■石田 衣良 (いしだ いら)
『池袋ウエストゲートパーク』 
文春文庫 (2001年7月刊)

<シリーズ続刊>
『少年計数機 池袋ウエストゲートパークU』 文春文庫 (2002年5月刊)
『骨音 池袋ウエストゲートパークV』 文藝春秋 (2002年10月刊)
『電子の星 池袋ウエストゲートパークW』 文藝春秋 (2003年11月刊)
『赤・黒(ルージュ・ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝』 徳間文庫 (2004年2月刊)

俺のPHSの裏側には一枚のプリクラが貼られている。俺のチーム五人。俺とマサ、シュン、それにヒカルにリカ。色あせたプリクラを何故いつまでも貼っているのかと言われれば、「ひと夏の思い出」とか適当なことを答える。けれど俺にも理由なんかわからないんだ―――。

『4TEEN』(新潮社、2003年5月刊)で月島に住む中学生たちを描いて直木賞をとった作家、石田衣良のデビュー作にして出世作のシリーズ。
『池袋ウエストゲートパーク』というタイトルはヒットしたTVドラマの名前として覚えていた。だから書店で「今月の新刊」コーナーに同名の文庫本を見かけたときに「ノベライズかな?」と思ったくらいだ。ま、いいか。今読むものないし―――そう思って買って帰ったのだけど、一読してすぐ続刊を単行本で買った。その後御厚意でTVドラマシリーズも貸していただいて見たが、一冊目の第一話だけをベースに連ドラに膨らませ、まったく違ったキャラクターを作り出した宮藤官九郎の手腕には感心しつつも、やはり私は原作が好き。だからもし「TVドラマしか見てないの」という人がいたら、是非原作も読んで欲しい。それくらい私はこのシリーズが好きなのだ。

物語の語り手となるのは、マコト。彼は池袋のしけた商店街、西一番街で酔っ払い相手に高いきれいな果物を売りつける果物屋の息子。寄席や芝居好きの母親と二人だけで住んでいて、高校を出てからプーとして店番をちょっとだけ手伝いながらぶらぶらしている。金がなければ日がな一日池袋西口公園でぼんやりと人を眺める、退屈な日々。たまに相棒のマサとナンパをして、そのうちに万引きを見かけたことがきっかけでイラストの上手いシュンが仲間になり、彼の絵に目を留めたヒカルとリカがやってきて、その夏をつるんで過ごすようになった。

読み始めた当初、「この人とは友だちになれそうもないかも」と思っていたマコトのことを「あれ?」と見直したのは、金持ちの娘であるらしいヒカルがしきりと高価なプレゼントを仲間に贈りたがる辺りだった。
「おれたちはホストじゃない。金を使ってくれる女じゃなくたって、好きなら一緒に遊ぶさ。だからプレゼントはおしまい」と言ってのけた彼。金もない、仕事もない、明るい未来があるわけじゃない。人並みに欲しいものは欲しい。それでも彼は「もうおしまい」と言ってのけた。多分それは彼の矜持。だらしない服装で語尾伸ばしてしゃべるそこらの見飽きた兄ちゃんの一人かと思っていた私が真面目に読み始めたのは、そこら辺からだ。やがて池袋でウリをやっている女の子たちの間で被害者を出していた「ストラングラー(絞殺魔)」の手に仲間の一人がかかったとき、彼は本気になる。高校時代の同級生で池袋のストリート・ギャング「Gボーイズ」をたばねるキングのタカシと話をつけ、厳戒態勢に入る。Gボーイズの協力を得てストラングラーを追い詰めた、けれど…………その物語の結末をつけたマコトのやり方に、私は彼に惚れた。俺たちは警察じゃない。ケリは自分でつけろよと言える彼の強さに。

二話目以降、彼は実家の果物屋を真面目に手伝いながら、池袋のストリートで起きるモメゴトを処理しはじめるようになる。けれどそれは金のためじゃない。大半は友だちのため。辛いきっかけで聴き始めたクラシックを趣味に、本を読み始め、ストリート雑誌にコラムを書き始める。その物語のなかでマコトが本当に格好いいと思うのは、彼が非常に公平な目の持ち主であること。モメゴト処理は半分が彼の退屈しのぎがきっかけ。けれどそのなかで得ていく友達を見ていれば、彼の視点は一目瞭然。数字を数えないではいられない不登校の小学生の男の子、ホームレス、年金生活をしている老人、性転換した同級生(元女)…………友だちになるのに、利害得失、そんなものは関係ない。自分の知らないことを知っている相手への素直な敬意、不条理への素朴な怒り、理不尽な暴力(主にヤクザ)に屈しない勇気、押し付けられる権力への反感………彼の思考は本当に「まっとう」なのだ(<私にとってはとても褒め言葉なのです)。彼と友だちになるのは勇気がいる。きっと彼は私の弱さ、醜さ、虚栄心を見抜くだろう。でもそこから一歩踏み出して、本当にお酒を一緒に飲めるような「友だち」になれたらいいなと思ってしまうような、そんな相手なのだ、マコトという青年は。

マコトの世界を見る目、その語り口も魅力的だけど、彼の周囲を固める人々も格好いい。池袋のGボーイズのクールな王様タカシ、池袋のメジャーなヤクザ氷高組の出世頭・サル(<マコトの元いじめられっ子な同級生、彼も巻を重ねるごとに魅力的になります)、気風のいいマコトの母親、池袋署のエリート署長にしてマコトの幼馴染・礼兄ィ……マコトの武器が池袋の街に住む人々とのつながりだけに、前の話で登場した人々が顔を見せるのも楽しい。ほとんど口を利かないタカシの強面なボディガード1号・2号がGボーイズを卒業してラーメン屋を開く話などもあったりして(またこのラーメンが旨そう!<七色のトッピング。実在するなら是非行ってみたい)、時間の流れを教えてくれます。
小ネタとしてすごく好きなのは『骨音』の中の「西一番街テイクアウト」。いつも一人で本を読んでいる痩せっぽちの小学生の女の子。彼女とその母親が抱えるトラブルに出会い、個人としてマコトに手を貸してくれるタカシとサルの物語。組織を背負わない彼らの優しさに出会えます。そして過去が謎なマコトの母親も格好いいです…息子すらも知らない男前な過去(最終兵器!)。
もちろん綴られるのはいい話ばかりじゃなくて、胸の悪くなるような事件を扱ったものも散見する………人の悪意とか利益に終始した儲け話。それらの事件に関わったマコトが辛い思いをするように、彼と気持ちを同調させた読者にとっても辛い事件に違いない。けれどそれが辛ければ辛いだけ、マコトのまっとうな心情に同調する。このシリーズで扱うにふさわしい物語になると思うのだけれど。どうだろう?

池袋の「今」を切り取ると評されたとおり、ストーリーには実名のブランドや芸能人が登場して、とにかく話が週刊誌に掲載された当時の「今」が描かれている。でもこの話って古くなるかなあ?と私は首を傾げる。それは固有名詞は古くなるだろうけど。でもマコトの行動って多分時代に左右されるようなものじゃないと思うから―――第一作が単行本として刊行されたのが1998年。けれど今読んでも色褪せてない物語だ。

……一見ハードボイルドジャンルとは異質に見えるけれど、気障な言葉を吐きさえすれば「ハードボイルド」だと思っている人たちに読んで欲しい一冊。軽くて気負わない語り口ではあるけれど、これは間違いなく「自分自身の譲れない筋を通す人(たち)」の物語なのだ。

外伝として刊行された『赤・黒』はマコトは登場しない。クールなGボーイズのキング・タカシが非常に印象的な役でゲスト出演する他(<この話が「西一番街テイクアウト」にちょっとだけ言及される話)、氷高組のヤクザ・サルが準主役として登場する(小柄で猿顔だけど、いい男なんですよ、ほんと……自分よりも立場の弱い相手に向かって「いいよ、サルで」と言ってのけられるところが彼の自負を表していて格好いい)。この物語だとカジノにおけるギャンブルが重要な役どころを押さえるのだけど、これに限らずこの作者は取材を欠かさない人だと思う。
ノン・シリーズでドラマ化された『波の上の魔術師』では変額年金をテーマとして扱っていたが(これも面白かった…確か文庫化してます)、変額年金関連の訴訟サイトでも、ドラマ化されるずっと前から「この制度の仕組みについてわかりやすい本」として名前を挙げられていたくらい、取材は充実している。その知識をさらっと読ませる筆力も読みどころです。

非常に多様なジャンルを書いている作家で、私も全てを読んでいるわけじゃないけれど、読んだ範囲ではハズレなし。もしまだ読んだことがないという人がいたら、私が強く勧めたい作家の一人です。

<解説に対しての追記>

貴女は本を買うとき、「解説」を参考にしますか?そんなもの見ずに買いますか?
このシリーズについては、二巻以降ほとんどすべて単行本で買っているので、私はいわゆる「評論家」の解説を読んでいないのだが、久々に文庫で買った一冊目の解説を読んで失笑した。

「その作家が優れているかどうかを考える時、僕はどのくらい海外作品の豊かさを血と肉にしているかを見る。」

……これって結局のところ「日本の作品は貧しくて、海外作品を読まないでは作品として成り立たない」ってことでしょう?海外の作品を引かずには日本を描いた物語を評することすら出来ない、「文芸評論家」とやらの貧しさを物語る一文。ねえ貴方、自分の感想ですら自分自身の言葉で語ることができないの?<マコトの物語を評する最低条件だと思うのだけど。

正直、この解説を書いている人(=池上冬樹)以外にも、私が「解説:誰々」と名前が出ているのを見るたびにうんざりする自称「文芸評論家」は何人もいる。他人の言葉を頼りにした貧しい解説しか書けない「文芸評論家」とやらの類が書いた文章の頁にすら(解説代として)金を払わねばならない現状を前にして、ストリートに生きる青年の言葉を武器に「今」を描いてみせるこの作家の視点は注目するに値すると思う。……是非いろんな人に読んでみて欲しいシリーズ。

2004/02/15

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