■山田 風太郎 (やまだ ふうたろう)
『妖異金瓶梅』 山田風太郎傑作大全@
廣済堂文庫 (1996年5月刊)
中国、北宋末期のお話。応伯爵は、もとはいい家の出なのに放蕩が過ぎて今はたいこもちをして暮らしている男。しょっちゅう借金取りに追われては、親友で街一番の富豪、西門慶の家へと逃げ込んでくる。西門慶は色好みで美女の夫人をたくさん抱えているが、女好きの応伯爵でも友人の妻に手を出そうとは思わない。ただ、第五夫人の潘金蓮にだけは心惹かれて、この女となら寝てみたいと思っている。西門慶の邸内には、いつも女同士の嫉妬や悋気、憎悪が渦巻いていて、小競り合いも頻繁だ。そんな中、二人の夫人が不審な死を遂げる−−−。

中国四大奇書のひとつ『水滸伝』は、宋の時代、祠に閉じ込められていた108の魔星が封印を解かれて夜空に飛び出すところから始まる。そして北宋末期、その星の化身である108人の豪傑が、梁山泊という水塞に拠って反乱を起こすというのが有名な粗筋だ。
その108人の星の中に、行者武松という男がいる。人喰い虎を素手で殴り殺すほどの大男だが、その兄・武大はさえない餅売りだ。その妻の潘金蓮は武大には勿体ないと噂されるほどの美女で、夫のことを嫌っている。金持ちの西門慶と通じるようになった彼女は、協力して夫を毒殺し、西門慶の第五夫人におさまるが、兄の死を知った武松に二人とも殺される。

この『水滸伝』の一エピソードを下敷きにして書かれたのが、同じ四大奇書のひとつ『金瓶梅』だ。中国ポルノの古典とされる本で、結構長い。昔、平凡社の中国古典文学大系で挑戦してみたものの、一冊の半分で挫折し(全部で三冊もあった)、『水滸伝』と重なるところだけ拾い読みして終わった。…なにしろポルノというのは漢詩で読んでもあまり面白い代物ではなかったので。<何期待してたんだ。

というわけで、私も『金瓶梅』の話自体はよく知らないのだけれど、その世界を下敷きにした連作ミステリ。山田風太郎+金瓶梅というだけあって、少しエロチックなところもあるが、前提となる世界が特異で面白い。前に誰かが「おそらくこんなミステリは世界にこれひとつだけなんじゃないか」と書評で書いていた。なにしろ毎回起こる殺人事件の犯人が全部同じで、しかも探偵が毎回そのことを見抜いているのに、犯人を捕まえようとしないのである。<ネタバレなんですが、そんなことは二話も読めばわかってしまうことなので…。

そしてこの連作のヒロインである潘金蓮という美女が実に面白いのだ。もとの『水滸伝』『金瓶梅』ではただの享楽的で高慢な美女なのだが、山田風太郎の世界においてはそこに彼女なりの矜持と筋がとおっている。一冊読みとおす頃には、彼女は単なる驕慢な女ではなく、魅力的なヒロインへと変じているはずだ。。梁山泊の数少ない女賊・母夜叉孫ニ娘が彼女の言葉に「女として」理を認めることをはじめ、原作からは掛け離れたこの結末を読者に納得させるのは、ひとえに彼女を描く山田風太郎の筆力にかかっている。ハードボイルド小説の類を読んでいるときに、ヒロインが泣いて男に頼るばかりの女だったり中途半端に男の手の内で悪女だったりとヘンに“男に都合のいい女”に描かれているのを見ると、私なんかは興醒めするのだが、この潘金蓮は面の皮一枚の美しさだけでない強靭さに溢れていて、私は好きだ。自分の美貌へのプライドも、ここまでくればいっそかっこいい。死の淵に立ちながらも「地獄へ行ったら閻魔さまに聞いてやろう」と啖呵を切る姿は、作中のどんな美貌の描写よりも一番彼女が綺麗に思える場面だった。

豪放で好色な西門慶、クセの強い愛妾たちといった脇の登場人物たちもなかなかいい性格だ。これだけ家庭内で連続殺人事件が起こってるのに、また奥さん増えてる!!ていうかまだ増やすのか!!と呆れますが、一人一人タイプが違っててその鞘当ての様子も面白い。『エドの舞踏会』でも思ったのだけれど、この作家は結構女性を辛辣に見ているのではないかと思う。<ただしその辛辣さは、女性だけではなく、男性にも平等なのだけれど…。
そして応伯爵。考えてみれば、妻妾同居(しかも寵童までいたりする)で次々に死人が出る話なんてさぞ陰惨な展開になりそうなところを、彼の飄々としたキャラクターが救っているところもある。頭がいいのか悪いのか(毎度借金で逃げ込んでくるし)、懲りないというべきか。こまめに金蓮に手を出しては西門慶に怒られたり。金に汚かったりもして、実に喰えない、愛嬌のある男なのだ。

こんな破天荒な舞台を思いついたのは、原稿料が払えなかった出版社が代わりにとよこした『金瓶梅』がきっかけらしいが(時代が偲ばれる…)、その時代にこれだけしたたかな女を描いていた山田風太郎という作家の凄さを改めて考えさせられた。探偵と加害者、そして追う者と追われる者の関係がどう変わっていくか、それもこの話の読みどころのひとつだ。金蓮という女を基点として、西門慶、他の妻妾たち、武松、応伯爵という関係のなかで、最後の本当の勝者は誰なのか。この結末に、一筋縄ではいかない山田風太郎という作家がにんまりと笑っているように思えるのは私だけだろうか?

この本は舞台設定こそ特異だが、『厨子家の悪霊』『眼中の悪魔』を始めとする本格推理小説を書いていた作家らしい、トリックに溢れたミステリでもある。一時期品切れになっていたらしいが、昨年没したことであちこちでフェアになってたこともあり、また新刊書店でも手に入るようになったようだ。ちょっと変わったミステリを読んでみたい人にはオススメしたい一冊です。


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