■小野 不由美■
『黒祠の島』
『過ぎる十七の春』
| 小野 不由美 (おの ふゆみ) |
| 『黒祠の島』 祥伝社NON NOVEL (2001年2月刊) |
ノンフィクションライターの葛木志保が失踪した。 式部にとって仕事を通しての友人である彼女は、故郷に帰る前に鍵を預けていった。もし戻らなければ荷物を処分してくれないか―――式部は調査員として、作家の補佐として資料や証人を見つけ出すのが仕事。いわば人探しは本業だ。その自分にわざわざ鍵を預けていったということは、もし戻らなかった時には自分を捜して欲しいというメッセージに違いないと考えた式部は、彼女の行方を追うことにする。しかし、友人でありながらこれまで彼女の経歴について何も知らなかったこと―――葛木志保というのがペンネームであって、本名は羽瀬川志保だということさえ知らなかったことに気づく。周囲にも彼女の故郷を知っている人間はおらず、かつて彼女が漏らした「夜叉島」という言葉だけを手がかりに彼は志保の行方を追い、ついに彼女がもう一人の若い女とともに、ある瀬戸内海の島に渡ったということを突き止める。しかし島に渡ってのちの二人の行方は判らない。まるで島の中から忽然と姿を消したかのように。 独自の信仰を保つ夜叉島は、神領(じんりょう)家の絶対的な権力のもと、代々の「守護」という存在が「神霊(かんち)」に仕えるという。特異な信仰と排他的な島民に阻まれ、志保の行方はなかなか突き止められない。まじないのようにそこかしこに風鈴と風車が揺れる中、いらだちを覚える式部。 そんな中、嵐の夜に若い女の惨殺死体が神社で見つかったという情報を式部は得た―――。 小野不由美といえば、『十二国記』『屍鬼』が有名ですが、ここでは単発のミステリの紹介を。 タイトルにある「黒祠」とは、明治の国家神道政策による宗教の統合から洩れた信仰のこと。それ故に異端の邪教として扱われかねず、島民は排他的にならざるを得ない。そのような信仰が(自分では信じているとは思っていなくても)身体の奥底に染み付いた土地で起こったということが、この事件の鍵となる。 同じく因習の残る田舎を舞台にしているものの、『屍鬼』が様々な立場の人間の主観のモザイクによって成り立つ物語であるのに対し、この作品では、土地に対してのよそ者である式部という男の意識に沿って(三人称ではあるけれど)物語が展開する。思うように友人を探すことが進まないいらだちの間で、なかなか顕かにならない土地の信仰を解いて行く彼の推理の過程は面白い。私自身の好みとしては、殺人事件自体の推理よりも、「カンチ」の正体をめぐる推理の方が面白かったりして。 いささか最後の謎解きが、デウス・エクス・マキーナ(ギリシアの古代悲劇に登場する機械仕掛けの神のこと。物語の終盤に現れて、どうにもならなくなったストーリーを一気に解決する、のだそうだ)によるものめいているのが気になるところだが、その登場の鮮やかさ(特にその色合いのイメージの)で帳消しというところか。 私にとって、小野不由美の書く「ミステリ」はいつも一筋縄では行かない作品ばかりだ。それを言葉にするとしたら「境界の曖昧さ」だろうか。前作の『トウケイ異聞』(新潮文庫所収/すみません、漢字が出せません…)は、その曖昧さが「彼岸」と「此岸」のそれであり、人殺しである闇御前や火焔魔人といった存在が昼と夜の境―――誰彼(たそがれ)時に出るのが象徴的な作品だったし、『屍鬼』は狩る者と狩られる者の関係性とその逆転を描き、両者の区分は渾然としていずれかを一方的な殺戮者として示すことができないような描き方をなされていた。そしてこの『黒祠の島』では、「カンチ様の矢が立ったのなら、それは罪に対する裁きなのだ」という島民の意識に根付いた信仰をもとに、罪に対する応報という考え方、ひいては被害者と加害者の関係の危うさが示される。被害者であれば、加害者に対して復讐をすることは許されるのか。ではそのような加害者が行った罪はどう裁かれるべきなのか。加害者の行為に情状酌量の余地があり、罪が減じられるべきだとしたら、被害者の苦痛はどこへ行くのか―――現実の刑事裁判においても近年ようやく被害者保護という観点から見直しがなされてきているが(<この辺りの矛盾を描いた菊地寛の「ある抗議書」/『無名作家の日記』岩波文庫所収の先見性は見事)、この『黒祠の島』においては、式部はその問いに対して答えを出すことができない。その混乱こそが、私が思うこの本の「境界の曖昧さ」である。 そして、最後のページを閉じたとき、私の脳裏には、無残に殺された被害者の死体の白さのイメージだけが浮かび残る。加害者にも殺害に至るまでの事情はあるのだと。そう言って弁護をするのならば、それではただ自分の将来を切り開く為に必死に生きていただけなのに、残酷な死を迎えざるを得なかった彼女の苦痛はいったいどこに行くのだろう―――。 |