■山田 風太郎■
『エドの舞踏会』
『妖異金瓶梅』
| ■山田 風太郎(やまだ ふうたろう) |
| 『エドの舞踏会』 ちくま文庫 山田風太郎明治小説集8 (1997年8月刊) |
海軍少佐山本権兵衛は、上司である海軍大臣西郷従道から「鹿鳴館で開かれる舞踏会に、政府の高官の夫人たちを引っ張り出して欲しい」という依頼を受ける。条約改正を悲願として動く政府の高官たちが鹿鳴館で開くパーティはしかし、ご婦人方の出席率が悪い。ダンスが苦手だという彼女たちのために、ダンスのレッスンを行えばいいということで、米国に留学していた大山巌陸軍大将の夫人、捨松とともに高官たちの館をまわらざるを得なくなった山本権兵衛。彼が必死になるのは理由がある。「顕官のご夫人たちが出ないなら、おはんら海軍の将校夫妻でもいい」と言われたのだが、彼の妻は品川遊郭の女郎出身だった。出自を恥じて外に出ようとしない彼の妻のために、顕官の邸をまわる権兵衛の前に現れたのは、実に意外な明治政府の高官たちの家庭の姿だった…。 ―――山田風太郎を「面妖な忍法帳作家」だと思っている人たちへ。 私は正直なところ、山田忍法帳はあまり性に合わず敬遠していたのだが、すごく好きな人が山田風太郎の作品を紹介している同人誌を手に入れて、それなら読んでみようかなと手を出した明治モノの一冊目がこれでした。…涙腺弱い私は、最後のル・ジャンドル夫人の話に至り、ハンカチ必須に。 山本権兵衛は、海軍出身で首相を二度も勤めた人なのですが、彼がまだ若い頃、数えで三十四歳という頃から話は始まります。まともに彼の伝記を読んだこともないのですが、私は妙に大学受験の日本史の頃から彼が好きなのでした。…やたら立派な名前をつける高官たちの間で「ゴンベエ」というのが気に入ったのかもしれませんが。それはさておき、この連作の中で、権兵衛は遺憾なくその愚直ぶりを発揮します。まず彼が妻を得るエピソードがいい!!まだ店に出て間もない遊女を見初め、同僚たちの手を借りて彼女を遊郭から脱柵させたあとで妻にするとき、彼は夫婦としての誓いの文を書いてやります。妻にも読めるよう、その文にすべてフリガナをふってやったというエピソードを読んだとき、私は彼が好きになりました。このエピソードは、最後のエピローグに至って活きてきます。 そして彼が目にする顕官たちの夫人が、また魅力的なのです。その多くが芸者や遊女の出身である彼女たちは、時に夫たちよりもよほどのかっこよさを見せてくれます。例えば伊藤博文夫人や陸奥宗光夫人のしたたかな気風の良さ。黒田清隆夫人が見せる凄艶。また儚いと見せた山県有朋夫人の、最後に見せた痛烈な夫へのしっぺ返し。誇り高いル・ジャンドル夫人の見せた涙。そして狂言廻しとして全話に登場する大山捨松。怜悧な彼女の、幸せなようでいてどこか空虚な結婚生活。…私はこの一冊で、山田風太郎という作家がこんなに幅広い作品を書ける人だったのだということを知りました。学校で習う歴史には登場しない、妻たちの物語を是非。 私の好みとしては、山田風太郎の忍法ものは得意ではありませんが、明治ものは好きです。他にも元江戸奉行と同心が警視庁をトリックでからかう『警視庁草紙』(これもラストに壮絶なしっぺ返しが用意されているのですが)や、役人の不正を監察する部署の役人がフランス人の金髪翠眼の美女に巫女として死霊寄せをさせてトリックを解決する『明治断頭台』、加波山事件をはじめとする自由党の民権運動に巻き込まれる辻馬車(御者の孫娘が呼ぶと死霊の父親や祖母が出て来たり。またこの幽霊がやたらとユーモアを忘れないたちで…)の話『幻燈辻馬車』などなど。ちくま文庫で出ている明治小説全集はどれも好きなのですが、一番好きなのが『エドの舞踏会』なのでした。なにも不思議なトリックや仕掛けのない、けれど「山田風太郎ってほんとに上手い作家だったんだな」と思わせてくれる一作です。 明治モノ以外にも、山田風太郎は本格ミステリも多く書いています。ハルキ文庫で出ている『厨子家の悪霊』、また収録作品がかなり重なる光文社文庫の『眼中の悪魔』は、昨年読んだ(新)本格の中では五指に入るくらい面白かった。昭和27年という刊行年次を見て、目をみはるばかりです。多彩な作家が亡くなってしまったことを悼みつつ―――。 |