MORI GATARI
源氏物語 エッセイ WORK 新刊案内

  ・御法・  
  紫の上が病に倒れてから、早くも4年の歳月が流れました。
の病状ははかばかしく快復する事もなく、ドンドンあるかなきかの風情になりまさって行きます。
「どうぞ出家させて下さいまし」
と何度頼んでも、源氏は首をタテに振りません。
3月、せめてもの後世の供養にと、紫の上は法華経供養を二条院で開くことにしました。
花散里<はなちるさと>や明石の御方<あかしのおんかた>もこれに参上し、紫の上はさりげなく、今生でのお別れの挨拶の歌を贈ります。
「死ぬ死ぬ」と言いつつなかなか死なない人もいますが(オマエだよ、朱雀院)、紫の上の言葉には、何かを悟ったような重みがあります。
夏の暑さはの体にはひびきます。明石中宮<あかしのちゅうぐう>(いつの間にやら中宮になっている)もそんな母君の容態を心配して、御所から退出してきました。
中宮の産み参らせた皇子たちの中でも、とりわけ紫の上女一の宮三の宮(=後の匂宮)を可愛がりました。
「死ぬ死ぬ!アタシの遺言はこうだ!!」などと騒いだりしないですが、三の宮を相手にひっそりとこう言います。
「わたくし亡き後、さまが大きくおなりになったら、この二条院にお住みあそばして、春には梅と桜を愛でて下さいませね」
おばあちゃまが大好きなは、コックリとうなずくと、目にいっぱい涙をためて、走り去ってしまいました。ううっ。
ようやく涼しくなってくると、今度は秋風の寒さが身にこたえます。
紫の上が心配で、まだ宮中に帰らずにいる明石中宮がお見舞いにやってきました。
見れば、すっかりやせ細ってはいますが、かえって清らかに美しいなのでした。もうこの世に未練はないです。ただ、気がかりなのは、1人残して行く源氏のこと…。
娘の顔を見て、嬉しくも枕を上げる紫の上
秋風の吹く中、母娘2人で庭の萩を愛でていると、そこに源氏もやってきました。
起きあがっているを見て、嬉しそうです。そんな事にすら、これほど喜ぶ源氏の姿を見て、紫の上はますます、残して行く夫の事がいたわしく思われます。
「わたくしの命は、この萩の上の露のように、はかないものですわ…」
見れば、庭に咲いた萩に降りた露が、今にも風に吹き飛ばされそうに揺れています。
「わたしも、あなた亡き後、いつまでもこの世に残ってはおりませんよ」
そんなしめやかなひと時をおくる親子3人でしたが、にわかにの容態が悪くなってきました。
驚いた中宮は、の手を取ります。
愛する娘に手を取られ、最愛の夫に見守られながら、紫の上はこうして人生の幕を閉じたのでした。享年41歳。
源氏はもう、心が闇に閉ざされて、まともな立居もできません。
それでも弔問にかけつけた夕霧に、「今からでもの髪を下ろさせるように…」と指示します。
あの野分<のわき>の折に紫の上を垣間見て以来、胸の内だけで密かに義母・紫の上を慕ってきた夕霧です。これを逃しては、二度とのお顔を拝することはかないません。
几帳<きちょう>を引き上げて覗いてみれば、清らかにも美しいが静かに横たわっています。夕霧のそんな大胆な行動を止める気力もない源氏です。……生前は彼がの御殿に近づくことさえ、許さなかった源氏なのに…。
心が止まってしまったの源氏の代わりに、葬儀や法要を取りし切る夕霧。彼の心もまた、哀しみに閉ざされていました…。
『源氏物語』最大のヒロイン、紫の上はこうして物語から姿を消して行ったのです……。
 
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