| ■日明 恩 (たちもり めぐみ) |
| 『ギフト』 双葉社 (2008年6月刊) |
その少年に目を留めたのは、毎日同じコーナーでぽろぽろと涙を流しているからだった。 もう10日間、彼は一度もビデオを借りることなく、毎日同じ場所でビデオを眺めている………少年が立ち去ったあと、SF・ホラーコーナーで彼が眺めていたのは何か見てみた。『シックス・センス』という映画だった。テレビもDVDプレイヤーも持っていない自分には、パッケージを見ただけで泣くような映画なのかはよくわからなかった。 ある日、スーパーでの買い物の帰り、その少年を見かけた。彼は急に何かを恐れるかのように赤の信号歩道を走って渡ろうとした。悪い記憶がよみがえり、思わず彼を乱暴に引き戻す。そのとき目の前にそれは見えた―――血まみれの派手なワンピースを着た老女。その頭蓋骨は割れ、そこから滑り落ちる灰色の物体……手を振り払って少年が逃げ去ったあと、そこには誰もいなかった。あのケガは生きていられるほどのものではなかった。であれば、信じたくないが幽霊というものかもしれない。今まで一度も見えないそんなものが見えた理由の心当たりはあの少年だけだった。もしそれが本当なら。知りたいことがあった。自分が死なせてしまった彼もまた、今もまだこの世界をさまよっているのだろうか―――それを知りたい一心で、彼は交通事故死したと思われる老女の身元を調べ、中学生の少年を探し出すことを決意する――― 『それでも警官は微笑う』でメフィスト賞をとり、続編の『そして、警官は奔る』を出したあと、消防士を描く『鎮火報』『埋み火』のシリーズを刊行した著者の、久々の新作。 これまでずっと講談社でしたが、今回は双葉社。双葉社は温かいストーリーのミステリをいろいろと出していてなかなか好きな出版社です<光原百合『十八の夏』、畠中恵『とっても不幸な幸運』、本多孝好『MISSING』『ALONE TOGETHER』など(いずれも双葉文庫)。 さて、この著者の今までの4冊中3冊は読んでる私からすると、幽霊という超常現象の要素を絡めたのが新しいところ。 けれど、なかなかに読後感の温かい、気持ちいい本でした。だってフィクションの本読んで辛くなりたくないし。へこみたくないし。汚い言葉聴きたくないし。……という人にオススメ。 主人公はおそらくそれほど年でもなく、それほど若くもなく、けれど自分に「楽しみ」とか「笑い」とかそういうことをすべて封じ込めて、決まりきった退屈な日常に埋没することを自分に課している男。明確に年はわからないけれど、多分私とそれほどかけ離れた年ではなく、多分行って三十代半ばというところだと思う。そんな彼は人に係わり合いを持つことはするまいと決めていて、それでもつい他者に手を伸ばしてしまう。時折り訪れるフラッシュバック。けれどその合間に彼が見せた誠実さが、出会った少年にとって生まれて初めての救いとなる。彼ら二人が係わり合いを持つ幽霊は5体。死んだ理由も、彼らに「俺」と中学生の少年が彼らに手を伸をさしのべる理由も多種多様で、決してすべての霊が彼らの見せる誠意にきちんとした答えを返してくれるわけではない。 でも、「いいなぁ」と思う話はあります。「秋の桜」と「氷室の館」。 これ、どちらも事件としては暗澹たる話なのです。多分新聞でその事件の話を読んだなら、ちょっとどころではなくご飯が不味くなるような。そんな気の重くなるような話。 でも、出てくる幽霊がどちらもとても強くてけなげで、すごくいい子(というのもヘンだな)なのだ。この「秋の桜」に出てくる幽霊には登場したその瞬間から一発で私の心は撃ち抜かれたし、「氷室の館」に出てくる幽霊が「許さないから!」と叫ぶくだりでは涙腺がじんわりと緩む。彼らが死に至った理由が辛い話であるだけに、それを受け止めざるを得ない「俺」と少年も否応無しに変わっていかざるを得ない。そのときの彼らの強さが、とても好ましい。 最後の一話が「俺」のトラウマになっている幽霊の話。 「俺」と少年との間では常に年長者としてひとつ前に出ていた語り手が、初めて少年の側からの積極的な働きかけで自分の過去に向き合うことになる。 この話、誰も悪人がいないだけに、悲しい話だ。それでも、そのなかでも足を踏み出していく人を見るのは嬉しい―――そんな気持ちになれる話。 少年に見える世界は辛い。 ―――疲れてたんだよ、辛かったんだよ。だけど ―――休みたいなんて、言える状態じゃなかったんだよ。そしたら ―――なんだよ、これ。どうすりゃいいんだよ ごぼりと音を立ててどす黒い血を吐き出す男が電車の中で話しかけてくる。周囲には見えないはずの血だらけの死者。ただそれと目をあわせないようにしてやり過ごすしかない。 気の狂いそうな現実、そして理解のない両親。彼らに悪意がないだけに、息子の取り扱いに疲弊していく母親を見ることに少年は逆に心をすり減らして行く。自分が異常なのかどうかすら相談する相手はいない。不愉快なものをいやおうがなしに見てしまうため、できるだけ人との距離をとることで自衛してきた彼が、初めて自発的に行動を起こす最後の話は彼の成長を示す話となる。これは幽霊たちがこの世に残した未練を洗い流すための話である一方で、幽霊たちと関わることでいい年をした大人である「俺」と少年とが、自分自身の問題と向き合い、ひとつずつ成長していく話でもあるのだ。 どうやっても、どうしても、手に入らないもの、振り向いてくれない人はいる。 それを飲み込んだうえで、それでも新しい何かを手に入れようと努力する人の話って、私は好きだ。 この話も最後にはほっとおなかの底に温かいものを残してくれて嬉しい。 この著者の作品、私は最初の『それでも警官は微笑う』から読み始め、図書館で借りたその本を危うく10頁で閉じるところだった(いたたまれず!)。 けれど我慢してそのくだりを乗り越え、「意外に悪くないかも」と思って読み始めた2冊目で、無骨な刑事が「意外にいいかも」に昇格しました。私は誠実な人が大好きだ。 もし最初の一冊(メフィスト賞受賞作なだけに、これが一番手に取りやすい、かも……)の最初のくだりでめげた方、もう少し諦めないで他の本も読んでみて欲しい。腐女子向きかよ!と思う最初の話の発端にもめげず、意外に彼女の作品の主人公たちには筋が通っているのだ(私は結構浪花節も好きだ)。 とはいえ、いきなりあまりに熱い話ばかりだと疲れてしまうかも。少しこの著者の中では異色な作品ですが(幽霊出るし<幽霊が見えたら警察の捜査は苦労ないよね……「えー、貴方の殺害された時刻と状況を教えてください」とか)、とっかかりとしては温かい短編集でいいと思いますよ。 |
| 2008/07/18 |