■横山 秀夫■

『陰の季節』
『半落ち』
『第三の時効』

■横山 秀夫 (よこやま ひでお)
『第三の時効』
集英社 (2003年2月刊)

タクシー運転手殺害事件。エアコンを取り付けにきた幼馴染の男が人妻を暴行した。直後に夫が帰宅、逆上して金属バットを持ち出した夫を男は果物ナイフで刺殺、逃亡した。F県警は楠見警部率いる強行班捜査二係を投入し、犯人の武内逮捕に全力を挙げている。遺族と刑事たちが見守る中、時計の秒針は進み、事件発生から十五年が経過した。本来なら時効が完成するところだが、このケースでは違った。武内は犯行直後に七日間の台湾渡航をしている。海外逃亡中は時効は中断される…つまり七日後が真の時効なのだ。県警はそこに賭けた。時効が完成したと思い込んだ武内が、被害者であるゆき絵のもとに連絡を取ってくるのではないか。なぜなら、ゆき絵は事件の直後に妊娠を知らされ、女の子を産んでいる。生まれた女の子、ありさの耳たぶは武内のものとそっくりだった。ゆき絵にとって武内は、夫を殺した犯人であると同時に、娘の父親でもあるのだ。その内心は複雑だろうと、捜査一係から応援に来ている森は慮った。捜査の指揮を執るはずの楠見は、公安あがりで「冷血」と渾名される男だ。部下にも知らせず、勝手な動きをしている挙句、森に向かって現在つきあっている秋子―――子供を抱え、暴力のやまない夫に苦しめられている女のことを「淫売」と呼び、清算しろと告げた。楠見への強烈な反感にくわえ、ありさの周辺に武内が立ち現れるのではという期待のもと傍らで監視を続けるうちに、うすうす事情を理解しているらしいありさにも情が移り始め、森は心の一部で「捕まるな」と思い始めている自分に気がつく―――

一貫して警察およびその周辺の司法関係者や警察番記者を描きながら、管理部門を主人公とした作品で注目された著者が、珍しく強行班の人間だけを描いた短編集。
F県警の強行班は、極めて優秀だった。一班を率いる朽木。二班の楠見。三班の村瀬。スタンダードな理詰めで捜査を行う朽木に対し、搦め手、謀略で犯人を落とす公安あがりの朽木、動物的カンを備えた天才型の村瀬。捜査手法はそれぞれに異なりながらも、朽木と楠見は黒星なしで扱った事件の全てで犯人を挙げており、村瀬も解決できなかったのはわずかに一件という桁外れの実績を残している。それだけに、彼らは課内の序列をめぐって激しい競争意識を持っており、ともすれば上司である捜査一課長の指示に従わないこともある。彼らを束ねなければならない課長の田畑の気苦労は絶えない。また、競争意識は班同士だけにあるのではなかった。同じ班内でも、ほぼ同様の経歴をたどってきた同階級ともなれば、どちらが先に昇進するか、ライバルというだけでは片付けられない強烈な感情のぶつかりあいがある。―――胃が痛くなりそうな職場関係である。が、これ。非常に面白かった。

三人の中では私は朽木が一番好き。強行一班というF県警の表看板を支え、決して笑わない男と呼ばれる彼には、かつて、現場に向かう途中で運転を任せていた部下が事故を起こしたという過去がある。車は幼子を轢き殺し、慌てた車は対向車のトラックとぶつかり、部下は死んだ。死ぬまで、二度と笑わないと誓ってください。そう朽木に言った母親も、数日後には子供の後を追った。彼の脳裏には、しばしばその時の情景が苦い思いとともに浮かび上がる。だから、犯罪をおかしながら、のうのうと笑って逃げようとする犯人に対して呟くのだ。二度と笑わせやしない、と。

話として私が一番面白かったのは、その朽木の下に異例の人事で抜擢された最若手の矢代が主人公となる「ペルソナの微笑」だ。

隣の県で青酸カリが使われたと聞いて、F県警は色めきたった。十三年前、F県内で青酸カリが盗まれた。大量無差別殺人が懸念されたが、殺されたのは一人の男、それも、八歳の少年を騙して薬だと偽り、父親に飲ませるという卑劣な犯行だった。もしかしたら、そのときの青酸カリの残りが使われたのかもしれない。念のために話を聞いてこいと、朽木が主任の田中に矢代をつけて命じた時、矢代は思った。班長はやはり自分の過去に気づいている。子供の頃、自分にも犯罪の道具として使われた過去があることを―――。

自分が犯罪の道具となってしまったことに気づいた少年が、その事実に怯え、隠し通すために、人を笑わせるお調子者の仮面をかぶった。いつも笑っているようでいて、あの時から本当に笑ったことはない自分。そしてのうのうと逃げおおせた卑劣な犯人を憎み、警察官となることを誓った。犯罪者への憎悪という資質を見抜いた朽木にひっぱられた矢代にとって、同じく子供を道具としたこの事件は許せるものではなく、またその少年がどう成長していったかは気にかかるところでもあった。人を笑わせるとぼけたことばかりを言う刑事という仮面(ペルソナ)の下で彼が温め続けてきた、怯え、罪の意識、それに気づき脅迫した妹への幼い殺意。その落差。実に面白かった。

この短編集に収められた六話のうち、朽木の視点から進む「沈黙のアリバイ」とこの「ペルソナの微笑」が一班の捜査を描くのに対し、表題作の「第三の時効」が楠見の二班。自らをイヌワシの兄弟に例える同期二人と班長の村瀬の葛藤を描いた「密室の抜け穴」が三班。個性の強過ぎる有能な部下たちを持ったが故の悲哀を描く、捜査一課長・田畑の「囚人のジレンマ」は、直接の捜査を描くというよりは、その間の刑事たちの駆け引きを上司が読むという話。そして最後の「モノクロームの反転」は、幼い五歳の男の子を含む一家刺殺事件に、解決を強く願う田畑が一班と三班を投入したことによって起こるすさまじい競争意識のぶつかりあいを描いたもの。同期、同輩とはいえ、能力なきものは潰される過酷な職場環境でも、たまにはそれだけにとどまらない話もあったりして―――だから私は朽木が好きなのだ。

朽木と村瀬については、その内面がある程度描かれるのに対し、二班を描いた表題作においても、楠見という男の内面は謎のままだ。部下の誰もに嫌われながら、優秀な成績を挙げ続けていく男。楠見という男への反感の余り、二班員に「なんであいつはあんな人間になったんだ」と尋ねた森は、「お前、いつからテレビのコメンテーターになった」「理由がなくちゃならないってわけでもねえだろう」という返事に我に返る。私が快哉を叫びたいのはここだ。犯罪が起きるたびに、動機を探そうとやっきになってマスコミがほじくりかえし垂れ流す加害者の過去とやらに、私は飽き果てているのだ。生育歴。過去のトラウマ。環境。異常性癖。もううんざりだ。ミステリを読むたびに、人間というのは動機がなくては安心できない生き物だということを痛感させられる。そのなかで、犯罪の動機ではなく、捜査官の性格形成についてとはいえ、「理由なんかない」というつきはなした視線を提示してみせたこの作家の本を、私はきっと出るたびに買ってしまうのだろうと思う。―――警察小説を好きだという人に読んでみて欲しい一冊。

2003/02/11
<追記>
2006年3月に文庫落ち(集英社文庫)しました。
2006/04/01

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