| ■黒崎 視音 (くろさき みお) |
| 『六機の特殊』 徳間書店 2002年8月刊 |
ある銀行で、強盗事件が発生した。銃を持った犯人たちはいったんは現金を持って逃げたものの、銀行からの通報によって駆け付けたパトカーに遭遇、行員と客を人質にとってシャッターを降ろし、事件は強盗から籠城事件へと発展した。 捜査は刑事部および誘拐・籠城等を専門とする特殊捜査班があたることとなったが、事態を重視した警備部は、警視庁警備部第六機動隊のうち、いわゆるスペシャル・アサルト・チーム…SATの第四小隊にも出動命令を下した。指揮をとるのは今年28歳の土岐悟警視。彼は本来なら実戦に従事するはずのない有資格者(キャリア)採用だったが、庁内の不祥事に絡む政治的な駆け引きの結果、いわばとばっちりでこの部署に配属されることになった。もともと運動が得意というわけではなかったが、意地で訓練をこなし、身体を鍛え、仲間を得た。六人から成る小隊にとって、結成以来、これが初の出動となる。犯人たちは成り行きで籠城したものの、警察との交渉にぬかりはなく、またどうやら人質になっている客の中に病人がいるらしい。状況が限界に近づく中、捜査本部では警備部所属の土岐たちと、刑事部の特殊捜査班との間に反目が生まれていた―――。 タイトルは聞き慣れない言葉だが、彼らが属する中隊の警察内での呼称によるもの。誘拐等を扱う刑事部所属の特殊捜査班については、これを主役としたミステリは読んだことあるものの(例えば黒武洋の『そして粛清の扉を』がそう)、SATを扱ったものは珍しいと思う。 こんなに性格のいい(腰が低いというか、ちょっと弱気なというか)警察キャリアの話なんて読んだ覚えがない…と思ったら、百合根警部がいたっけか(@今野敏『ST』シリーズ、講談社ノベルス)。なんにせよ、この土岐という警視は、なにかあるたびに仏教の教えを思い出すという、二十代のキャリアの造形としては実に珍しいものである。 ひっかかるところはないでもない。私がこの本を手に取ったのは、まず帯に「床井雅美氏絶賛」とあったから。名前に心当たりのある人もいると思うが、徳間文庫で銃器についての写真入りの辞典を何冊も出している人である。この人が褒めているのなら、少なくとも装備についてはきっと詳細に調べてあるに違いないと。その期待は裏切られなかったが、せっかく装備、特に銃器について精密な描写を行い、これだけのリアリティ(少なくとも私のような門外漢にとっては)を出すだけの緻密な組みたてを行っていながら、どうして幼女誘拐犯捜査のエピソードでそれを壊すような話のオチをつけてしまうのか。ラストまで読むと、多分このための伏線だったんだろうなとわかるが、私はあそこで一気に読んでいたこの話の世界からちょっと醒めてしまった。勿体無い。 あの部分でぶち壊しだと、そう思っていたのだが、一冊読み終えてあとから考えてみて「そうじゃないのかもしれない」と思った。私はこの本を「SATの小隊を主人公にした対テロアクションもの」として読み始めた。けれど、最後まで読んでみれば、土岐が人命救助を任務とする小隊に出向する話もあるし、一話はSATの狙撃手を志す若い女性警察官の話だ。多分この物語は、私が期待していた文脈とは違うのだ。アクションを主眼にしたというよりは、むしろそれはディテールに過ぎないのであり、むしろ心の底に傷を負った一人のキャリア警察官の魂がどこへ行くのかという物語なのだろうと思う。…ちょっと騙されたような気はするが。ただ、この話の最後、一組の夫婦のたどりついた結論というものが私は嫌いではない。 少し首を傾げつつも、私はこの『六機の特殊』という本は割と面白く読めたので、デビュー作だという前作『警視庁心理捜査官』も買ってみた。・・・多分、書店の店頭で見ていたら、手には取らなかった本だと思う。連続女子快楽殺人犯を、警視庁の特別職である若い女性の心理捜査官(幼児期にレイプを受けたことによるPTSDあり)が追う・・・・・・翻訳モノの女性探偵ミステリを非常に苦手とする私なら、まず敬遠する筋立てだ。<私が買っちゃったのは粗筋の記載がないままネットで注文したからだ(ネット書店は便利だけど、こういうこともある)。 「これまで書かれたことのない警察小説を書いてみたかった」という帯に寄せられた作者の文章がどの辺りを指しているのか私には定かではなかったのだが(<申し訳ないが、それほど新味があったとも思えない)、それでも文章は全体的に安定しているし、細部にわたる組織等の描写は面白く読めた。ただし、決定的な難を言うなら、三人称で書かれている割には個々人の心理に踏み込んでいるにも関わらず、視点がころころと変わること。殴られている人間の視点が唐突に次の行で犯人へと移るのでは読み辛いし、誰の台詞誰の視点なのかが判りにくいのだ。あとは・・・いっそ一貫して捜査側の視点で進めてもよかったんじゃないかということ。犯人の素性がいきなり本人の視点から明らかになるのは唐突感があった。むしろ、三人称をやめて、ヒロインの一人称でやった方が良かったと思う。彼女に共感できない限り、一人で犯人と対決しようとする動機に納得性がなくて、一人盛り上がるヒロインをよそに、なんとなく「火サスのオチを見るような…」という感想になるのは否めない。 思うに、この作家は多分あれもこれもと欲張り過ぎるのだと思う。関係者すべての心情を書いてしまおう、あのエピソードも盛り込もうとしないで、もっと視点を絞って話を構成したらもっと良くなるのになと残念に思う。作者のプロフィールから判断するのは、本を読む身としては反則な気もするけれど、生年を見たら私よりひとつ上の1974年生まれとあることに驚いた。二十代でこれだけきちんとした文章を書けるなら、目のつけどころも面白いし、いつか化けるのではないかと思うのだけど。次回作以降どこに行くのかを見たい作家。 そういえば、土岐のチームの隊員たちの名前を見たとき、最初「どこかで見たような字面だな」と首をひねった。副長が水戸、その下に井上始、甲斐、藤木、武南(ぶなん)。しばらくして気がついた。これって新撰組から字を拾ったんじゃないのかしら。「土」方歳三、山「南」敬助、「井上」源三郎、斎藤「一」、「藤」堂平助。「水戸」といえば、近藤勇一派に追われた芹沢鴨たちは元々は水戸の天狗党出身だし。「甲斐」というのがちょっと判らなかったんだけど、甲斐といえば武田。新撰組には武田観柳斎というのがいたっけ・・・考えすぎかな?と思ったのですが、後半で「新撰組は、日本で最初の対テロ集団」と土岐が評価している台詞があったので、やっぱりこれって新撰組へのオマージュなのかしら?・・・もしかしたら作者の遊び心だったのかもしれません。<追記。この話をしたら、「関東に武南って地名があるよ」と教えてもらいました。水戸、甲斐は当然地名だし、土岐氏って豪族がいるくらいだから、そういう地名もあるだろうし。こっちが正解かなあ。 |
| 2002/11/17 |