■山崎 マキコ (やまざき まきこ)
『マリモ 酒漬けOL物語』
新潮文庫 (2005年3月刊)

大山田マリモ、OL。某食品会社の食品開発部勤務、入社三年目。
その朝も曖昧な記憶のまま、目を覚ました。昨晩、後輩の坂上くんと飲んだくれた辺りから記憶は曖昧で、でも化粧は落としてる自分を自画自賛。よしよしこの分なら昨晩はたぶんたいしたことはしてないはず。さーて出勤するかーと鞄に手をつっこむと、変な手触りの物体を発見。……なぜ鞄の中から生のキウイがまるごと出てくるのか。記憶は何も答えてくれない。
ああ、先生。立派な人間になろうと誓ってはや幾年。今日も私はたんなる二日酔いの会社員として目を覚ましました。太陽は黄色くて、私はダメな人間のままです―――。

タイトルからして『酒漬けOL物語』。
表紙にはOLの事務服で大ジョッキ抱えた若い女の子のイラスト、帯には「これが飲まずにいられるかぁ!」………あたしが読まなくていったいこの世の誰が読むというのだ。書店の平台に積まれたこの本を見たとき、私はそう思った。

私の人生は、穴だらけです。二時間、三時間、記憶が飛ぶことなんて当たり前。
会社に入ってびっくりしたことは、「酔っ払って記憶をなくしたことなんかない」という人が大半だということでした……「記憶がない間に自分が何してるのか、怖くない?」といわれたこともある。知らん。とりあえず記憶はなくても、家にはたどり着いているから、なんとかしているのだろう。メインディッシュの鍋やデザートがどんなのだったか、かけらも覚えてないことに気がついたときは、本当に悔しいが。

思うに、酔っ払いの「記憶がない」というのには二種類ある。ひとつは「そもそも意識を記録するハード自体が酒でおかしくなっていて記録されていない」。もうひとつは「記録はちゃんとなされている、つまりそのときはちゃんと行動しているのに、朝になるとそれを再生するボタンが働かない」―――私は経験上そう思っている。私の場合はだいたいが後者だ。
一度、夜中に飲みながら朝までやってたチャットのログをとってみたことがあったけれど、朝になって見直してみて笑った。というか笑うしかなかった。「これこれこうだから、こうで、こうで、だから結論はこうなるはず」とログの中の私は論理的に説明して相手を納得させているのに、私はそもそもその話題自体を覚えていないのだから。飲んでる最中はしゃんとしてるのに、再生ボタンが壊れているって、きっとこういうこと。だから、多分この身体のどこかには、このログと同じように失われた記憶に相当する記録が入っているはずなのだ。どこかに。どこかはわからないけれど。人間の意識の連続性ってなんだろうとか、そんなことを考える。……言葉だけ難しくしたところで、いま自分が二日酔いであるという事実に変わりはないのだけれど。

さて、こんな人間が読んだこの本の感想ですが。
タイトル、表紙、帯のフレーズ、どれをとっても私に連想できるのは『平成よっぱらい研究所』だ。いかに自分は酒を飲んではクズな行動を繰り返すかというエッセイの類だと思って手にとったのだ。ひっくり返してみて「あれ、小説か」と思ったが、まあいいやとレジに持っていく。帰りの電車で読み始めた。

驚いたことに、結構泣けるのだ、これ。
会社で「絶対こんなの売れるわけない」という企画の担当にされ(激辛カレー味納豆、その名も『納豆伝説』……<想像もつかない)、絶対いま自分は間違った道を選んでいると思いながら、ベルトコンベアに流されているような心境。自分が納得していない商品がいいものになるわけがない。ストレスは溜まり、営業サイドと話はこじれにこじれ、やってられるかーと廊下で叫ぶ。

―――こんな日の夜は、ちょっとお酒の助けを借りて、頭の働きを鈍らせるほかない。

上司は味覚が辛味しか残ってない変人のデブの部長と、きっちり仕事はできるが当たりの強い男性のみ。親しく社内で話ができるのは、システム管理をしている後輩の坂上くんだけ。この坂上くん、もういかにもオタクな外見で証明写真なんてなにかの犯罪予備軍にしか見えなくて……という男なんですが、読み進めていくと、彼、実にいい人なのです。言葉はキツいけれど、言ってることはものすごくまともで強くて、マリモに一番(本当の意味で)やさしい言葉をくれているのは彼のような気がする。

マリモという女の子は、最初のとてもさばさばとした喋りからは思いもかけないくらい、弱くて、自己肯定感の低い女の子だ。
奥歯に大きな穴があいたとき、触れば痛むとわかっていて、つい舌でつついてしまう。そうして痛みを確認しては、顔をしかめながら「やっぱりね」と呟くのだ。
彼女の行動はそれに似ている。
自分はダメな人間だから、否定される、捨てられる、ほらやっぱりね、と最初からそう身構えていなければ怖い、だからこそ自分がダメな人間であるという証拠を見つけてやっと安心する。

そうしてその恐れに耐えかねて、つい酒に走ってしまう。自分を追い上げるような飲み方をする。
私の「記憶がない」は再生ボタンに問題があるのだとしたら、彼女の記憶はきっと「記録するハード」自体に問題があるに違いない。

そんな彼女が心の支えにしているのが、「先生」だ。
高校時代、国語を担当していた先生は、自分を否定しようとするマリモをまるごと肯定する言葉をくれた。

この「先生」とマリモのやりとりを読んでいて私が連想したのは、北村薫の春桜亭円紫師匠と「私」の関係だった。
この師弟は、円紫さんと「私」の関係に似ている―――しかも、ダメな方向に。
ダメだという言葉が適切でないとすれば、「弱い」と言うべきかもしれない。でも、そんな感じ。
何がダメかと言えば、彼らは自分の愛し方が下手なのだ。
読み比べてみたら、圧倒的にその違いがわかるはず。円紫さんも「私」も、自分を大事にすることを知っていて、それは多分、人に疑いもなく愛されてきた経験をもつからなんだろうなということがはっきりとわかる。

マリモは、極端なタイプかもしれない。
でも、彼女の気持ちと似たものを自分の中に見つけることは、決して難しいことじゃない。

だから、そういうときに坂上くんがマリモを叱り飛ばしてくれる言葉は、同時に私にも何かをくれたような気がするし、そして私は彼女がいとおしいと思う。
一度、いっしょにお酒を飲んで、もうちょっと楽しく飲もうよ、飲んでいいんだよと言ってあげたい気がする。

当初の連載時には『アル中OL物語』という身も蓋もないタイトルだったというこの物語。
どうなんだろう、このタイトルはこの物語を読む人にとって、プラスに働いているのかマイナスに働いているのか。
ま、少なくともここに一人、タイトルにひっかかって手にとった人間がいるのですが。
世間一般にはどうなのか、訊いてみたいところだ。

個人的には、タイトルの割にいい本だと思う。
この著者の本、私ははじめて読んだのだけれど、描写が面白いし(なんでそんなことを思いつくのかな)、そうそう、先生の語る言葉も静謐で好きだ。

私みたいな飲んだくれは別にして、世間一般的にはちょっと食指の動きにくいタイトルかもしれないけれど。
読んでみてほしいと言える本です。

2006/03/19