く感じるようになりました。足を何かで突かれて痛いですか?と尋ねられても、何も感じなくなりましたが、腰椎麻酔が効いてきた証拠です。すると突然手術台の真上にある、まばゆい照明が消えて手術が始まりました。

目の前には タオルケットで幕が作られたので手術者の顔は見えず、声だけが聞こえてきました。尿道に電気 メスの付いた内視鏡を入れられても全く感じませんでした。少し暗くなった室内に目が慣れてくると、どうやら テレビの モニター画面を見ながら手術をしている気配でした。

泌尿器科長の声が 「 ここは大きく削ってもよい 」とか 「 括約筋が近いから注意するように 」 などと、尿道から差し込まれた内視鏡から写し出された前立腺の状態を、モニター画面で見ながら手術の指示をしているのが聞こえました。

そのうちに B G M の曲が学生時代に流行った シャンソンの、 La Vien Rose ( バラ色の人生 ) にかわりました。 貴方の胸に抱かれて聴く−−−−!。

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