■由良 三郎 (ユラ サブロウ)
『ミステリーを科学したら』 
文春文庫 1994年3月刊 (単行本  文藝春秋 1991年5月)

 ミステリーを読んでいると、心臓を一突きにされて即死した被害者が血の海の中で死んでいる―――そんな描写がよくあるけれど、果たしてそれって本当にあり得るの?人を殺すのに理想的な毒物は?完全犯罪のために完璧に死体を始末したい。そのための方法は?古今東西のミステリを取り上げて、医者の目でそのトリックを検証してみたら―――。 

 著者は東大名誉教授にして、サントリーミステリー大賞受賞者というミステリ作家。定年で職を退いてからミステリ作家に転身したという人で、なにしろ旧制一高時代に一年先輩に高木彬光がいたというくらいのお年の方である。専門の医者から見れば、ミステリのトリックは科学的にあり得ないような穴だらけ―――らしい。
 ところが、この本でいいなと私が思うのは、作者が本当にミステリが好きだということが伝わってくるところだ。よく「この考証は間違っている!!」などと間違いを鬼の首をとったかのように声高に言い立てている本があるが(捕物帳の類に対する時代考証の誤りを指摘する時などによく見かける)、この作者は「これは間違ってるんじゃないか」と言いつつ、「でも本当に人を殺して実験してみないと、本当にそうなるかはわからないしね」と文章をしめくくる。「絶対これじゃ人は殺せないだろう」と思いつつ(例えば青酸カリを身体に注射する。酸化することによって毒性を発揮するんだから、理論上は人は死なないはず)、「じゃおまえがやれといわれても私はいやだ」と言ってのける。これ以上言うと「じゃあおまえはどうなんだ」と言われてしまう。とにかくミステリーを書くってのは大変だね。一方的に糾弾したりしない、のんびりとしたこの先生の態度が、私はとても好きなのだ。

 また、実に幅広く読んでいて、好きじゃなきゃやってられないなという読書量。
「名探偵が容疑者を集めてさてと言い」本格と呼ばれるジャンルではお馴染みの場面だが、「果たして本当に指摘された人は犯人なのか?」という疑問を抱く。「普通、犯人ならのこのこ出てきて最後まで探偵の話なんか聞いてないし、さて誰だろうと聞いていたらいきなり自分だといわれたら、普通の人間ならうろたえるのは当たり前だと思う」。…確かにそりゃそうだ。それで「本当に起訴できるくらいの証拠が揃ってるのか?」と調べてみたら…と挙げた小説の数が150本。常々学者というのはよくあれだけ論文の類を読んでるものだと感心するが、挙げられているもののタイトルを見て、私などは読んでいるどころかタイトルを知ってるもののほうが少ない。ネタバレかな…と思うこともないではないが、正直言って、大半は読まないまま生涯を終えてしまいそうである。また「新本格派」についても、「成否はともかく、新しいトリックを作り出そうという努力が嬉しい」という好意的な評価。この年代の人にしては、実に珍しいです。ヘンにけなしたりしないので、読んでいて後味もいいし。こういった検証が面白い!!と思える人にはオススメ。

 あと文章が平易で読みやすいのがいいです。それに時々入るエッセイ的なものも面白い。変人ばかりの教授会の話、試験で読んだ面白い答案(私は最後の女子学生の答案に優をつけたというこの人を器量人だと思う)、精神病一歩手前の用心深さの話、等…。
 ひとつ紹介すると、子どもの頃に近所に住んでいたという素人発明家の話(旧制一高に通っていたという方の子ども時代なので、相当な昔、ではある)。彼は環境に優しい、燃料のいらない自動車の開発に熱意を燃やしていた。ダットサンという車を購入し、研究を重ねていたが、筆者はある日必死な形相で車を運転している彼と遭遇。覗いてみると、二台の自転車を連結させた上に、エンジン部分を外した車の外装をかぶせたシロモノを必死に漕いでいるところだった。ところがこれだとカーブを曲がるのが難しい。外装の車がぶつかるのである。四苦八苦する彼を見かねた近所の人が、「それならこの邪魔な外装を取っちゃったらどうだね」と言う。なるほどそれもそうだと外してみたら、残ったのは元の自転車だけだったというお話。で、次に彼は「燃料のいらない飛行機」に挑戦。ところが…。昔を懐かしむような筆致の温かいエッセイで、私はとても好きなのでした。

 ところで文庫版の解説は島田荘司氏でした。<立候補だそうだ。
 あのー、由良先生、『アト●ス』とか『眩●』とか『水晶のピ●ミッド』とかはいいんですかー…??


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