■司馬 遼太郎 (しば りょうたろう)
『坂の上の雲』 全8巻
文春文庫 (新版)

明治維新を経て、日本という国家がまだ産声をあげたばかりの時代。英米仏をはじめとする先進国を手本とし、初めて「国家」というものを作り上げたばかりの小国が、列強の中でも精強な軍事力をもって知られるロシアを相手に戦争せざるを得なくなった。日本はいまだ貧しく、完全に勝利できるはずもなく、指導者たちは「戦争を有利な状況にすすめることで講和に持ち込む」ことを目指す。
明治維新以来、日本が日露戦争を終えるまでを、佐幕派(つまり薩長の藩閥政治外)の伊予松山の小藩に生まれた秋山好古・真之という兄弟、そして幼馴染の正岡昇が、それぞれ日本陸軍騎兵の創設者、日本海海戦で勝利をもたらす奇才の参謀となり、その一方で「子規」の名で俳句復興運動を起こしながらも志半ばにして斃れるまでの明治という時代の群像の記録。

随分と遠い昔だが、私は大学受験を日本史で受けた。が、趣味としての私の日本史への興味は新撰組を最後に途切れていた為、ごく最近までこの辺りに関する私の知識は、大学受験で必要とされる年表の域を出ていない。日露戦争といえば、日清戦争後、遼東半島を独仏露の三国干渉で失った。旅順攻撃。二○三高地。乃木希典。東郷平八郎。日本海海戦。ポーツマス条約。小村寿太郎。日比谷焼き討ち事件。戒厳令。この程度のことを覚えていれば、大学受験は突破できる(私の経験上)。…要するに、もともとこの辺りに関する私の知識は薄い。そういう人間が、日露戦争に関する叙述を初めてまともに読んでいる。

たかが文庫本8冊、である。それが私にとって妙な圧迫感を伴っていた。新版だから字は大きいし、文章は読みやすいし。いったい何がそれほどに私に圧迫感を与えているのか。この本を読み出す前に延々と読んでいた太平洋戦争の資料にあたったときにも感じなかったほどの息苦しさはなんなのか。そう考えたときに、ふと思い当たったのが「国力の差」という問題だった。ごくごく当たり前のことだが、戦争に勝つためには、精神力だけではどうにもならない。士気というものが関係するにせよ、基本的にはいかに相手より多数の兵力を揃え、装備と兵站を整えるかが勝負だとも言える。その当然のことが常識でなかったのが太平洋戦争だが、それよりも僅かに四十年ほど前の明治の顕官たちは、「国力」というものを即物的に捉えていた。新興の弱小国家であるがゆえにいっそうその思いは強く、見る間に姿を消していく弾薬の窮乏への思いは、文字通りの「焦燥」といっても過言ではない。多分、その指導者たちの焦りが、私を息苦しいくらいにせきたてていたのだろう―――と今なら思う。そのぎりぎりさと言えば、まさに「薄氷を踏むような」と評すべきで、どうしてこれで勝てたのか理解できないくらいのものだ。そして恐ろしいことに、この世界はフィクションではなく、今私が立っているこの場所からほんの百年ほど前のこの国の現実だったのだと気づいてしまったとき、私は途中でこの本を投げ出すことができなくなった。

国家を軸とした通史として歴史を見るとき、人はその直線の上に点として現れる。受験の日本史で私はずいぶん多くの人の名前を覚えたけれど、あくまで「この出来事とセットにして覚えるべきはこの人」という知識に過ぎない。当たり前のことだが、その人はそこに至るまでに長い個人としての歴史を背負っているのだということを―――そんなごく当然のことを、私は改めてこの本で認識させられた気がする。海軍で言えば、終戦時の首相の鈴木貫太郎(海軍大将)が水雷艇の指揮官を務めていたり、「東條(英機)の男妾」とまで言われた陸軍べったりの海相・嶋田繁太郎がまだ少尉候補生(※まだ士官学校出たてで少尉として正式に任官する前)として従軍していたり。ふと気がついて驚いたのだけれど、この本の主人公の一人である秋山好古は陸士(陸軍士官学校)旧3期。東條英機は17期。わずか25年しか違わないのだ(<ついでに言うなら、秋山は陸軍大学校1期で、英機の父親・英教の同期)。太平洋戦争末期の記録からいきなり日露戦争の本を読み始めたせいもあるが、随分遠い時代だと思っていたので、これには驚いた。

歴史小説を読むとき、私が思うことは、「今の視点で過去をみだりに批判はできない」ということだ。敵味方の事情およびその結末のすべてを知って思うことは、両陣の上空から鳥瞰するのと同じで、それは神の視点に等しい。だから私は、そのときその人の選択について、後世の人間が「後智恵」で何かを評価するのはフェアじゃないなと思っている。……それでも言いたい。この旅順攻撃の陸軍第三軍首脳、無能過ぎ…っ。同時代の司令部も中央も海軍も皆考え直せと言ってる作戦に固執するなんて。この乃木希典将軍と伊地知幸介参謀という組み合わせに、私はほとんど地団駄踏むくらいの思いで本を読んだ。戦史などというものは、ここに挙げられている「死傷者」という数字のひとつひとつが生身の人間だと思ったら、まともな神経では読んでいられない。それを眼前にしてここまで鈍感に愚策を繰り返す神経にはいっそ感嘆する(<眠れないなどというのは言い訳にはならない)。そりゃこんだけ死傷者出して、領土ありません賠償金もなしと言われたら、暴動も起きるよな…と、日本という国の国力がギリギリの限界を迎えており、これ以上戦争を続けることは不可能だったことを知っていても思うほどの惨状だ。

今村均という陸軍大将がいる。終戦をラバウルで迎え、戦犯として数年服役した。戦後の部下をかばい続けた言動と人格、視野の広さから「帝国陸軍の良識派」を挙げるならまず出てくる名前だろう。マニラの植民地行政の温厚さで知られた彼は、逆に中央軍首脳部からにらまれるほどの、当時としては異端なほどのリベラリストと言える。彼は生涯、乃木大将を敬愛し続けた。今村の生涯を描いた角田房子著『責任 ラバウルの将軍今村均』は彼を高く評価しながらも、最後の数頁の辺りで司馬遼太郎が『殉死』で乃木を「文人として偉大だが、軍事能力は皆無」と評したことに今村が乃木を擁護する反論を寄せたことについて、痛烈な一言を残している。

「現代に生きるリベラル司馬遼太郎と、昭和二十年までの陸軍内のリベラル今村均との、どうしようもない違いが浮彫りにされている。」

陸軍の乃木・海軍の東郷がその後「神様」となったことで、その後太平洋戦争終戦までの記録を見ていくと、日露戦争のぎりぎりの勝利がいかにその後、悪いかたちで帝国陸海軍に残ってしまったかということが窺えるのだが―――それにしても、司馬遼太郎がこの話を著してから三十年後に本を読んだ私にすれば、ところどころに悪い意味での「女のような」という表現が散見されるのがひっかかるところ。結局のところ、「リベラル」というのはその時代時代における「常識」があっての上のことだから、時代によって変容せざるを得ないものだと思う。司馬遼太郎独特の、歴史の中からその民族の特性を抽出して「○○というものは―――」と書くことについて、そんなに簡単にある国家の特性を評価してしまえるものかという疑念は残しつつも、確かにこれは歴史をまとめあげる稀有な才能なのだろう。

日露戦争というのは、日本が辛勝したというべきなのか、それともロシアが負けるべくして負けたというべきなのか。この本では同時にロシアの宮廷制度の腐敗が最前線まで持ち込まれている姿も描かれており、新興の貧乏国と斜陽の大国とがこの一戦にかける意気込みの較差が窺えるのも興味深い。

今ここにいる私は、その歴史の結末を知っている。けれど、ここに至るまでの歴史というのがいかに危ういものだったかを読んでみると、ふと自分の足元が揺らぐような気がする。そういう意味でも、この八冊は読む価値があると思う。たかだか百年前の日本人が、いかに意思が強くて体力があったかを知るという意味でも―――同じ人種、というか同じ人類だとは思えないような体力で戦ってます。それだけ日本にあとがなかったということなんだろうけど、今の惰弱(笑)な日本人からは想像もつかないくらいの記録の数々だ。

開戦してからの記述は、特に陸軍(うち旅順攻撃の第三軍)の辺りの記述はかなり辛いけれど、最初の明治初めの辺りは面白い。新興国の政府が試行錯誤を繰り返して右往左往する様子は、ちょっと笑ってしまうくらい。のちに制度が整備されたのちには出世できなかったような型から外れた人たちがたくさん現れて、その辺りは読んでいて楽しい。白馬は目立つから連れていけないと言われて緑色の染料で愛馬を染めちゃった士官とか、世界一のヒゲ(自称)を自慢にしていたお調子者の参謀次長とか。制度自体も、陸軍士官学校が当初教師がすべてフランス人だった為、何故か地理も歴史もフランスのを教えていたりとか。貧乏でどん底で後がない新興国ならではの奇妙な突き抜けた明るさもこの本の読みどころかと。

日露戦争といえば、現在『スピリッツ』で江川達也が秋山真之を主人公にした『日露戦争物語 天気晴朗ナレドモ浪高シ』を連載していて、これも面白いです。しかし7巻現在、いまだ日清戦争にも至ってません。日本海海戦(※日露戦争の海軍の最後の戦闘)、いったい何巻くらいになったらたどりつくんだろう……。

2003/05/25


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