都電荒川線、庚申塚停留所
都電の軌道と交差する道路は、江戸時代に整備された五街道の一つである 中山道 ( なかせんどう ) で、江戸の日本橋から信州の碓氷峠、諏訪湖の北にある和田峠、木曽路を通って京都に通じる街道です。
幼い頃の私は電車 ( 当時は 王子電車 といいました )を見るのが大好きで、母親に連れられて市場に買い物に行った帰りには、踏切の向かい側にある電柱のあたりで、母親と一緒にいつも電車を見ていました。
その母親も 30 年近く前に亡くなり、この辺も昭和 20 年 ( 1945 年 ) 4 月 13 日の東京大空襲により一面の焼け野原となり、 子供の頃とはすっかり さま変わりしましたが、幼い日にこの踏切の所に立っていた記憶は、今でも鮮明に残っています。
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