■佐々 淳行 (さつさ あつゆき)
『東大落城 安田講堂攻防七十二時間』
文春文庫 (1996年1月刊)
昭和43年、一年有余に及ぶ香港暴動の後始末も終わらない中、著者は日本に帰任するよう強引な命令を受けた。
時は第二次反安保闘争の真っ只中。ますますきな臭くなる情勢を踏まえ、警視総監の強い意向で“ドンパチ要員”を本部に集める方針となったらしい。香港動乱およびその前に出張中にたまたま遭遇したベトコン大攻勢で戦場と化したサイゴンでの働きにより認定されたと見える。ときに38歳、3児の父。
帰任して公安部外事第一課長、警視正という辞令をもらってから四ヵ月後、突然、警備部警備第一課長の辞令を受ける。警備の経験はなく、前任者より自分の方が年次が上という逆転降格人事。異例づくめのなか、大学紛争鎮圧の現場責任者として、東西奔走することとなる―――。

本当はその日、私たちは『ロード・オブ・ザ・リング』の第一章を観るはずだったのです。
ところがちゃんと時間を調べてこなかったため、30分前に上映開始になっていた。次の回まで待つほどの余裕はないし、でもせっかく映画観る気分だし……あれは観た、あれは絶対やだという相談の結果、「まあ、これなら観てもいいか……」「日本人だしね……」と三人が妥協点を見出したのは、その週封切られたばかりの『突入せよ あさま山荘事件』だった。二十代の女三人で、あさま山荘事件。ガラガラの映画館から出てきて、三人の感想は「疲れたね……」だった。立て籠もった犯人たちの視点ではなくずっと警察側の視点から綴られるこの物語において、本当の敵は、日本赤軍よりもむしろ警察内部(警視庁と県警)やマスコミたちだ。その調整を見ているだけで疲れてしまった。多分これは、複数の人がいる場所で働いたことがある人間なら誰もが実感したことのあることで、見ている方もつい自分に重ねてしまう。だからこその「疲れた」なのだろう。でも。

―――私、なんにも知らないんだなあ。

そう思って、原作の『連合赤軍「あさま山荘」事件』(文春文庫)を買ってみた。読み始めたら、これが案外面白い。もう一冊読んでみようかなと別の本も手にとった。それがこの『東大落城 安田講堂攻防七十二時間』だ。

ところで私、自分の大学の学園祭というものに行ったことがない。
理由は簡単、2年次から「大学から自治会への補助金の使途不明瞭」という理由で、大学が中止にしてしまったからだ。
これの騒動で、向かいの学部は某セクト系の自治会が強制解体された。
おかげで大学総長の授業をとっていた私は、背後で教授を連れ出そうと狙う学生運動側と阻止しようとする職員側がずらりと並んだ教室で授業を受け、終わると同時に連れ去られる教授を毎週見送っていた。
教室には「まさかいまどきガリ版刷りじゃないよね」と思いたいようなビラが撒かれ、筆跡をごまかすかのようなガリガリの文字が並んでいた。
校舎を出ると、拡声器をもった学生が、大きな声でアジをがなりたてていた。
某学生部長の家には盗聴器が仕掛けられていたのが発見された。
門前にあったたこ焼き屋は、実は公安がやっているという噂があった(真偽の程は定かではない)。

・・・・・・・・・平成の話ですよ。

こんな環境だったので、この手の学生運動系の用語は馴染みがあるのです。見慣れてる。おかげで高村薫の『黄金を抱いて翔べ』を読んでも背景がちっともわからんと頭を抱えていた他大の女性から「なんでそんなに詳しいんですか」とか言われるわけです。だってそりゃそういう人たちが毎日目の前歩いててビラ渡されてたんだもん。それくらい覚えますよ。

……という学校だったので、多聞にもれず、うちの大学も大学紛争の拠点のひとつだったわけです。以前、大学紛争の資料を探していると頼まれて大学図書館に行ったのですが、当時の資料がなかなか面白い。なにしろ各セクト(派閥……でいいのかな)の代表者の名前のみならず住所と電話番号まで載ってるのだ。今ではあり得ないよなー、ある意味のどかだよな、とか思いながら見ていたのです。私はどこか、この紛争を舐めていた。だって、いくら一部は先鋭化しているとはいえ、所詮は学生たちの集団でしょ?

そう思っていたら、東大安田講堂封鎖解除警備の直前、本部に入ってきた学生たちの所持している武器のリストが載っていた。

3センチ×20センチの試験管入りニトログリセリン、段ボール5箱
鋲打ちリベット銃 30挺
角材・鉄パイプ 4000人分
ガソリンドラム缶 3本
火炎瓶600本以上
大学周辺の舗道からはがしたコンクリート平板の敷石 大量 (30センチ×30センチ×厚さ6センチ、重さ12キロ) 
硫酸、塩酸、硝酸 

………戦争?

実際、読んでいると、それはまさしく戦場なのだ。
高さ15メートルくらいの高さから人の頭より大きい石を投げ落としたり(それで殉職者が出ている)、ガソリン撒いて火炎瓶投げつける学生のせいで火だるまになる隊員(周囲の同僚が飛びついて叩き消す)、顔面に飛び散る塩酸、扉の奥に積まれた机椅子ロッカーには針金が撒かれセメントで隙間が固められ、なかには自分が篭城している建物のなかで都市ガスの元栓を開けるのまでいる。正気の沙汰とは思えない。動員人数も、セクト同士が数千人規模でぶつかりあい、それを阻止しようとする機動隊も千人以上………本当に戦国時代の合戦並みの規模なのだ。

奇妙なのは、この戦場のすぐ横で日常生活が営まれているということだ。機動隊のうしろで野次馬が見物しており、巨人阪神戦は必ず満員となったという日常のなかで戦争が行われている。不思議な光景だ。

そして、映画「あさま山荘」のときにも見られた、硬直化した組織の弊害は健在。データ見るだけでもものすごく過酷な、いっそ非人間的といってもいいくらいの出動状況なのですが、それにもかかわらず「昨年度の予算申請がされていないため財源不足」という理由で、超勤代さえ40%しか出ない!弁当(シナチクと梅干しか入ってない<予算不足)も午後2時にやっと朝食が届くとか………これだけの状況のなか、戦場に出て行った機動隊員の人たちの姿には本当に頭が下がります。

この著者はかなり我の強さが文章に表れてくるので、他にも何冊か手にとってみたのですが、どうにも疲れる……その一方で、この本はどちらかといえば機動隊員たちの努力に多くの筆が割かれているので、比較的読みやすいかと。甘ったれた学生や大学当局側の言動に比べて、自分の責任をきっちりと果たそうとする機動隊員たちは、本当に格好いい。

自分がこの時代に生まれていたら、どうしていただろう………と考える。うちの両親は徹底的なノンポリを貫いて何もしなかったらしい。私はどうだろう。発端の当局糾弾の辺りまで参加していて、途中の武力闘争辺りでイヤになって離脱……辺りかなあ。離脱できてればいいけどなあ。逃げ損ねてうっかり最後まで篭城しちゃうくちかもしれない。その場になってみないとわからないし、神様の視点でものを言いたくはないので、学生を一方的に非難はしたくないけれど、それでもこの武器リストを見ているだけで、苦い気持ちになってくる。

安田講堂事件は、私が生まれるほんの数年前のことだ。
私が本を買いによく足を運ぶ神田一帯が、わずか三十数年前には戦場だったことを、時々は思い出してみたい。

文章に漢字が多いので(なにせ所属や階級だけでも漢字だらけ)最初とっつきにくく見えるかもしれませんが、描写は平明にして圧巻。
決して読みにくくはないと思います。機会があれば、手にとってみてください。

2006/03/12