| ■見沢 知廉 (みさわ ちれん) |
| 『囚人狂時代』 新潮社文庫 (1996年10月刊) |
その朝、俺は十二年の刑期を満期で終え、出所した。何度も夢を見ては、そのたびに裏切られて刑務所の中にいる自分に気がつく。けれど、今日は今度こそ本当に外に出られたのだ。 不登校から暴走族に入り、やがて高校生で三里塚(成田)闘争に加わったが、決起しない新左翼に幻滅して新右翼セクトに転向。新右翼団体のリーダーとして英大使館焼打ちやスパイ粛清事件に関わり、全国指名手配されて出頭した俺は、長期犯ばかりが収容される刑務所に入れられた。中で出会った有名事件の犯人たち、精神病ばかりが集まる医療刑務所時代、毎日のように願箋を出しまくり、反抗囚として八年半を独房で過ごした日々。―――それらを全て終え、こうして今生きていることが、俺はとても楽しい―――。 ―――こう書くと、なんだか小説のようですが、これはノンフィクションです。 しばらく前のこと、新宿の伊勢丹前で信号待ちをしていたら、目の前に止まった白い車のドアに青い字で「一水会」と書かれていた。「…ああ、これかぁ」と私は思った。著者、見沢知廉が幹部を務めていた右翼団体がここなのである(他に、当時『現代用語の基礎知識』に「もっとも過激な右翼」と書かれた「統一戦線義勇軍」の幹部もやっていたそうだが…)。<ついでに言うと、そこの交差点にある「追分交番」は、大学紛争の頃、爆弾で吹っ飛ばされたことがあるそうだ(佐々淳行『東大落城』)。 23歳でスパイ粛清事件で逮捕された彼は、長期刑専門(L級)の千葉刑務所へと送られる。さすが長期刑ばかりとあって、受刑者の8割は殺人犯。なかには私が知っている事件の犯人(例えば狭山事件、ホテルニュージャパンの横井英樹、金属バット事件、新宿西口バス放火事件とか…)もごろごろいる。が、この本の中で描かれる刑務所の日常は、微妙におかしいのだ。刑務所で本を購入するには、一週間での冊数制限&犯罪の記述や猥褻な写真などの墨塗りの検閲を受けなければいけない。しかしその検閲もかなり官の気分で変わる。水着もダメなのかー!?キャンディーズの伊藤蘭のファンクラブ会報誌は!?これらを勝ち取る為に獄中闘争してみたり、工場対抗の歌合戦の練習をあまりにも真面目に根を詰めて練習し過ぎて疲弊してしまった人(<彼の仇名は「あさまさん」…浅間山荘事件の立てこもり犯・吉野雅邦である…読んでいて「えええ?こんな人なの!?」と私はほんとに思った)とか。「超能力で恩赦が出る」と毎日祈り始める人とか。 日本の刑務所は、いまだに明治四十年代の「監獄法」で運営されており、反抗囚として入れられていた獄舎は千葉県の特別重要文化財指定の年代モノだった。…多分、後半にちょっと描かれているいじめの話にあるように、状況は悲惨だったのだろうと思う(<刑務所の中を舞台にした同じ著者の小説『旋律の帝国』、ぱらぱら見たけど怖くていまだに読めません…)。けれど、この本の語り口は妙に明るいのだ。「長期刑務所の残酷を告発しようとしているのではない」という序文のとおり、私はこの本を読んで笑った。そして時折、「よくこの本出版したな…」とも思った。なにしろ放送禁止用語リストと照らし合わせたら、ひっかかる言葉は山ほど出てくる。間違いなく、テレビで朗読できる本ではない。ただ、その用語の使い方は侮蔑的ではない…と私は読んでいて感じた。どんなに言葉を選んでも、結局のところ問題にすべきなのはそこに込められた意図だろうと私は思っている。だから、この本を読んで笑った。収容された囚人たちの日常や幻覚は面白かったからだ。そしておかしいのは、囚人側だけではない。 刑務所では当時、月に一回、映画上映会というのがあった。囚人を集めて見せるもので、娯楽の少ない刑務所の生活ではイベントのひとつである。ある日かけられた映画は、山本周五郎原作、コント55号主演の『ひとごろし』。敵討ちをしなければならないのに腕っぷしの弱い武士(萩本欽一)が、相手(坂上二郎)の行く先々に立ち回り「人殺しぃー、人殺しよー!!」と叫び続け、ノイローゼにさせるという話だ。しかしここはL級刑務所。収監者の8割が殺人犯なのである。…すごいセンスだ。いったいこれを誰が選んだんだか。シーンとなる会場の中で、一人だけ涙を流して笑い転げていた有名事件の犯人―――笑いました、私。 著者は獄中でも文章を書き続けた。肉親宛で月に7枚までと定められていた手紙に小説を書くため、A4一枚に3,000〜4,000字を詰めこんだという。写真として載せられたその原稿は小さな字でびっしりと埋められていて、見ているこちらが眩暈がするようだった。それを清書して文学賞に投稿し続けた母親の視点も交えた姉妹編『母と息子の囚人狂時代』(新潮文庫)も面白かった。苦労の甲斐あって、出所直前の獄中にいる間に『天皇ごっこ』(新潮文庫)で新日本文学賞を受賞。…実は私、この文学賞をよく知らなかったんですが、かつての受賞者としては、犯罪ノンフィクションで有名な佐木隆三や、少年広域連続殺人犯として死刑になった『無知の涙』の永山則夫もいるそうです……へーそうなんだー(としか言いようがない…)。 なんとも言えず、強烈な体験記でした。決して口当たりのいい物語ではないけれど、刑務所の中の生活を知りたい人にはお勧め。普通、犯罪についての記録といえば、被害者およびその遺族の視点から綴られるか、あるいは改悛の情を述べた加害者の視点からというのが大半だろう。けれど、この本は自己弁護をしない。刑務所の中のおかしな囚人たちや奇妙な規則の実態を、淡々と書き綴る。読み物としても十分面白い本だ。 関連リンク 見沢知廉公式Webサイト |
| 2002/07/20 |