■古処 誠二■
『UNKNOWN』
『未完成』

『分岐点』
『接近』

■古処 誠二 (こどころ せいじ)
『UNKNOWN』
講談社ノベルス(2000年4月)

遠州灘に面したとある自衛隊の基地。警戒監視隊の隊長である大山三佐の部屋の電話機から盗聴器が見つかった。事態を憂えた基地司令の神谷一佐は、防衛部調査班に報告、調査を依頼することにした。府中からやってきた朝香二尉はまだ二十七歳という防衛大卒の若きエリート。彼の案内役として選ばれたのは、警戒監視隊所属の野上三曹。まだ二十二歳の彼が国防の敵を感じて高揚するのに対し、朝香二尉は彼の緊張をいなすように飄々と基地内を見てまわる。基地内点検の名目でやってきた彼は、警戒監視隊だけではなく、他の隊も調査し、ひとつひとつ丁寧に犯行の可能性を潰していく。そうして浮かび上がってきた犯人とは―――。

講談社主催、第14回メフィスト賞受賞作。

…と聞いただけで、私の読む意欲は著しく削がれたのだが(これまでに読んで罵詈雑言を吐いたメフィスト賞受賞作の数といえば……ごにょごにょ。<タイトルについては自粛しますが。中にはマジで焼却炉の中に叩き込んでやろうかと思った本もある)、パラパラとめくった文章がまともな日本語らしかったのと(←これが選択の基準になるというのが情けない)、自衛隊内部のミステリという設定が珍しくて購入。

最近読んだ、いわゆる新本格と呼ばれるミステリの中では、私はこれ出色の「当たり」だと思う。
私はもう、奇矯で日常生活からはみだしたエキセントリックさを売りにした「名探偵」に飽き飽きしているのだ。無意味に重ねられる死体。不自然なまでに手の込んだトリック。日常から掛け離れた動機。それに薄っぺらな紙人形のようなキャラクターにも。新本格という分野においては「人間が描けていない」というのは批判の言葉としては全く的外れであるらしいですが、それでも私は言いたい。「リアリティをもって私を騙してよ」と。やたら厚いばかりではりぼての世界にはもううんざりだ。

……と、いきなりミステリを読み漁ったここ数年間の鬱憤を並べ立てて恐縮ですが(別に新本格の全てをけなしているわけではありません。念の為)、この『UNKNOWN』という本が、久々に私のこんな不満を直球で受け止めてくれるミステリだったということです。殺人が起きるわけでもない、事件としては(それが自衛隊内で起こったということを除けば)仕掛けられたのは盗聴器がひとつ。それでもこの本は5W1H…ミステリの基本を丁寧に抑えて犯人を明らかにした、よくできた話だと思う。

そして魅力的なのは、この事件に取り組む朝香二尉と野上三曹という二人のキャラクターだ。
探偵役を務める朝香二尉は……ちょっと変わり者の防大出エリートですが、奇矯というのとは違う。カフェイン中毒で怪獣好きで趣味が粘土細工で戦史マニアだということくらいだ(…こうして並べたてるとやっぱり変だな)。でも一見のんきで人当たりが良くて、ほんとにちゃんと仕事してるのかなと思うような行動が続くけれど、彼は非常に周囲の人間に気を配っている。そのなかで一度だけ彼がとがった声で吐く台詞、「わたしをなめてほしくないね」という言葉。多分私が彼を本当に好きになったのは、ここじゃないかと思う。これだけ自分の階級と氏名に誇りを持って口にできるということ。それがすごく格好良かったのだ…それまでがかなりのほほんと見せていただけに。

その補佐役を仰せつかる野上三曹もいい。彼はごく普通に入隊して普通に試験を受けて四年間を自衛隊で過ごしてきた二十二歳の青年だ。偉い人と会えば緊張もするし、特別な任務を受ければ昂揚する。ちょっとズルもするし、同期に乱暴な口も利く……自衛隊で国防に携わる職務に就いているということを除けば、彼は本当にごく普通の人間なのだ。調査はそんな彼の視点で進んでいく。ひとつひとつ、朝香二尉と見つけた証拠について考え、推論する。私が彼を好きなのは、彼の抱く感想がとても「まっとう」だからなのだ。怒るべきときに怒る、人を思い遣る、基地の醜聞を恥と思う、人の醜い感情を目の当たりにして落ち込む、そんな当たり前の感情がまっすぐで、いいなと思わせる。彼の抱く感情のひとつひとつに共感できる、そんな青年なのだ。

この話は、「自衛隊の中で起こった事件である」ということがまず大前提となる。いくつか書評を載せている個人のサイトを見たら、「その特殊性ゆえに動機に納得感がない」という意見があった。そうだろうか。そこに納得性を持たせるために、世間話のように基地を取り巻く現状を朝香二尉が野上三曹に話しているのではないか。最近、自衛隊に関係するミステリを何冊か読んだけれど、その中で一番等身大に現実の自衛隊を描いているのがこれだと思う。通常馴染みのない自衛隊内部における生活の描写もあわせて、「自衛隊」という存在について(堅苦しくなく)考えさせてくれる一冊。ぜひいろんな人に読んで欲しい。…私がこれを薦めた友達数人(結構ミステリの評価には辛口)から、一人としてマイナス評価が返ってきたことはない。それだけクオリティは高いと思う。読んで損はさせないよと見得を切ってみたくなるような、それくらい私はこの二人が好きなのだ。

■関連書籍■

自衛隊関連で私が面白かった本をあげるなら、まずは元自衛官(陸自)である浅田次郎のエッセイ『勇気凛々ルリの色』シリーズ。今ではネコ雑誌にいい人然として写真が載ったりしているが、元は自衛隊からマルチ商法へと波乱万丈の人生を送っている人(この辺りは幻冬舎アウトロー文庫の『殺(と)られてたまるか!』シリーズが面白い)。時々の事件をとりあげて語る『週間現代』連載のこのエッセイは、直木賞を取って売れ始める前の二冊が断然面白い。合間合間に若い頃を過ごした自衛隊の思い出も愛情籠もる苦言とともに語られていたりして、この作家一流の語り口が楽しめる内容。

変わり種としては、『誰も知らない防衛庁―女性キャリアが駆け抜けた輝ける歯車の日々』(佐島直子著、角川oneテーマ21新書)辺りか。防衛庁にキャリアとして入庁した女性(リヤカーひいて官給品の下着を配るのが初仕事だった)の書いた随筆。単に自衛隊というだけでなく、男ばかりの職場で彼女がどう仕事をしたかという点でも面白かった。防衛庁でのキャリアの積み方が変わっているので、一般的な事例とは言えないだろうが(入庁時にすでに幼い娘がいる時点で経歴としては変わっているだろうし)、終章に至って突然示される辞職の理由が辛いものであるけれど、様々な障害に負けずに一生懸命に働く彼女の姿に好感をもって読んだ一冊。

2002/11/28
※この壁紙は、古処ファンサイト「Auto Store」さまよりお借りいたしました。
ありがとうございます。

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