臨死体験


[ 1:還って来た人 ]

随筆集の項目[39:臨終観察]で述べたのは、「あの世」に行ったまま戻って来なかった人達の話でしたが、今回は彼岸(ひがん、あの世)と此岸(しがん、この世)を分ける「三途の川」の手前まで行き、 美しい 死の花園を眺め、あるいは 光輝く 死の世界をかいま(垣間)見て、戻ってきた人の話です。

臨死体験という言葉を聞くようになったのは日本ではせいぜい十数年前からで、アメリカでも1970年代になってからでした。しかし臨終観察で述べた如く日本では千年以上前から、往生要集や日本霊異記などの書物に臨終や臨死体験の記述を見ることが出来ます。最近の救命救急医療などの技術の進歩に伴い、昔であれば当然死亡した人が生還する数が増加し「臨死」を体験した人も増えてきました。

    [ 1:臨死体験、( その 1 )]

    太平洋戦争中だった昭和 20 年のこと、当時旧制中学 5 年生(現在の高校 2 年生)だったある男性が勤労動員で軍需工場で作業中に空襲に遭い、避難した防空壕の傍に爆弾が落ちて生き埋めになった時の体験を述べていました。

    池

    大きな音と衝撃を感じたとたん、意識を失いました。しばらくすると真っ暗の中に灯りが見えて、それがどんどん明るくなってきました。周囲を見ると花園のそばにいました。赤、白、黄色のきれいな花が咲く花園の真ん中に、手招きをする人がいました。白い着物を着たお坊さんでした。そこへ行こうとすると、足下が底なし沼のように変わってしまい歩けません。ところが数人の若い女性たちが スイスイと、 沼の上を歩いて渡って行くのが見えました 。自分も渡ろうとしましたがどうしても渡れずにいたところ、大きな ショックを体に感じて花園が消えました。

    それは救助の人達が爆弾により崩れた防空壕の中で生き埋めになった私を助け出す際に、スコップが私の体に当たったので気が付いたのでした。後で聞いた話によれば防空壕の中で数人の女学生(女子高生)が死亡したとのことですが、私が見た「底なし沼」の上を歩いて行った人達に違いないと思いました。その後、年を取ってから胃ガンや心臓の手術を受けましたが、周囲の人々が不思議に思うほど死を恐れなくなりました。一度死にかけた体験、つまり 臨死体験をすると、死は怖くないことを知った からでした。

    [ 2:臨死体験、( その 2 )]

    名古屋市の医師会長をしたこともある内科医の毛利さん ( 81 才 ) の話です。68 才の時に患者を診察中に、急に口がうまく動かせなくなりました。変だと思ったら カルテを書く ペンを落として、そこで意識を失いました。
    次に気が付くと自分は雲にでも乗っているような気がしました。下を見ると もう 1 人の自分が 台の上に寝ていて、回りに医師や看護婦が取り囲んでいました。女房の姿も見えたので、どうやら自分が入院したらしいことが分かりましたが、後で考えると自分の体内から別の自分が抜け出るという 体外離脱 をしたように感じました。その内に周囲が暗くなると、今度は自分の人生のいろいろな場面が カラー写真のように写し出されました。

    これで死ぬのかと思いましたが、その時はなんとも言えない、 ゆったりした気分 になりました。

    あのまま死ぬのであれば、 死ぬことはとても楽なことだ と思いましたが、意識不明になった原因は脳血栓でした。

    [ 3:臨死体験、( その 3 )]

    フジテレビの芸能レポーターで現在も時々顔を出す前田忠明さんは、平成元年 1 月 16 日に自宅で心筋梗塞症の発作に見舞われましたが、以下はその体験談です。

    前田さん

    発作に襲われた瞬間、「焼け火箸で胸を突かれたようなものすごい痛みを感じました。救急車に乗せられ病院に向かう途中までは意識がありましたが、その後意識を失いました。病院に着き電気ショックを何度も与えられて、鼓動が回復するまで私の心臓は停止していたそうです。ずーっと暗い中にいたのが、突然遠くにポッと小さな明かりが見えてきました。

    トンネルの中の灯

    そちらに向かって自分がどんどん近づいて行くみたいでした。まるで車に乗って長いトンネルの中を行くみたいでした。それと共に明るい光もぐんぐん大きくなっていきました。そして急に暗い部屋からまるでドアが開いたみたいに、パーッと明るい光の世界が訪れました。それが素晴らしいのなんの、本当にきれいな世界なのです。それと共にえも言われぬ良い気分になりました。

    心の真の底から満足しきった感じで、自分の人生であんな気持ちが良かったことは、他にありませんでした。その後友人から禅宗の本を借りて読むうちに、 死ぬときは死ぬがよし とありましたが、なるほどこのことかと思うようになりました。あれ以来死の恐怖がなくなり、いろんな現世の生臭い欲望が消えて行きました。

    [ 4:臨死体験、( その 4 )]

    東京都板橋区の岡ふさえさん ( 63 才) は昭和 28 年秋、22 才の時に臨死体験をしました。当時 バスガイドをしていた岡さんは、体調を崩していたのでしばらく事務の仕事をしていました。ある日、急に腹痛になり床を転げまわるほどの痛みになりましたが、あとで分かったことは手遅れの腸捻転でした。病院に運ばれすぐに手術になりましたが、それから 4 日間意識不明でした。
    初めは髪の毛を誰かにつかまれて、暗い底の無い井戸のような場所に グイグイ引きずり込まれるような気がしました。井戸か トンネルか分かりませんが下へ引っ張られる感じで、いくらもがいても暗い方へと引っ張られて行きました。その内に急にふわっと体が軽くなり、暗闇の世界から浮かび上がりました。すると広くてすごく明るい所に出ました。銀色の キラキラの向こうが全部花でした。七色の花がいっぱいに咲いていて、見渡す限り花でした。

    その花の所に行こうと思いましたが、なかなか行けませんでした。花畑には チョウチョウや鳥やいろいろなものが飛んでいました。遠くて顔はわかりませんが、3 人の人がこっちへ来いとでもいうように手を振っていました。どうやらその中の 1 人は私が 12 才の時に亡くなったお婆ちゃんのような気がするし、そうでないかも知れません。行こうとすると誰かに足をつかまれて、引き戻されました。

    あとで母に聞いたら母や親戚のおばさんが、私の足をつかんで揺すったらしいのです。

    [ 5:臨死体験、( その5 )]

    昭和 36 年 3 月に直木賞を授賞した、作家の水上勉 ( みずかみ ・ つとむ ) さんの話。平成元年 ( 1989 年 ) 6 月のこと、訪中作家団の団長として北京滞在中に天安門事件に遭遇し、ようやく日本に帰国し自宅に着いた2時間後に、心筋梗塞を起こして救急病院に入院しました。それから 3 日間は昏睡状態になり、医師からもほとんど絶望といわれましたが、その間に水上さんはさまざまな体験をしました。

    水上努

    とにかく目の前に真っ黒に近い深い川 ( 三途の川 ) が流れていて、水面にはところどころ光が当たっていました。後ろから 30 年近く前に死んだはずの父親に似た声がして、そこは冥土だから気をつけろと忠告されている気がしたとたんに、足下を流れる水に気付きました。そこには去年死んだ 飼犬の 「 草太郎 」 に似た犬がいて 、崖をよじ登ろうとしていましたが、やがて川に落ちて流されて行きました。私も 一緒に川面に落ちましたが、沈まずに浮いたまま川下に流されました。

    ようやく岸にたどり着くとそこには先にはい上がった犬がいましたが、そのまま犬と別れわかれになって、ずぶ濡れの身体をどこで干したのか覚えていませんでした。さらりとした格好でこの世に戻りましたが、どこにこの世とあの世の境界があったのかも見てきませんでした。暗い トンネルを潜って戻ってきたような気はするけれども、冥土は暗くもあり、明るくもありました。

    なお水上勉さんは臨死体験をしてから 15 年後の、平成 16 年 9 月に 85 才で亡くなりましたが、愛犬だった 「 草太郎 」 と 「 三途の川 」 の向こう岸 ( 彼岸 ) で恐らく再、再会したことでしょう。( 合掌 )

    [ 6:臨死体験、( その 6 )]

    現役の国会議員で元 プロレスラーの大仁田厚 ( おおにたあつし ) さんの話です。臨死体験が起きたのは平成 5 年 ( 1993 年 ) 2 月のことでした。医者の話によれば咽頭炎から急性肺炎になり急性腎不全、敗血症を併発し危篤状態になりました。約 1 週間近く意識不明の状態になりましたが、その間に何度か臨死体験をしました。

    大仁田厚

    仲間達と スナックのような所に行き酒を飲んでいると、トイレに行きたくなりました。裏口の戸を開けると道の向こうに川が流れていて、屋形船がありました。なんとなく船に乗りたくなり乗ると、途端に情景が変わりました。N H K の カメラ ・ クルーと 一緒に、外国の草原地帯にいるのです。そこで通訳を介して ロシア人農婦に インタービューをしました。草原の季節が秋の終わりで緑は無く、枯れて茶色になっていました。

    ブラウン熊

    その後も場面が変わり黄色のお花畑になったり、雪山になったりしましたが、そこで熊に出遭ったのです。グリズリーのような大きな熊が立ち上がってかかってきました。それに向かって突っ込んで行ったら、バーンと殴られました。痛いと思った瞬間に目が覚めました。

    臨死体験で人生観が変わりました。私の学歴は中学しか出ていなくて、漢字もろくに書けない人間なのです。それでも人生を切り開いていけるんだということを自分の生きざまで示してきたから、地方の高校生などが徹夜してでも私の試合を見に来てくれたんです。その人達の為にも危険なプロレスのデス・マッチを止めにして、テレビのレポーターとして生き抜くことを決心したのです。ジャイアント馬場など六十才を過ぎても現役でリングに上がっているレスラーがいるのに、三十八才という若すぎる引退は、臨死体験がきっかけでした

    [ 7:臨死体験、( その7 )]

    アメリカの例を紹介します。セントルイスに住むある財閥の長老が急死しました。残した遺産は莫大な額で親戚とも思えないような人まで相続権を主張し、大変な混乱になっていました。その理由は長老の遺書が見つからなかったからでした。そんな折、長老の孫である 30 歳の女性が事故に遭い、瀕死の状態になり臨死体験をしました。女性は暗い トンネルを抜け、光溢れる世界に入りました。すると、なんとそこに長老がいました。そして長老は孫である女性に向かって、 お前達は、引き出しの聖書を読まんのか! と怒鳴ったのでした。

    聖書

    その後女性は幸いに蘇生し、そのことを他の遺族に告げました。そして長老が光の世界で告げた引き出しの中を見てみると、驚いたことに聖書がありました。そしてその聖書には、長老直筆の遺書が挟まれていました。さらにその遺書には、すでに故人となった長老の昔なじみの友人たちの署名が添えられていました。! その結果遺産問題は、たちどころに解決したのでした。

[ 2:不思議な世界]

臨終あるいは臨死体験の際に人が何を感じ、何を見たかの調査記録がありまが、それによれば ( 複数回答を含む ) 臨死状態になるとこれまで経験したことがない世界に身を置くことになり、しかも落ち着いた気分になることでした。

1:安らぎに満ちた気持ち良さ。 60 %

2:体外離脱            37 %

3:トンネルなどの暗闇      23 %

4:光を見る            16 %

5:人生の回顧          12 %

6:死者との遭遇          8 %

でした。ではなぜ臨死状態になると、このような現象が起きるのでしょうか?。その答えとは、

[3:プログラム説]

 人間の脳はある状態になると幻覚症状を起こすような プログラムが 、あらかじめ D N A に組み込まれているとするものです。つまり心臓の働きが低下して血圧が下がり、血流が減少すると、 脳が酸素欠乏状態になりますが 、それがある値以下 ( 臨死状態 ) になると死を安らかに迎えられるように、予め脳細胞内に埋め込まれている 幻覚症状を起こす プログラム が自然に作動するのだそうです。 自然の摂理の「 巧みさ(?) 」というか、創造主である神様の 「 お慈悲(?)」には感謝致します。

[ 4:麻薬物質分泌説 ]

 スポーツ用語で、 ランナーズ ・ ハイ というのがあります。苦しい マラソン ・ レースなどの際に、走っている内に次第に苦しさが無くなってきて、むしろ気分が高揚する「 ハイ 」 の状態になるのだそうです。 スポーツ医学の専門家がその際の血液中に、快感をもたらす 「 ドーパミン 」 や苦痛を減少させる エンドルフィン という麻薬物質が多量に存在するのを発見しました。肉体や精神が極限状態に近くなると エンドルフィンが分泌され、血液により脳に運ばれて 肉体的、精神的苦痛を和らげてくれる のだそうです。

エンドルフィンそのものは 30 年前 ( 1975 年 )に英国の ジョン ・ヒューズ博士が発見しましたが、約 20 種類ある エンドルフィンのうち最も強い ベーター ・エンドルフィンは、生成される量は微量なものの、その効力は鎮痛薬として有名な モルヒネの 6.5 倍もあるのだそうです。

愛知医科大学の研究データによれば、脳卒中患者 125 名 について血液中の エンドルフィン の濃度を測定したところ、発病して 2 日目に エンドルフィンが急激な上昇をして、 正常値の 2 倍になりました。更に臨終に近づいていくと、濃度の値が上昇することが血液検査の結果から判明しましたが、死の苦しみや寂しさから 肉体や精神を解放する仕組みが存在することの証拠です 。ところで人が死ぬと穏やかな表情になるのは、このことと関係があるのかも知れません。

[ 5:局部刺激説 ]

最近では 右脳の大脳皮質の或る部分を刺激すると 、自分があたかも体外に離脱するような感覚を得ることが判明しました。

スイスの研究チームが 「 テンカン 」 患者の脳のある部位を電極で刺激すると、患者が臨死体験と同じ感覚を得ることを偶然発見し、英国の科学雑誌 ネイチャーに発表しました。スイス ・ ジュネーブ大学病院神経科の オラフ ・ ブランケ博士は、「テンカン」の女性患者(43才)を治療中に、右脳の大脳皮質にある角状回と呼ばれる部位を電極で刺激したところ、患者が「自分の体内から抜け出る」ような情景を毎回体験したことを確認しました。この患者は、過去十一年間「テンカン」に悩まされていて、ブランケ博士らは、「テンカン」の原因になる脳の部位を突き止めようと実験していました。

患者の脳には100個以上の電極がセットされ、場所を変えて次々に刺激が与えられたため、医療チームは「患者が脳の特定な場所の刺激によって臨死体験(体外離脱)をした『ふり』をした可能性はほとんどない」と考えています。参考までに角状回とは、体や空間の認識、論理的な順序付けをコントロールする、脳の中でも複雑な部分なのだそうです。

クリーブランド医療財団の シンディー ・ クブ博士によると、角状回に異常がある患者は、ズボンをはいてから下着をはこうとして、「 何かおかしい 」 と気づいたりするといいます。また手や足が体とつながっていないと、感じたりすることもあるのだそうです。

臨死体験の際に感じる 幻覚、幻影(?) は医学的には脳のどこかの神経細胞で、情報伝達の途切れや誤りが起きているのが原因ではないかとする説がありますが、特定の部位 ( 角状回 ) が関与していることを示唆する実験の 「 結果 」 は貴重なのだそうです。今回の結果は、臨死体験を研究しようとして得られたものではなく、前述のように 「 テンカン」 の研究において偶然発見されたもので、比較実験に必要な「 対照 ( ある物事を他と照らし合わせる ) 患者 グループ 」も用意されていない研究でしたが、この分野の専門家は 「 説得力があるものだ 」 と評価しています。

しかし問題は臨死状態にある人が外部からの刺激も受けずに、 角状回 が刺激を受けたと同じ状態になぜなるのか?、あるいは沼の上を歩いて行った女性の死者たちを、生き埋めになった男性がなぜ見ることができたのか?などの問題について、脳の医学的研究だけでなく従来の科学では解明できない未知の分野についても、今後の研究が待たれます。


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