■デーヴ・グロスマン(Dave Grossman)
『戦争における「人殺し」の心理学』
ちくま学芸文庫、安原和見訳 (2004年5月刊)
戦争における兵士の発砲率の低さは、長い間、指揮官にとっての悩みの種だった。
第二次世界大戦における兵士の発砲率は15〜20%。兵士にとって、人を殺すということには例えようもない抵抗感を伴うものであり、それはたとえ、自分自身の命が危険にさらされていても、変わることはない。
ところがこの率は、ベトナム戦争においては95%にまで引き上げられた。それはなぜか。
人が人を殺すための心理的抵抗を引き下げる要因を、加害者自身の特質や集団における圧力、上位者からの命令、殺害を誘引する被害者自身の属性、また距離、集団免責などの要因にわけて論じるとともに、兵士の条件付けという心理学的な観点から、訓練の変化を調べていく。
そして、このような殺害を可能とする軍の訓練プロセスにおける条件付けが、現在の映画産業やTVが行っている暴力の容認ときわめて近しいことを述べ、それに警鐘を鳴らす一冊。

「胡散臭いタイトル……」

書店で初めてこの本を目にしたときの私の感想は、これに尽きる。
原題は「The Psychological Cost of Learning to Kill in War and Society」だから、直訳すれば「戦争および社会において殺しを学ぶことに対して支払われる心理的代償」とかそんな感じでしょうか。それを「人殺しの心理学」とばっさりと切り捨てて煽情的なタイトルとしたのは、出版社が負うべき責めだろう。

が、奥付をひっくり返し、原本が原書房から出ていることを見た瞬間、「原書房ならしょうがない……」と呟いてしまったのも事実。二階堂黎人監修の法医学本(ブライアン・H・ケイ『最後の名探偵 科学捜査ファイル』)とか、そうそう『FBI心理分析官凶悪犯罪捜査マニュアル』とか。とにかく出してるこの手の翻訳物のタイトルが実に胡散臭い……中身は意外に悪くないのにね。

ふーん、と思いながら奥付をひっくり返して、今度は驚いた。
これはちくま学芸文庫から出ていて、このラインは決して安い値段ではない(税抜き1,500円<文庫の癖に!)。それなのに、

2004年5月10日 第一刷発行
2005年8月10日 第五刷発行

売れている………(私も第六刷に向けて、一石を投じてしまったわけですが)。

いや、読んでみると、ほんとに意外に面白かったのですけどね。タイトルよりよほど真面目な内容。
著者は米国陸軍に23年間勤務し、歴史学と心理学の学位を持ち、レンジャー部隊・落下傘部隊の資格を保持し、ウエスト・ポイント陸軍士官学校の心理学・軍事社会学の教授、アーカンソー州立大学の軍事学教授をも務めた陸軍中佐です。そして、本人は、人を殺した経験を持たない、その体験に縛られずに一歩引いた立場から考察できるというのがポイントだとか。

手放しには誉めませんが………とりあげられているエピソードが前後に重複して用いられているのは、それだけ使える例が少ないのでは、という疑いを持たざるを得ないし、経歴が経歴だけに「強く正しいアメリカ」という思想が鼻につくきらいがある。惜しむらくは執筆時期で、本書は1995−96年に書かれている。その後のイラク戦争、そしてアルグレイブ刑務所における米兵の捕虜虐待報道が著者の認識にどう変質をもたらしたかを知ることができないのは残念だ。

とは言え、私はここ数年のあいだ日本軍関係の本を読んでまして、ずっと不思議だったのです………徴兵制で、ほんの数ヶ月前まで八百屋や銀行員や小学校の先生だった人たちに、さあ武器を取れ人を殺せと言われて、それができるものかと。というわけで、本質的には「できない」ということが数字を挙げて説明されたことで満足です。
そしてそれが、どうやって薄紙を剥ぐように「殺すことができる兵士」へと訓練されていくのか、そして被害者の何が誘発するのか、要因ごとに整理されているので、わかりやすい。

谷川俊太郎に「兵士の告白」という詩があって、「機関銃で殺すよりも素手で、なぜ殺すのかをゆっくり囁きながら殺したかった、どうして殺す方がより苦しいのかを」とかそういう趣旨の内容なのですが、この本を読むと、この詩の心情の特異性がわかります(普通は殺人の抵抗感を減らすために、機関銃のような道具を介在させようとする)。そういう意味でも興味深かった。

2001年のWTCテロ以来、世界は戦争続きで、イラクは第二のベトナムとなったように見えますが、この本を読むと、どうしてアメリカはこれを捨ててしまったんだろうと思うようなワインバーガー・ドクトリン(政策上の原則などを示した教書。p.449)が載っていて、そうだよなーと思いました。今の世界、なんかおかしいよ。

そしてこの本の最後は、英語原文のタイトルのとおり、どんどん増加していくアメリカ国内の凶悪犯罪に対処するための方法を考察していく。解決方法としてそれが有効なのかというぬるさではあるのだけれど、問題指摘としては面白い。

「殺人事件の原因は、凶悪な殺人を描く映画、ホラービデオ、残酷なゲーム、メディアの影響である」

凶悪な犯罪が起こるたびに、しつこいくらいに繰り返される、フィクション規制論。私もいい加減食傷していて、くだらないと一蹴していたのだけれど、確かにこれ、ベトナム戦争で兵士の発砲率を上げるためにとられた訓練法と同じ……これまで行為の結果に対する識別能力を確立した大人が正常な判断力を持っていれば、これらのフィクションが与える影響などそれほど大きいはずはないと思っていたけれど、判断能力の問題ではなく、反射として叩き込まれている(オペラント条件付け)と言われてしまうと反論に詰まる………それでも私は反論したいと思うけれど。自分が読んできたフィクションのために。

フィクションや記録としての戦争の本を読み漁ってきた私に、「兵士である」ことと「兵士であるから人が殺せる」との間には深い深い溝が流れていること実例に基づいて教えてくれた一冊。

タイトルの割には読みでもあって、面白いです。

2006/04/20