■垣根 涼介 (かきね りょうすけ)
『ヒートアイランド』
文春文庫 (2004年6月刊)

ストリートファイトの興行を仕切る、渋谷のストリートギャング「雅」。それは法に触れることなく、ヤクザに尻尾をつかまれないように、十代の彼らが一人で生きていくだけの金を稼ぐために、アキとカオルが考え出したことだった。渋谷でも喧嘩の強いチームのヘッドをアキが叩きのめし、力と金で手なずけ、これまでのところは順調だった。ある夜、酔っ払った雅のメンバーがバーでいざこざを起こし、面子を潰されたと感じた彼らが相手の初老の男から三千万以上の大金を強奪してくる日までは。うかつなことに、彼らは身元につながる失言を繰り返していた。午前四時に一人で三千万の金を持ち歩く男。これが正当な金ならいい……警察に届出があれば、返しようもある。だが、おおかたのところそれはないとアキもカオルも踏んでいた……間違いなく、表にはできないブラックマネーだ。
実際のところ、それはあるヤクザが経営するカジノから強奪された金の一部だった。ヤクザを中心に、ブラックマネーばかりを奪う男たち。ストリートの少年たちと、その金を取り戻そうとする強奪犯たち、そしてカジノから金を奪われ、面子を潰されたヤクザたち、さらにそれと対立する別の組。彼らの思惑は絡まりあって、互いに出し抜こうとするゲームが始まる。

『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞を取った作家だということ以外、何も知識なしに手に取ったこの本。成田空港の書店で十二時間のフライトに備えて手に取ったもので、読み終わったらあっちで捨ててくればいいや、と思っていたのですが、ついトランクに入れて帰国まで持ち歩いてしまいました。勢いがあって面白かったのです。

一読した感想は、硬質な文章を書く人だなあということ。ストリートギャングの話といえば、私の頭にまっさきに浮かぶのは石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』。テンポのいいマコトの一人称で進むあの物語に比べると、この文章で描かれるアキとカオルという二人の少年の描写はとても硬い。三人称だということもあるかもしれないが、読みすすめていくうちに、彼らは年こそ若いけれど、十分に分別(あるいは「自分自身の頭で考える力」と言い換えてもいいかもしれない)のある「男」として描かれているのがわかる。だからこそ、他の強奪犯やヤクザといった「大人」の描写と比べて遜色のない、対等に渡り合える存在となっているのだけれど。

私がこの本を気に入ったのは、ひとえに主役の一人であるアキとカオルという二人の少年の存在だ。法には触れないながら、あまりまともとはいえない手段で金を稼いでいる彼らの感性が、とても「まっとう」なところが気に入った。鍛え上げられた腕の筋肉を見せつけ、実際ケンカでは誰にも負けないアキだが、その実彼はとても冷静で頭もいい。腕っぷしはからっきしの細身な少年ながら、弁が立つことと頭のキレ、金を作るアイディアでアキのパートナーとなったカオルも同様。大金は稼ぐが、それは自分たちが自活していくために必要なことに過ぎず、金を浪費して豪遊することにはまったく興味を持たない。そんな彼らがこの社会のシステムから外れてしまった理由は本の中に描かれているけれど、結局のところ、「社会のシステムに対する懐疑と反感」なのだと思う。多分、そこが『池袋W.G.P.』のマコトとの違いだ。彼は身近な矛盾への怒りをもつけれど、人間というものに親近感と愛情をもっている。コラムニストという仕事を見つけ、人を観察することを楽しいと思い、いろんな人とわけ隔てなく仲良くなれる。それに比べると、このアキやカオルは、ごく身近な人々(家族であったり、育ててくれた老女であったり)に対して強い愛情を持っているが、それ以上の社会一般の枠組み、それを構成する人々に対して、冷ややかな視線を注いでいる(それは、自分たちが作りあげた「雅」というシステムの構成員に対しても同様で、いたずらな馴れ合いはしない)。彼らの愛する人たちがあまりにつましく、真面目に生きてきたにも関わらず、決してむくわれてはいないという思いから、自分が生きなければいけないこの社会に対して早すぎる諦念と絶望と反感を抱いている。決して法に則っているとは言いがたい思い切った行動力と、自分の中の道理に反したことはしないという彼らの背をつらぬく信念。その両者のバランスが面白い。

彼らがあまりにも毅然としているだけに、その姿は反感をも呼び寄せる。同世代でありながら、ヤクザの使いっぱしりとして働く少年。彼の嫉妬と憎悪が、事態をさらに紛糾させる。最終的に四つ巴の駆け引きとなるのだが、三人称の記述を活かして、そのすべての立場に十分な筆を割いている。そもそもの発端である金銭強奪事件の犯人の男たちも、なかなかに面白い。ヤクザは……ヤクザはともかくとして、その下で働いている、億単位の金を獲られてしまったことで命がけで彼らを追わざるを得なくなったカジノの支配人の心情にも、同情しながら読めます。

この本が気に入ったので、他に唯一文庫化している『午前三時のルースター』も読んでみた。失踪した父親を探す少年(とは言ってももう十六歳なんだけど)と、彼の祖父である取引先の社長に頼まれて同行することになった旅行会社の営業の男という組み合わせはそれほど新味があるとも思えないが、ベトナムで彼らが仲間とするモーターマニアのタクシードライバー、ガイドとして雇われるコールガールの女の子も好きになれたし、何より主人公の男の、淡々としていながら妙に筋を通そうとする硬さが気に入りました。父親を追う少年は……なんだか大人び過ぎているような気がしないでもありませんが、ハードボイルドで一方的に庇護する者庇護される者という大人の男と少年の関係ってあんまり好きじゃないので、このすっきりとした関係は読んでてよかった。日本推理作家協会賞他、三賞をとったという『ワイルド・ソウル』をはじめ、文庫化したら他のも読んでみたいと思う作家です。

2005/07/04