| ■高野 秀行(たかのひでゆき) |
| 『ミャンマーの柳生一族』 集英社文庫(2006年4月刊) |
死んだと思われていた柳生十兵衛は生きていた! 将軍家の刺客を逃れ、彼がわたったのはミャンマーだった。しかしそこでも十兵衛を待ち受ける数々の死闘……… ……という伝奇小説ではありません(そもそも江戸時代にミャンマーないし)。 中身はミャンマーの旅行記です。 同じ大学同じ部出身の先輩作家・船戸与一に同行する取材旅行(正確には「カバン持ち」)。 が、この本はただの本ではない。 なにしろ本文3ページ目で出てくる文章がこれである。 「私はミャンマーには二年に一回くらいの割合で行っているが、最後に合法入国したのは1994年、それ以降はすべて非合法である。」 声かけられたのは2003年なんですが……というか、そもそもこんな非合法に国境越え8回、その外に3回国境で怪しまれて未遂に終わりましたー、とか。そんなことを仮にも集英社なんてメジャーな出版社の本で書いてていいのだろうか。いいんだろうな多分。他のページでは麻薬王の領土(ミャンマーの一部のようでいてそうでもない。ミャンマーは黄金のトライアングルと呼ばれる麻薬産出地帯のうち8割近くの産出量を占める……そんな国の麻薬王、である)で半年生活してあへん育ててました、ということも書いてあった。その体験記で本一冊書いて、英訳もされたらしい。それは違法ではないのか。どうなのか。わからない。この本を読んでいると、ほんとにわからない。 で。この意味不明なタイトルの「柳生一族」とはなにか。 それは「ミャンマーって、江戸時代初期の徳川幕府と似てる」という発想に基づく。 言われてみればアウン・サン・スー・チーという女性、しょっちゅうテレビで見かけるけれど、あの人がいったいミャンマーにとってどういう人なのかということを正確に答えられる人ってどれくらいいるのだろう? それを、この作者はあっさりと言ってのける。 「秀忠に向かって『あなたの政治は、祖父・家康が望んだものではありません!』と言ってる千姫みたいなものです」……ああ、なるほど。建国の英雄の娘さんなんですね。言われてみれば、ミャンマーという国の政治の仕組みがわかってくる。軍の主流をおさえている松平伊豆守vs密偵をたくさん抱えている内相・柳生但馬守宗矩。………というわけで、柳生一族です。要するに、治安維持に使われている昔の特高警察みたいな存在。それが彼の言うところの「ミャンマーの柳生一族」だ。 (そしてこの著者のすごいところは「柳生一族ってのはそういう存在だ。少なくとも隆慶一郎の本ではそういうことになっている」………『吉原御免状』とか『影武者徳川家康』読んでそういわれても!というこの乱暴さだと思う。でも確かに判りやすい。) しかし珍しく合法的に入国しようとした彼らの前にたちはだかったミャンマー大使館のお言葉は、「いつもいつも少数民族の戦いを書いてるようなあぶない作家(<船戸与一)を一人で歩かせることまかりならん」というわけで、ビザ発給の条件として提示されたのが、「ミャンマー国内の旅行の手配は、ナーガ・トラベルで行うこと」……なんと現代のミャンマーの柳生一族は、旅行会社まで経営しているのである!そういうわけで、柳生一族こと内相の手下と旅したミャンマーの日々。 が。 柳生だっていつもいつも有能なわけではない。 派遣されてきた男は、旅行会社のガイドのくせに英語がちょっぴりしか話せないダメな子だった………なぜか著者は彼と船戸与一の会話をビルマ語でつないでいることに気がつく。なんで俺が通訳なんだ!おのれこのミソっ子め! 「命名:柳生三十兵衛(みそべえ)」 ……全編、こんな感じ。 脱力のミャンマー紀行。 本当は、こんなに最初から最後まで笑っていられる状況のはずはないのですが。 船戸与一と著者の高野秀行という二人は、早稲田大学の探検部での先輩・後輩関係にある。 早大探検部といえば、十年近く前、アマゾンで現地ゲリラに学生が二人殺されたという事件があったよねえ………ということを思い出すわけで、何があっても不思議ではないのですが、この本自体は二人は無事帰還、三十兵衛とのやりとりも素直に楽しめます。面白かった。 ちなみに宮部みゆきが推薦の帯を書いていた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)というコンゴの怪獣探しの旅の本は読んでませんが、『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)は読みました。これもいまどき家賃12,000円(そもそも広さが3畳だけど)という下宿で暮らした日々の話が面白い一冊。確かにこんな生活送ってた人がいきなりサラリーマンになれと言われても無理だよなあ……ということ間違いなしの内容。わざわざ探検に行かなくたって、変な人には出会えるというのが実感。 とりあえず冒頭の「山形にあるUFO基地を探検に行く話」だけでも立ち読みしてみてください……「あーUFO?知っとるよ、こないだ猟銃で撃った」と言ってのける山形の猟師のおっちゃんが一番のツワモノかもしれません。 |
| 2006/04/16 |
| この本に登場していたアヘン栽培体験記が集英社文庫から『アヘン王国潜入記』として刊行されました。「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれる麻薬生産の黄金地帯において、ミャンマー政府から独立したワ軍という特殊な場において、一緒にケシ栽培に従事した貴重な記録。 何よりも、そこでケシを作って生きている人々一人一人の顔が見える内容であること、大所高所からの記録からは一線を画していることが面白い。タイトルの仰々しさほどに構えた文章ではなく、表紙の写真そのままに彼らの表情を活写することに筆を割いているルポで、『ミャンマーの柳生一族』ほどに軽いノリの本ではないですが、面白い一冊でした。 |
| 2007/09/24 |