| 道の途中 |
仕事前に、宇野さんの事務所に顔を出した。駅前で買ったケーキを受付の女の子と3人で(ってゆーか宇野さんの分は俺が貰っちゃったから正確には二人で)食べた後、いつものように雑談を交わす。 先日、俺が面倒を見てる(ってのも何だけど、宇野さんに言わせるとそういう事になるらしい。気のいい奴だから相談とかに乗ってるだけなんだけど)若い奴がちょっとした揉め事を起こした。路地裏の喧嘩に毛が生えた程度の事だけど、相手の怪我が結構ひどかったらしく、訴えるとか訴えないとか、ウダウダとゴネているらしい。 まずい事に、安田(これが若い奴の名前。「ヤス」なんて呼ばれてて、名前からしてチンピラ予備軍だ)には補導歴が結構ある。訴えられたら面倒なことになるかもしれない。だから、何とか訴えられずに済む―――じゃなかったら、訴えられても刑務所にブチこまれたりしないで済む方法がないかと思って、相談に来たんだけど……。 「救いようの無いバカだな」 いきなりこの台詞。相変らずキツイよな、この人。 「いや、悪い奴じゃないんですけどね。若いからエネルギー余ってて、しかも使いドコロ間違えちまってるんですよ」 ……あれ? どっかで聞いたフレーズだな、これ。 「ふん、藤木にくっついて回っていた頃のお前みたいにか」 宇野さんの言葉に、マッハで顔を上げた。そうだ、藤木さんだ。俺がこの街に来たばかりの頃、二人でタクシーに乗った時にこんな事を言われたっけ。 懐かしさとかもどかしさとか悔しさとか、色々な感情が一気に溢れてくる。 あんな男になりたい、と思った。今も思ってる。まだ俺は、藤木さんのようになれてはいないから。 「……まあ、そんなとこです」 へらっと笑ってみせると、宇野さんが変な顔をした。勢い良くパイプをふかすと、俺に人差し指を突き付ける。 「同じような台詞を吐いても、藤木になれる訳じゃないんだ。悪あがきはよせ」 心までバッサリ。 「大体藤木は、お前みたいに路地裏のガキどもの面倒を見たりはしなかった」 はいはい、わかってますよ! どうせ俺は藤木さんとは全然違いますよ! ダチとつるむのがやめらんないガキですよ〜だ! 「お前には、お前なりのやりかたがあるだろう!」 俺なりのやり方? ああ、自分の力じゃどうにも出来なくて、社長や宇野さんに相談する事か……。 「わかったら今すぐ、その力無い笑いを引っ込めろ! 人類史上最悪の大馬鹿野郎を思い出してイライラする!」 ……ん? 「何でそこで社長が出てくるんですか?」 まあ確かに、社長は藤木さんと並んで『いつかは俺もあんな男になりたいなリスト』のトップにいる人だけど。 宇野さんは俺に突き付けていた指を引っ込めてパイプを持ちなおした。思い出すのも嫌だという表情で、苦々しげに答える。 「あの馬鹿は昔から、自分ではどうにもならない事があった時や何かを諦めた時に、そんな顔で笑いやがった。今のお前は、あのヘラヘラした顔とすっかり同じ顔だ」 社長と同じ顔か〜! ……って、ヘコタレてるときの社長と同じ顔でも嬉しくないよなぁ。ああ、すっげー追い討ち。本っ当ーに容赦無いよ、この人。 「いいか、坂井。藤木にはお前以外には懐いてくっついてくる奴なんかいなかったし、川中は自分がどうしようもない苦境に陥った時に他人に助力を求める程度のことも思いつかない馬鹿だった」 うわー! あの二人の事をこんなボロクソに言っちまうのって宇野さんぐらいだよ! ってゆーかほら、藤木さんには身を隠さなきゃいけない事情があったし、社長は……えっと、ほら、何でも自分で頑張ろうとする人だし! 「だがお前には、いざという時に使い走りに使えるガキどもや、こうして下らん相談を持ち掛ける相手がいるだろう」 パシリになんかしてねーよ! ……いや、確かに何かあった時にちょっと手伝ってもらったりはしてるけど。でもそれはダチとして、あいつらが手伝ってくれてるんだし。だから俺もあいつらを助けたくてこうして宇野さんのとこに来て……ああもう、下らない相談ですみませんでしたねぇ!! 「お前にしか無いものを持ってるんだ。精々有効に利用しろ!」 言葉と一緒に叩きつけるようにして、宇野さんが俺に1冊のファイルを投げつけた。 「……何すか? これ」 言いながらめくってみてすぐにわかった。宇野さんが美竜会に提出させてる、構成員の名簿だ。正式な構成員じゃないパシリみたいな奴まで載ってるから意外と量がある。 「さっきお前が言ってた相手の名前。そこにあるかもしれないぞ」 宇野さんがそう言うなら、載ってるんだろう。相手が美竜会関係の奴だったらこっちにもやりようがある。 「ありがとうございます!」 「あるとは限らん。それに、あっても俺は何もしないぞ」 「はい。ありがとうございます!」 思いっきり頭を下げた俺の背中を見下ろしながら、宇野さんが小さく舌打ちをした。見えないけどきっと、力いっぱい嫌そうな顔をしているんだろう。 喧嘩の相手は、名簿をケツから見ていったらすぐに見つかった。美竜会の超下っ端構成員の弟。こいつもそのうち美竜会に「就職」するんだろうか。 「やりかたはわかってるな?」 俺が手を止めた事に気付いた宇野さんが、ニヤリと笑ってそう言った。その眼の光がガキみたいな事を考えてる時の社長と似てるなんて言ったら、出入り禁止になっちまう。 「はい、慣れてますから」 だから余計な事は言わず、俺もニヤリと笑い返した。こんな事に慣れてしまっているのもどうかと思うけど、必要だったんだから仕方がない。これが俺の道ってやつ? 「わかってるならさっさと出ていけ。連中はお世辞にも気が長いとは言えないぞ」 「はい! お邪魔しました!」 エンジンキーを回した瞬間、ティーカップを片付け忘れた事に気が付いた。ま、いっか。今日は勘弁してもらおう。「喧嘩でやられた」って噂を一刻も早く「相手から金を巻き上げた」に塗り替えたくてジタバタしてるチンピラ野郎に、しっかりクギを差しておかないと。 そのための手順を頭の中で箇条書きにしながら、宇野さんとの会話を思い出す。 ―――どう考えても俺、慰められてたよなぁ。 一見皮肉な言葉の数々が、本当はものすごく大切な事で。 「全く、損な性分だよなぁ」 聞いてる相手もいないのに、つい口に出た。隣に社長がいたら、これだけでも誰のことだかわかってニヤリと笑うかもしれない。宇野さんと同じ光を浮かべた、あの眼で。 ああ、宇野さんには無理だって言われたけどやっぱりなりたいよな。俺にしか歩けない俺の道を歩きながら、それでもいつか。 藤木さんや社長や、宇野さんみたいに。 |
| 【End】 |
今まで数々の賭けに負け続けた私が、 初めて勝って秋芳さんからせしめた原稿。 (※「飲んだくれは、夜のうちに電車で帰れるか?」 というもの…信用ないな私たち…) ともあれ、私が貰うのって、初めてだよね?しかも坂井!! という大変記念すべき(笑)原稿です。 「坂井なんて三行しか書けん」→「三文節で終わるね」とどんどん短くなるので、 届いてみたら、三文字「さかい」って大書してあったらどうしよう… と思ってたのですが、望外の原稿が届きました。 なんかすごく当たり前のことなんだけど、 秋芳さんの書く坂井は、普段の本で見るそのまんまの坂井で、 それが妙に嬉しかったり。ありがとねー♪♪ |