| ■光原 百合 (みつはら ゆり) |
| 『十八の夏』 双葉文庫 (2004年6月刊) |
浪人生の信也はある春の日、風で飛ばされてきたスケッチをあやういところで拾い上げた。その絵の持ち主は、夕方のジョギングのたびに川べりでしばしば見かけていた若い女性。彼女―――信也より十歳ほど年上の蘇芳紅美子というその女性は、信也のすりむいた手のひらを消毒する為に近くの彼女の部屋まで連れていった。大家の意地だけで経営されているという崩壊寸前のアパートに、殺風景なほど少ない荷物とともに暮らす彼女。その安い家賃を聞いて、間もなく初めての出産を迎える姉のせいで家の中が騒々しいことに悩まされていた信也は、勉強部屋として紅美子の真下の部屋を借りることにした。季節が移り、夏を迎える頃には、イラストレーターであるという彼女の部屋に時折り遊びに行くくらいには親しくなった。装飾品などほとんどないその部屋の中で、彼女はベランダに四つの朝顔の鉢を並べている。 「お父さん」「お母さん」「僕」「私」という奇妙な名をつけて、毎日水をやる彼女に、「よほど朝顔が好きなんですね」と問うと、「どれが一番先に咲くか見るためにね」と彼女は唇にうっすらと美しい笑みを浮かべた―――。 第55回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作。 この作家をはじめて知ったのは、故・鮎川哲也が選者をしていた光文社文庫の『本格推理』という文庫のシリーズだ。プロ・アマチュアを問わず応募されてきた短編ミステリの中から彼が選んでコメントを付したものを文庫本としてまとめて出版するというもので、確か十冊以上は続いたように記憶している。その中からプロとしてデビューした人も何人かいるはずだ。今にして思えば、そのアマチュアのミステリ自体というより、そこに付された鮎川哲也のコメントが好きで読んでいたような気がする。どれも簡潔ながら温かいコメントで、読んでいて楽しかった。で、この著者もそのシリーズに収録されたうちの一人だったというわけ。確か二度採られていたと思う。ただしその時は今とは名前が違っていて、「吉野桜子」という名前だった。そのあと、「光原百合」という名前は、有栖川有栖の『孤島パズル』の解説で初めて目にすることになる。 そのアンソロジーに採られていた短編だが、いずれも大学のミステリ研を舞台としたものだった。三人のタイプの違う男の先輩と後輩の女の子。その女の子の名前が「吉野桜子」で、つまり新本格に時々見られる「語り手=作者」のパターンのひとつだった。のちにこれはデビュー作となる『遠い約束』(創元推理文庫)でシリーズとしてまとまるのだけれど、一回読んで挫折。性格のいい先輩と脳みそ筋肉系体力勝負な先輩、それに毒舌だが頭の出来は大変良くて、しかも美形な先輩。パターンだわ。しかもその美形が「堕天使ルシフェルの末裔のような」とか書いてあるんですよ。勘弁してくれ(……人格形成期に田○芳樹・菊地○行読んで育った人間には、この中途半端な描写が逆に気持ち悪いのだ。誉めるなら衒わずに、徹底的に恥を捨てるところまで美しく書いてくれ。せめて篠田真○美くらいには。)おまけに事件が関ミス連の定例大会で起こったり、実名の関西在住ミステリ作家が登場したり、という流れを見ていると(<これを読むと、『パズルゲーム・ハイスクール』シリーズの野間美由紀が表紙&本文イラストを描いていることも頷ける……要するに関西のミステリ作家たちの繋がりがそのまま反映されている。平台に積まれた創元推理文庫新刊の中で強烈に浮いてたが)、「楽屋オチ…?」という感想が浮かんでこなくもない。いや、一応ミステリなんですけどね。しかしその甘っちょろい結末も気に食わず、一読したのち速攻で処分する本の箱に放り込んだ。もう二度とこの作家の本には手を出さないだろうけどな、と思いながら。……酷評ですね。 ところが、である。その後に東京創元社から出た『時計を忘れて森へ行こう』が意外に評判がよかったのだ。続く『十八の夏』も。特に後者は書店の平台でもよく見かけた。そこに付けられた宣伝ポップを見るたびに、私は首を傾げることになる。だってあの作家でしょ?と。 何しろ前の本で懲りている私は、他人の言葉をおいそれとは信用しない。結局やっと読む気になったのは、別の作家目当てで借りた日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2002』(講談社)に、表題作である「十八の夏」が収録されていたからだ。これでやっと、私はもう一度この作家を読み直してみる気になり、折りしもちょうど文庫化されたこの『十八の夏』を手にとることにした。 この短編集に収められた話は、いずれも「花」をテーマにしている。 表題作では朝顔だったが、「ささやかな奇跡」は舞台となる家に金木犀が咲き、「兄貴の純情」ではヘリオトロープの名前が意味をもち、「イノセント・デイズ」では夾竹桃が重要な役どころを占める。花もとりどりだが、内容も多彩。 「ささやかな奇跡」は、病で妻を失い、小さな男の子を抱えて働いている男が、かつて子どもを失った女性と距離を縮めていくまでの話。ネタはオチが読めるが、読んでいる時は見逃していたことの意味が最後に明らかにされるくだりがいい。 「兄貴の純情」は、才能はからっきしなのに役者になると宣言した変わり者の兄が恋をする話。「決断力は豊かだが判断力に乏しい」と通信簿に書かれた兄。それに対し、兄が母親の胎内に残していってしまったものを全部引き受けてしまったせいで、決断力には乏しいが判断力は豊かだと自己分析する高校生の弟の、ややクールで、それでも兄に対する情のほの見える語り口がいい。また異常にキャラクターが立っているけど、いなくもなさそうなこの兄のヘンな台詞まわしもおかしい。 金木犀とヘリオトロープの物語がいずれも日常の中の人の心の謎を扱っているのに比べ、最後の「イノセント・デイズ」は急にぐっと話が重くなる。妻や舅たちとともに中高生対象の学習塾を経営している浩介のもとに、かつての教え子である史香が数年ぶりに訪ねてくる。彼女は数年前に母とその再婚予定だった男性を事故で失い、その前年にも父を亡くしていた。しかもただ一人、兄とも頼んでいた少年も、つい一ヶ月前にオートバイ事故死したばかりだという。史香の母親の再婚相手は、直前に妻を自殺で失ったばかりのその少年の父親であった。次々に続く死。もともと高校時代からの友人同士だったという二組の夫婦の間に何があったのか。美しく成長した史香の荒れように心を痛めた浩介は、少しでも彼女の助けになろうとするが―――。 『遠い記憶』の甘さとはうって変わってあまりにも自分の欲望に忠実かつ辛辣な人間の姿が描かれるのに、このまま救いなく終わったらどうしよう………と内心心配していたが、それなりの結末がつけられる。感傷的ではあるかもしれないけど、趣味で読む本にわざわざ砂を噛むようなざらついた読後感を敢えて求めたくはない私としては、最後にちゃんと救いを残してくれたことにほっとした。この本に収められた四本の短編の中で、私はこれが一番好きである。 多分、この作家はあまり登場人物に依存し過ぎない方がよいのではないかと思う(例えば、シリーズものの名探偵を登場させるとか……)。それよりも丁寧にストーリーを紡ぐことに力を注いでほしい。寡作な作家であるようだけど、言葉の使い方も優しく、読後感は悪くない。前作もこんな感じの本なら借りてきて読んでみようかなと思っている。 |
| 2004/08/28 |