■坂木 司 (さかき つかさ)
『青空の卵』
東京創元社クライムクラブ (2002年5月刊)

 僕の名前は坂木司。外資系の保険会社に勤めている。僕には仕事が終わってから頻繁に立ち寄る場所がある。自宅の近所のマンション。そこには中学以来の親友の鳥井真一が住んでいる。彼はひきこもりで、部屋から出たがらない。仕事も一人で家でできるコンピュータープログラマーを選んだくらいだ。一人暮しの身としては、趣味が料理の鳥井の御飯を食べさせてもらうという目的もあるが、少しでも外に出て欲しいという思いもあって、暇を見ては僕は彼の部屋のドアを叩く。
 僕には彼に引け目がある。彼は利発で強い自我を持っている。自分自身で在る為には周囲から奇矯だと思われても構わない。凡庸でつまらない人間だと自覚している自分にとって、中学で出会った彼は理想の存在だった。異質な彼を周囲が排斥しようとした時、彼がほとんど学校に来なくなる寸前になって僕は彼に親友になって欲しいと頼んだ。世界のすべてが彼をいらないと言った時、ただ一人彼を欲しがったのは僕。だから彼は僕のことだけを信じている。―――彼が弱っている時につけこんで、僕は彼と友達になった。鳥井に少しでも目を外に向けてほしい。けれど、自分が「彼にとっての一番」から滑り落ちるのも怖い。鳥井は僕に依存している。でも、もしかしたら僕の方がもっと鳥井に依存しているのかもしれない。
 ある日、食材を調達しに出かけたスーパーで、僕らは奇妙な女性に出会った。僕が崩れるトマト缶から助けた彼女は、ヒステリックに僕や店員に怒鳴った。きれいな女性なのに、どうしてあんなに濃い化粧をしているのだろう。美人が台無しだ。そういぶかっただけでその場は終わったが、一週間後、僕らはまた彼女に同じスーパーで出会った―――。

―――さあ、この本をどう評価しよう。

 東京創元社から出たこの本は、いわゆる北村薫や加納朋子と同じく「日常の謎」を扱ったミステリだ。まったく名前の知らない新人の単行本を手に取ったのは、帯に書かれた「名探偵はひきこもり」というアオリに惹かれたのと、ぱらぱらとめくった時に「読みやすい文章だな」と思ったからである。読み終えてからも、払った金を勿体無いとは思ってはいない。―――手放しで誉めようとも思わないけれど。
 新本格と呼ばれるミステリの新人の発掘という点では、講談社と並んで東京創元社が双璧だろう。ただし、方向性は少し違う。「日常の謎」と呼ばれるジャンルを切り開いた東京創元社からデビューする作家は、いったいに文章は読みやすいものが多い。少なくとも、まず日本語の書き方からやりなおした方がいいのでは?と思うような本が混じっている講談社のものよりは、ミステリのトリックやロジック以外のところでも読ませるだけの文章力があると思う。
 さて、この『青空の卵』だが、これも私は悪くない文章だと思った。読みやすいし、全体的に透明感のある文章だ。但し、その「透明感」は「リアリティの欠如」と紙一重でもある。例えば、この中に歌舞伎役者に会いに行く話がある。多分、この作者は歌舞伎はほとんど見たことがないのではないか。歌舞伎の上演を見るシーンがあるが、とても抽象的な描写しかなく、いったい演目が何であるのかちっとも判らない。歌舞伎に知識のない人にはそんなことが書いてあっても意味がないという判断によるのかもしれないが、歌舞伎座で何の役を演じているのかということだけでも、どの程度の格の役者なのかが判る立派な情報源である。それに名前が「石川助六」というのも安直過ぎてどうかと…(<『助六縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』から取ったんだろうけど、そんな名前をつける役者はいないと思う…)。この辺りはたまたま私が歌舞伎を見る人間だから抱く感想なのかもしれないが、こういうところをきちんと書き込んでいくことでリアリティが出るのではないか。万事がこの調子なので、読んでいてもいまひとつ話の中の情景が曖昧なのだ。それと私が気になったのは、探偵役の鳥井の「ひきこもり」だ。母が以前ひきこもりの青年のカウンセリンググループの事務をやっていたので、彼らの症状は日常的に耳にしていた。そこからすると、鳥井の症状はひきこもりとは言えない。親しくもない人間を自分の家の中にあげられるというのは、自分自身の領域に他人を踏み込ませることを許すのと同じだ。単に場所だけでなく自分の心の中に閉じこもるからひきこもりなのであって、この辺りも非常にひっかかった。―――が、その点はとりあえず置いておくとしよう。

 この本の探偵役、鳥井は「ひきこもり」と表現されている。彼が心を許すのは、実の家族にも否定され、そして学校でいじめを受けて、世界の中で自分が孤独だと思い始めた時にただ一人手を差し伸べた坂木だけ。そして坂木の視点で進んでいくこの連作を読む限り、鳥井と坂木は紛うかたなく「共依存」の関係にある。

 ―――彼(※鳥井)は僕という一神教の熱烈な信者だ。
 ―――鳥井がいなかったら、僕はきちんと歩けない。

 この坂木という語り手は実にナイーブ(としか言いようがない)な青年で、彼はよく泣く。すると、普段はとても口の悪い鳥井は、坂木の感情に引きずられて子どものような口調―――幼児退行し、一緒に泣き出してしまう。この辺りで「うああっ、あたしもうダメっ」と本を放り出してしまうだろう友達の誰彼の顔を思い浮かべてしまいながら読んでいたのだけれど……あっさりカップリングだと思ってしまえばいいのかもしれないが、最近の私は意地でもそう読みたくないので(笑)、これをどう評価していいのか決めかねている。<……実を言えば、一瞬想像してみたのだが、あまりの精神的不健康さに挫折した。それはそれで当人同士は幸せなのかもしれないが、他に信じられる存在のない相手に手を出すなんて、私には性的な児童虐待と同じような状況に思える……。ただ、行き過ぎではあると思うけれど、彼らの依存する気持ちも、私にはわからないではない。

 タイトルの『青空の卵』とは、鳥井がひきこもっている殻のこと。この話は、鳥井が卵からかえってひよこになる為の物語だという。この話でいいなと思うのは、ひとつの話に出てきた人がまた次の話でも顔を出すこと。「一話限りの使い捨ての脇役はイヤだった」とコメントする作者らしい構成であり、またどれも悪意による犯罪事件の話ではないからできることだ。いろいろ書いたけれど、本を読んだ後味は悪くない。おそろしくセンチメンタルな話ではあるけれど、季節の移り変わりや食への丁寧な描写、会話のテンポ、登場人物たちの人の良さが、普段殺伐とした話ばかり読んでいる身にはホッとさせられる。鳥井と坂木がどうやってこの共依存から抜け出していくのかには興味があるし(まあ、抜け出さないというのもひとつの選択肢だとは思うけど…)、多分、続きが出れば私はまた買うだろう。―――この話の結末が、彼らにとって温かいものであるといいなと思いながら。

2002/07/14
2006年2月に、創元推理文庫に落ちました。
シリーズはこの『青空の卵』ののち、『仔羊の巣』『動物園の鳥』へと
三部作として続きます。
……が、二作目で、私は挫折しました。
やっぱり主人公と語り手の青年の依存関係に耐えられなくなった模様。
2006/03/19

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