| ■西澤 保彦 (にしざわ やすひこ) |
| 『仔羊たちの聖夜(イヴ)』 角川文庫 (2001年8月刊) |
クリスマス直前の12月20日。タックは同じ大学のボアン先輩からラッピングされたプレゼントを差し出される。実はそのプレゼントは、一年前、はじめて彼らが出会った日に遭遇した飛び降り自殺に関係する品だった。いつの間にか自分の荷物に紛れ込んでしまった、故人の女性のものと思われるプレゼント。これを遺族のもとに返したいのだけれど、間近に控えた親しい大学講師の結婚式の準備で忙しいとのたまうボアン先輩に、珍しくタカチがその仕事を引き受ける。結婚を間近に控え、自殺する理由などなかったはずの幸せそうな女性が、なぜクリスマスイブにそのマンションから飛び降りねばならなかったのか。そのプレゼントは誰に宛てられたものなのか。中身が不明なままのプレゼントを携え、タカチのおともとして、一緒に事件の関係者のもとをまわり始める僕。女性の家族や友人たちのもとを訪れ、事情を聞いてまわるうちに僕らは、五年前、同じマンションから高校生が日も同じクリスマスイブに飛び降りて死んでいるのを知った――― 匠千暁(タック)、辺見祐輔(ボアン先輩)、高瀬千帆(タカチ)、羽迫由起子(ウサコ)の安槻大四人組シリーズの一冊。 西澤保彦という作家はヘンな作家である。「新本格」というくくりにあるのは間違いないのだが、設定が非常に変なものが多い。たとえば私が最初に読んだ『人格転移の殺人』は、宇宙人が残した施設がなぜかショッピングセンターに残っており、そのせいで登場人物たちの人格がめまぐるしく互いの身体を入れ替わる中で起こった殺人事件の話だ。犯人の外見はともかく、その中身はいったい誰なのか?というもので、突拍子もない設定なのに、推理の過程自体は間違いなく新本格モノなのだ。他にも、テレポーテーション能力を持つ男が、それを使って地球の裏側にいる妻を殺すつもりが(なにしろ一瞬で移動できるのだから、アリバイは完璧である)行ってみたら既に妻は殺されていた、犯人は誰なのか…とか。あとは同じ日を七回繰り返す特異体質(!!)の青年が祖父の殺害を食い止めようとするのに、毎回毎回犯人が違う『七回死んだ男』とか。殺人鬼大集合の『殺意が集う夜』とか。他にも死体は生き返るわ人間のコピーは発生するわ時間は止まるわ、これだけ設定はSFなのに、でも推理の過程は「新本格」なのだ。 ―――というなかで、この安槻大シリーズは、超能力者も宇宙人も出てこない、「普通の人間」ばかり(笑)のシリーズである。西澤保彦にはもうひとつ、「チョーモンイン」シリーズという、不法な超能力者を取り締まる謎の組織(笑)が出てくるシリーズもあって、こっちも私は好きなのだけれど(イラストもすごくかわいい)、最近気になっているのは、この安槻大シリーズの方なのだった。この四人組は、最初の登場はばらばらではあったけれどデビュー作の『解体諸因』から姿を見せていて、私もかなり以前から読んでいるのだけれど、前はそれほど興味があったわけではなく、ただなんとなく新刊が出たからという感じで読んでいた。タカチという女の子は格好よくて前から好きだったけど、それくらいかな。それがちょっと本腰入れて読んでみようかなと思ったのは、この『仔羊たちの聖夜』『スコッチ・ゲーム』『依存』において、彼ら自身の物語へと筆が移ってからである。 このシリーズは、とにかくお祭り好きで人を巻き込むのが大好きなボアン先輩(留年と休学を繰り返し、もはや何年大学に在籍しているのか謎の存在)を中心に、ちょっと(?)浮世離れした仙人みたいなタックと、すっごい美人だがものすごい辛辣なタカチ、それに小学生にも間違われるくらいのウサコという四人が、謎を前にしては飲んで飲んで飲んで飲んで推理してそれを崩して飲んで飲んでまた推理をひっくり返してまた飲んで飲んで飲んで推理して飲んで飲んでなんとなく解決案を出す、というひたすら飲んだくれ推理小説である。<典型は『麦酒の家の冒険』。が、最初に彼らが登場する短編が大学卒業後の物語だったりして時系列が交錯していたり、、シリーズが講談社・角川書店・幻冬舎・祥伝社と複数の出版社にまたがっていたり、私が読んだ順番がバラバラだったり(<最後のが致命的)で、いまいち私はこのシリーズを理解しきれないでいた。ああ、なるほど。と思えるようになったのは、前述の三作をまとめて読み返した最近のことである。 この三冊は、いずれも彼ら自身が抱える問題を色濃く映した長編だ。いずれも一人称で語られ、『聖夜』はタック、『スコッチ』はタカチ、『依存』はウサコの視点によってストーリーが進んでいく。そして共通しているのは、これらがどれも「親子の支配関係」というテーマを強く打ち出していることだ(タカチの同性の恋人が殺されるという過去を描いた『スコッチ』は少し違うけれど、それでもタカチが父親の呪縛から逃れようとしてあがいていることはこの話の上で避けて通れないテーマである)。基本的に他人には無関心のタカチが、『聖夜』において、何故のめりこむようにして自殺した女性を追い始めるのか。それは彼女にとって、父親の支配に苦しむ死んだ女性はもう一人の自分だからだ。 タカチが過去の辛い思い出から自由になる過程を描いた『スコッチ・ゲーム』は、恋人の死に遭遇した一年前の彼女がとった行動を描いたパートが非常に長く、いわば問題編の比重が高すぎるような気がして、私の目からするといささかバランスが悪い。けれど、こちらを読むと、『聖夜』において普段の彼女とは違った行動を取るタカチの意味がわかる。 また、このシリーズにおいて、もっとも評価が高いのは『依存』であるようだ。この本は二つの章が交互に語られる。一方においてはタックが抱えている傷―――彼の実母について語られ、もう一方で四人とその友人たちが遭遇する小さな謎についての推理が積み重ねられていく。それらの謎解きが最後の実母との対決を支える、いわばモチーフの反復になっているという構成。凝ってはいるのだが、ひとつひとつの謎が独立していて、私的にはラスボス(実母ね)との対決がややあっさりし過ぎているという印象を受けてしまった。ただし、普段の飄々とした頭のよさを見せるタックが打ちのめされているのに対し、いつもはしゃいでいるように見えるウサコが一人称をつとめる中で見せる内省的な部分、ふざけてばかりのボアン先輩が不思議な包容力と人間を見る目の鋭さを見せるところ、そして「わたしはね、引き下がっちゃいけない時は、引き下がらないの。絶対に」と言い放つ毅然としたタカチの強さと優しさ―――キャラクターが魅力的だという点では、間違いなく私もこれに軍配をあげる。 とは言うものの、単独のミステリとしては、一番バランスがいいのはこの『仔羊たちの聖夜』かなと思う。時を隔てて、まったく同じように繰り返される三つの自殺。遺書はなく、同じマンションの階段にきちんと揃えられたコートと靴。きれいに包装された、宛先不明のクリスマスプレゼント。タカチがたどりつく結論は、とても重苦しく滅入るようなものなのだけれど(そう、何故彼女はその場所で死ななければならなかったのか?)、少しだけそれを打ち消してくれるのは、『スコッチ』『依存』を経てタックとタカチの間に築かれる絆のようなものだろうか(<時系列的には、最初の出会いである『聖夜』の過去編→『スコッチ』→『依存』→『聖夜』……でいいんだと思う(多分)。ここで登場するデミタス・カップは、その後も時々二人の間で口にされることになる)。これらの三作の事件は、どれも直視するには重い解決を迎えるのだけれど、それでもタックやタカチが過去のくびきを離れて自由になって歩き出す過程が描かれていて、それが物語の救いになっている。 西澤保彦という作家は、いろんな本の解説で指摘されているとおり、「親子関係の歪み」というものに非常に興味を持っているらしく、別の本でもサイコ・キラーがそれを語る話があるのだけど、それとは別に、作中で女性陣が男というものの身勝手さを糾弾するくだりが多々見受けられる。たとえば『依存』でそれは顕著なのだけれど、この辺りでの女の子たちの主張はやや紋切り型かな〜と思わないでもないが、これを書いている作家自身が男性であることは面白い。<但し、男に比べて女がいつも正しいというような「不公平」な描き方をこの作家はしていない。性別とは関係なく、身勝手であるかどうかは結局のところ個々人の性格によっているということは付け足しておこう。 私はこの三冊は好きだけれど、彼らに出会うのにいきなりこの内容はヘヴィかも。私はこのシリーズ、短編よりは長編が好きなので、まずは『彼女が死んだ夜』辺りが適当かなあ。どれだけふられてもめげないボアン先輩と徹底的に容赦しないタカチを中心に、四人のかけあいも楽しいので、その辺りの台詞も読みどころ。 **安槻大シリーズ** 『彼女が死んだ夜』 角川文庫 『麦酒の家の冒険』 講談社文庫 『仔羊たちの聖夜』 角川文庫 『スコッチ・ゲーム』 角川文庫 『依存』 幻冬舎ノベルス 『解体諸因』 講談社文庫 『謎亭論処(めいていろんど)』 祥伝社ノベルス ※ほぼ時系列順。最後の二冊は短編集。 うーん、あんまりヘヴィなのはなあ…と思う向きには、チョーモンイン神麻嗣子(かんおみつぎこ)シリーズを。超能力モノだけど、案外超能力というやつも不便なものだなあ…という話ではなく、売れないバツイチミステリ作家保科をとりまく美人警部の能解さんや、天然おっとり美少女の嗣子ちゃん、保科の元妻などが現れるシリーズで、こっちは(番外編を除けば)結構軽いノリ。皆がお目当てにする嗣子ちゃんの料理が美味しそうなのも読みどころかも…。こちらは短編集がオススメです。 |
| 2003/01/12 |
| 【追記】 『スコッチ・ゲーム』と『依存』をつなぐ短編が『黒の貴婦人』(幻冬舎文庫)に掲載されておりました。タカチの決意が、そしてボンちゃんの感慨が大好きです。 |
| 2006/03/05 |