■福井 晴敏■
『川の深さは』
『終戦のローレライ』

■福井 晴敏 (ふくい はるとし)
『川の深さは』
講談社 (2000年8月刊)
―――あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?1、足首まで。2、膝まで。3、腰まで。4、肩まで。

 元警視庁捜査四課の警部補だった桃山は、周囲との衝突の結果職を辞し、現在は亀戸でビルの警備の仕事に就いている。家庭も壊れ、将来に何の希望もなく、考えることは毎日どうやって時間を潰すかぐらいしかない・・・そんな四十代の男だ。
 ある晩、彼が夜勤をしているビルに、まだ十代と見える若い男女―――保と葵が逃げ込んできた。保は戦闘のプロとしての訓練を受けているようだが、大怪我をしている。手当てをしてやり、ヤクザに追われている二人を匿ううち、久々に自分を頼る相手がいることの喜びを覚える桃山。三人の間にささやかな友情が生まれるが、数日後二人は姿を消した。元の空虚な生活に寂しさを覚え、桃山は二人を探し始める。しかし彼らを追っているのは桃山だけではなかった。かつて刑事だった頃の知り合いであるヤクザの金谷の他、CIAの在日関連会社、それに保の元上司だという女、城崎涼子―――いったい保と葵は何故追われているのか―――。

 『Twelve Y.O.』で江戸川乱歩賞を受賞、『亡国のイージス』で日本推理小説協会賞・大藪春彦賞・日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞した福井晴敏の原型ともいえる作品。登場人物は全て違うものの、設定が重なっている点が多いので、順番に読んだ方が面白い・・・にも関わらず、乱歩賞最終選考で落ちたという経歴が災いしてか、まだ文庫に落ちていない。<一番新しい『イージス』でさえもうじき文庫になるというのに・・・。私はこの『川の深さは』が一番好きなので、残念。(追記:『イージス』の文庫化ののち、この本も講談社文庫に落ちました)

 三作品とも基本パターンは同じ。優秀な若い兵士と、たたきあげのベテランだが気性の真っ直ぐさが災いして現状に不満を覚えながら日々を過ごしている中年の男という組み合わせ。中年男の職種は様々―――『川』では元マル暴の刑事だし、『12』では事故でヘリのパイロットへの道を挫折した陸自の地連の手配師、『イージス』は海自の先任伍長だ―――だが、彼らに共通しているのは非常に「まっとう」だということだ。一度は諦めても、どうしてもこれはおかしい納得できないと思えば、くらいついて自分の力の限り戦う。そして優しい。自分よりも若年の相手を―――例えそれがどんなに優秀な兵士であっても―――必ず気遣い、かばう。彼とぶつかりあうことで、戦闘力こそ優れているが人間としては歪つな育ち方をした少年たちが戦闘機械ではない「人間らしい」感情を育てていく―――これらの話はどれも一人の人間の成長譚としても読める。それは自分自身の感情を勝ち得る少年たち(「なんだかニュータイプっぽい」と思った人は正しい。作者の福井晴敏は『ターンAガンダム』(『月に繭地には果実』と改題/幻冬舎文庫)という本も書いてます)の物語であると同時に、失われた若い頃の情熱を取り戻すオジサンの物語でもあるのだ。

 設定としてはものすごくSF自衛隊(笑)なのだけれど、ここに描かれた国防への危機感というのは、このところ出てきた自衛隊に関わるミステリ(古処誠二『未完成』や五條瑛の『スノウ・グッピー』など)にも共通するところで、自分が暮らしている国の危うさというものを痛烈に示してくれる。『12』だと沖縄壊滅、『イージス』だと日本壊滅・・・というレベルの話になってしまうスケールの大きさなので、私としては比較的こじんまり(笑<これでもね・・・)した『川』が一番好み・・・・・・あからさまにオウム真理教の地下鉄サリン事件を模した事件が出てきたりと、ちょっとひっかかる点はないでもないですが、私はこの保と葵という二人と、彼らに出会って嬉しそうにはしゃぐ桃山の様子が好きなので、これがイチオシ。

 あなたの目の前に流れる川の深さは―――情熱度を示すというこの心理テストで「肩まで」と揃って答えた桃山と保。そして物語の終盤近く、涼子の口からこぼれる「川の深さは」という問い。亀戸という土地柄、目の前に流れる荒川―――そしてそこから続く海と相俟って、この話の底には川のイメージがずっと流れている。時に性急なほどに生硬な理想を語る文章が馴染めないという人もいるかもしれませんが……組織の身勝手な論理に抗ってあがく彼らの姿に私は夢中になりました。面白いです。<ついでにこれ読んだあとで「朝高サンド」も作って食べてみました。ベーコン厚切りにするとなかなか美味しいです。

 ハードボイルドジャンルにどっぷり浸かって中年のオジサマが好き(笑)という人には『亡国のイージス』もお奨め。船上組と別に、地上で対応に追われる人々の中に、防衛庁の内事本部長と内閣安全保障室長という役職の癖に会議中にメモでトイレに呼び出しなどしている人たちがいて、あんたら中学生かいっ!!とツッコミをいれたくなってしまう微笑ましさです……。

2002/06/25

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