電気感覚器官を持つ生物

[1:カモノハシ]

カモノハシ

イギリスで発行されている有名な科学雑誌に「ネイチャー、Nature 」というのがありますが、ある時その表紙が「カモノハシ」の写真で飾られていました。カモノハシとはオーストラリアに住む奇妙な単孔類(注:参照)の動物で、卵を産む、毒を持つ、水掻きのついた足を持ち水に潜る、「カモの様なくちばし」を持ち水鳥のように、泥の中や水中の獲物を捕る生き物です。

つまり進化の過程で「爬虫類」だか「哺乳類」だか「鳥類」だか、よく分からなかった生物なのです。1799年にジョージ・ショウによってこの動物が発見された時には従来の常識には当てはまらず、分類学的にも分類すべき項目がこれまで存在しなかったので、単孔目カモノハシ科というのを新設して、そこに当てはめることにしました。

哺乳類は2億年前に爬虫類から分かれて進化しましたが、その進化の途中でカモノハシは脇道にそれてしまい、そのままの姿で現代まで生き続けてきたのです。しかしその習性も謎だらけで暗い水中で障害物を避けたり、幼いカモノハシが小さな水棲昆虫をどのようにして捕食するのかは、長い間動物学会の謎でした。

注:1)
単孔類とは単孔目に属する原始的な哺乳類の総称で、オーストラリアのハリモグラ科とカモノハシ科があります。共に卵生で乳頭が無く、歯は全く無いか、幼時に現れるのみで、後肢のかかとに毒腺の開口部があります。体温は不完全な恒温性で肛門、排尿口、生殖口が分かれてなくて、一つの孔の総排出口になっているので単孔類と呼ばれます。

注:2)
大きさは頭胴長37センチ、尾13センチ程度で四肢は短く水掻きがあり、カモに似たくちばしを持ち、尾はビーバーに似て長く扁平です。体は灰褐色、夜行性でオーストラリア東部・タスマニア島だけに生息しています。

[餌を探す方法]
カモノハシ−1 左にある水中の写真を見るとご覧のように眼を閉じているので、視覚によって獲物を探すわけではありません。1986年(昭和61年)になって、ようやく餌を探す方法の謎が解明されました。そのきっかけは、ある時ドイツの研究者がカモノハシを飼育している水槽にうっかり乾電池を落としたところ、カモノハシが乾電池に異常な興味を示し「くちばし」でつつきました。前述の如くカモノハシは眼を閉じて潜っているので、眼で見て探したわけではありません。その様子を見た彼に、ある考えが閃きました。「くちばし」に感覚器官(センサー)があり、電気を感じているのに違いないと。

カモノハシ 右の写真は餌を探す最中のカモノハシですが、研究によれば「くちばし」の左側にだけ電気を感じる神経細胞があり、小エビ、カニ、小魚などの生物が発する電気を感じているのだそうです。これまでも電気魚(3:で後述)のように捕食に関して1マイクロボルト(百万分の一ボルト)レベルの電圧を感じとる魚の例がありましたが、恒温動物では初めてでした。プールに1.5ボルトのアルカリ電池を沈めて反応を調べたところ、カモノハシは10センチの距離(電場にして1センチあたり2ミリボルト)から乾電池の存在を知覚し、くちばしで摘みあげました。

餌にする小エビがその尻尾をピクリと動かす度に、その筋肉の運動によって生体電流が流れ、5センチ以内の距離で1センチ当たり0.2〜1ミリボルトの電場を生じ、カモノハシには泥の中でも餌となる生物を探知できるのだそうです。つまりカモノハシは、超高感度の電気センサー(感覚器官)を備えている動物なのです。

[2:サメ]

[サメと海底光ケーブル]

KDDI千倉中継所  房総半島にある太平洋に面した港町・千倉(ちくら)をご存じでしょうか?。そこには KDDI 千倉海底線中継所がありますが、ここから海外に向けて現在、往復七本もの海底光ケーブルが敷かれていて、合計で電話回線四百二十万本分もの情報を送受信しています。国際電話以外にも、普段我々が利用する海外とのインターネットや大リーグの生中継映像など、そのほとんどが海底光ケーブルを利用しています。

海底電線敷設船

電気センサー(感覚器官)を持つ生物としては、実は海のギャングのサメも同じです。平成17年6月7日の N H K テレビ番組のプロジェクト X では、「太平洋1万キロ、決死の海底ケーブル」のアンコール放映があり、1989年におこなわれた光ケーブルによる海底電線の敷設工事の苦労が放映されました。私はこの題名の最初の放映は見たものの、今回のアンコール放映は見逃してしまいました。光ケーブル以前の海底電線においても、故障原因の多くはサメに咬まれる損傷、切断でした。右の写真はケーブル敷設専用船による、海底光ケーブルの敷設中の様子です。


サメ

日本と米国の間だけでなく平成2年(1990年)9月に、宮崎〜沖縄間に設置された海底光ケーブルに故障が発生しました。調査したところ故障個所は水深2,300メートルの深海で、しかも底質が泥という海底ケーブルにとっては好条件の場所に敷設されている部分で、当初、故障原因が分かりませんでした。そこで光ケーブルを引き揚げて X 線撮影し調べたところ、ケーブルの一部分に直径2センチ程度の穴があいており、異物が三つあるのを発見しました。これを学者に鑑定してもらったところ、ミツクリザメ(体長最大5メートルになる)の歯であることが判明しました。

サメは弱った魚などを襲う習性がありますが、魚が弱ると不規則(異常)な動きをして筋肉には微弱な独特な生体電流が流れます。サメはそれに反応するといわれていて、襲われた海底光ケーブルも電気的エネルギーを出していたので、それを弱った魚(エサ)と間違えて噛みついたのではないかと考えられています。その後の対策としてケーブル外皮を強化した結果、現在に至るまでサメによる被害は報告されていません。

[サメの感覚器官]
サメは非常に優れた聴覚を備えていて、遠い所にいる魚や人間が出す音を捕捉することができます。サメには他の魚類と同様に外耳はありませんが、内耳があり発達した聴覚により、40ヘルツ以下の低周波で不規則な音(たとえば人が泳ぐ音)を、2キロも先から探知するといわれています。次に嗅覚も極めて敏感で血の匂いに直ぐ反応しますが、その感覚の鋭さは百万倍に薄めた1滴の血も感知するといわれています。

つまり聴覚で遠距離にいる獲物の存在を知り、嗅覚でそれに接近し、視覚で獲物を確認し、獲物の出す微弱な生体電流をキャッチして攻撃するのだそうです

サメの電流感覚器官

サメの電流感知器官は鼻先から口の近くに沢山あって一般にはロレンチーニ(Lorenzini)瓶と呼ばれていますが、獲物が出す微弱な電流を感知します。この器官は地磁気も感知することができるので、広い外洋で磁石の役目を果たすと考えられています。

[3:電気魚]

[電気ウナギ]
電気ウナギ 微弱な電流を感知する器官(センサー)を備えて餌を捕るのに使う生物がいる反面、自分の体内に発電器官を持ちその電気を捕食の道具に使う魚もいます。水族館の水槽に設置した電灯が電気ウナギ、電気ナマズ、しびれエイなどの発電により点灯する光景を見たことがありましたが、南米のアマゾン川やオリノコ川に生息する電気ウナギもその内の一つです。名前はウナギでも分類学上は一般のウナギのようにウナギ目ではなくコイ目の淡水魚で、成長すると長さが2.5メートルにもなります。

体の胴から尾部にかけて左右一対の発電器官を持っていますが、大きな電気ウナギほど発生電圧が600〜850ボルトと高く電気魚の中でも電圧が最大で、川を渡る馬が感電のシックで倒れることもあるともいわれています。しかし放電電圧が高くても流れる電流が小さいので、ショックを受けるだけで死ぬことはありません。電気魚は自己放電することにより、電気ショックで気絶した周囲の小魚などを捕食します。

[発電の仕組み]
乾電池の列 電気魚の発電の仕組みは筋肉細胞から変化した電気細胞をたくさん体内に持っていて、小さな電気細胞が直列に並んで電気柱を作り、その電気柱がいくつか並列に並んで電気器官ができあがっています。つまり多数の小さな乾電池が直列、並列に並んだバッテリーを体の中に持っていることになります。

電気細胞は神経とつながっていて、運動神経の刺激により興奮すると一斉に発電して放電します 。発電器官の内部や表面は絶縁組織で覆われているので、発生した電流は体内には流れず器官の中軸をとおり電気抵抗の低いほうから流出します。電気ウナギの場合には頭から体外に出て尾の方向に電流が流れ、電気ナマズでは尾から頭の方向に流れます。

これらの電気魚は放電するとピクピク動くので、全く感電していないとは言えませんが、体内に電気抵抗の高い脂肪を多量に貯えていることと、神経系の大部分を絶縁組織で厚く覆っているため、自分の電気で自分が電気ショックを受けることはないようです。


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