| ■近藤 史恵 (こんどう ふみえ) |
| 『天使はモップを持って』 実業之日本社ジョイノベルス(2003年3月刊) |
ぼく、梶本大介は、新人研修を終えてオペレータールームに配属されたばかり。憧れの先輩、苦手な先輩、いろいろいるけれど、なんとか毎日の仕事をこなしている。 いつもより早く出勤したある日、ぼくは社内で奇妙な女の子を見かけた。彼女の名前はキリコ。見たところ、十七、八歳。小柄な身体に日焼けした肌。派手な服装。赤くブリーチして高くポニーテールに結い上げた髪。どうみても渋谷かどこかで遊んでいる方が似合う彼女は、なんとわが社の清掃作業員なのだという。仕事が終わった深夜、社員がみな帰ったあとで、たった一人でこのビル中をきれいにしているらしい。彼女の素性は謎だが、有能な作業員らしくいつも社内はピカピカで、社員からも人気は高い。 ある日、ぼくの机の上に置いておいた書類が姿を消した。今日中に届けなければならない書類。慌てて詫びを入れ、先輩に手伝ってもらって再作成したものの、書類が姿を消したのはそのときだけじゃなかった。誰かの嫌がらせなのだろうか。そんなとき、キリコが「これ、おじさんの?」と袋を持ってやってきた――― 近藤史恵という作家、好きかと問われたらたぶん私は「うーん」と答えるだろう。嫌い、ではない…のだが、彼女の書く文章は時々ひどく苦手に感じられることがある。それは女性のモノローグだ。女性の視点で進む物語は、ひどく静かに淡々と綴られていくのだが、私はそれが怖くてならない。それは、ごく穏やかに話している目の前の女性が、次の瞬間音程を外した声で奇妙な言葉を紡ぎだすのではないかと思わせる、いわばその静かな語りの後ろにやがて訪れる破局の翳りを感じ取ってしまうからかもしれない。私の考えすぎなのかもしれないですがね、怖いのです。そのきんと張り詰めた脆いガラスのような緊張感が。 その反面で、この作家はユーモアのセンスを持ち合わせてもいる。『ねむりねずみ』という歌舞伎の世界を舞台にした長編があるのだが、ふたつの視点で進んでいくこの物語は、一方で(私が怖いと感じる)女性のモノローグによるのに対し、もう一方はあまり若くもない女形の視点で進んでいく。後者はなかなかほろ苦い感慨を含みつつも、明るい彼(女)と探偵役の友人との会話が楽しくてつい口元をほころばせてしまう。これが好きで、多分私はこの作家の本を手に取るのだろう。 さて、この『天使はモップを持って』だが、これは後者のユーモアの面が強いミステリ。表紙に「本格ミステリ」とある割にはライトかな〜と思わないでもないが、それでも殺人も起こる(オフィスミステリなのに……)。とはいうものの、大半は「日常の謎」系。あっという間に読めてしまうけど、読み終えた後味は悪くない。整体師が心の病を抱えた人々にまつわる事件を解く『カナリヤは眠れない』『茨姫はたたかう』(祥伝社ノン・ポシェット文庫)などを読んだあとだとああまたかと思うネタがあったりもするが、探偵役の女の子・キリコと、ちょっと頼りないワトソン役の大介という青年のコンビがよくて、私は気に入った。なによりこれは女性の視点で書かれたミステリだ。ことに「ロッカールームのひよこ」は、おそらく男性作家では書き得ない、シビアな内容。「理想の女」ばっかり書いてる(むしろそれしか書けない)男の作家たちに読ませたいくらいだ。<ハードボイルドだけじゃなくて、新本格でもちらほら目にしますがね。 なにより、この探偵役のキリコという女の子がかわいいのだ。彼女は毎日たった一人でビルの中を清掃している。このビルが何階建かは知らないが、少なくとも作中の描写から七階はあることは確か。それを毎日毎日、ほとんど一人で磨いている(たまにアルバイトで大介がキリコに雇われたりしているが)。掃除といっても、フロアだけじゃない。会議室の灰皿から外回りのゴミ箱からトイレの便器だってきれいにするのだ。生活無能力者といっていい私だが、そのなかでも一番欠けていると思われるのは掃除の能力だからして、彼女には頭が下がる。これには作家になりたての頃、それだけでは食えなくてビル清掃の仕事をしていたという作者の経験が反映されているらしいが。私、女探偵モノは洋の東西を問わず、たいていが苦手なのだけど、このキリコという女の子はかわいい。そして彼女の言うことがほんとに女の端くれな私にも「うん、そうだよね」と思わせるものが多くて、いちいちうなずいてしまうのだ。<甘いお菓子を得る努力は、だいぶん前に放棄してしまったみたいだけど…(笑) 特に会社で仕事している女性に読んでみて欲しい一冊です。 |
| 2003/06/14 |
| 続編が出ました。同じ版元から、『モップの精は深夜に現れる』(2005年2月刊)。1冊目のラストのネタばれになる話があるので、読むなら是非1冊目からをオススメします。こちらを読んで、キリコという女の子がますます好きになりました。すっごくかわいい。この本の後味の良さも、彼女のキャラクターによるものだと思うし。なれたら友達になりたい子。多分、そのためにはいっぱいいろんなことを見直さなきゃいけないんだろうけどね、自分<まず片付けからかな(笑)。 |
| 2005/03/05 |
| 続編『モップの魔女は呪文を知ってる』が同じ版元よりノベルスで出ました。 こちらも前2冊のネタバレがありますので、ぜひ読むなら順番にどうぞ。 |
| 2007/09/24 |