■畠中 恵■
『しゃばけ』
『百万の手』
| ■畠中 恵 (はたけなか めぐみ) |
| 『百万の手』 東京創元社 ミステリ・フロンティア (2004年4月刊) |
病的なまでの母親の過干渉に悩まされ、腹を立てて家を抜け出したその日、中学生の音村夏貴は日野正哉の家に向かった。母親同士が同じ病院で出産して以来の、十日だけ年上の親友。母親との関係によるストレスで過呼吸の発作を起こす夏貴には頼りになる相手だ。しかし向かった日野家は火に包まれていた。正哉は、彼の両親は無事なのか。焦る夏貴はそのとき、人ごみの中に正哉の姿を見つけた。両親の身を案じ、燃え盛る家の中に飛び込んで行こうとする彼を、夏貴はかろうじて携帯のストラップをつかむことで捕らえることに成功する。しかし正哉は夏貴の手をふりきって家の中に駆け込んでいき、その直後、日野家は激しくなる火の中で誰一人救助されることなく崩れ落ちた。夏貴の手の中にはただ、正哉の携帯だけが残された―――。 ショックの余り倒れた彼が運ばれた病院に駆けつけてきた母は一人ではなく、いかにも堅気でない男を連れていた。母・彌生の婚約者だと名乗るその東省吾という男への反発もあり早々に自室に引きこもった夏貴は、夜寝る前に電話で今日のことを話すといういつもの習慣で、形見となってしまった正哉の携帯電話に話しかけていた。すると、正哉の返事が携帯から聞こえる。死んだというのは悪い夢だったのかと戸惑う夏貴。しかしそうではなく、死にたくないという思いが携帯に残ったのだという。あの火事は不審火だった。原因を探りたいのだと言う(幽霊となってしまった)正哉の願いを受け、夏貴はあの火事の原因を調べ始める―――。 『しゃばけ』『ぬしさまへ』が面白かったので続編が出ないかなと思っていたら、いつの間にか新刊が出ていました。今度は現代ものです。東京創元社の「ミステリ・フロンティア」というレーベルからでした(<ところでこの「未知数の才能が結集する、新鋭たちのミステリ・レーベル」ってコピー、「買ってみないと当たりハズレはわかりません」ってことか?)。 『しゃばけ』の若だんなが周囲の両親や妖たちに溺愛されて大事にされているのからすると、のっけからいきなり提示される夏貴への母親の愛情は異常過ぎて結構インパクトがある(ちゃんとそれにも理由があることがあとで示されるけど、それでもこれはやっぱり異常だと思うよ……)。もっとも身近な存在である母親が、動機はさておき“敵”となるというこのシチュエーションがなかなか怖い。だからこそ救いを求める相手としての正哉がいるのだろうけど、この人の描く本を読んでいて思うのは「主人公が正しく主人公だな」ということ。若だんなやこの夏貴を取り巻く人々(人じゃないのもいるけど)は、普段は頼りになる存在だけど、本当に必要な時には手助けできない状態にあり、結局のところは自分自身の手で窮地を切り抜けなければならない。そうやって成長していく。だからこそ夏貴は、携帯に宿った正哉とはきちんと訣別しなければいけなかったんだろうな………とは思う。思うが、この別れ方はちょっとひどくないか?本当にそれでよかったのか、正哉?という消化不良感がなくもなかったり。<もうちょっとちゃんと書いてあげてください……かわいそうだ。そういう意味でも正しく「主人公が主人公である物語」なのだけど<あくまでも主人公の視点からの物語。 そしてこの話の主題となるテーマが示されたとき、「あ、今、私この話の展開から取り残されたな」と感じてしまいました……幽霊の憑いてる携帯はいいのかと言われればそれまでですが(<だってそれはちゃんと「そういう話なんだな」と理解して読み始めたんだもの)、この中途半端なリアリティが駄目だったようです。この主題に乗るタイミングを私逃したような気がします。……妙にSFチックに人口に膾炙してしまった単語だったのが気恥ずかしかったようです。おかげでラスボスとの闘いも動機にいまいち納得感が……面白かったんですけどね(とってつけたようだな)。 それでもこの人の書く話は好き。まず会話や情景を描写する言葉がきれい。非常に読みやすいです。 それから、人物造型も好き。当初は何かあるたびに過呼吸の発作を起こし、親友の正哉の懐に逃げ込んでいた夏貴が強くなっていく過程にも好意が持てる。『ぬしさまへ』には前作の『しゃばけ』で脇役として登場する若だんなの腹違いの兄が主人公となる短編もおさめられているのだけど、若だんなが主役ではないその話も含め、この『百万の手』も、主人公の心がまっすぐで強いのが嬉しい。読んでいて反感と嫌悪を抱く主人公の話というのは、読み進めていくのが辛いものだけど、この人の話では素直に「頑張れ」と思えるところが好き。 そしてこの本で一番好きなのは、母の婚約者と名乗って現れた東という男。キャバレーとホストクラブを経営しているという派手な男で、当初は本当にうさんくさい(だって初登場時に着てたスーツはグレイの地に紫のストライプ、おまけに時計は金ぴかだ)。だいたいこうやって現れる未来の義父というのは、ロクなやつじゃないよなーという私の期待(あるいは偏見)を裏切って、実はこの物語で一番「まっとう」な人はこの人なのですね。発想が健全、かつ強い。単に喧嘩だけではなく、心根が強い。いいなあと思います。彼に出逢えただけでも、私にはこの本を買った価値があると思う。それくらい好き。 動機の点ではいささかストーリーに乗り切れなかった私ですが、それでも本来は身を守る為に設置されている設備が時限爆弾(比喩的な意味でね)となるというこのシーンは面白い。絵になると思う。そういえばこの作者、もともとは漫画家なのだそうです。この『百万の手』という不思議なタイトルにはどういう意味があるんだろうと思っていたら、どうやら欲望を表すらしい。抽象的な欲望と言われても判り辛いが、こうやって「伸ばされる無数の手」と表現されると、頭の中にぱっとそのイメージが湧きやすい。こういう視覚的な表現というのも、その経歴の表われなのかもしれない。また違う本が出たらきっと買うだろうなと思う作家の一人だ。 |
| 2004/05/30 |