■荻原 浩 (おぎわら ひろし)
『噂』
新潮文庫(2006年2月刊)

――レインマンが若い女の子を殺して足首を切り取っていく。でもミリエルをつけていると狙われないんだって。
新ブランドの香水を売り出すために渋谷の女の子たちを使った口コミ戦略は、当初の目論見どおり、都市伝説として広がっていった。香水もヒットするなかで、噂どおりの殺人が起きる。足首を切り落とされた十代の女の子の死体。
所轄の目黒署刑事課の巡査部長・小暮は、妻の事故死を契機に本庁の捜査一課から願い出て所轄に転属した。高校生になる娘を男手で育てている。彼が被害者の交友関係を調べるために組まされたのは、名島―――本庁の警部補で、しかもコロシは初めてという二十代前半にしか見えない女だった。しまったハズレクジか……と思った小暮だったが、これまでは窃盗やレイプを専門に扱ってきた彼女は、女性たちから話を訊きだすのが上手く、また自身が警部補で小暮より格上だという意識も薄く、そして着眼点もいい。彼女の素直な性格もあり、だんだんに小暮は彼女に好感を持ち始める。次第にひとつのチームとしてまとまっていく二人だが、捜査本部は彼らの考えとはまったく異なるスジを追い始め、やがて彼らの行動は本筋から外れて疎まれ始める―――。

天童荒太とか貫井徳郎とか、書店で同時発生的に「これがオススメ!」ってポップが立ち始めたとき、私が思ったことは「え?なんで?」だった。既に彼らの本は読んだことはあったけれど、そんなにいいとは思わなかった………どっかの出版社が彼らの本を仕掛けようという戦略かと思ったけど、それにしては出版社が雑多だし……そんな私の疑問をよそに、彼らは広く認知されたようです。なんでだかなあといまだに思っているのですが、この荻原浩という作家も同じ。え、なんで?の一人なわけです。

会社の近所の書店で文庫のオススメコーナーに彼の本が並び始めたとき、「ふーん、なんか前に読んだことあるなあ」と思った。『ハードボイルド・エッグ』(双葉文庫)……結局読みかけでどっかに行ってしまったので結末は知らない。翻訳もののハードボイルドをよく読んでいる人ならパロディとして面白いのかなとも思ったけど、私は微妙なこのすべり加減があまりあわなかったらしく、読み終わらないままで部屋の澱みのどこかにある、と思う。多分。

そんな作家の本を買う。しかもサイコサスペンスものだ。
サイコサスペンス……かなり鬼門っぽい。だいたいその前の天童とか貫井とかの本で「なんで?」と思ったのも、結局はサイコサスペンスものなのだ(一応、他にも何冊か読んではいるんですがね)。貫井のパラレル明治もの『妖奇切断譜』(講談社文庫)は食事中に読んでて「人の夕飯どきになんてもの読ませるんじゃ!」って内容だったし(<※友達には「御飯食べながら読んでるあんたが間違ってる」といわれたが)、天童も『永遠の仔』(幻冬舎文庫)が目立ってますが、実はデビュー作は『孤独の歌声』(新潮文庫)というサイコサスペンスである。コンビニに通う一人暮らしの女性ばかりを狙うサイコキラーもので、都内のアパート一人暮らしの女の子に貸したら「気分悪いんだけど!」と絶賛大不評だった。というわけで、私は日本人が書いたサイコサスペンスものが嫌いだ。翻訳ものならもっと嫌い。

そんななかでわざわざ「衝撃のラスト一行に瞠目!」「背筋が凍る荻原流サイコ・サスペンス」なんていう陳腐でうんざりするような帯がついている本をレジに持っていく気になったのは、ぱらぱらとめくったところメインは警察の捜査の過程だったから。私、犯罪者自身が延々と語る話は大嫌いなんですが(宮部みゆきの『模倣犯』とか)、これなら読めそうかなと思って……警察官二人のやりとりも感じがよかったし。

被害者が女子高生なので、娘に「納豆に卵入れるなんてサイアク〜」と言われる刑事の小暮も否応なしに渋谷で聞き込みをするはめになる。私は今年で30歳。ちょうど被害者と小暮(今年で43歳)の中間にあたるくらいの年だ。いい芝居をかける劇場があるのでほぼ毎月のように足を運ぶ街だけど、私は大嫌いだ。背をまるめ、意味をなさない言葉を喋り、だらだらと歩く、私より若い子どもたちの間をすりぬけるたびに私はいつも焦燥感といらだちに襲われる。それは私がいつも時間ギリギリに目的地に着くために焦る気持ちと、どことも行く先を定めない彼らの違いかもしれないが。そんな街で彼らから話を聞きださないといけないとしたら、刑事の苦労はいかばかりか。………それをやってのける小暮という刑事は、心が柔軟なのだ。小暮が娘を育てるために自分から決めて出世競争から降りたということもあるかもしれない。それでも、人を外見だけで偏見をもって見ようとしない小暮は好きだ。幼いくらいに見える、コンビになった名島の言葉に耳を傾け、年頃の娘の言動に振り回され……それでも人を理解しようとつとめる彼の柔軟な気持ち、そして名島とのやりとりはほほえましい。そんな彼とは機会があればモツ煮の美味しい居酒屋で燗酒など酌み交わしてみたい。

女性の警察官が出てくるメジャーな日本の小説といえば、ぱっと思いつくのは、乃南アサ『凍える牙』、柴田よしき『RIKO』シリーズ辺りだろう。他には宮部みゆき『クロスファイア』や横山秀夫『顔』辺りだろうか。けれどやはりまずまっさきに思うのは、階級社会のなかで男女の階級の違いにともなうコンフリクト(行き違い、あるいは摩擦)だ。それをこの作者は、子どものために出世競争から降りた中年の男と、階級を願わない若い女というキャラクターを作ることで無効化する。正直なところ、犯人も、疑わしいアド事務所の女も男も、頁が進むごとにどんどん安っぽくなっていく(彼らがメインに据えられていたら、とっくに私は放り投げていただろう)。それでも私が頁をめくり続けたのは、小暮という刑事が、生意気な娘と、そして名島を含む同僚たちと築くやりとりが好きだったからだ。

この小説のなかで十代の女の子たちは言う。

「甘いよね、そんなことであたしらをどうにかしようなんて思うなんて。ムリに決まってんじゃん。いい齢した大人のくせにバカだよね」
「大人だからバカなんだよ」

著者は私より二十ばかり年上で、作中に出てくるビジュアルバンド(多分)の歌詞もちょっとどうかなあと思っているのだけれど、これだけは本当に同感。講談社ノベルスの編集者がメフィスト賞への応募作を見て「これなんかコミケで受けるんじゃないの」という台詞を吐いたのを紙上で公開していたとき、私は本当に「バカじゃないか」と思った―――読者に媚びてみせさえすれば、読み手にはさしたる考えもなくウケると信じている彼らの浅はかさに。だから、上の台詞だけでも、この著者の書く文章はアホな編集者たちよりも共感できる。

そんな著者の作品に、「衝撃のラスト一行に瞠目!」「背筋が凍る荻原流サイコ・サスペンス」なんて陳腐な帯をつける編集者の神経には「ふーん」と言うしかないが(ついでにこの軽薄なあとがき書いてる書評家も大嫌い、最近のミステリってこの人たち以外に読み手いないの?)、この本の一番怖いところは、ラストだ。安直なサイコキラーの典型な犯人よりもこちらのほうがよほど怖い。

サイコミステリ好きじゃない私にしては珍しくオススメしてもいいかな、と思う一冊。<警察小説としても。
読み飛ばしてもいいけど、ちょっと丁寧に読んでみてね(最後のトリックのためにも)、という一冊。

2006/03/05