■東野 圭吾■
『名探偵の掟』
『どちらかが彼女を殺した』
| ■東野 圭吾 (ひがしの けいご) |
| 『名探偵の掟』 講談社文庫 (1999年7月刊) |
私の名は大河原番三。名探偵・天下一大五郎シリーズの脇役の警部だ。的外れな推理を展開し、天下一探偵の活躍の引き立て役になるのが仕事である。なんだ簡単な仕事じゃないかって?とんでもない。だってちょっと考えたらわかるじゃないか。的外れな推理を展開するということは、真相を暴いてはいけないということで、つまりは探偵よりも先に真相に到達し、かつ絶対にそれを避けなければいけないのである―――。 名探偵の脇役の警察官が主役となる話というのはあるけれど(たとえば『レストレード警部と三人のホームズ』 M・J・トロー著、新潮文庫。私は読んで即日叩き売りましたが…レストレードのベッドシーンというのはちと萎えたし/笑)、この本はそんなパロディではなく、脇役のままで主人公となるという珍しい一冊。 「密室を愛し、密室を憎む、すべての人へ」という献辞をつけたのは有栖川有栖だが(『46番目の密室』講談社文庫)、この本では「いまどき密室を喜ぶ人なんて誰がいるんだか」とあっさり切り捨てる。大学のミステリ研出身の(もうちょっとはっきり言ってしまえば“ミステリマニア”の)新本格第一世代辺りとはえらく温度が違っていて、まずその辺りが面白い。学生時代、ミステリなんてまともに読んだことなかったという作者らしい姿勢である。 私が一番好きなのは『花のOL湯けむり温泉殺人事件』論。密室やアリバイ、死体切断などなどのトリックと並んで、シリーズものが2時間ドラマ化された場合を描いた短編だ。以前に『陰の季節』について紹介した際に、好きな小説が映像化されるたびに思う不満について書いたのだけれど、この短編はさらに痛烈なかたちで示してくれる―――このオチも大好きだ。ナントカワイド劇場で映像化されたあのミステリ、動機もトリックも犯人も探偵の設定も違うじゃねぇか…っ!!!とテレビに向かって罵った覚えのある人(ここまで違ってて、いったいなにが原作なのやら)には是非読んでみていただきたい。 この連作が面白いのは、探偵と警部が作中の登場人物として見せる顔とは別に、小説世界を離れての会話があるからだ。天下一大五郎は「頭脳明晰、博学多才、行動力抜群の名探偵」と自分で名乗って現れる。「随分説明的な台詞だな」と警部に訊かれると「作者に描写力がないから自分で言うことにしたんです」「まぁ地の文で長々と説明されるよりマシかな」…きっついなー(笑)。 小説の登場人物たちが、自分の生みの親である作者をこきおろすというのは、読んでいてなかなか面白い。〆切とネタ枯渇に苦しむ作家とは別に、登場人物には登場人物なりの苦労があるんだという彼らの会話が楽しい。私が床に叩き付けたくなったあのミステリの数々も、陰ではこうやって探偵や刑事たちが「やってらんねぇよ」と愚痴をこぼしているのかと思うことにすれば、ちっとは溜飲も下がろうというものである。―――そうでも思わないと読んだ私もやってられないということはさておき。 多分、この連作で一番の問題作は、エピローグのあと『最後の選択―――名探偵のその後』という一編だと思う。クリスティの『そして誰もいなくなった』よろしく、島に集められた名探偵たちが一人ずつ殺されていくという趣向。一読して「……これ、ヤバくないのか?」と思わせる他の探偵たちへのこき下ろし方(どうみてもどこかで見た設定の名探偵がいるぞ)もさることながら、最後に突きつけられたシリーズもの探偵への問い。 そういやこれを逆手に取った短編が、高木彬光の神津恭介ものにあったっけ。探偵小説作家同士でやった犯人当てゲームに使われていた趣向でした。確か正解者への賞品がニワトリ二羽という時代の話だったはず。古くて新しいテーマなんだなーと読みながら、思ったり。―――けれど、この連作が面白いのは、「ミステリをこきおろす」のではなく、ミステリの定石を笑いながらもそれでもミステリに対する愛着が感じられる辺りかなと。なんにせよ、なにかを一方的にこきおろす文章というのは読んでいて後味が良くないものだけれど、この短編集はそんなことはない。読んで素直に笑える一冊だ。 最近では『超・殺人事件 推理作家の苦悩』(新潮社、2001年6月刊)などを出し、帯に「日本推理作家協会除名覚悟!!」などと書いていたけれど、前に協会で上演した文士劇の時には、円紫師匠の格好をした北村薫と並んで楽しそうに天下一大五郎のコスプレをしてましたが…私は(新)本格と呼ばれるジャンルが好きで結構読んだけれど、この本を読んで本気で怒るような人がいたら(いるのかな……)、その人とはミステリの話はしたくないなと思う。 『名探偵の呪縛』(講談社文庫、1996年10月刊)も読んだけど、こちらは私にはイマイチでした。まず『掟』を先に読んでみてください。 映画化もされてヒットした『秘密』(文春文庫、2001年5月刊)はまだ途中で挫折したままなのだけれど(笑)、東野圭吾の本で他に私の好きな話を挙げるとすれば、この辺りかな。 『どちらかが彼女を殺した』(講談社文庫) これは私みたいに「読者への挑戦」で瞬時も立ち止まらない怠惰な読者向け。…なにしろ自分で考えないと、ラストの一行まで読んでも彼か彼女か、どちらが犯人なのかわからないからだ。容疑者は二人だけで、二人の刑事が手がかりの筋道は立ててくれていますので、考えてみてください。…でも、私がこっちだと思ってる犯人、ほんとに正しいのかな…(笑)。 『眠りの森』(講談社文庫、1992年2月刊) 上の『どちらかが彼女を殺した』は、妹が死んだ原因を突き止めようとする地方の県警の刑事が語り手となるのだけれど、それに絡んでくる加賀という刑事は東野作品では頻繁に出てくる存在。この本は加賀と殺人事件の関係者との間の淡い恋愛感情を軸に進むミステリ。また加賀の学生時代の話『卒業 雪月花殺人ゲーム』(講談社文庫、1989年5月刊)も結構好きでした。 『探偵ガリレオ』(文春文庫、2002年2月刊) いきなり人の頭が燃え上がる、死体のデスマスクが転写されている金属片、心臓だけが腐っている死体―――警視庁の警部補である草薙にもお手上げの事件たち。そんな常識的には考えられない不思議な事件を、大学の同級生である物理学の助教授・湯川が解いていく短編集。工学科卒という作者らしい、物理的なトリックに溢れた連作です。草薙が物理オンチという設定なので、物理や化学は壊滅的にダメだったという人(<私だ)でも読めます。続編として『予知夢』(文藝春秋、2000年6月刊)。 『天使の耳』(講談社文庫、1995年7月刊) 交差点で起きた事故。焦点となるのは信号の色だが、一方の証人は目の見えない女の子。けれど彼女は優れた聴力で立派 に証人としての資格を備えていることを証明してみせる―――という表題作をはじめとして、交通事故に関する事件を扱った短編を集めた一冊。名探偵も名刑事も出てこないけれど、私の好きな一冊。 それからミステリなんて読まなかった学生時代についてのエッセイ『あの頃ぼくらはアホでした』(集英社文庫、1998年5月刊)も面白いのでオススメ―――ミステリとはなんの関係もないけれど。 |