| ■福田 定良 |
| 『新選組の哲学』 中公文庫(1986年10月刊) ※2003年12月現在、出版社品切中 |
「新撰組」を描いたドラマシリーズについてある雑誌に感想を書いた私は、ふとしたことから近所にすむ一人の老人の訪問を受けた。彼とその老妻も同じドラマシリーズの大ファン。その老夫婦と知り合ってから、私は彼らのもとをしばしば訪ねるようになった。それというのも、その老人が見る夢というのが、新撰組の面々が語り合っているというお話になっているからで、それを聞かせてもらうのが私のひそかな楽しみとなったからである―――。 中学生時代だったか、麻疹のように新撰組にはまった。 きっかけは判りやすく司馬遼太郎『燃えよ剣』から。短編集の『新選組血風録』を読み、まずは原点に戻ろうと子母澤寛の『新選組始末記』に始まる三部作(※『座頭市』を書いた人ですが、新撰組の生き残りや近かった人たちからの聞き取りで本をまとめてもいる)を読み、地元の図書館においてあった「新選組」と名のつくものは片っ端から読んだ。それはもう、ついうっかり『新選組殺人事件』などという超駄作まで読んだくらい。……が、しかし。当たり前のことなんですが、何冊読んだところで展開は同じわけで。物語がどこから始まるか―――多摩の試衛館だったり京で新撰組として認知されてからだったりそれはいろいろだが―――の違いはあっても、芹沢鴨と仲違いし、池田屋事件で名を挙げ、伊東甲子太郎と決裂し、鳥羽伏見の戦いで負けて……という流れは変わらない。主人公が沖田だろうが土方だろうが永倉だろうが島田魁だろうが同じ。それはそうで、うっかり鳥羽伏見の戦いで新撰組他の幕軍が勝つようなら、それはもはや「IFもの」と呼ばれる別のジャンルだ。それはわかっている。だがしかし。 ―――飽きるんだよねえ。 こんだけ読んでたら、たまには違う展開になったりしないだろうかと思うのも人情(多分)。それは中には「実は芹沢鴨の暗殺は新撰組以外に犯人がいた!」とことごとく定説とされる新撰組のやった暗殺に別の犯人を用意するミステリ仕立て(※沖田と恋人の舞妓が探偵)の連作集とか、沖田が子持ちの未亡人と結婚して義理の娘ができる話とか、バリエーションはないでもないのですが、そればかり探していてもね。 新撰組というのはいったいどの辺りに魅力があるのだろうか。いろいろ書いてあるけれど、多分適当にまとめるとすれば「時代が移り変わろうとするときに、武士という生き様に誇りをもって散っていく男たちの滅びの美学」とか、まあそんな辺りでしょう。こう書いてみると、かつて「歴史マニアの間では『新撰組が好き』だとはミーハー過ぎて恥ずかしくて言えないとまで言われていた」という理由がわかります。私だって恥ずかしい。 それはさておき、上記の理由であるとしたら、読めば読むほど新撰組は負け戦が増えていくわけです。下り坂。だって滅びの美学だもの。負けたときの反応が読みどころなんだから。とは言うものの、何冊も何冊も読んでいたら、とにかく延々と負ける話が続くという……途中で飽きるというのもわかるでしょう。史実は理解してるとはいえ、たまには勝ってみろよと思うのも道理。ついには読み進めても負けて悲惨な状態にならない新撰組の本というのはないだろうか……という心境に至ったとしても不思議はない。 それが、あったんですね、負けない新撰組の本。何しろ戦をしてる場面がほとんどないんだから。それがこの『新選組の哲学』である。 最初に「老人が見た夢」だからという免罪符を掲げてしまったのがこの本の強み。史実と関係なくたって問題なし。だって「夢」だもの。 岡本綺堂の『半七捕物帳』のスタイルを模し、夢の物語を挟むように最初と最後に老人のコメントが入るという形をとっているのだが、夢に現れる新撰組の面々がいいのです。特に沖田。『燃えよ剣』に描かれた青年のあかるさそのままに、いたずらを思いつきしかけてまわっては周囲の反応を楽しむ。それがついこちらまでつりこまれてしまいそうな楽しそうな風情なので、読んでいる私まで嬉しくなってしまう。それだけに最後の「山南と沖田の死に方」の結末には、突き放されたような思いを覚えるのだけど―――夢は終わりということかしら。 他によく登場する面子といえば、土方歳三に斎藤一、原田左之助、永倉新八といった面々かな。幽霊話があったり罪の無い猥談をする話があったり、なかでもよく沖田と喋るのが斎藤でしょうか。特に急に代打で訓話をさせられることになった一日を描く「斎藤一の訓話」はお気に入り。飄々とした風情の彼が抱いている覚悟が窺われて、なかなか格好いいのです(斎藤は幹部の中では珍しい明治以降への生き残り組なので、歴史ミステリでも登場する時があります。新宮正春の「西郷暗殺行」なども斎藤が格好いい短編♪)。土方については定期入に彼の写真を入れて持ち歩いていた院の先輩には憤慨されそうな記述もないではないけど(「土方歳三の癖」)、私はこの本の人間くさい彼が結構好きなのです。 結局のところ、この本は一人の哲学者(らしいです。大学で哲学を教えていた先生らしい)が描いた“同人誌”なのだ。 けれど、文章の合間から彼が新撰組の面々に向ける愛情が伝わってきて、読んでいるこちらも微笑ましくなるような内容で、私はとても気に入っている。残念ながら現在は出版社品切れになっているらしいけれど、もし機会があれば新撰組好きな人には読んでみて欲しい一冊。 |
新撰組のこんな壁紙を見つけたので、 なにか関連の本の紹介をしようと思って こんな古い本を引っ張り出してみました。 上に挙げたもの以外に新撰組の小説としては、 きれいなメロドラマではありますが、 広瀬仁紀『沖田総司恋唄』『土方歳三散華』辺りが好きでした。 昔は富士見時代小説文庫に入ってたけど(私が持ってるのはこれ) 現在は小学館文庫に入っているらしいです。 |
| 2003/12/23 |