シアタードラマシティ ダンスアクトシリーズ vol.2
『スターダスト in 上海』
2002年12月7日(土) 青山劇場公演 昼の部 13:00〜14:45

1幕 プロローグ P-1 叶の心の呪縛
P-2 上海
エピソード1 ブラディ・ドール1
1-1 ブラディ・ドールの住人たち
1-2 ブラディ・ドールの歌姫
1-3 川中と叶の出会い
エピソード2 京劇「野猪林」
2-2 京劇「野猪林」 前半 妻との別れ
2-3 スターダスト登場、叶の前世
エピソード3 叶と林冲
エピソード4 梁山泊の志士登場
2幕 エピソード5 ブラディ・ドール2  オン ザ サニーサイド オブ ザ ストリート
エピソード6 輪廻転生
エピソード7 ブラディ・ドール3
7-1 菜摘の歌声
7-2 惹かれあう二人
エピソード8 北斗七星
8-1 京劇「野猪林」 後半
8-2 林冲救出
エピソード9 怒りの志士
エピソード10 叶の再生、呪縛からの解放
フィナーレ 替天行道(志を掲げて)

<お断り>

この感想を書いてる人は、『Bloody Doll』および『北方水滸伝』もさることながら、元々が『水滸伝』好きの人です。
ですので、ひっかかる点が微妙に他の人と違うかもしれません。

また、ダンサーの方々を誹謗中傷する意図は毛頭ありません。

その辺りご了承くださいませ。

※なお、黄緑色の字になっている辺りは、観劇した人たちとの会話によるものです。勝手に引用させてもらってゴメンね。

また、黄色の字で書かれた部分は、パンフおよびナレーション、台詞などを引用した部分です。
この辺りの間違いの責は、書き取った私にあります。
ナレーション等、メモを取っていたわけではないので、間違いあればご容赦ください。


前評判は、先に公演を終えた関西からいろいろ届いていた。
「同僚から新聞記事もらったの」という人からは「新聞に『異様な舞台が展開』って書かれる舞台ってどうよ!?」とか。
「衣装が…(以下沈黙)」というコメントとか。
「藤木さんが滑らかに激しく踊ってました」などなど。

どんな舞台よ。と思ってい
たら、前日の飲み会にて判明したこと。

「え、姐御D列?しかも1階?S席取ってんの!?」


…なにそれ。私はみんなS席取ってるものだと思ってたよ。だって先行予約って普通S席しか取れないじゃん。え、A席も取れたの?聞いてないよ!!…でも多分知っててもS席取ってるなきっと。だって金額そんなに違うわけじゃないし。どうせならいい席の方がいいでしょ。

…終演後、一緒に反省会をした人々のうち、S席取ってたのは私だけでした…みんなやる気なさすぎ!!(笑)

D列というのは4列目のことであろうか…とちょっと恐れをなしていた私。別にそこまでいい席でなくてもよかったのになーと思っていたら、8列目でした。まあこれくらいかな。

パンフ(1,500円也)も買って、席でめくってみる。へーこういう構成なのか。出演するダンサーの紹介…あ、この人は知ってる。演じる役どころ…『水滸伝』の役……へー…え?えええええ???

困惑しているうちに、開演。すみません、私まだ混乱しているんですけれど!!

冒頭、男が出てきて銃を構えている。二階席と同じくらいの高さのボックスに、ブルーのロングドレスの女。ぱあん!!という激しい銃声とともに、女がぱったりと倒れる。男、転がる。ごろごろごろー。暗転。

バレエというからには、ずっと無言なのかなーでもそれじゃ話わかんないよね。と思っていたら、ときおり粗筋を語るナレーションが入る。川中と藤木と坂井がここの街に流れてくるまでの事情が簡単にまとめられる。…なんかねーこのナレーションがいちいちへこたれさせてくれるコメント満載で…きっぱりとした語り口は、まるで特撮映画のよう(苦笑)

まず最初に言っておくと、ダンス自体はすごかった。
人間ってこんなに身体が動くものなんだなーと思ったし、きちんと鍛錬をしてきた人の身体ってのは、こんなに筋肉が綺麗につくものなんだなと。
群舞のシーンなどは、素直に感心しました。

私は舞台はよく見るけど、ダンスというのはほとんど見たことがないので、振り付けがどうとかいうことには素養がないのです。
ので、「ヘンな動きしてるー」と思っても、なんか意味があるのかもしれません…そういうのはわからない女が見ていると思っていただきたく。

本当に、ダンサーの人たちの動きは凄いなと思って見てました…ので、別に誹謗中傷するつもりはありません。念のため。

さて、このバー「Bloody Doll」がある街。いきなりなぜか
上海です。しかもこのナレーション、「阿片窟」とか「魔都」とか言ってます。…今、上海は市場経済の発展著しい商業都市なんですが。いったいその上海はいつごろのことでしょう?<私の心の中では「舞台:1930年代説」有力。

しかしパンフを見たら
「2002年」とありました。
きっとパラレルワールドの世界では、2002年になってもまだ「魔都・上海」なんでしょう(と片付けることにしました)。

そんな街、上海に流れ着いた三人の男たち。川中と坂井、藤木の簡単な紹介がなされる。…しかし
「極道」って単語が流れるバレエなんてこれくらいだろうなあ(苦笑)<「償いきれない大罪を犯し…」って、ほんとにそう思ってますか藤木さん?

で、三人で踊るんだけど…衣装……衣装………っ!!

藤木は比較的三人のうちでは一番普通(だと思う)。黒のタキシードじゃないのは残念ですが、形的には一番普通のスーツに近いです。でもちょっと紫に近い?舞台が暗いので、照明の関係もあってか、二階席とは少し色の見え方が違うようです。

そして川中…燕尾服とは違いますが、あんな感じの裾がずるずると長い衣装に、袖口の折り返しは紫のサテンぽい感じ。シャツも紫というか藤色。前世の場面でも同じ色を使ってたので、イメージカラーなのでしょうか。

そして坂井……スーツはやたら光るグレー…秋芳さんは「エナメルじゃない?」と言うが、私の目には「サテンっぽい…」と見えた、そんな感じ。そしてその中に着ているシャツは、
緑色のシースルー…一階席からだと乳首まで透けてばっちりです(涙)。もうちんぴら全開。あのーその格好でお店に出るんでしょうか?あっ、シェイカー振ってる!!ほんとにお店に出る衣装なのね!?(<私服でもイヤだけど)…私、バーの扉開けてこんなバーテンがいたら、速攻扉閉めて帰ります。ホストクラブに来たの私!?って…

叶は…
上下白スーツに中は濃い青色(※二階席の人からは、紫色だというコメントあり。照明の関係かな)。ちなみにスーツの裏地は真紅でした。

「あのスーツが着こなせる時代はやはり1930年代辺りじゃないの?」
「そうだね、きっとまだ日中戦争前だよね…」


でも2002年なんだそうです。おそるべし魔都上海。

「でも私の叶さんのイメージはあれでオッケーなんだと舞台みて思った」
「い、いいの?ほんとに?」


パンフにキャストと北方御大が並んで映ってるモノクロ写真があって、そっちの黒のスーツやドレス姿の方がずっと格好よかったんですけど…踊るのに素材(固さとか伸びやすさとか、動いたときにどれくらい綺麗に翻るかなど)の関係もあるのかもしれませんが…あの路線ではいけなかったんでしょうか衣装。

そして。
衣装もさることながら、ナレーションも気になります。

「かいじょう」「そうじゅつ」「たくとうてんおう」、これを耳で聞いて即座に「廻状」「槍術」「托塔天王」と直せる人って、どれくらいいるんでしょうかねあの会場に。
(ちなみに「托塔天王」とは、『水滸伝』の登場人物・晁蓋の渾名で、「多聞天」つまり毘沙門天を意味する言葉です。パンフには、ナレーションにあったこの言葉は載ってませんでした。不親切…)

ついでに言うと、このパンフ、そこかしこに誤植が散見されます…北方御大のページ、BDと水滸伝の簡単な紹介しているところ、「全10刊」とか「5刊目」などとなっていますが、正解は「巻」です。他にもちらほら。「宋」と「宗」、「受賞式」と「授章式」などなど。もう少しきちんと校正していただきたいものです。

そしてBDの紹介「本格ハードボイルドの金字塔」って、どう考えても角川文庫の既刊紹介のページから引っ張ってきたとしか思えません。私はハードボイルド小説は結構読むけど、そこまでこのシリーズが高い評価を得ているとは、寡聞にして知りません(苦笑)。
<パンフに評論載せている方々はどうか知りませんが。なんとなくこの顔ぶれ見ただけで私的には意気消沈。

少し脱線したけれど、とにかくあのナレーションには非常に違和感を覚えた。
日本語としても違和感の残る表現が多かったし(耳で聞く言葉としては固過ぎるというのもある)、粗筋概要にしても、あまりに説明口調過ぎ。原作を知らない、このダンスからこの世界に触れるという人を対象としているのかと思えば、さきに挙げたように、耳で聞いただけではわからない単語が多すぎる。ダンスに興味がある人には、その世界のストーリーなんかどうでもいいのかもしれないが、少なくとも私としては首をひねらざるを得ない。いったい観客として、どういう層を想定しているんだろう?と。

私が首をかしげている間に、舞台は現代(あくまで私は1930年代だと…<もういいって)のバー、「Bloody Doll」へ。

その前に舞台装置の説明をしておくと、セットと言えるほどに大掛かりなものは何もない。
ただ舞台の奥に、時々箱(
「あれって、長持ち?」「なんじゃない…?」)や、カウンターとスツールが二脚が置かれるくらい。
舞台は右手に二箇所、左手に二箇所、頭上に一箇所、ちょうどダンサー1人が踊るのにいい大きさのボックスが中空に据えてあり、キャスト紹介などでは、順繰りに個々のスペースにライトが当たっていく。

舞台音楽は、録音されたものが流れる場合もあるが、実際に舞台の上にピアノやドラムセットが置かれ、胡弓やヴァイオリンなども舞台で演奏される。生音楽だから、その辺りは贅沢なもの。<胡弓弾いてた人の衣装が中国系のデザインでちょっとかわいかった。

登場人物として、ボックスに一人ずつ立った川中・坂井・藤木の簡単な紹介(この文章も私はひっかかったけど、まあよしとしよう)がなされる。この舞台に出てくる登場人物は、『Bloody Doll』からはこの三人と叶、それに菜摘だけ。

「キドニー出てこなくてほんとよかったよ私」
「登場人物、ほんとごろごろ転がりますもんね」
「キドニーが転がったらあばら折れるって」
「やっぱパイプ取ってバランスとかやるのかね」
「六法全書持って踊るのよ」
「えーそれはちょっと…」


そして真矢みき演じるところの秋山菜摘登場。

「東京で人生に疲れた女、秋山菜摘。………(中略)………彼女の視線の先には、川中良一の姿があった」


……秋山の立場は!?


東京のクラブで歌っていて、今は上海に流れてきて「Bloody Doll」の専属ジャズ歌手になっているという設定。
しかしこの菜摘さん、独身なんですかね……それなら「秋山菜摘」じゃなくて「渡辺菜摘」でもよかったんじゃ?

「東京で人生に疲れたって言ってるんだからさ、きっと律ちゃん東京で死んじゃったんだよ」
「しかしこの菜摘さん、どんどん浮気しそうだよね…」


なんというか、酒場の女!という感じに見えたのは私だけでしょうか……どこらへんに「秋山」にする意味が?<いーじゃん、「渡辺」で!!

そして私をパンフ開けるなり絶句させたこと。

「宋江の生まれ変わり」

……はあ?菜摘が?と言いたくなりました。私。

『水滸伝』を読んでいない人に簡単に説明すると、宋江とは、梁山泊(水滸伝の盗賊たちが拠って立つ山塞)の序列第一位、頭領の男の名前。北方水滸伝は、原作とは大きく設定も掛け離れていて、登場人物の設定を借りただけで、ストーリー展開としては全く違っている。なにしろ108人の豪傑が揃うところが『水滸伝』のひとつのクライマックスなのに、全員揃う前に既にぼろぼろと死んで欠員が出ているのだ。

というわけで、原作では卑怯で小心な偽善者(<私はこの男、大嫌いなのだ)であったはずの宋江の造形も、北方の手にかかるとまったくといっていいほど変わる。武術には練達していないものの、ひたすらに国のありようを憂い、その志を綴った文章が「替天行道」という冊子となって、国中に広まっていく。その人柄に惹かれ、各地の男たちは彼を救おうとし、慕う。いわば、『Bloody Doll』における川中のポジションにいるのがこの宋江なのだ。

北方水滸伝では、もう一人の頭領として晁蓋という男がいる。宋江が各地をまわって同志を集める役割を担うのに対し、晁蓋は梁山泊に拠って本陣をまとめる役を負う。より内省的な宋江に対し、あけっぴろげで快活な晁蓋。静と動とまで言うと言いすぎかもしれないが、二人の頭領はそれぞれに人望の厚い存在ながら、性格付けが違う。…この晁蓋の生まれ変わりが川中なんだそうだ。

原作好きの私としては、生まれ変わりっていうなら誰が誰なのかなーとは予想をつけていた。
川中はまずきっと宋江だよねー、晁蓋って可能性もあるけどさ。などと話してはいたものの、「菜摘=宋江」は予想外だったよ!!ああ確かに奇想だったわ!!

「菜摘の歌声は宋江の志‘替天行道’という設定であり、男たちの前世の魂を甦らせる役割を果たす」<パンフより。

…あのさー、「替天行道」って、「天を替えて道を行う」…つまり
革命の意味なんですけど。あの歌のどこらへんにそんな意味が?
わからん。全然わからん。わかんないのは私だけか?私が原作に拘りすぎてるのか?

舞台を見ながら口の中で唸っている私をよそに、舞台は先に進んでいく。
ああなんかよくわかんないけど、川中と藤木と坂井が三人で踊ってる。たしかに踊りは見事なんだけどさー微妙に、こう微妙にいたたまれない気持ち…ぷ、ぷちらいんだんす?(<動揺のあまり言葉もひらがな)。それにしても坂井、その衣装は、衣装は…っ!!(泣)

でもって、舞台によくわかんない黒尽くめの男が出てきて、菜摘に絡んでいる。
坂井と藤木が踊りながら殴ったりつきとばしたりしているんだけど(この辺りの坂井は非常にちんぴらっぽさが出ていて良かったと思います…<誉めてるんだか微妙な表現ですが)、なかなか男はしつこく諦めない。

私はてっきりこれが叶だと思って、
「叶…ずいぶん落ちるところまで落ちぶれたのね…」と思ってました。

すると白スーツの(<しつこい)叶登場。
なんだこの男、単なる暴漢だったのか…(いまだ話についていけていません)。
<パンフによると、この酔っ払い、『水滸伝』の英雄である史進の魂が乗り移っているという設定だそうです。なんでー(涙)

叶は藤木と坂井が二人がかりで手をやいていた男をあっさりと撃退。
菜摘が「どうもありがとうございます」と礼を言う。

菜摘 「どこからこの上海へいらしたんですか」
叶   「上海…ここは上海なのか」
菜摘 「え?」
叶   「わからないんだ…どうして自分がここにいるのか」

私、この台詞を聞いたとき、てっきりもう『水滸伝』の林冲が乗り移っていて、自分がどこにいるのかわかってないのかと思いました。
が、林冲がシンクロするのはこのあとなのでした……
叶ボケてるの?天然?

「あなたの歌声に惹かれて、何故だかわからないがついバーに入っていた」

…私、普通ならこれは出来の悪い口説き文句だと思うところですよ叶さん。

この舞台での叶は、商社に入って
一年後にいきなりアフリカに転任し、その後、黒人の父と中国人の母をもつ女と出会うが、自分の手配した船にブラックマーケットの荷物を積まれ、拿捕された為に、無実の罪で投獄
数年後、出獄したのちに恋人を射殺、殺し屋となったという設定。

……南アフリカで解放戦線の武器なんか運んでて、数年で出られるんですかね。まーいいけど。←投げやり。

すると銅鑼の音がなって菜摘が「ショウタイムだわ。見てらして」とかなんとか叶に声をかける。
そう、このバーの売り物のひとつは、ショウタイムに行われる京劇なのでした。

あの、さあ。
どんだけ広大なバーかしりませんが、京劇やるバーってさ…。

私は京劇はTVとか映画くらいでしか見たことないが、上演されている地方は違うものの同じような様式である「越劇」というのは生で見たことがある。
シンガポールの劇団だったのだが、高校の狭い講堂で上演されたそれは、高い歌声と鳴り物ががんがんと反響し、前の方に座っていた私たちはみな終わったころには耳が使い物にならず、くらくらしていた。
<もっと広いところで上演されたら良かったんだろうけどさ。

京劇のあのにぎやかな鳴り物、酒飲んでるときに聞きたいか?というと、酒飲みの私としては謹んでご辞退させて頂きたく思います。
やだそんな落ち着かないバーなんて。

むむむむむーと唸っているうちに、ショウタイムの京劇が始まる。
演目は「野猪林(やちょりん)」。水滸伝に題材をとったもの。
美しい妻を高官の息子に目をつけられた林冲が、無実の罪を着せられて捕らえられ、妻は自害する。という粗筋が、ナレーションで簡単に流れる。

舞台の手前の方で京劇をやっている間、奥のカウンターにはスツールに川中と菜摘が斜めに腰かけて、京劇を見ていた。確か叶は立って見ていた(ような気がする)。で、カウンターの中で、藤木と坂井が仕事してる。時々藤木と坂井がなんか喋ってる。仲良さそうだこと。パントマイムで藤木がボトルの栓を開けていて、坂井がシェイカーを振っている。…坂井、なんか振り足りなくないか?

「坂井さー、シェイカー振ってるとき、ついうっかり京劇の鳴り物と同じタイミングで振ってたよね」
「酒作ってるのはいいけど、その振ったシェイカーを全然グラスについでなかったしねー」
「きっと石使ってシェイクの特訓してたんだよ。あの鳴り物の中でなら、石の音も全然聞こえないし」

…観客はいろんなところを見ているものです。

この坂井、別のときにはカウンターに肘ついてました。手があいてる時、なんにも仕事してないし。髪かきあげてるし。私はちょっとこんなバーテンはイヤだな…(苦笑)

そしてこの辺りで「スターダスト」くん登場。

舞台の中で、BDの登場人物でも『水滸伝』の人々でもないのが一人いる。それがスターダストくん。
彼はドレッドっぽい頭で、ちょっと不思議な格好(「服飾美術系の専門学校の人みたいだ…」と思ってました<偏見?)をしている。

パンフによれば、「スターダスト」とは
「古代と現代をつなぐ時の行者(時の妖精)。登場人物すべての前世、来世を見守り、彼らを導く役目を果たす。それぞれの苦悩や悲しみを受け止め、勇気を授ける存在でもある」だそうです。

わからん。

しかしまずつっこみたいのは、
「時の行者(時の妖精)」という表現。おいおい、「行者(ぎょうじゃ)」は「妖精」とカッコでつなげられるものなのか!?じゃあ役行者は妖精なのか!?もしかして「行者」を「時を行く者」という意味で使ったりしてないよねまさか!?

この辺りですでに笑う気力すらなくなってくる私。ちょっとうつろ。

スターダストくんは、時々現れては人を長持ちにしまってみたり、服を着せかけてみたり、いろいろこまごまと働いている。…が何をしているのか、舞台を眺めている私にはちっともわからなかった。だって、全知全能の存在なのかと思いきや、多分「怒りの志士」ってパートだと思うんだけど、残りのキャストが全員真っ赤な衣装で踊る群舞のとき(これは良かったな)、一人だけグレーの衣装で、駆け抜けようとしては遮られたり押し止められたりして困惑している。うーんなにがしたいんだスターダストくん。パンフに書かれているほど働いていたようには見えないぞ。

「あのさ、スターダストくんて何してたの、結局」
「だから、生きる気力足りない人々に、途中で死んじゃって悔しいって人の魂を入れるんでしょ」
「……やばいじゃん、今ここにいる人たち、みんな心のシャッター降りかけてるよ」
「いかん、しっかりしないとスターダストくんが来ちゃうよ」
「背後にいるね、吹き矢もって!!」
「ぷっ(吹き矢の真似)」
「ぐあ、アンテナが…」


そして決定的な疑問。

「あのさ、『水滸伝』の人たちって、甦って川中とか叶に取り憑いて、でもって結局何するの?」

なんにもしないんですねーこれが。事件らしい事件もなく(叶は誰だかを追っかけて上海に来たとパンフにあったが、全然それは舞台では語られない)、ただ叶が「生きていけるような気がする」とか呟いてそれだけ。
だいたいが、『水滸伝』というのは革命の物語なのだ。国を変えようとする人たちの話(※原作では違います。北方版の話ね)。
それに対して、BDというのは、「好き勝手やりたきゃ、俺の見えないところでやってくれ」…要するに
あんたたち、自分に関係なけりゃどうでもいいんでしょ!?という人々。どこが重なるのだ。

それはともかく、京劇を見ていた叶と、林冲がシンクロする。

この舞台だと、BDの登場人物と『水滸伝』の人々(つまり前世)を二役勤めるのは、菜摘=宋江の真矢みきと、川中=晁蓋の西島千博の二人だけ。あとは叶・藤木・坂井を演じているダンサーと『水滸伝』の人物を演じるダンサーとが同時に舞台上に存在し、同じ動きをすることによってシンクロ、魂を受け渡すことが表現される。この場面では、三組のダンサーが同じ動きで踊る。

しかしなーこの辺りのナレーションも、『水滸伝』好きの私からすると、つっこみたいところ満載。

舞台上では、『水滸伝』側のキャストたちが揃いの黒い衣装(みんな黒の中国拳法の胴着みたいな感じの衣装なのですが、一人一人服の裏地のおよび紐の色が黄、緑、紫などと違う。あと背の模様も違ったっけ)で踊る。手には棒や剣。踊るたびに裏地の色が現れて、これはかっこよかったな。……ずっとこの路線でやってくれればよかったのに。

踊る人々の姿に、こんな感じのナレーションが重なる。

「国を変えようとした彼らは、やがて高キュウの軍に破れ、殲滅されていくのであった…」

はーい。異議あり。

高キュウ(人偏に「求」)ってのは、四奸臣の一人で、『水滸伝』最大の憎まれ役。その養子が林冲の妻・張氏(北方版だと張藍(ちょうらん)という名)に横恋慕した為に林冲を陥れたのもこいつだけれど、梁山泊の壊滅はこいつのせいではないのです。

北方版はいまだ連載中だから、まだ梁山泊は壊滅してません。というかまだ全員すら揃ってません。しかも梁山泊の敵は、高キュウではなく、「青蓮寺」と呼ばれる諜報・暗殺を担う国政の裏で動く部隊。むしろこの青蓮寺と高キュウは反りが合わない。だからこの表現はおかしい。

また原作に準拠するとすれば、梁山泊の壊滅もまた、高キュウの軍に破れたためではない。彼らは皇帝の家臣となることを渇望する宋江のせいで、招安を受けて皇帝の軍隊となる。それで宋を脅かす辺境の叛乱や外敵を鎮圧するために出動し、その戦の中で死んでいって、最後は高キュウら奸臣の手によって頭領二人が暗殺されることで物語は終わる。…ほーら、高キュウの軍に敗れたせいじゃないでしょ?

この辺りもそうなんだけど、ずいぶんいい加減なまとめ方をしているのだ、このナレーション。

「敗れて死んだ百八の星は、天にのぼって北斗七星となり、また現代の上海に甦る」

…おいおい、108から7って、えらいディスカウントだな!!

千手観音像かよ!!<25本の手で1000本分

というつっこみはさておいて、この辺りもおかしい。
それは北斗七星となった顔ぶれである。

BDの登場人物で『水滸伝』からの転生とされているのは五人だけだが、過去世の『水滸伝』の登場人物で名前があがるのは以下の七人だ(左は渾名。読みがなも書いてみた)。

托塔天王 晁蓋 川中良一 たくとうてんおう ちょうがい
呼保義 宋江 (天魁星 第一位) 秋山 菜摘 こほうぎ そうこう
入雲竜 公孫勝 (天間星 第四位) 藤木年男 にゅううんりゅう こうそんしょう
豹子頭 林冲 (天雄星 第六位) 叶竜太郎 ひょうしとう りんちゅう
花和尚 魯智深 (天孤星 第十三位) かおしょう ろちしん
九紋竜 史進 (天微星 第二十三位) くもんりゅう ししん
短命二郎 阮小五 (天罪星 第二十九位) 坂井 直司 たんめいじろう げんしょうご

見てもらえればわかるとおり、川中が生まれ変わりだとされる晁蓋には、順位と星の名前がついていない。つまり、原作では百八星には入っていない人物なのだ。同格の頭領でありながら梁山泊が成立する前に戦死してしまったので、第一位の頭領となった宋江が祭り上げた人物であって、いわば別格。順位にすれば第ゼロ位といったところだ。原作からしてさっさと死んでしまう人なので、いつ死ぬかとひやひやしている割に、北方水滸伝ではまだ生きているのだが(代わりに他の人がさっさと死んているけど)。

というわけで、
「百八星が北斗七星に…」という表現もおかしい。

揚げ足取りかもしれないけど、設定の拾い方がほんと杜撰。いちいちひっかかる。

そしてBDの面々の前世とされる人たちもねー…なんでこれ?っていう気が。

菜摘=宋江は論外として(<私の心の中では)、藤木が公孫勝かなというのはなんとなく予想していた。この人は原作では道士…なんとなく妖術使いとでも思っておけばいいですが(笑)、とにかく風雨を呼んだりする力を持っている人だけど、北方版では「致死軍」と名づけられた梁山泊の斥候部隊を率いる人。暗殺なども任務で、朝廷側の「青蓮寺」に相当する部隊。非情で冷静な人という設定なので、多分この辺りだろうと予想はしていた。

しかし坂井…
なんで阮小五なわけ?しかも転生先のいない史進がいるのに?阮小五の渾名「短命二郎」は「短気な次男」というわけで、水軍を預かる三兄弟の次男。原作だと上下に挟まれて影薄い人ですが(<人物辞典にもそう書かれているくらいだ)、北方版だと、舞台には登場しない第三位の軍師・智多星 呉用(私はキドニーが出るとしたらこの人だろうと思っていた)の弟子として軍師になる人です。……軍師?坂井が?それ一番遠い役職じゃないの?

「姐御はそういうこと言うから、ほんとに坂井好きなのか疑われるんだよ」<ほっといてください。

それに比べて、転生先のないまま過去世の話で出てくる九紋竜史進は、地方で武芸で敵う相手がいないままお山の大将状態だったのが、高キュウに禁軍(朝廷の中核となる軍)を追われてきた武芸師範・王進に叩きのめされ、改心して彼の弟子となったのち、盗賊となって梁山泊に入るという青年。

「坂井っぽいじゃん」
「でしょー!?」


物語のかなり最初から登場し、エピソードも多いこともあって、原作でも非常に人気の高い人物だ(北方版でも同じ)。…彼の転生先がなくて、どうして阮小五なわけ?坂井の性格からしたら絶対こっちだよー。納得いかん。藤木や坂井は別に前世が誰であろうと舞台のストーリー(<この舞台に「ストーリー」なるものがあるとすれば、だが)には関係ないんだから、こっちにしとけばいいのに。なぜに阮小五。

とまあ、この辺りは私が『水滸伝』にこだわりがあるから引っかかるのかもしれないけど、他の人たちも「なんで叶と林冲がシンクロするの?」と首をひねっていた。

「ねーなんで林冲と叶が一緒なの?妻殺されたのと恋人自分で殺したのって全然違うじゃん」
「同じだなんて叶いけずーずーしいよ」
「うーん、北方版だと最近妻が発狂したまま慰み者になってることがわかって、どうして俺は救えなかったんだ!!とか言ってるから、きっと林冲も『妻が苦しんでるのは俺のせいだ』ってことで、叶とシンクロ…<超好意的解釈」
「姐御、それ無理あるよ。全然かぶんないって」
「じゃ、じゃあさ。『あいつが先に裏切ったから殺したんだ、俺は悪くない』ってのと『人が横恋慕したせいで妻が壊れちゃったんだから俺のせいじゃない』って辺りでシンクロ…」
「むしろそっちの方がまだかぶるね」
「えっほんとにこれでいいの!?」


…叶、ひどい男だな。

ほんとわかりません。なぜだ。

「でさー、転生先決まってない人がいたよね」
「ああいたいた。史進と魯智深な。私これほんと納得いかんのだけど」
「なんで余ってんの?」
「さあ。多分スターダストくんが途中でへたれちゃったんだよ」
「もうちょっと待って、とか?」
「まだ乗り移る先が見つからないの。とか?」
「…いかんね。ほんと今の私たち、スターダストくん来ちゃうよ。今なら七人一網打尽だよ」
「え、でも乗り移られても私困るし」
「だいじょうぶ、だってなんにもしなくていいんだから」
「んーとそうするとあと何人?」
「えーと…九十六人?」
「先長いねースターダストくん…」


しかし何がしたいんだスターダストくん。

あまりのわからなさに、お茶を頂きながらの反省会の最中、
「きっと彼が下村だったんだ」という結論に達した。

「5巻だから出てこないけどさ、きっとあれが下村だったのよ」
「だからわかんなくてもしょうがないよ」
「そっか、敬ちゃんだったのか。ならしょうがないなスターダストくん」
「何したいのかわからない辺りもそれっぽいし」


というわけで、スターダストくんは、私たちの中では「別名:下村敬」に決まった。頑張れスターダストくん。あと103人だ。私たちははずして残りの器を探していただきたい。

私が困惑している間も舞台は進んでいく。悲嘆にくれる林冲の妻、張藍。京劇のシーンが終わり、彼女が中国服を脱ぐと、下には水色のロングドレスが。この人がほんと細い人なのだ。いかにもバレリーナという感じの。パンフに一人一人写真が載っているのだけど、上体をそらして後ろにあげた左足を右手でつかむというポーズ、足の筋肉がほんときれい。この人に限らず、どのダンサーも筋肉が素晴らしくきれいで(花和尚魯智深をやってた京劇の役者さんだけは、ちょっとおなかの辺りぽっちゃりしてましたけどね。原作もそういう体型の役だし)、ただただ感心するばかり。ひとつのことに邁進するというのは、こういうことなんだなと。

で、水色のスリップドレス姿になると、叶の元恋人になるというわけで、叶と二人で踊る。しかしあれですね、踊るとひらひらと長いスカートが揺れるわけで、一階席だと「あ、スカートめくれちゃってる」というのも見えるわけです。スカートと同色の水色の下着。やはりここは坂井にならって
「ブルーの下着、見えちまったぜ」と呟いとくべきなのでしょうか(錯乱中)。

なんか、あんまりストーリーらしいストーリーがなかったので、いまいち記憶の順序があやしいです。
違ってたら教えてくださいませ。<いまさら直せるかどうかはあやしいですが…。

なぜか菜摘がジャズ歌手らしく、「オン ザ サニーサイド オブ ザ ストリート」などと朗々と歌い上げております。なんかこの歌にも意味があるのかね。私にはわかりませんでした…真矢みきファンサービスのパートだったのかな?

で、転生の話が云々とまたナレーションが入り、川中と叶が二人で絡んで葛藤の表現(一歩間違えるとメンチきってるようにも…以下割愛)があったりしてから、また京劇「野猪林」の後半へ。

パンフを見ると、キャストの中に二人「上海京劇院」の役者さんが入っていて、それが『水滸伝』パートの林冲と魯智深を演じている人たち。他の水滸伝のキャストたちは普通に素顔で踊っているが、この二人だけは、京劇と同じように顔を作っている。護送役人たちは日本人のダンサーが演じているのだけれど、この辺りの京劇の動きについては私は言えることはない。

しかし。しかしだよ。
京劇というのは、動きもそうだけど、台詞まわしも重要な要素であるはず。
なら、字幕くらい出したらどうなの?

そりゃ、護送役人に林冲が殺されそうになってるのは襲われてるのを見りゃわかるし、魯智深が助けに来たのもわかった。でもって、どうやら魯智深が林冲にともに闘おうと言ってるらしいのは、他の梁山泊の面々が現れるのを見ればわかった。

しかし二人の中国語の台詞が続いている間、一言も中国語はわからない私は、呆然と舞台を見ながら
「あたし、今日何見にきたんだっけ…」と思っていた。<英語/北京語しか字幕のない香港映画を見ているとき、いきなりワンシーンそっくり字幕つけ忘れられてたときと同じ気分でした。

「ダンスアクト」なのだから、その辺りの台詞はわからないならわからないで一切不要、ということなのだろうか。字幕などを見るより、舞台のダンサーの動きを見ろと、そういうことなのか。
それなら、いっそ徹底して、ダンサーに喋らせたりせず、すべて台詞なしでやったらどうなのよと私は思う。どうもねーこの辺り、不徹底だし、観客への配慮が足りないと私は感じました。

ちょっと疑問に思ったのは、林冲が双刀で舞っていたこと。あれ?林冲って槍術師範だよね?それなら槍じゃないの?
もっとも私は京劇を知らないので、私の疑問は無知ゆえのものかもしれませんが。元々そうなんだと言われればそれまでのことです。

ただし、そのあとのダンサーの動きは素晴らしかった。魯智深が梁山泊の「替天行道」の旗を、頭上から床へと円を描くようにまわす。それをすべて次々に飛び越えながら、林冲がその魯智深の目の前の一点で踊る。客席からも拍手があがったし、私もこれは見事だと思った。

そこで彼らは退場し、またスターダストくん登場。一人で踊っている。すると、デザインこそ違え、すべて真紅で衣装を統一した他のキャスト全員(BD側も水滸伝側も)が現れ、それぞれに踊りだす。中で困惑してるのか走りだそうとしては遮られ、まるで翻弄されているようなスターダストくん。多分ここが「怒りの志士」というパートなのだと思う…が、彼らはいったい何に怒っているのでしょうか。志半ばにして死ぬ自分自身や運命にということなのか、それとも
「もう転生なんかさせずにほっといてくれ」という意味だったりしないのだろうか…と私は舞台を見ながら思っていた。だってそれくらいスターダストくん、みんなに絡まれてたんだもん(笑)

どこの場面に重なるナレーションか忘れたけど、すごいのがあった。
いまいちうろ覚えなんですが、こんな感じ。

「たとえ死しても志はうけつがれていく。だから男たちはおだやかな笑顔で死んでいける。だからこそ、彼らの記憶は忘れられない、いや忘れてはならないのだ」

すごい断言。おだやかな笑顔って……
見たんか、あんた。

「ねーこの話、誰か死んだっけか」
「きっとどこかわかんないところで死んでるのよ」
「神崎とか秋山とか?」
「そうそう、キドニーとか」
「だから出てこないんだよ」
「キドニー、死んでてくれてよかったー!!」
<よほど嬉しかったらしい。

これらの流れを経て、どうやら叶は「もうちょっと頑張って生きててもいいかな」と思えるようになったらしい。
思えるようになっただけで、事態は何も進展してないのですが、叶さん。仕事はどうなったの?

「こうしてまた一人の男が、生きる力を取り戻した」

また脱力するようなナレーションを………。

そして最後に全員が揃うエンディングがあって、終演。

最後の辺りから、1階前半のS席の盛り上がり方は著しく、幕切れのあとには一角はすっかりスタンディング・オベーション状態に。私が座っていた左側の辺りではそうでもなかったんだけど、中央から右側はすごくて、ふりかえると右の通路の辺りはずらりと立っていた。きっと予約の関係でそっちに集まったんでしょう。2階席から見ててすごかったよとあとで教えてもらった。

「2階席は、うしろ一列まるまる空いてたけどね」
「うーん、1階席はもともとのバレエ団ファンの人たちが多くて、2階席はなんていうか、様子見?みたいな人が多かった気がする。ま、見とくか、みたいなの」


なるほどねー。様子見の私が1階席にいたから浮いちゃったんだな(笑)

感想としては、ダンス自体は見ごたえのあるものでした。
この人、関節ってどこに?と思うような自在な身体の動きや敏捷さをはじめ、元々ダンスというストーリーのあまりないものに対しては興味の薄かった私にしても、嘆声をつかせるような見事な動きは多かったし、ダンサーの方々に対しても、惜しみない拍手を送りたいと思う。殊に、キャストほぼ総動員で踊ったシーンの数々は、迫力があって、楽しませていただきました。

ただ、なんというか、外の大枠自体がおかしいというか…ちょっとあのストーリー構成は、ねえ……。
繰り返しますが、誹謗中傷しているわけではありません。ただ、元の小説(および『水滸伝』という物語)を好きで観に行った人間としては、それを舞台というかたちへの構成するにあたって、その手法に納得できない点が多々あるというだけのことです。
この感想を読まれて不快な思いをされたバレエ団のファンの方がいたら申し訳ないですが、そういう観方もあるということでご勘弁ください。

「北方御大はどう思ってるのかなー」
「パンフに書いてあったじゃん。『俺には関係ない』」
「ある意味、賢明な態度かも…」
「しかし観終わったあとの御大の感想が知りたいね私は」
「いやー…こう、いろいろあったね…」


そして、この感想を書くためにパンフをひっくり返していて、出演者や公演日程、スタッフや各パート名が英語で書かれているのを見つけてちょっとまた脱力。「ブラディ・ドールの住人たち」が「The family of Bloody Doll」というのはともかくとして(川中と藤木と坂井ってfamilyなんだ…それは「家族に近い共同体」という意味なのか、それともマフィアのようなファミリーなのか…)、
「Two men, in the mood for love」って…このシーン、叶と川中が踊ってた二人で踊ってたシーンだよね…そら日本語は「惹かれあう二人」だったけどさ…loveなんだ…へー…。

上演時間、1時間45分。
なんだか新しい世界の扉を開いてしまったような、不思議な時間でした……。

【End】