■浅田 次郎■
『天切り松闇がたり』
『シェエラザード』

『あやし うらめし あな かなし』

■浅田 次郎 (あさだ じろう)
『天切り松闇がたり』 全3巻
第1巻/闇の花道、第2巻/残侠 (集英社、1999年9月刊)
第3巻/初湯千両 (集英社、2002年2月刊)

 ある都内の警察署。留置場に一人の小柄な老人が入ってくる。最初はにこにことした大人しい年寄りと見えた彼は、実は「天切り松」の二つ名を持つ、伝説的な盗っ人だった。説教代わりに留置場の半チクな同房者たちに聞かせる昔話の声は、不思議に遠くまで届かない。「闇がたり」と呼ばれる、六尺四方にしか届かないという昔ながらの盗人の声で語られる昔話は、大正の時代、彼の幼い頃に出会った盗人たちの物語だった。囚人たちや看守、刑事たちを聞き手に、今日も天切り松の闇がたりが始まる。

 ろくでなしの父親はまだ十三の姉を女郎に売り飛ばし、松蔵は数えの九つで盗人の修行に出された。松蔵の親代わりとなったのは、細目の安吉。手下二千人といわれる伝説の掏摸(すり)盗人の大親分、仕立屋銀次が捕まったあと、残された縄張りを抑えた器量人、かつ伝説的な掏摸の名手である。けれど彼は銀次に取って代わることを潔しとせず、自分と杯を交わした四人だけを手下として生きる道を選んだ。説教寅(強盗)、黄不動の栄治(夜盗)、百面相の書生常(詐欺)、玄の前の振袖おこん(巾着切り)。決して世間の表街道を歩ける身ではない、けれどとても優しい彼らの物語。

 浅田次郎の小説の中では、私はこれ大好きなんですが。他の人の好きな本紹介を見ても、名前が挙がってるの、全然見かけません…ハードカバーのみで文庫化してないのがいけないのかな(※追記:現在では集英社で文庫として刊行中です)。第1巻は、最初は徳間書店で刊行されたものです…実のところ、装丁はあちらのほうが無骨で好きなのですが(苦笑)。

 とにかく登場人物が皆かっこいいのです。「あまりに皆、人間が出来過ぎてて…」という声もあったのですが(こういうこと言うのはうちの母だ)、浅田次郎一流の人情噺として面白いと思うんですが…どんなもんでしょう。

 ちなみに私が面々の中で一番好きなのは、黄不動の栄治。男前に描かれているということはおいといて、性格が好き。松蔵が失敗をしたときに叱っている時に、ろくでなしの父親のことを言われて泣き出した松蔵に、困ったように蕎麦を食わせてやったり。また棟梁でなさぬ仲の父親を慕っていて、この親子の関係がとても良いのです。

 各短編の最初に出てくる松蔵が伝説的な盗人としての貫禄を備え、留置人はおろか看守、刑事、署長すらもしかりつけるのに対し(なにしろ彼が留置場に入ってるのは、彼の盗みに関する知識を防犯に役立てたいから教えてくれと警察に頼まれ、その代わりにシャレとして懐かしいブタ箱に入ってみたいと主張したからなのだ)、回想の中の彼はまだ幼い。盗人として一本立ちするどころか、つかいっぱしりとして他の人々にくっついているばかり。それもそのはず、彼はまだ数えで13歳や15歳といった年頃のお話なのでした。背も小さな松蔵が、目を輝かせて見上げた人々。松蔵の目を通して描かれる彼らの言動は、大正時代の最先端のモダンな風俗の描写とあいまって、とても粋なのです。作者の浅田次郎の祖母は元・左褄(ひだりづま)をとっていた芸者だとか。気風のいい彼らのべらんめぇ調の啖呵を是非読んでみてください。 


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