■天藤 真■
『大誘拐』
『遠きに目ありて』
| ■天藤 真(テンドウ シン) |
| 『大誘拐』 創元推理文庫(2000年7月刊) その他、角川文庫、双葉文庫(日本推理作家協会賞全集)でも刊行。 |
| 和歌山の大富豪、柳川家の女主人とし子刀自が誘拐された。とし子刀自は慈善家として近隣に知られる、人望の厚い老婦人である。要求された身代金は100億円。誘拐犯たちは自ら「虹の童子」と名乗り、次々に奇想天外な要求をつきつけてくる。捜査陣の指揮を取るのは、とし子刀自に深い恩のある井狩県警本部長。テレビを使って人質と家族の対面を要求する手口など、周到な犯人たちに翻弄されながらも必死に犯人逮捕を狙う。しかし、一方で犯人たちも困惑していた。誘拐はしたものの、最初に計画の不備を指摘されて以来、その後の警察とのやりとりはすべてとし子刀自の指示によるものなのだ―――。 昭和54年度日本推理作家協会賞受賞作。作者の天藤真という人は、東大の国文科を出てから従軍記者になったあと、千葉で開拓農民になったという…でもって、千葉の大学の講師もしていたらしい。なんだか変わった経歴の持ち主である。どの作品にも流れているユーモアは、生来の人柄以外にこんな経歴からも培われたものかもしれない。残念ながらもう亡くなっているのだけれど。 現在、創元推理文庫から「天藤真全集」が刊行されている。私も半分くらいしか読んでいないのだが、その中でイチオシはこの『大誘拐』と『遠きに目ありて』。もう二十年以上昔の作品なのだが、どちらもその古さをほとんど感じさせない、または感じさせてもそれが瑕とならない面白い話である。 誘拐犯の三人組の人柄もいい。決して人を傷つけないことを課題にしてリーダーは計画を練る。施設育ちの彼には、誘拐で大金を得ること以外に足を洗う術が見つけられなかったからだ。また彼が選んだ二人の仲間の素朴な人柄も、物語の結末において温かいものを残す。周到に練ったはずの計画が、大人しく人質になったとし子刀自の指摘によってどんどん崩れていき、ついには計画の大半をとし子刀自が立てるようになってしまったり、五千万と設定したはずの身代金を「私を見損なうな。身代金は百億円だ」と一喝されたり。犯人たちは困惑しながらも、次第に人質のとし子間に奇妙な連帯感が生まれていく(なにしろ家族のもとに返すはずの人質が、犯人たちの顔も名前も知っているのだ!)。その中で事件が終わったあとの生き方を見出した彼らの選択は、意外ではあってもその意外さは決して不快なものではない。 そして、この話で一番魅力的なのは、82歳のヒロイン、とし子刀自だ。ごく小柄で穏やかな老婦人と見えた彼女が、驚くほどの意思と智恵と記憶力でこの誘拐計画のブレーンとなる。時々「こないだの車のペインティング、ありゃおばあちゃんやりすぎだったわ」と三人にぼやかれて「ちょっと派手だったかしらねぇ」などと呟くユーモアを忘れず、けれど筋を通すべきところはきっちりと通す。彼女が「身代金を100億円だ」と主張するのにも、きちんとした理由があるのである。もちろん彼女は、誘拐した若者たちから金を取り戻そうなんてケチくさいことは考えたりはしない。読者はただ、彼女が繰り広げる誘拐劇の趣向を楽しめばいい。 ページも残り少なくなった最後の場面。「何故こんなことをしたのか」と問われて、彼女が心の中で考えた動機。冗談めかして時折見せていた彼女の思いが、ここに至って噴出する。私はこの慟哭が彼女の真骨頂だと思う。これがある故に、この話で誘拐されるヒロインは、「心優しい、賢い年若い令嬢」ではなく、「人生の終わりに近づいた、小さな賢い老婦人」でなければいけなかったのである。彼女を造型し得ただけで、作者の意図は「勝ち」だ。 …まぁ、読んでみてください。面白いから。 映画化もされてますが、私は見てないのでなんとも言えません。評判はそんなに悪くなかったような気がする。確か県警の井狩本部長が緒方拳でした。 そういえば、『有閑倶楽部』に悠理が誘拐されて、犯人三人組が要求した身代金5000万を「馬鹿にすんな!!100億だ!!」と叫ぶ話があったっけ。あれ、もしかしたらこの『大誘拐』のパスティーシュだったのかな…。 |