■横山 秀夫■

『陰の季節』
『半落ち』
『第三の時効』

横山 秀夫 (ヨコヤマ ヒデオ)
『陰の季節』
文春文庫、2001年10月刊
とある県警。四日後に控えた人事異動の内示を前に、警務課調査官のニ渡(ふたわたり)は課長に呼び出される。三年で天下り先の産廃監視団体の理事を辞め、後進にポストを譲るはずだった元刑事部長・尾坂部が辞めないと言い出したというのだ。尾坂部が辞めないと、今期で勇退する防犯部長の天下り先がなくなる。浪人させるようなことになれば、警務課の面目は丸潰れだ。なんとか四日以内に尾坂部の真意をつきとめなければならない。相手をつかまえて真意を聞きただそうとするのだが、尾坂部は専務の身でありながら、毎日早朝から不法投棄の現場を専用車でまわっている。欲が出たのか…焦るニ渡。やがて尾坂部の娘がもうじき結婚することを知る−−−。

第4回松本清張賞受賞作(表題作)。

地味だ。とにかく地味である。―――でも、私はこれ、面白かった。
この本の珍しいところは、主人公たちが警務部に所属している、管理部門の人々だということである。この短編集では一作ごとに主人公が変わる。第二話「地の声」は監察官、第三話は全婦警を統括する、県で唯一の女警部。第四話は秘書課で議会対策の職務を担っている課長代理補佐…といった具合である。そのなかで一貫して登場するのが表題作の主人公、ニ渡だ。彼は四十歳の若さで警視に昇進し、D県警の史上最年少の警視となった。同期でも図抜けた出世頭である彼は、「エース」と呼ばれている。優秀であるという意味だけでなく、人事権という「切り札」を持っているという意味だ。

警察小説は世にたくさんあるけれど、たいていが主役は強行班の刑事である。たまに汚職担当の知能犯専門係、鑑識、公安、SP…辺りは見たことがある。ちょっと珍しいところだと、捜査一課の中で庶務を専門に担当している刑事(宮部みゆきの『模倣犯』)なんてのもある。…でも人事は初めて。まして県議会対策(議員からの質問を探り、回答を準備する)みたいな仕事があるなんて、知らなかった。そういう意味で画期的な連作。ついでに最初の二話が警視、後半の二話が警部が主人公という、ノン・キャリアでありながら地位が高い人ばかりというのも珍しいと思う。

この連作でキーとなるのは、やはりニ渡だ。彼は長い間人事に従事しており、銀行員のように華奢で、ちっとも警察官らしくない。それゆえに刑事からのたたき上げで刑事部長にまで上りつめた尾坂部に対しては、気圧されるような気がしている。一人称としての彼は、結構人間味がある。焦りだとか、一段先に警視の階級に上ってしまった自分と同期との間の微妙な距離感とか。明晰な彼は、他人から自分がどう見られているのかということもきちんと理解している。それゆえの人間味である。
けれど、二話以降で脇役にまわった彼は、人事権を持つ存在や上司として、またライバルとして、他人の目から見た「エース」の姿を表す。その齟齬も面白い。

地味だしなーマイナーな話なのかなーと思っていたら、やはり受賞が効いているのか、上川隆也主演で単発ドラマ化されていた。上川がニ渡の役で、二話目の監察官の役をニ渡に差し替えての設定だったが…ドラマの出来自体はあまりよく知りません。途中で寝てしまったので、気付いてたら終わっていた(笑)。<言ったも同然か。
出来のいい原作のドラマ・映画化がたいがいにおいて悲惨なことになるのは、オリジナリティを出そうとして、無理無駄な設定や展開を付け足すせいだと思う。このドラマのニ渡はやたらと熱血漢であって、警察官であった亡き父と内定相手の関係などが盛り込まれていて…原作が「彼らは皆(特殊な世界ではあるけれど)やはり警察官もサラリーマンなんだ」ということを痛烈に示し、またそれゆえに持っていた悲哀だとかの「話の良さ」を、ドラマは壊してしまっていたように思えた。やっぱり主人公の警察官は熱血漢じゃないと!!という先入観があるのかな。

続編の『動機』も日本推理作家協会賞短編部門を受賞しているとか。単行本なのでまだ未読ですが、こちらも読んでみたい。


<追記>
『動機』も読了。こちらは二渡の出番はあまりなく、ポジションも警察内部だけにとどまらず、新聞記者などの周辺にまで及ぶようになっています。
同じD県警を舞台としたものとしては、『動機』(文藝春秋)および、『陰の季節』に収録された女性警部の短編に登場する似顔絵描きの婦警・平野瑞穂を主人公にした『顔 FACE』(徳間文庫)が刊行されています。
 2003/02/11


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