■乃南 アサ (のなみ あさ)
『鎖』
新潮社(2000年10月刊)
 
 占い師夫妻の家で、殺人事件が発生した。訪れていた客夫妻ともども四人が布団に雁字搦めにされた状態で寝かされ、首を押し切られていたのだ。血の海になっている現場に臨場した機捜所属の音道貴子巡査部長は、特捜本部に吸い上げられることになり、本庁の警部補である星野と組んで捜査に当たることになった。星野はスマートな若い男で、女性に対して侮蔑的な言辞を吐くこともない、感じのいい男に思われたのだが、次第に子どもっぽい本性を現し、音道を悩ませることになる。やがて言い寄られたのに「恋人がいますから」とはっきりはねつけたせいで、関係は極端に悪化、星野は階級をたてに取って別行動を命じる。なかなか居処を捕まえられない参考人を追って歩き回り、怒りと不安と疲労で極端に思考力が落ちている彼女に優しい声をかけてくれた人がいた。かつての事件で顔見知りの被害者。ついそこでお茶をご馳走になり―――気付いた時には知らない場所で監禁されている自分に気がついた。そこからの数日間。殺人犯たちに監禁され、いわれない暴力を受け、体の向きを変えることも、トイレに行くことも、食事をすることもすべて自分の意思だけではままならない囚われの日々。絶望と恐怖と混乱の中、自身の属する組織へと向けられる怒り。自分自身の職業への誇りが揺らぎ、なにを信じればいいのか判らなくなってくる。果たして本当に警察の救出は来るのか―――。

 つっかれたー…(ばったり)<畳に倒れ臥し。

 読後の第一声がこれ。正直な感想です。なにしろ(一段組とは言え)549頁の単行本。物理的にもなかなか重い。しかも内容が監禁された女性刑事の孤独な闘いとくれば…彼女のストレスを追体験するようなものです(苦笑)。

 直木賞受賞作『凍える牙』のヒロイン、音道貴子を主人公にした本作は、全編三人称ではあるものの、監禁された音道の視点と、彼女を救出しなけらばならない本庁の特殊捜査班に配属された滝沢―――前作で音道と組んで、彼女を怒らせた頑固な中年の刑事の視点とで構成されている。以前の『牙』では、視点は音道のところにあって滝沢にはなかった(…と思う、確か。<よく覚えてない)のだけれど、今回彼のパートを読んでいると、「冷静で強情っぱりでかわいげがない」と思っていながらも、滝沢の音道の「根性」に対する評価は実に高い。だからこそ、彼が音道を助けたいという心情が(単に同じ警察官という「仲間」だから、ではなく)「元コンビ」として強いものとなっている。そして音道の方も、滝沢に対して反発を抱いている(そして同時に評価もしている)だけに、情けない姿は見せたくないという意地につながる。そして、彼らが刑事として背筋に芯が通っているだけに、本当にこの星野という男は「お子ちゃま」で「クズ」なのだ。ねぇ、ほんとにこの人警部補なの?合田(@高村薫)や安積(@今野敏)と階級一緒なの?という気持ちにさせられる。…作中で他の刑事たちに星野が冷たくあしらわれるのを見ているとこっちまで溜飲が下がった。…ほんとにヤな男なのだ。何がイヤって現実にこういうタイプがいるところなんだけど(苦笑)。<ほんとに私が握りこぶしグーで殴ってやりたかった…

 そしてもう一人。犯人側にもクズ男がいる。典型的な甘ったれた男。…DV(ドメスティック・バイオレンス)や児童虐待の本を読めば、必ず加害者として顔を出すタイプの男だ。捜査側と犯罪者側。まったく対立する陣営にいるのだが、星野とこの男は「自己中心的」という点でそっくりだ。こういう男の側に居ざるを得ない(仕事にせよ、歪んだ愛情にせよ…そして犯罪の被害者としてにせよ)女たちのストレスを描いて秀逸な話だと思う。そういえば前作の『凍える牙』も男社会で働く女が陥るストレスが大きなテーマだったっけ。…乃南アサという心理サスペンスものの多い作家にしては、この音道貴子シリーズはちょっと珍しい系統の本だなと思っていたんだけど、そういう「心のきしみ」と大きくとらえれば、あながち外れでもないのかしら。

 私が読んだ乃南作品というのは、ストレスや不自然な感情がそのまま行き過ぎて心が壊れてしまう話が多かったんだけど、この話ではきちんとヒロインにストッパーが用意されている。例えばそれは彼女を「おっちゃん」と呼ぶ機捜隊立川分駐所の仲間たちであり(ここでの生活は短編集『花散る頃の殺人 女刑事音道貴子』/新潮文庫で描かれている)、そして警察という組織の外から彼女を見ている恋人の昂一だ。……私はこの昂一という人がとても好きだ。見栄えは別によくないし、若くもない。けれど、とても誠実で公平で明るくて、実にいい男だと思う。読んでいて、彼を見つけた音道が羨ましくなりました(笑)。

 話の流れはとても重くて疲れましたが(笑)、それでも一気に読ませるものがありました。通勤途中に片手間に読むにはオススメしないけど、ゆっくり腰を据えて読むには面白いと思います。

 ところで。私が図書館で借りて読んだのは初版なんだけど、とても気になる記述が。299頁に「結局、昨夜の貴子の計略(※電話をかけさせること)は失敗に終わった」という辺り。…かけてるよなあ、電話…(291頁)。私はまたここに何かトリックがあるのかと思いかけたけど、別に特に何もないよね…単に作者の消し忘れかしらん。

2002/07/09

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