■畠中 恵■
『しゃばけ』
『百万の手』
| ■畠中 恵 (はたけなか めぐみ) |
| 『しゃばけ』 新潮社 (2001年12月刊) ※2004年3月に文庫落ち |
通町に店を構える江戸でも有数の廻船問屋、長崎屋。当主の藤兵衛は商い上手、妻のおたえは江戸小町と呼ばれた美女。おおかたにおいて、この大身代の長崎屋の評判は非常によい。なにもかもといかないのは、この夫婦が一人息子で十七になる一太郎にとんでもなく甘いからだ。金はある、おおいに甘い両親となれば一粒種の息子は極道間違いなしのところだが、この一太郎、非常に身体が弱く、始終寝込んでは死にかけるので、道を踏み外す暇もないといった有様。両親はじめ若だんな大事の手代たちに乳母、おちおち一人で近所に菓子を買いに行くことさえ許されない身の上で、一太郎も時折り息が詰まりそうになる。 さてある夜のこと、周囲の目を盗んで夜に外出をした一太郎は、帰り道に血に濡れた刃をもった男に追われる羽目になる。機転でなんとかやり過ごして逃げ切ったものの、残されていたのは血まみれの死体。やっとのことで帰り着いた彼を待ち受けていたのは、勝手に家を抜けだした若だんなを心配していた手代二人だった。 廻船問屋の水夫たちをまとめる偉丈夫の佐助、長崎屋の持つ薬種問屋を取り仕切る優男の仁吉。長崎屋を支える二人の有能な手代だが、この二人、揃いも揃って一に若だんなで二以下はないという溺愛ぶり。身体の弱い若だんなに十の小僧の頃から祖父の命令でつけられた兄代わりなのである。だがこの二人、ただの手代ではない。本性は犬神、白沢という名を持つ妖なのだ―――。 第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。 ユーモラスな表紙の妖怪のイラストが前から気になっていた本。ようやく読めた。 このイラスト、表紙には饅頭にかぶりついた鬼やらぼろぼろの着物をまとった坊主やら、化け物がずらり。右端に派手な格子の着物を着た若い男が小鬼をわしずかみにして抱えていて、私はてっきりこれが若だんなだと思っていた。が、よく見るとこの男、裏をひっくりかえすと足がない。その先はひゅるりと屏風につながっていて………これは屏風のぞきという妖。じゃあ若だんなは?と見れば、前掛けつけて手代の格好をした三つ目に三本角の白い妖(白沢ですね)。その蹄がかかった先には、三枚重ねた座布団にちんまりと座った小さな男。これが彼です。このちんまり具合が、確かにこの物語における彼の位置を表している、ような気がする。 一太郎は身体が弱い。自ら「死にぞこない」と言うだけあって、とんでもなく弱い。麻疹にかかっては死にかけ、風邪をこじらせては死にかける。今日は起きてくるかで店の者が賭けをし、朝餉を起きて食べるというだけで母親の顔が輝くという有様。心配に不憫さも手伝って周囲の一太郎への気遣いは高じるばかり。 金はあって、何不自由ない身の上で。案じてくれる周囲をよそに、夜中に抜け出して心配をかけたりする。我が侭で世間知らずのぼんぼんだったりするのかなあ、と思っていた。寝込んでいる以外は何をするのかといえば、一応は薬種問屋を預かっている……ということになっている。が、十七で主として采配を振れるはずもなく(そもそもその薬種問屋自体が、長崎屋藤兵衛が身体の弱い息子のために薬を集めたところからできた店なのだが)、店を仕切っているのは計数に明るい番頭と薬種の知識豊富な手代の仁吉。小僧の代わりに薬でも刻もうかとすれば邪魔にされ、小僧仕事の薬湯の番でもしようかと思えば「かぶって火傷でもしたらどうするんです」と追い払われる有様。 ………いったいこの人の存在ってなんなんだろう。 そんなことを思いながら読んでいたのだが、話を読み進めるうちにちょっと彼への視線が変わってきた。妖というのは人間とは考え方がずれている。有能なようでいて、どこかはずれている。その辺りもこの話のユーモアなのだけど(若だんなに頼まれたことを一生懸命に果たそうとしてとんでくる小さな鬼、家鳴たちもかわいい)、人間の世界と妖たちの論理、なんとかその橋渡しをしようとはらはらする若だんな。また、身体の弱い一太郎の唯一の幼馴染である三春屋の栄吉。小さな表長屋の菓子屋の跡取りでありながら、彼は腕が悪い。こうまで不味い餡は作ろうったって作れるまいというほどの腕の悪さだ。十八になっていまさら他の店に奉公もできず、さりとてこのままではどうにもならず。そんな彼の立場をきちんと見抜いて接する辺りで「おや」と思う。自身が病弱で「こんなに心配ばかりかけて、いっそ死んでしまったらと思ったことはないのかしら」と両親の気持ちを慮る辺り、自分が悩みを持っているだけに、人の気持ちを思いやれるやさしい青年なのだ。お蚕ぐるみで育っただけあって世間知らずではあるけれど、頭もいい。私はこの青年に好感を抱いた。 人殺しの展開自体は似た話を読んだことがあるので、途中で読めてしまうのだけど、それに立ち向かおうとする若だんなの心情がいい。彼さえ無事ならどうとでもと屋敷の中に押し込めてしまおうとする手代たちを説得し(この辺りは彼らの反応を読んでの若だんなの駆け引きだ)、できる限りのことを悔いのないよう整えておこうとする。平素は頼りになる二人、佐助と仁吉が肝心のときには助けに来られないこともあって、結局のところ一太郎を守るのは、とにかく彼の勇気と知恵だけなのだ。 表紙にはちんまりと描かれているけれど、この物語の主人公は、間違いなくこの頼りなげな若だんななのである。 一太郎のまわりを囲む妖たちもかわいい。若だんな以外は目に入らない佐助と仁吉の、どこか人間とずれた言動もおかしいけれど(しかも手代生活が長いので、商人根性が染み付いた人間くさい妖なのだ)、頼みに応じて事件をさぐってきてくれる妖たちが、一太郎からお菓子をもらっては喜んで帰っていく辺りも微笑ましい。飴のかけらに金平糖、草もち、団子に大福。ほとんど酒の飲めない若だんなと妖たちのやりとりがかもし出す雰囲気は、この菓子に似てほのぼのとして明るい。 続編として『ぬしさまへ』というのが出ていたはず。こちらも読みたいなあ。 |
| 2004/02/29 |
| 追記。 結局気になってその日のうちに続きを買ってしまった。>『ぬしさまへ』(新潮社、2003年5月刊) こちらは短編集。前作で脇役だった人のその後をたどる話もあって、一作目から読んだ方がいろいろ細かいネタが面白い。 妖たちを手足(目耳、かな)にすっかり若だんなの名探偵ぶりも板について……こちらの方が本格的に捕物帳かな。 必ずしも口に甘い結末ばかりじゃないけれど、すっかりこの若だんなと妖たちが愛しくなってしまいました。続編が楽しみ。 |