| Drive Alone |
| しまったと思った時にはもう遅かった。 ブレーキの音が響き、目の前でワゴン車が車体を揺らせて急停止した。数秒おいて双方気を取り直し、ひとまず衝突と言う最悪の事態が免れた二台がすれ違う。ワゴン車の運転手の視線が痛かった。だが睨みつけたくなるのも当然だ。俺が悪い。 「何やってるんだ…」 車内に呟きが虚しく吐き出され、消えていく。 ワゴン車が去ってからスカイラインを路肩に寄せて警告灯を付ける。周囲に車がないことを確かめてからゆっくりとバックして路地から抜け出した。元来た道を引き返す。ルームミラーに目を向けると、少し複雑な交差点の略図が描かれた道路標識が見えた。俺がさっき抜け出した路地の方向には赤と白の標識がくっきりと書き込まれていた。「進入禁止」の標識だ。 少し引き返して集落を抜けた先の信号交差点で左にウィンカーをあげた。先刻ここを通った時にやはりこっちに曲がるべきだったのだ。空気こそ冷たいが、雲ひとつない快晴。快調に進んでいたドライブに少しケチがついた。だが誰も責めることは出来ない。少しばかりやり切れない気分だった。 いや、快調って訳でもないか。 左手に海が広がる道を心持ち控えめなスピードで流しながら俺は思い直した。 そもそもここまで来ること自体に迷いがあったのだ。ドライブをしようか、止めて家に帰るか。頭では迷いながら車はどんどんと道を進んでいき果てには標識を目にしながら無視してしまいあわや衝突、と言う自分でも情けない状況に行き着いてしまった。 心に迷いがある時のドライブなんて、大抵ろくなことにならない。こんな気分の時は家でおとなしくしているべきなのだ。なのに―― 「なんで出かけたんだっけ」 独り呟いて海を見、前に視線を戻す。視界の端に海を捉えながら走る。 「ああ…そうだった」 思い出した。俺は診療所に行ってきたのだ。 沖田さんの診療所を巡る一連の騒ぎから一週間が過ぎた。 下村は年内いっぱい診療所にいることにしたようだった。今退院しても結局ドクの部屋に行くしかないし、まだ片手での生活に慣れてはいない。あそこにいるのが一番不自由しないだろうと言う判断だった。 “何をするにも年が明けてからだな” いつものように開店前に来た社長はそういいながらグラスを空けた。 いつの間にそんな話になったのか、年が明けたら下村はブラディドールで働くことになっていた。義手の用意は俺が手配しておくから他のことは頼んだぞ、坂井。畳み掛けるように告げると俺の返答を置き去りにしてさっさと社長は席を立ってしまった。 それが昨日、土曜日のことだ。 今日の昼前に俺は診療所に行った。特に下村に用があったわけではない。なんとなく時間を持て余して足を向けてみた。それだけだった。 「よう」 空いたままの病室のドアをノックすると、ゆっくりと下村が顔を向けた。 「暇なのか」 一見ピントがずれてそうで実は当を得ている返答に俺は苦笑した。まあな、と答えると下村は脇にある丸椅子を指差した。 病室はそこそこ暖房が入ってはいるが何しろ本格的な建物ではないので結構隙間風が入って冷える。下村はジーンズにシャツと言ういでたちでベッドに座ってぼんやり外を眺めていた。別に体がどうかなっているわけでもないから昼間は普通の服装でいるのだろう。 ふと足元をみるとスリッパを履いた足は素足だった。 「寒くないのか」 俺の言葉に何を言われているのかわからない、と言ったような眼を向ける。足を指差すとやっと意味がわかったらしく、ああと曖昧に呟いた。 「ここは日当たりがいいからな」 「夜があるだろう」 「割とさっさと寝ちまうんだよ。他にすることもないしな」 退屈で死んじまわないか、と訊くと、別にそうでもないと言って下村はまた窓の外に眼を向けた。 トンネルをくぐると左手には砂浜が続く。道路脇に取られた駐車スペースに車を入れる。夏にはサーファーや遊泳客の車ですぐいっぱいになるそのスペースもさすがにこの寒さではがら空きだ。 助手席から皮ジャンを取って羽織る。外に出ると海からの風に息が詰まった。階段を下りて砂浜を歩いていくと、先客のものらしい靴の跡が目に入った。その傍らには大きな犬の足跡が寄り添うようについている。 「やっぱり冬だな」 額に冷たい風を受けながらそんなことをぽつりと呟いた。風を受けて立つ白い波頭、限りなく黒に近い群青の海。海が海らしいのは、やはり冬だと思う。人を寄せ付けず、隙あらばと言わんばかりに牙を隠しているような獣と対峙しているような。そんな緊張感にかえって肩の力が抜ける。 宇野さんの真似ではないが、何もない休日にふと気が向くと俺は一人でこの砂浜に来ることがある。ドライバーならひとつやふたつはそんなコースや場所を持っていると思うのだが。 特に話すこともなく、互いに黙ったままでぼんやりと窓の外を眺めていた。剥き出しの乾いた土が広がる向こうには灰色の空と群青の海。実に殺風景だが下村は飽きることがないらしく窓から視線を外さなかった。 間が持たなくなった俺は一旦病室を出て自販機でコーヒーを二つ買って戻った。プルタブを開けてから渡す。まだ義手の着いていない左腕が所在なさげに肩からぶらさがっている。 自分の缶も開けてコーヒーを飲んだ。温かい、だが甘ったるい液体が喉を下っていく。 下村は俺のように一気に飲み干さずに缶を握っていた。だが一箇所を握り続けると熱くなってくるのだろう。時々手の中で缶を廻している。握りなおす時にちらっと見える指先に赤みが差していた。平気ではあるようだがやはり冷えるのだろう。そうして時折缶に口を付け、コーヒーを飲む。さっきまでどこか無機質な空気をまとっていた男にもやはり血が通っているのだ。一連の仕草を見ながらそんなことをぼんやりと思っていた。 「じゃ、俺もう行くわ」 缶コーヒーを飲み干した俺は丸椅子から立ち上がってそう告げた。下村はその空間に人がいることを初めて認識したような眼で俺を見、それでも“もう行くのか”と言った。 「俺みたいなのがぼーっと側にいても仕方ないだろ」 「そうか?」 俺は別にそうでもないけど、と訝しげに下村が呟く。 「また来るから」 言い訳みたいなことを言ってるな、と思いながら俺は病室を後にした。 スカイラインに乗り込んでから時計を見ると2時を少し過ぎたところだった。帰るにはまだ早いような気がする。しかし別にどこに行くと言う当てもない。さて、どうしようか。そう考えながらもエンジンをかけて車を出した。 「あいつに勤まんのかな…」 口から零れた呟きは波の音にかき消される。 下村のことを俺はまだ掴みかねていた。全てを捨てて追ってきた女が他の男と死んだと言うのにあの淡々とした態度はどうだ。 一応大学を出て数年は会社勤めをやってきたのだから社会不適応者と言うわけではないだろうが、やはりどこか普通じゃないのかもしれない。 ―― もしかしたら、あっさりとまたどこかに行ってしまうのではないか。 自分で考えてしまったことに言いようのない不安を感じ、同時に気付いたその理由に俺は戸惑った。どうやら俺はあいつがいなくなるのが嫌だと思っているらしい。 俺自身も今思うと下らない理由でこの街にやってきて、いつの間にかそれなりにここに根を下ろすようになっている。社長を始め、たくさんの人たちとの繋がり。時には誰かを失ったりもしたが、刑務所に入る前よりは遥かに多くの人と関わりを持って日を過ごしている。 しかし誰も俺の隣にはいなかった。 沖田さんの病院を巡るあの騒動の中、「関わりたくない」と言いながらそれでも下村に会うとどこか気分が高揚していることを俺は否定出来なかった。電話をもらって店を飛び出した時も走りながら俺は“何やってるんだ”と自分に問いかけていた。 その答えが今なら言える。 吹き付ける強い風に顔を上げると青が濃くなった中空に白い月の影があった。冷え切った頭が心地よい。 この海を下村に見せたいと思った。 大晦日の夜中に診療所に行ってあいつを連れ出そう。そして、ここに日の出を見に来よう。 唐突に思いついた計画に何かくすぐったい物を感じつつ、俺は満足して海に背を向けた。 |
| 【Fin】 |
それは夏コミ帰りのジャズバーでのこと。 酔っ払いの私がムダなタクシー代を使わずに帰れるか!?という賭けに 勝った私がげしょさんからせしめた原稿です。 ありがとーげしょさん♪ …というか、前にも私、このお題で別の時に秋芳さんに原稿頂いてます。 信用ないな私(笑) いや、今は「ビバ、信用なくてよかった私!」てな気分ですが(笑)。 「×」よりも限りなく「+」に近い、ちょっぴりサカシモテイスト、だそうです。 ぐるぐるした坂井がいい感じですv げしょさんの坂井は、車にいろんな感情託してるとこがあって、 それがいいなーと思うのです。 免許未取得者としては羨ましい限り〜。 げしょさん、どうもありがとうございましたvv |