きらきらとあまいもの


 午前中の最後の患者の会計を終え、送り出す。今日は土曜なので診察はこれで終わりだ。
 お大事にどうぞと声をかけると、常連の老女が丁寧に頭を下げる。小さな女の子がばいばいと手をふるのに手をふって答え、受付の窓に「本日の診療は終了しました」の札を下げて診察室に戻った。
例によって昼食の注文を済ませたところらしく、桜内がメニューを手元に引き寄せていた。その手元にビニール袋が転がっている。

「なあに、それ」

 とりあげてみると、それは飴を詰め合わせた袋だった。果物をかたどったもの。桜の花。金平糖。手毬のような模様の入ったまるい飴。それらが雑然と小さなビニール袋に詰め込まれている。時々和食の店のレジの辺りに置かれているような、和菓子の袋だ。

「清水さんがさっき来てただろ」
「清水さん?―――ああ、かおりちゃん」

 午前中最後の患者だった清水さんは、この診療所の常連だ。海沿いの蒲生沖田記念病院で膝の手術を受けたあと、混んでいるあちらの病院を避けてこの診療所に通ってくる。かおりちゃんは清水さんの付き添いで、いつもおばあさんと一緒に来る。診療所の器具や壁に貼られた人体図や白衣が珍しいらしく、ついてきては診察室内で楽しそうにしている。一度、机の上の使用済ピンセットを入れたトレイをひっくりかえして清水さんに怒られて以来、おとなしくなったものの、いまでもうしろからナース服の裾を引っ張られたりと悪戯は多い。
 そのかおりちゃんは、何故か桜内がお気に入りだ。白衣を着ている人というのが珍しいのかもしれないし、日中はおばあさんと二人だけだというから、大人の男が珍しいのかもしれない。とにかく、清水さんの診察には必ず付いてくるのである。

「いいもの持ってるなって言ったら、くれたんだよ」

 確かに、かおりちゃんが持ってたといわれれば納得するお菓子ではある。子ども、特に女の子はこういうきらきらしたものが好きだ。私はそうでもなかったけれど、それでもこのいろとりどりの小さな細工に小さな女の子が惹かれるというのはわかる。
 それにしても、どんな顔して桜内がそんなことを言ったのやら。この男は、女の扱いは最悪だが、患者―――特に子どもや老人には案外やさしい、ような気がする。もっともかおりちゃんは笑顔がかわいいのだ。あまり子どもが好きではない私でも、邪険にはしにくいような子ではある。

「あらあら、好かれてるじゃない」
「妬いてくれるか?」
「冗談。貴方の守備範囲にはあと十年はかかるでしょ」
「十年経ってもまだ足りねぇよ」
「そうだっけ。そうか、四歳じゃ十年経ってもまだ中学生か。いくら貴方でもさすがにそこまではね」
「人をなんだと思ってんだよ。だいたい十年経ったときの俺の年考えろよ」
「そうねえ。さすがに向こうが相手にしてくれないか」

 笑いながら、消毒液の入った洗面器と使用済のタオルを取り上げる。今日使ったものを洗い、ピンセットなどをオートクレーブにかけて消毒する。来週補充しなければいけない薬などがないかどうかをざっと確認し、会計をしめ、医療ゴミをまとめた。事務室で昼食(今日はカレーの日らしい)を食べている桜内に「じゃあ、私出かけるわよ」と声をかけた。週刊誌を見ている桜内は顔もあげずに「ん」と返事をしたかと思うと、急に「あ、ちょっと待て」とふりかえった。

「なに?」
「あの飴。おまえにやるよ。持ってけ」
「あれ、だってかおりちゃんがくれたんでしょ」
「俺が甘いもの食ってどうすんだよ。やる」
「そうね。私もあんまり好きでもないけど…たまにはいいかな。じゃあ持っていくわ」

 診察室の机上の和菓子。「子どもみたいな味覚のくせに、甘いものはダメなのね」と呟いて、私はそれを手に診療所を出た。

 住居の方の部屋に戻り、着替えをすませた。梅雨も明けて、このところ暑い日が続いている。空もよく晴れている。日焼け止めが必要だろうか。シンプルな黒のTシャツに、カーキのパンツ。外を歩く女の子たちの服の色は夏を迎えて原色の明るいものばかりだが、私の服は季節が移っても相変わらずのモノトーンがほとんどだ。華やかな色の服は、店で見ると綺麗だが、目に鮮やか過ぎてすぐに飽きる。着回しも効かない。だからたいてい、私の着る服は地味な色のものになる。

(あれは――――――反動なのかな)

 だから車も、派手なカナリアイエローなどを選んでみたりする。けれどこの日差しでは、やっぱりモノトーンは暑苦しいような気もする。たまには夏らしい色の服を見に出かけてみるのも悪くはない。
 鏡を見て、仕事中はまとめていた髪を軽く梳いた。思いついて、さっきもらった飴の袋をあけてみる。どれにしようか少し迷って、一番大きな花のかたちをした飴を取り出した。季節はずれの桜。淡いピンクの花を口の中に放り込む。固いのかと思った飴は、ほんの少し舌で押してみただけで、かさりという小さな音をたててあっさりと崩れた。どうやら柔らかいゼリーのようなものを、表面だけ飴で薄くコーティングしてあったらしい。思いの他にわずかな甘さだけを残して、飴はあっけないくらいに早く溶けた。

「甘い――――――かな」

 それほど甘いものは好きではないけれど、これくらいなら、全部食べられるかもしれない。私はバッグにその小さな袋を放り込み、車のキーを持って玄関へと向かった。


 からん。
 小さなドアベルが頭上で鳴ると、カウンターにいた人々がふりかえる。
「いらっしゃい、山根さん」
 一番に安見ちゃんが大きな声で迎えてくれる。それに「こんにちは」と挨拶を返しておいて、私はカウンターに座った。
「なあに、先週もここで会ったじゃない。あなたたち、他に行くとこないの」
 そう言うと、坂井さんは「余計なお世話だ」とむっとした顔で箸をぐさりとトマトに突き刺した。
「そうは言うけど、あんたもそれはお互いさまだろ」
 下村さんは気にした様子もなくそれだけ言うと、またサラダをつつき出した。確かに、この二人と会うときといえば、二人の職場である店かここ、それに診療所くらしかないのだから、当然かもしれない。
「それもそうね」とだけ認めて、「ねえ、これまだ残ってる?」と二人が食べているものを指した。下村さんのプレートを見る限り(坂井さんのプレートからはとっくに肉は姿を消しているから)、今日のランチはしょうが焼きのようだ。
「終わっちゃった?」
「んーと、ありますよ。あと二人分かな。ぎりぎりですね」
「じゃそれ頂戴」
 坂井さんの右隣のカウンターに腰掛けて、待つ。肉が焼けるいい匂いがしてきた。私は思い出してビニールの包みをバッグから取り出した。バッグの中にいれっぱなしにしておくと、他の物に潰されて壊れるかもしれないし、忘れて中で溶けてしまっても厄介だ。
「なんですか、それ」
 カウンターの中から安見ちゃんが覗き込んでくる。黙って袋ごと渡してやった。
「飴?」
「あ、かわいい」
 坂井さんと安見ちゃんの声が重なる。
「ねえ、これ、袋あけてもいいですか?」
 安見ちゃんの言葉にうなずくと、スープ皿のような浅い陶器がカウンターに置かれた。ねじって袋を縛ってあるだけのモールをほどいて、中身を空ける。真っ白な皿にいろとりどりの飴が映えた。きれーい、と安見ちゃんの歓声があがる。

「どうしたんですか、これ」
「桜内が患者さんに貰ったのよ、女の子から」

 女の子という言葉に何を想像したのか、坂井さんが少し眉をしかめ、下村さんはもっとはっきりと「何歳の?」と尋ねた。あまりに予想どおりの反応がおかしくなって笑いがこみ上げてくる。なんて信用のない男なのかしら。
「かわいい子よ―――ただし、今年四歳のね」と答えると、皆が「なんだ」という表情になった。さすがにまだそこまで守備範囲が広がっているとは見られていないようだ。「見られてたまるか」と桜内なら言うだろうが。
「ま、そりゃそうだよな。これくれるってんなら子どもだろ」
 坂井さんが茄子のかたちをした飴を指先でつついて言うと、下村さんも「そういやそうか」と同意する。「二人とも、山根さんに失礼だよ」と言う安見も、敢えて桜内を弁護しようとはしないようだ。桜内の憮然とした顔を想像したらおかしくて、「いいよ、別に気にしてないし」と言いながらもつい笑ってしまった。
「あんまり笑ったら、桜内先生に失礼じゃありません?」
 菜摘さんが苦笑しながら目の前にランチプレートを並べてくれる。肉が焼ける音と柔らかいご飯の甘い匂いに、空腹なのだということを思い出した。サラダの緑と、上に乗ったプチトマトの赤が目に嬉しい。
「あの人の普段の行いが悪過ぎるのよ」
 箸を割って、目の前のランチに専念することにした。菜摘さんは、隣の二人の食後のコーヒーの準備に戻ったようだ。

 私が食事を終えてコーヒーを待っている間も、坂井さんと下村さんはずっと煙草を吸って安見ちゃんと話をしていた。コーヒーカップはとっくに空だ。この人たち、ほんとにヒマなんじゃないかしら。
 テーブル席に新しく二人連れが来たので、菜摘さんはそちらのコーヒーの準備にかかりっきりだ。私の分はそのあと。というわけで、当分届かないコーヒーを待つ間、手持ち無沙汰だ。水を注ぎ足してくれる安見ちゃんに「ありがと」と礼を言い、一口飲んだ。エアコンのない店内では、氷の浮いた水の冷たさがのどに染みとおるようだ。
 暇ではあるが、さりとて煙草を吸う気分でもない。ふと皿の上の飴に目が止まり、衝動的にひとつつまんで口に入れてみる。手鞠を模したような丸い飴の色は、今日の空にも似た鮮やかな水色。しゃりっと歯を立てた。崩れる。歯の芯まで染みとおる、痛みにも似た甘さ。さっきのは薄い味だったけれど、今度のは結構はっきりと甘い。

「あ、いいな。ねえあたしスイカもらってもいいですか?」
「どうぞ。どうせあたし一人じゃこれ全部は食べられないんだから」

 私がつまんだのを目ざとく見つけた安見ちゃんに、スープ皿を押しやると、「ありがとうございます」ときちんと礼を言ってから彼女はひとつ飴をつまみあげた。包丁を入れられてきれいに切り分けられたスイカの形で、赤が目に鮮やかだ。種が黒だけでなくちゃんと白いのもある辺り、案外芸が細かい。もの珍しそうにためつすがめつしてから、ぽいと口に放り込んだ彼女は、ころころと口の中で飴を転がしているようだ。
「どう、美味しい?」
「ほんと甘いですね、これ。なんか……懐かしい味がする」
「おまえ、子どもの頃、そんなの食べてたわけ?」
「ううん、あたし子どもの頃はずっと向こうだったから、こういうのってあんまり食べたことないはずなんだけど…おばあちゃんに買ってもらったことでもあるのかな?」
 首を傾げる安見ちゃんに、下村さんがこともなげに言う。
「そういうのって、フルーツの味がついたキャンディとかとは違って、ほんとに砂糖の甘さだからな。甘さそのものっていうか。だからそんな風に感じるんじゃないのか」
「あ、そういうことなのかな」
「わかったようなわからないような…」
 ちょっと理解したという感じの安見ちゃんと、なんかそれで納得していいのかわからないような顔をしている坂井さんをよそに、下村さんは勝手に皿の中からひとつつまみだして口に入れた。昔懐かしい金平糖。それもスタンダードな白だ。「甘い」と真顔で呟くので、呆れた。当たり前だ。
「じゃ、俺も」
 手を伸ばす坂井さんが選んだ金平糖は黒。安見ちゃんは「じゃ、あたしこれ」と渋い緑色のを選んだ。私は黄色。それが一番鮮やかな色だったから。ころりと口の中で転がった金平糖は、なんだか思い出せないけれど、砂糖の甘さの他に違う味がした。なんだっけこれ。
「んーと……なんかフルーツみたいだけどよくわからないわ」
「俺のは多分、黒糖だな」
「あたしのは違うみたい。抹茶よね。色もそんな感じだし」
「へえ…俺が子どもの頃は、こんなにいろんな味あったかな。色は赤とか水色とかいろいろあったけど、どれ選んでも同じ味じゃなかったっけ」
「それは坂井が大雑把な味覚だっただけじゃないのか。おおかた三つ四つとまとめて口に放り込んでたんだろ」
「やだ、坂井さんならありそう」
 ころころと笑う安見ちゃんに「安見、おまえね」とちょっとむっとしたような顔をしてみせて、坂井さんはもうひとつ口の中に放り込んだ。今度のは淡い赤。むしろ濃いピンクかもしれない。ガリガリと噛む音。
「おまえ、飴をかじるなよ」
「しょうがねえだろ、癖なんだから」
「せっかちなやつ」
「うるさい」
 隣で次元の低い争いをしている男二人をよそに、カウンター越しの安見ちゃんは嬉しそうに皿の中の飴をつついている。

「安見、これ運んでちょうだい」
「あ、ゴメンなさいママ」
 テーブル席用のコーヒーができあがったらしく、安見ちゃんがトレイを持ってカウンターの外に出る。新しいパンに豆を落としながら、すまなそうに菜摘さんが言う。
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって。これが山根さんの分だから」
「いいんです、別に。急ぐ用があるわけでもないし」
「ヒマなんだよな」
 坂井さんが隣から口を挟んだのは、さっきの仕返しかもしれない。大人気ない。
「そうね、坂井さんたちほどじゃないけど」
 澄ましてそう返すと、下村さんが「もうその辺でやめとけば」と溜息をついた。確かに私も大人気ない。休戦かたがた、桜内の最近の酒を飲んでの失敗談を披露していると、「はい、お待たせしました」と菜摘さんがコーヒーを出してくれた。

 目の前に置かれたカップからふわりとコーヒーの芳香が立ち上る。一口含むと、口の中に残る甘さのせいで、苦味が際立つような気がする。美味しい。やっぱり私は甘いものより、こっちのほうがいいようだ。隣で坂井さんたちが追加でコーヒーを注文しているのも、きっと私と同じ気持ちだからだろう。せっかくのかおりちゃんからのプレゼントだけど、この飴の残りは安見ちゃんにあげよう。桜内が持っているよりよほどいいだろうし。相変わらず空は高く晴れていて、気持ちのいい色だ。午後からは買い物にでもでかけよう。このコーヒーほどシックじゃなくて、この飴ほどに甘くない、夏らしい色の服。休日の午後を潰すには悪くない目的。その考えに少し浮き立つような気持ちのまま、私は「ご馳走さま」と告げてスツールから降りた。

【Fin】
030119

なんでこんな冬の最中に季節外れな話をあげてるかというと、
何故か退職時にこんな飴の詰め合わせをくれた先輩が
会社を辞めたのが初夏だったからです…
つまりはその頃から書いてるのでした。
<いい加減見飽きたので、季節をなおすのもめんどくさくなった。

何が書きたかったかというと、飴の色がきれいだったという……それだけ……。

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